14 越冬
それから、東の街道をひたすら進んだ。
施療院、治療院の無い宿場町に着くと、暫くはそこを拠点にし、周囲に点在する村を回って人々を治療した。村を回らなくとも噂を聞いて宿場町に居るティーリャの元へ人が集まる事もあった。
人々は治癒術師とは思えないやさぐれた態度のティーリャを見て最初は戸惑うが、彼女が光魔法使って治療すると感謝を述べる。彼女は「最初、不信な目を向けてくるくせに治した途端に態度変えやがって」と人間不信は相変わらずだ。カムプスの宿屋でエマを治して礼を言われ、素直に悪くないと思えたのは、やはり彼女が子供に甘いからであった。
中には腕が良いと褒めてくれる者もいたが、その度ティーリャは亡くなった大聖女の事を思い出し複雑な顔になった。
カムプスを出立した時期は秋の始めであったが、現在は日照時間が日に日に短くなり、冬の到来を感じさせていた。
「冬の移動は厳しいので、そろそろ越冬する場所を決めなければいけませんね」
「冬は旅できないのか」
「ええ、私だけならば問題無いのですが、ティーリャさんには難しいでしょう」
ティーリャはキトに乗っているので、旅立った時と変わらず体力はあまり無いままだった。冬の寒さには到底耐えられない。いくらキトに乗って移動しようとも寒さは防げず、体調を崩すだろう。
「でも冬中、同じ場所に留まるのはな……」
カムプスでだらだら過ごす事に目覚めてしまったティーリャは、どこかで安住の地を見つけたら、全力で怠惰に過ごそうと決めている。
なので、長い間一か所に留まれば、旅を再開するのが億劫になりはしないか彼女は危惧している。というか、自分の怠惰さを自覚した彼女は面倒になってそのまま、その地に住み着くと言い出す自分の姿が容易に想像できた。
だから、なるべく旅を中断せず進みたかった。安住の地はクラルスから離れた場所が良いのだ。今よりも遠くが望ましい。
「なるほど、そういう心配があるのですね。それならば、春が来たら、私が貴方を引き摺ってでも旅を再開させるので、ご安心を」
「えぇ……いや、ありがたいのか……?」
迷惑なような有難いようなと複雑な顔をするティーリャだった。
「ワフッ……」
キトがどこか心配そうな雰囲気を漂わせている。この頃には、キトの言葉は分からなくとも感情はある程度、把握できるようになったティーリャがキトに語り掛ける。
「大丈夫だ。冬をどっかで過ごすならペット可物件を借りる。馬小屋には押し込まない」
「ペットというか魔獣可物件は相当高いですよ」
まず、集合住宅は無理だ。一戸建てで、人より大きいキトの事を考えればある程度の広さが必要だ。しかも魔獣可物件となれば相当少ない為、賃貸料は高くなる。
旅をしながら人々を治療しているので多少は稼いだが、冬の間、高い物件を借りれる程の余裕は無い。
「私が働いたらいい」
「カムプスで職に就けなかった貴方が?」
たまたまカムプスではクラルス教神殿以外の治癒術師募集が見つからなかっただけだ、と思うが不安は拭えない。
「ボロい家なら家賃が安いかもしれないだろ」
「そうかもしれませんが、そんな家で冬を越せますかね」
「むぅ……」
悩むティーリャにラウルは笑顔で提案する。
「私は冒険者ですから、稼いで家賃を払いますよ」
「え、それはありがた……もしかしてお前も住む?」
「勿論」
今まで宿屋の空きが1部屋しか無い場合はラウルと同じ部屋に泊まった。宿屋に無理を言ってキトを部屋に入れる許可を貰い、キトにくっついて眠れば安全だった。
しかし、一冬中同じ屋根の下とは、かなり不安である。
「その様に警戒しなくとも、襲いませんよ」
「信用できん」
だが、一緒に旅をしたキトを冬の間中、馬小屋に住まわせるのは抵抗がある。ティーリャ自身もキトと離れたくない。
「犬が一緒なら安全でしょう」
「む……」
キトもティーリャを守ると言っているのかフン!と自信あり気に鼻を鳴らした。
ちなみにラウルはずっと犬と呼ぶのでキトは一々「犬じゃない」というような反応はしなくなっていた。
「まあ、私は犬を馬小屋に押し込んでも罪悪感はありませんが」
「むむむ……わかった……」
悩んだ末、ラウルの申し出を受ける事にする。
「では、さっそく何処に滞在するか決めましょうか」
上機嫌で地図を広げるラウル。
