第十五話 (下)鉄角亭・夜
おもいっきりお酒を浴びたのは、黒を基調とした革装備に身を包んだ男の人だった。
細身の体型だけど無駄のない体格。
濡れた前髪の隙間から覗く左右で色の違う瞳が、静かにこちらを見る。
「……っ!」
一見穏やかな視線に見えるけど、瞳の奥に何かを感じる。
僕は顔色を変え、深く頭を下げながらもう一度謝った。
「ご、ごめんなさい! 本当に! わざとじゃなくて……!」
そう言ったすぐあとに、その男の人の背後で椅子が乱暴に鳴る。
「おいおい、団長に何してくれてんだ?」
低く、荒い声。
傭兵団の一人が立ち上がり、こちらを睨みつけていた。
傷だらけの鎧、使い込まれた剣。
いくつもの戦場を越えてきたのが一目でわかる。
「謝ればそれで済むと思ってんのか!?あぁ!?」
空気が一気に張りつめる。
(や、やばいっ……!ど、どど、どうしよー!?この人めっちゃこわい~…)
ジニアの喉が鳴る。
その瞬間。
「……やめておけ」
静かな声だった。
だが、不思議とよく通る。
お酒で濡れたままの団長さんが、怒鳴っている団員を手で制した。
「今夜はな。なごやかに楽しみたい」
その一言で場の空気が少し変わる。
団長さんは立ち上がらず、ゆっくりと隣に座る女性へ視線を送り頷く。
ミントグリーンの髪。やわらかな笑みを浮かべたその女性は、団長さんの意図を一瞬で汲み取ったようだった。
「ふふ……」
そう言って彼女はわざとらしく団長さんに身を寄せ、手にしていた飲み物を――
ばしゃっ!!
僕が団長さんにしてしまったのと同じように、彼の服をびしょ濡れにした。
「えぇ!?」
「お、おい!?まじかよ…」
ウルバも思わず声を出す。
「ほら、これで一緒♪日常茶飯事だから気にしないで?」
「ほんとこのお二人、人が良すぎだろ…」
周囲から戸惑いの声と笑いが同時に起こる。
緊張していた団員たちも肩の力を抜いた。
ミントグリーンの女性は微笑みながらも少しだけ真面目な顔で僕に声をかけてくる。
「次からは気をつけてね?リヒトニアは血の気が多い人もたくさんいるから…。 相手によっては本当に喧嘩になることもあるのよ」
「……はい!本当にごめんなさい。それと…ありがとうございます!」
深く頭を下げると女性はやさしく微笑んだ。
「あなた、風の精霊に愛されているんだね。良い旅を。」
その言葉だけを残して彼女はまた団長と親しげに話し始めた。
少し遅れて、ウルバが前に出る。
「本当にすいませんでした」
ウルバも団長さん達に深く頭を下げた。
団長はしばらく彼をじっと見てから口元を緩める。
「さっき、広場で少し演奏を聴いた。……よかったぞ」
その一言に、ウルバの目が丸くなる。
「また機会があれば、聴かせてくれ」
そう言って団長は杯を掲げた。
場は完全に和み、やがてまた笑い声と料理の音に包まれていった。
――それから。
僕たちは優しい傭兵さんとのやりとりのあと、勢いが増してたくさん飲んで食べた。
僕もたくさんお酒を飲んで酔ってしまったけど、こういう日があるのも悪くないかも。
お会計を済ませて店を出た瞬間。
夜風がとても気持ちいい。
「……あ」
「……あ」
ウルバと顔を見合わせる。
「俺たち……」
「……宿とるの忘れてた…ね」
夜のリヒトニアに僕たちの間の抜けた声が響いた。




