6部屋目 私を忘れないで
「あ、菊知くん。490の新ルートって5人目が必要だけど、誰かアテはある? ないなら、いつも組んでる聖女ちゃんの、クーニャンを紹介するわ」
「えぇっと、千桜さん? それって、マンダンから何か言われない?」
「へーきへーき。最近あの会社、利益重視に変わっちゃったし。ちょっと睨まれるぐらいよ」
「――聖女ちゃんも、説得できる?」
「ええ、クーニャンはあたしに任せて」
千桜さんは大きく胸を叩いた。
「菊知くんのお兄さんを助ける方が、よっぽど大切だわ」
「――千桜さん!」
不意に感極まり、両手で彼女の手を握った。
「ありがとう!」
「ぴゃぁっ!? ――オ、オーホホホ! 貴族として、当然の振る舞いをしたまでよ~!」
復活した悪役令嬢サマは、とても頼もしかった。
◆ ◆ ◆
千桜さんは490対策を前回のパイロットさんに聞きに行った。
それ以外のメンバーで組合に行くと、小柄な聖女ちゃんは医務室で治療を終えたところのようだった。
「いらっしゃい、ジニーちゃん」
「ヤッホーじゃ~」
聖女ちゃんは、幼女を優しくハグしつつ僕にほほえんだ。
「弟くんも、激闘お疲れ様。聞いたわよ、あのナックラヴィーに勝ったんですって?」
「準備時間は相当必要だったけどね」
「それでもスゴいわよ~」
指揮棒のような小型杖を制服に当て、【清掃】を唱えてくれる。白い光が服を包み、汚れが取れる。
「はい、完了ね」
「ありがとう、聖女ちゃん」
「ウフフ、綺麗にするのは当然よ」
白いローブの両裾をつまみ、しおらしく礼をする。そのさい、サラサラの銀髪が顔に掛かったようで、そっと耳にかき上げていた。
「魔力は8色で、誰もが1人1種類ですものね。白を持っていた者の務めだわ」
「それでも、ほとんど組合に詰めてるのは大変じゃない?」
「みんなの笑顔が、私の幸せなのよ」
パールのブローチに手を当てる姿は、まさしく慈愛の女神だった。
「ケッ。おい薫、早く本題に入ろうぜ」
「Q、言い方」
相棒をたしなめた僕は、聖女ちゃんに向き直った。
「あのさ、クーニャンちゃん。シィポンお嬢様から、兄貴の話は聞いた?」
「ええ。そのお返事は、撮影を終えてからするわね」
聖女ちゃんは、棚に並んだ巧緻な妖精フィギュア群に手を振った。
「おつかれさま~、【向日葵】ちゃん。今日の撮影は終了よ~」
すると、そこに交じっていた白い精霊が、コクンとうなずきアストラルに還っていった。Q次郎が肩に乗せている精霊【勿忘草】と同じく、【向日葵】にも《撮影》の特技がある。
「ふぅっ……。さてと」
彼女は銀髪のウィッグを机に脱ぎ捨てた。
現れた黒髪ショートは、同学年の猪尾くるみさん。「聖女クーニャン」の笑顔はカケラもない。
「パーティー加入の話だっけ、あなたたち? てんでダメ、NOよ」
「お前、【向日葵】消えると愛想ねえよな」
「仕事のオンオフはキッチリしたいの」
「ヘッ、流石は『くるみ』。名前どおりのおカタい頭だぜ」
「そういうアナタは、『ナメクジ』っぽいグズグズの脳味噌よね」
猪尾さんは、棚のそばに立つQ次郎を見据えた。
「シィポンから、『幼女ジニー』の正体は聞いたわ。丈一さんのお供って、風の精霊だったのね」
小型杖を一度置き、木製デスクの縁に品良く腰掛ける。
「返事は直接弟くんに言うって答えたら、すごく嬉しそうだったわ。賛成するって思い込んでたみたい」
「あいつポンコツじゃねえか」
「念願の『菊知パーティー』入りで、舞い上がってるのよ」
猪尾さんは、僕へ向き直った。
「でも、私は仕事もあるの。マンダンが止めたがってる攻略に参加すれば、この医務室だって、今までどおり使わせてもらえるか分からないわ」
「うん」
「それでも参加するだけの見込みを聞かせて。次は、どこへ行くつもり?」
僕は、しっかりと見つめ返した。
「490に挑戦するよ。そこで、[神に認められし者]の称号を狙う」
「正気!? 神退治って……屈指の難易度よ!?」
身を乗り出した猪尾さんは、少し考えて口を開いた。
