盗賊ギルドの勅書 ~ギルド長の場合~
それは、いくら国がひどく乱れていても、ウォーレンスの軍隊が攻めて来ていても、春は来るんだなぁって思った日のことでした。
食材が足りないだとか、大喧嘩が起きて椅子やらコップやらが飛び交っているとか、どんどん軍隊に攻め込まれていつ城下町が侵略されるかとか気にしている間にも、白や薄桃色や黄色の花が木々に、道の端に、石畳の隙間にいつの間にか咲いていて、いつもなら食べ物の香りに掻き消されてしまうくらいのほのかな甘い香りが漂っていたんです。もう既に街から逃げ出してしまった人も結構いるみたいで、いつもなら賑わっている露店もまばらで、あたしも夜食を買う気もしなくて素通りしちゃいました。けれど、夕暮れの下咲き誇る花の色、それを照らす柔らかな春の月光、そしてふわりと街を覆う花の香り。ここに軍隊が攻め込んできたら――それは、このままの速さで軍隊が進めば、5日後というひどく近い未来のことなのに、あたしには想像もできませんでした――全てが踏み荒らされて、炎と煙に燻されてしまうんでしょうか。そう思うと見慣れたはずの街並みがとても美しく、かけがえのないものに思えて……あたしは花の香りをいっぱいに吸い込んだ妙に安らいだ気持ちと、近付いてくる軍靴の足音に不安な気持ちと、両方が入り混じったまま、銀の箸亭を通って盗賊ギルドの扉に手を掛けました。
「こんばんは……」
「ああ、アリカさん、こんばんは。もう、そんな時間なんですね」
ぼんやりと座っていたハレスくんが顔を上げ、ゆっくりと立ち上がります。新しい王様が即位式も後回しにして戒厳令を解いてくれたのはありがたいんですけど、もういつ軍隊が攻めて来るかもわからないような――あたし達がだいたい正確な進軍の速さがわかるのは、ココットおばあちゃんが集めた情報を元に説明してくれるからで、普通の人達はそうはいかないんです――そんな状態で出歩く人も少なくて、盗賊ギルドは商売あがったりです。ハレスくんも鑑定の仕事もないし、家族はもうとっくに街を逃げ出してしまったとかで、ここしばらくずっと投げやりな様子です。
なんでハレスくんを置いて家族が逃げ出してしまったか――ハレスくんは豪商の長男なんですけど、同い年の妾腹の次男がいるんだそうです。ハレスくんのお母さんは早くに亡くなって、お妾さんが正妻になった結果いびり抜かれたハレスくんは、ある冬の夜に家から出されて泣いているところをギルド長に声を掛けられて、そのままずるずる盗賊ギルドに居ついて……それでも一応豪商の長男としての教育は受けていたんですけど、今回ウォーレンスの軍隊が攻めてくるとのことで、拠点を他の街に移すついでに次男を後継者に指名して、さらにハレスくんが盗賊ギルドにいる間に夜逃げしちゃったんだとか。いくら疎んじられていた家族でも、どうなってもいいとばかりに置いて行かれたらそりゃ落ち込むってもんです。あたしは物心つかない頃に捨てられてた身ですから、そもそも家族ってものがよくわかんないから、想像でしかないんですけど……。
受付を交代しても、ハレスくんは何をするでもなく、ぼんやりとテーブルに肘をついて壁を眺めているばかりです。盗賊ギルドの人達はほとんどが、もう自分の身とギルドの掟以外に守るものもないような身分ですけど、今まさにそうなってしまったハレスくんには、どんな言葉をかけても空虚な気がして。普段だったら、それでもカードゲームに誘うとか、一緒に夜の街に呑みに行くとか、言葉とは違う形で励まそうとするギルド員もいるんでしょうけど、流石に今はカードゲームに手を付ける人もいないし、呑みに行けるような店はどこも今は店を閉めています。
