第一話:【義務配信】水道管のサビ取り
全然書き終わってないけど、とりあえず配信しました。
これから、よろしくお願いします。
人類の最深到達記録は、第二百四十七層。
それより下の階層は、存在こそ確認されているものの、実際に到達した者はいない。
世界に『ダンジョン』と呼ばれる超常空間が出現して、今年でちょうど二十年が経つ。
地上がその未曾有の資源と脅威に沸き立つ中、川野誠(三十八歳)がここ、新宿の地下に広がる通称『第零号深淵ダンジョン』の四百層に住み着いてから、今年でちょうど十五年の月日が流れていた。
世間では「人類未踏の不可能域」だの「生還率ゼロの奈落」だのと呼ばれ、国家レベルで警戒されているだが、誠にとってはただの『静かな我が家』だった。
もともと極度の人付き合いが苦手で、地上の喧騒に息苦しさを感じていた誠にとって、誰も来ないこの広大な地下空間は、何物にも代えがたい楽園だった。十五年も引きこもっていれば愛着も湧く。今では自分で引き回した電気と水道も完備しており、誠は一人、レンガを積んで理想の地下都市を建築し続けていた。
「……さて、やるか」
作業服の袖を捲り上げながら、誠は工具箱から古いパイプ切りとレンチを取り出した。
彼の頭上では、国から支給され、この最深部まで律儀に電波を拾って追いかけてきた球体のドローンカメラが、虚しくレンズを回している。
国が支給した配信用カメラだった。
最近施行された探索者法により、ダンジョン活動中の配信が義務化されたのである。
誠にとって、この配信はただの『お役所へのタイムカード』だった。
こんな地下四百層の、ただのおっさんが淡々と作業しているだけのチャンネルを、他人がわざわざ見に来るはずがない。誰かが実況を見ているなどという想定は、彼の頭には最初からなかった。
だから、画面に向かって愛想を振りまくこともしない。
画面の端に表示されているリアルタイム視聴者数は『3人』。
その3人の常連リスナーは、のんびりとコメントを打っていた。
『おじさんこんにちはー』
『今日も建築?』
『背景のグラフィック、相変わらずリアルすぎて映画かと思ったわw』
彼らは誠の配信を「精巧な自作の3Dグラフィック(CG)を使った、おじさんのDIY系ロールプレイング動画」だと思い込んでいる。
なにせ、背景の街並みが精巧すぎるし、おっさんの設定が突飛すぎるからだ。誠はそんなコメント欄に目をくれることもなく、無言で西大通りへと歩いていく。
その道中だった。
空間の歪みから、四百層の固有結界を守る超大型ボス『終焉の巨神』が突如として姿を現した。
全身が結晶体でできた、一国を数分で焦土に変える
レベルの天災。
『あ、また始まった』
『今日のボスキャラ、グラフィックの気合い入りすぎだろ』
『エフェクトで画面が揺れてるww』
「……チッ、邪魔だな」
誠はわずかに眉をひそめ、足元に転がっていた「鉄パイプの端材」を拾い上げた。
人に見せるための戦闘ではない。機材が壊れれば、地上へ戻って始末書を書かされる。それが何より煩わしかった。
「……おい、危ないから後ろに下がってろ」
誠は頭上のドローンカメラに向かってボソリと、突き放すような低い声で指示を出した。
カメラがプログラムに従って数メートル後退する。
その瞬間、誠は配信端末のスイッチを無造作にタップした。
プツン、と無機質な音を立てて画面が暗転し、数人のリスナーたちの前には【配信が切断されました】という定型文だけが残される。
戦闘シーンなど、彼にとっては配信で見せるほどのものではない。ただの「作業の邪魔」を排除するだけだ。
『オオオオオオオオオオッ!!!』
巨神が放つ、空間を爆裂させる結晶の拳。
誠はそれを、歩調すら変えずに最低限の首の動きだけで回避した。武器らしい武器など持っていない。純粋に、十五年間この地獄で生き抜いてきた肉体そのものが、レベルアップとスキルの極致によって最強に至っているだけだ。
「そこ、邪魔だ」
トォン、と。
誠が鉄パイプで巨神の膝の結節点を軽く叩いた。ただそれだけ。しかし、誠の無自覚な一撃は、巨神の強固な防御スキルを内側から完全に粉砕した。
ビシィッ!と結晶の全身に亀裂が走り、次の瞬間には、巨神は光の粒子となって爆散した。戦闘時間はわずか三秒。
「よし、配管の詰まりは……ここか」
誠はすぐにパイプを切り替え、サビ取り作業を始めた。彼にとって、魔王クラスの怪物を退治するのは、散歩中にクモの巣を払う程度の認識でしかない。
コツコツとレンチを叩く音が、静かな地下の街に響き渡る。現在、誠が一人で作り上げているこの『地下都市』は、すでに小規模規模の街ほどの広さがあり、レンガ造りの美しい街並みが四百層の闇の中に静かに広がっていた。
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