「――でも、5人でシィポンのパイロットなら、私自身の危険は少ないわね。その称号まで取れれば、参加した実績にもなる……」
「どうかな、猪尾さん。パーティーに入ってくれる?」
彼女は、人差し指でテンポ良くほほを叩いたのち、その指を前に出した。
「追加条件が1つ。――ジニーちゃんと、1対1でお話しさせて」
視線でドアに誘導される。
「分かった」
僕は、Q次郎を見てうなずくと、連れ立って退出した。
「ねえ、ジニーちゃん」
猪尾さんはすぐに腰を上げた。
「今、丈一さん本人の意識はあるの?」
「眠っておるから、ないハズじゃのお」
「なら、完全にあなたダケなのね?」
「そうじゃな」
猪尾さんは、半眼のまましゃがみ込んだ。
「これから行うことを、黙っていて」
「んむ?」
「そしたら、スグ仲間になるわ」
「何じゃ? イマイチよう分からんが、パーティーに入るなら承知したぞい」
「OK、契約成立ね」
彼女は、ジニーにゆっくりと手を伸ばした。その後、壊れ物を扱うかのように、そっと抱きしめたのち――。
「はっにゃ~ん!」
猫なで声で頬ずりした。
「ジニーた~ん! クーニャンでちゅよ~?」
「ん、んむ!?」
ジニーが目を丸くする。
「お主……変わりようがスゴいの」
「にゅう~ん、ジニーたんがカワイすぎるせいだにゃ~! くぬくぬ、魔性の幼女めぇ~!」
すりすり、抱き抱き。
「のお、くるみ……。お主も大概カワイイと思うんじゃが」
「え~っ、ヤダヤダ~、ヤ~ダ~! く〜にゃんは~、カワイイ子に甘えたいダケで~! カワイイってのを、言われたくはないんだにゃ~!」
「んーむ、難儀な性癖じゃが……薫のためじゃ。黙っておくとしよう」
「やたっ! ゼッタイよ? ゼッタイだからね!?」
「ウソは言わん」
「にゅぅ~ん、良かった~……」
丹念にジニーをなで回した猪尾さんは、「あ、そうだ。廊下で待たせてたんだっけ」と、白ローブの乱れを整えた。卓上の鏡で、スンと冷めた表情を作ったのち、ゆっくりと部屋のドアを開ける。
「弟くん、話はついたわ。私がパーティーに参加するってね」
「それは……ありがとう」
僕らは再び中に入った。
「でも猪尾さん。さっきのお話しって、一体……」
「都合のいい条件なら、黙って受け入れるべきよ」
「う、うん」
「ヘッ、とんだ性職者だぜ」
Q次郎が前に出た。
「お部屋で1VS1の理由が、幼女にセクハラとはよお」
「あら、ヒドい言いがかりね」
猪尾さんは澄ました顔だ。
「私が入ったら、あなたの回復も引き受けるのよ。そんな口の利き方でいいの?」
「おいおい。白魔道士が毒吐きまくっていいのか?」
「いいクスリでしょ、あなたには」
猪尾さんは鼻で笑った。
「そうそう、弟くん? もしナメクジさんが無礼な態度を改めないなら、パーティーからの追放を提案するわ」
「猪尾さん……」
「だって彼、おカワイイ精霊が1体だけでしょ? オーブで進化もしてないし、戦いにはそぐわないわ」
「へっ、そいつぁ誤解だな。21世紀は情報戦だ。どギツい暴露に、泣きじゃくる奴が出ちまうぜ? 今からよ」
「――え?」
Q次郎は、これ見よがしに肩の勿忘草をなでてみせた。
「コイツはお利口さんでなぁ。ジーッと、定点カメラみてえに《撮影》してんのさ。お前をな」
「ど……どういうコト?」
Q次郎は、勿忘草をヒョイとつまんだ。ヒザと腰の関節を伸ばして、立ち姿に変える。フィギュアの勿忘草を。
「ま、まさか……!?」
血の気の引いた猪尾さんが、おそるおそる棚に目をやると。
「ぴゅい!」
【勿忘草】が、ヒョイとVサインした。
「イヤーーー!!」
◆ ◆ ◆
「――で、菊知くん。さっきの映像は?」
「Q、消してくれる?」
「へいへい……っと、追放の話もナシだぜ?」
「分かったわ」
Q次郎は僕らの前で映像を消した。
「猪尾さん。参加するかどうかは、映像と関係なく決めていいよ」
しばらく僕を見つめた猪尾さんは、小さく息を吐いた。
「――参加するわ。ジニーちゃんとも約束したもの」
「ありがとう、猪尾さん」
差し出された手を、僕はしっかり握った。