不気味なほど静かな中で、時折ギルド員同士が会話を交わすぼそぼそとした声が聞こえ、また途切れる、そんなことの繰り返しです。ココットおばあちゃんから情勢を聞くために、ウェイトレスのバイトを終えてギルドを訪れたナナリちゃんも、ギルド員と時々会話を交わすログロ爺さんの隣に座ってはいますがじっと黙り込んで、落ち着かない様子でとんとんと爪先で床を叩いています。リュンスさんはハレスくんを心配そうに見やったり、話しかけてくる他のギルド員の相手をしたりする以外は、じっと背筋を丸めたまま組んだ手に視線を落としています。ベルンちゃんとユメちゃんは、短い会話を交わしては、視線をばらばらの方向に逸らすの繰り返しです。ギルド長が部屋の隅にいるのでいくらか安心感はあるみたいですけど、ギルド長も普段のふわんとした笑顔が抜け落ちた無表情で、じっとギルド員達の様子を見つめているばかりです。
何もする気がしない、というわけじゃないんです。何かしないと、という気持ちだけがあるのに、何もできないんです。それも、住み慣れた街が壊されようとしているのに、何も。
――レオンディールがギルドの扉を乱暴に開いて駆け込んで来たのは、その時でした。
「ようこそ……レオンディール、どうしたの!?」
息を荒げ服装を乱したレオンディールが受付の机に崩れ落ちるように突っ伏したので、あたしは普段の挨拶も忘れて思わず声を掛けます。
「アリカちゃんっ……ぎ、ギルド長を呼んで……!」
服の隠しから一通の封書を引っ張り出しながら、レオンディールは荒い息の下から切れ切れに言います。急いであたしが部屋の隅へ振り向くと、聞こえていたのかギルド長がさっと立ち上がり、素早く受付まで来てレオンディールを助け起こします。
「大丈夫、レオンディール?」
「あ、はい……あの、ちょっと個室をお願い、アリカちゃん」
「はいっ」
急いで個室の鍵を取り出しながら、あたしは口から飛び出しそうなほどに跳ねる心臓の音が、誰かに聞こえていないかと本気で心配しそうになりました。鍵を渡す時にかちゃんと音がしましたから、きっと手も震えていたんでしょう。そして鍵を受け取る、レオンディールの手も。
レオンディールの手に握られた封書は、明らかに高級な紙を使ったものでした。そして、その封蝋に押された印章は――見間違いじゃなければ、クレドランスの王様しか使えないもの、だったはずなんです。
王様直々に、ギルド長に、一体何を。この非常の時に、一体何のために。かたかたと震え続ける手を、誰にも気づかれないようにしている間は――それはレオンディールとギルド長が個室に消えてから出て来るまででしたけど――大した時間ではなかったと思いますけど、ひどく長く感じました。
それでもギルドの扉が開くたび、あたしは笑顔を作ります。
「ようこそ、盗賊ギルドへ!」
笑顔がすごく引きつっていた気がしますけど、誰にもそれを指摘されなかったのは、きっと誰にもそんな余裕はなかったんです。さっきのレオンディールとギルド長のやりとりに、何事かとみんなが囁き交わす声を後ろに聞きながら、あたしは机の下で震える手を握り締め続けました――。
ギルド長が出て来た時には、盗賊ギルドの部屋にはココットおばあちゃんと何人かのギルド員が増えていました。個室から現れたギルド長とレオンディールに、全員の視線が集まります。
その注目の中で、ギルド長は口を開きました。
「大切な話がある。できるだけ多くのギルド員を、ここに集めて。できれば全員。寝てたら起こしてきて。それくらい、大事な話だから」
ギルド員達が次々に立ち上がります。誰の行方は俺が知っている、じゃあ誰は自分が、と軽い打ち合わせをして、次々にギルドの扉をくぐって行きます。
どうやら心の中で心配していた、盗賊ギルドが法律で裁かれるとか、そういう話じゃなさそうですけど……それでも、できるだけギルド員全員が集まらなきゃいけない話なんて、あたしが盗賊ギルドに入ってからは1度もありませんでした。それも、王様からの書状つきで……?
