第八話:【義務配信】新宿1層の大捜索と、見つからない浮浪者
「おい、例の不法滞在者の件、もうギルドの指名手配板に載ってるぞ」
「罪状は『ダンジョンの私有地化および長期の滞在違反』……要するに、毎月の納税義務から逃げて、1層の隅っこに定住しちゃった浮浪者のジャージおっさんか。身柄確保で100万円ね。おいしい案件じゃん」
新宿ダンジョンの地上エントランスにある酒場では、D〜Cランクの中堅冒険者たちが、ギルドから配信された手配書をスマートフォンで眺めながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
現在の法律では、すべての冒険者に「月1回の納税義務」が課されている。FランクやEランクの初心者はその義務が非常に重く、ダンジョンでの稼ぎが少ないと生活が行き詰まることも珍しくない。
結果として、ギルドの手を逃れて1層のセーフティーエリアに勝手にテントを張り、浮浪者のように引きこもる不届き者が後を絶たなかった。
「Dランクに上がったばかりの俺たちにとっては、ちょうどいい小遣い稼ぎだな。1層のセーフティーエリアなんて、隠れる場所なんてたかが知れてるだろ。サクッと捕まえて100万山分けにしようぜ」
「おう、Cランクの俺が前衛を張ってやるよ。相手はただの38歳の未更新おっさんだ。武器すら持ってねえだろ。配信のアーカイブとやらは『最新のCGで背景を盛ってるイタいおっさん』ってことらしいし、実物はただのビビり浮浪者さ」
意気揚々と武器を腰に下げ、パーティーを組んだ中堅冒険者たちが新宿ダンジョンの1層へと潜っていく。 彼らの読みは「完璧」なはずだった。
新宿ダンジョンの1層は、初心者用の最弱モンスターしか出ない安全なエリアだ。そこに広がる岩陰や、使われなくなった古い資材置き場の跡地など、おっさんが隠れそうな「不法定住スポット」を、彼らはしらみつぶしに探すことにした。
「おい、こっちの岩陰はどうだ!?」
「いや、ただのゴブリンの死体しかねえ!」
「クソ、あっちの廃棄キャンプ跡は!?」
「誰もいねえよ! チリ一つ落ちてねえ!」
1時間、2時間、そして半日が経過した。
彼らだけでなく、同じように100万円の小遣い稼ぎを目論んだ他のD〜Cランクの冒険者たちも十数人ほど1層になだれ込み、血眼になって「ジャージのおっさん」を探していた。
だが、どれだけ岩をひっくり返し、隠し通路を捜索しても、おっさんの影も形も見つからない。段ボールハウス一つ落ちていない。
「……おかしいだろ! なんで全く見つからないんだ!?」
「もしかして、もう警察か協会が裏で確保しちまった後か?」
「いや、ギルドの手配書はまだ『捜索中』のままだ!」
彼らは完全に困惑していた。
それもそのはずだった。
地上の人間たちが「1層の隅っこ」を必死に探しているその瞬間。
【新宿ダンジョン・地下400層】
「……よし、今日の分のキノコ狩りはこれくらいにするか。今回は良い『奈落トリュフ』が採れたな。明日のオムレツの具にしよう」
川野誠(38)は、1層の人間たちが血を吐きながら戦うボスモンスターよりも遥かに危険な、400層の固有魔獣が巣食う森の奥で、のんきに手編みのカゴへ黒いキノコを収穫していた。
おっさんが住んでいるのは、人類未踏の絶対不可侵域、地下400層。
1層をどれだけ大捜索したところで、物理的な距離にして地球の地殻をぶち抜くほどの深さの差があるのだから、見つかるわけが最初からなかった。
誠の頭上では、国から支給されたドローンカメラが虚しくレンズを回し、その映像は平均視聴者数【208人】の過疎チャンネルで、ただの「ハイクオリティな癒やし系キノコ狩り動画」として、のんびりと垂れ流され続けている。
「あー、そういえば、最後に1層まで上がったのって9年前だっけなぁ。……最近の1層は賑やかなのかな」
誠はボソボソと独り言をこぼしながら、カゴを片手に、世界最強の飼い犬ポチ(ケルベロス・ロード)が待つ我が家へと、サンダルをパタパタと鳴らして帰路につくのだった。
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