「……キト頼むぞ……」
ティーリャの呟きにキトは力強くウオン!と鳴いた。
2人と1匹は魔導機械による発展を遂げる帝国にある自由都市アシオーにて冬を越す事を決めた。
理由の1つに、この都市は上級ランクの冒険者の滞在許可が出やすい事。
そして、近くに広大な森があり、魔物討伐の依頼が多く稼ぎやすいという判断だ。森は魔の者が持ち込んだ兵器の残骸が大量に放置されていて、人族には撤去ができず、それらが瘴気を放ち続けている為、クラルスの西側、魔の者と魔物が巣食う地と大差ない環境だと言う。
「お前、それなりの冒険者だったのか」
「神殿騎士であった事と、カムプスを出る際冒険者ギルドに引き留められた件で何となく察しませんか」
「いやでも変態だしなあ」
「その呼び方は止めて欲しいと……」
珍しく落ち込む様子のラウルなど気にせずティーリャは辺りを見渡す。
「魔導機械の国っていうから、もっとクラルスと違った雰囲気かと思ったが、案外普通だな」
「帝都の方は進んだ文明を感じさせる、と聞いた事がありますが、ここはそうでもないようですね」
アシオーの街並みはクラルスやカムプスとほぼ同じだ。煉瓦造りの建物が多い。
「では、私は役所で滞在許可申請をしてくるので、ティーリャさんは宿を探してきて下さい。後で役所前に集合です」
「ん」
キトから降り、ティーリャは宿屋を探しに向かう。
「わふ」
「ん、魔獣と泊まれる宿、あったらいいな」
キトの首輪に紐を通し、犬の散歩のようにして歩き出した。
魔獣の泊まれる宿屋がみつからず、結局キトは馬小屋に泊まる事になった。
「ごめんな、キト、みつからなかった」
「わふっわふっ」
キトは頭をティーリャの顔に押し付ける。気にするなと言っているのかもしれない。だが口の中に毛が入るので頭突きは止めろと言うと素直に大人しくなった。
キトは良い子だ。魔導具を齧って誤飲した奴とは思えない程である。あれで懲りたのだろう、旅の間に道具を盗んで齧る事は無かった。
「まあ、冬の間過ごす家はお前とずっと一緒に居れるの探すからな、それまでは我慢してくれ」
「オンッ」
嬉しそうに鳴いた。
役所に着くと、ラウルが既に待っていた。
「ティーリャさん、滞在許可でましたよ」
「ん」
ティーリャはふと疑問を感じた。
「なあ、お前は冒険者だから許可はでるが、連れであるわたしも大丈夫だったのか」
「ええ、まあ」
微笑みながら言うラウルに違和感を感じ、許可証見せてくれと頼む。
「それより、早く宿屋で休みましょう」
彼が何か隠す時は相手の目をじっと見つめる癖がある事にティーリャは気づいていた。
「お前、何か隠してるな」
「いえ、そんな事は」
ならばこう言うしかない。
「隠し事してる時のお前気持ち悪いんだよ」
「また、そんな暴言を……わかりました、はい、許可証です」
渡された許可証を見ると、何とそこには。
「おい、配偶者って……なんだよ……」
「夫婦という事です」
「意味はわかるわ、そうじゃない、何でわたしがお前の配偶者なんだよ!」
ティーリャは周りの目など気にせず、声を大きくしてしまう。
ラウルは素早く彼女の口を塞ぎ、顔を近づけ小声で言う。
「役所前ですよ。嘘がバレてしまう」
「んむ……」
静かにするから離れろと目で訴えると、すぐ解放してくれた。
「私の妻という事にしないと貴方の滞在許可は下りないのです」
アシオーは腕の立つ冒険者の滞在を歓迎しており、本人だけでなく家族を連れてくるのも許可している。その際、証明書などの提出は必須ではない。ただし後から虚偽がバレると罰則が厳しい。
「絶対、妹とか親戚とかでも許可出たろ」
「いえ、そんな事は」
彼が嘘を吐いているのは丸わかりだったが、もう申請して許可証が発行されてしまったのだから仕方がない。
今から妹か親戚です、と言って申請し直したとしても不審がられて、まず許可が下りない。証拠となる物を提出できるなら話は別だが。
「……お前、覚えてろよ」
ティーリャはラウルを睨む。
「この都市では夫婦という事になっているのですから、仲良くしましょうよ」
「クソが……ああ、もう……!」
ティーリャの怒りはしばらく収まりそうになかった。
キトは冷たい視線をラウルに向け続けたが、彼はどこ吹く風で一切気にも留めなかった。