まだ、胸がすごくどきどきしています。でも、ギルドの中を漂っていた淀んだ空気が、少しだけ動いたような気がしました。誰もが何もできなかった中で、明確に出来ることを指示してくれたギルド長の言葉が、空気を動かしたんでしょう。
「アリカさん、何があるんでしょうね……?」
沈んでいたハレスくんの言葉も、少しだけ力を取り戻してきたような気がします。そしてあたしも――ひどく緊張してはいましたけど、この状況から、少なくとも何かが動くってことが、ありがたくて仕方なかったんです。
「うん、あたしもよくわかんないけど……少なくとも、きっと何か起きるはず、だよ」
あたしの言葉にハレスくんは、久しぶりに少しだけ笑顔を見せてくれました。
そして、ずいぶん長い時間がかかったような気がしましたけど、やがてギルドは人でいっぱいになりました。普段はあまり顔を出さないような人もいて、そんな人達がずらりと揃ってギルド長の方を見ているのはなんだか壮観な気もします。
ギルド長が立ち上がると、ざわめいていたギルド員達がしん、と静まり返ります。黙ってギルド長を見つめるギルド員達をゆっくりと見渡してから、ギルド長は口を開きました。
「国王から手紙が来た……勅書ってやつだね。内容は、盗賊ギルドへの依頼」
「依頼……?」
ギルド員達の間にどよめきが走ります。けれどそれも、ギルド長がもう一度口を開くとまた水を打ったように静まりました。
「内容は――ウォーレンス国王の暗殺」
思わずあたしは何度か瞬きを繰り返していました。みんなも驚いたのは同じなのか、誰も何も言いません。
けれど、誰かが「本当に、国王からの依頼なのか?」と言ったのをきっかけに、わあっとどよめきがまた広がります。
「そもそもなんで国王が盗賊ギルドがあることを知ってるんだ?」
「レオンディールが話したのか?」
どよめきの中で聞こえたその言葉に、レオンディールが慌てて首を振ります。それでも「だったら誰が言ったんだ?」「国王の手紙を持ってきたのはお前だろ!?」と詰め寄ったギルド員とレオンディールの間に、ココットおばあちゃんがすっと入り込みます。
「あたしのところに身なりのいい男が、情報を買いに来てね。レオンディールを指名したことも何度かあったさ。きっとありゃ、今の王様の部下だよ」
「だったらココットばあさんのせいか!?」
「いんや、そもそも凶悪犯罪が滅多に起きない都市にゃ、犯罪を管理する盗賊ギルドがあるのは常識さ。知らない王族や貴族は勉強不足さ」
頭3つ分ほども背丈の違うギルド員の怒鳴り声に、ココットおばあちゃんは一歩も引かずに言い返します。「今度の王様は勉強が足りてるようだね」と笑ってみせれば、そういうもんかとぶつぶつ言いながらギルド員は椅子に腰かけます。
「で、ギルド長ォ」
そんな喧騒に黙って耳を傾けていたギルド長に、リュンスさんが問いかけます。
「その依頼、受けるんですかいィ?」
リュンスさんの言葉に、またみんなの声が大きくなります。
「敵の国王の暗殺なんて、生きて帰れる任務じゃねぇ。俺はごめんだね」
「だが断ったらこの街が侵略されるばっかりさ」
「いんや、城塞国家ウォーレンスの軍隊だって、この地下までは見つけられないだろうよ」
「でも……」
誰もがいっぺんに喋ったような騒がしさの中、ギルド長はそれを全て聞きとるかのようにみんなを見渡していました。やがて少しずつ喧騒が収まったところで、ギルド長は口を開きます。
「僕はこの依頼、受けようと思う」
その言葉に吸い込まれたかのように、また沈黙。驚く視線、頷く視線、いぶかしがる視線、すがるような視線、その全てを受け止めて、ギルド長は頷いて。
「もしも誰も行かないなら、僕だけでも行く。けれど出来るなら、志願者を募集したい」
「あたしっ……」
声を上げて立ち上がったのは、ユメちゃんでした。一瞬びっくりしましたけど、ユメちゃんなら絶対に行くだろうな、とあたしは心の中で頷きます。ギルド長が行くなら、たとえ他の誰が行かなくても、それが死と隣り合わせの任務でも。
ユメちゃんへと振り向いたギルド長は真剣な表情のままで、けれどとても優しい目をしてで頷きました。ユメちゃんの決意を込めた、だけどすがるようにも見えた視線を、受け止めるように。
「志願者を募る前に、なんでこの依頼を受けようと思ったか話をしたい」
こくん、と頷いて、ユメちゃんがまた座り直します。騒がしくしていたギルド員のみんなも、口を閉ざしてギルド長をじっと見つめます。
沈黙と集まる視線の中で、ギルド長は静かに息を吐いてから、ゆっくりと話し始めました。
「確かにこの隠された盗賊ギルドにいれば、たとえ軍隊が攻め込んで来ても僕達は被害を受けないかもしれない。むしろ、被害を受ける可能性の方が少ないだろう。でも……この街は、ボロボロになる。ボロボロになった街、人が金を持ち歩かない街、金持ちが出て行ってしまった街で、盗賊が何を出来る?」
ふと頭に浮かんだのは、ここに来るときに見た春の花の咲き誇る街の風景でした。けれどその風景は、実際に見たものとは違います。露店が並び、お店からは食べ物のいい香りが漂う――平和だった時の、街の風景なんです。白い王城は夕焼けに照らされて赤く染まり、呼び込みの声が響き渡って……それが炎に塗りつぶされる様子なんて、見たくない……!
でも、それだけじゃありません。確かに、人々がみんな疲れ切って、貧しくなった街で、盗賊がお金を稼ぐことなんて絶対に出来ないんです。軍隊が来れば、この街は絶対にそうなるでしょう。
黙ってギルド長の言葉に耳を傾けるみんなも、そのことを考えているのかもしれません。ギルド長の言葉が一度途切れても、誰一人として何も言いませんでしたから。
その様子に軽く頷いて、ギルド長は話を続けます。
「僕達盗賊は、街の人から財産を巻き上げて生活している。その代わり、もっと大きな犯罪から、街の人を守らなきゃいけないと思う。いつもならそれが盗賊ギルドの掟だけど、今回はもっと大きな話だ。志願した全員が生きて戻れることはないと思う。僕自身だって、生きて戻る保証はない。でも……僕達がクレドランス城下町の盗賊である限り、これはやらなきゃならないことだと思う。これからも盗賊として、この街で生きていくために」
――今集まった人達の中で、何人が志願して、そのうち何人が生きて戻って来るでしょう。
ぶるり、と体が震えました。武者震いなんかじゃありません。純粋に、怖いんです。
でも……この街に生きる盗賊である以上、街を守らなきゃいけない。盗賊が街を守るなんておかしなことに思えるかもしれませんけど、盗みや詐欺を働く人を一定の決まりで縛り、さらに大きな犯罪からこの街を守るのも、盗賊ギルドなんです。だから、ギルド長の言葉が、あたしにはよくわかりました。きっと、他のギルド員のみんなにも。
「無理強いはしない。覚悟を決めた者だけ、一緒に来てほしい。この街を、守るために」
それは軍隊が戦意を高めるために行う演説に比べたら、すごく静かで、すごく淡々とした言葉だったでしょう。でも、あたしは胸の中で、1つの炎が燃え上がるのを感じました。そしてその火は、きっとみんなの心の中にも燃えていたんです。
「よし、俺も行くぞォ。暗殺にゃ自信はないが、護衛は任せとけェ」
リュンスさんが立ち上がります。その周りにいたギルド員達が、「俺も行くぜ」「ああ、稼ぎが少なくなっちゃあ困るからな」と言いながら、にやりと笑って続きます。
「あたしも行きます。ギルド長が行くなら、どこにだって」
ユメちゃんが改めてそう口を開きます。ベルンちゃんが「突っ走りそうなユメ先輩の背中も誰か守らなきゃいけないでしょう」とくすりと笑って立ちました。
「戦場に行くなら、医者が役に立たないこたぁないだろう?」
セドラさんが立ちながら、医療鞄を示してみせます。レオンディールが「僕は貴族として軍を率いるだろうけど、出来るだけ支援する」と大きく頷きます。
「……僕は、戦いなんて上手くないですけど、でも」
ハレスくんが、手を震わせながら立ち上がります。「逃げ出した父さん達と違って、僕はこの街が好きだから」と。
デュオンがあたしの方をちらと見てから立ち上がったのを見て、あたしもすぐさま立ち上がっていました。デュオンが軽く眉を寄せ、困ったような顔をします。――心配なのかもしれないけど、あたしだって盗賊ギルドで体術を叩きこまれた身です。
だけど。
「ああ。アリカには、話がある」
「は、はいっ!?」
ギルド長に突然そう言われ、慌てて返事をしたあたしの声は、上ずっていました。ギルド員全員の視線があたしに集まって、あたしの心臓が飛び跳ねます。
ギルド長は、あたしを真っ直ぐに見つめながら、口を開きました。
「アリカには、盗賊ギルドの留守を預かってほしい」
……それって。
顔から血の気が引くのがわかります。一体あたしの何が悪くて、一緒に行っちゃいけないっていうのでしょう。
「あたし、だって……この街の人を守って、盗賊ギルドのみんなと一緒に戦いたいんです……」
ギルド長とあたしの間を往ったり来たりする訝しげなみんなの視線の中で、ようやくあたしは声を絞り出します。ギルド長は、その言葉にうん、と2度、頷いて……けれど、あたしが一緒に行くことは、許してくれませんでした。
「アリカ。僕は、受付として、そして盗賊ギルドの一員として、アリカをとても信頼している。アリカがいつも懸命に、実直に、そして確実に、受付の仕事をしてくれているのを知っている。だから、アリカの意志を無視して済まないけど、お願いしたい。このギルドの留守を、この街の留守を、頼みたいんだ」
その言葉を聞きながら、あたしはゆっくりと目を閉じました。
――戦いたい。デュオンと、みんなと。死にたいとは思いませんけど、それで死んでも後悔はしないというくらいには、あたしだってこの街を守りたい。
でも……きっと戦いたいという気持ちがあるからこそ、ギルド長はあたしに留守を任せようとしてるんです。死にたくないから残るという人に、留守は預けられないから。それに、受付としてのあたしの仕事ぶりを見ていて、適任だと思ったから。
閉じたときと同じようにゆっくり目を開けば、ギルド員のみんなはやっぱりあたしを見つめていました。だけど、何かを探るような視線じゃありません。――信頼して、くれてるんです。
あたしを。
盗賊ギルドの受付、アリカを。
みんなと一緒に戦わない、という選択をするのは心苦しかったけど、でも。
「……わかりました。その役、引き受けます」
そうあたしが頷いた次の瞬間、わっとみんなが声を上げます。
「頼んだぜ、アリカちゃん」
「帰ってきたらアリカが迎えてくれるんだろ? だったら、安心だぜ」
「待ってろよ。必ずいい知らせ、持ってくるからな!」
「俺達は戦場で、アリカちゃんはここで。一緒に、戦おうぜ!」
みんなが、温かい言葉を掛けてくれる。
武器を握らないあたしも、一緒に戦っていると言ってくれる。
それが嬉しくて……あたしはぐいと目元を擦ってから、「ありがとう」と頷きました。ちょっと涙声になったのは、勘弁してほしいところです。
「泣くな、泣くな! 泣くのは祝杯あげる時に取っておけ!」
「な、泣いてませんよぅ!」
慌てて強がったのも、できれば許してほしいところ。
「往く者はもちろん、残る者も全員での戦いだ。往く者も往かない者も、互いの選択を責めちゃいけない。敵は盗賊ギルドじゃなく、盗賊ギルドの暮らしを壊そうとする者だ。……勝とう」
ギルド長の静かな言葉に、わぁっと声が上がりました。
どうか、往く人がみな無事に帰ってきますように――胸の中に浮かんだのは、元旦に見たばかりの太陽。
ギルドのみんなが元気で、素敵な1年になりますように。
完全には叶わない願いだってわかっていましたけど、祈らずにはいられませんでした。
死と隣り合わせの戦いが待っているのに、盗賊ギルドは活気づいたように見えました。きっとそれは、自分達ができることを見つけたから。それも、敵国の王様の暗殺なんていう大仕事です。
「うちの家族にとっては僕はいらなかったけど、このギルドは、この街は、僕が必要なのかもしれないって思えました」とハレスくんが、晴れやかに笑う隣で。
ナナリちゃんは、じっと何かを考え込んでいました――。




