3章8話 頼ってよ
「楽、一人?」
「おお、茜……そだな、ちょっと調べ物をよ」
午後の講義の前にと、購買で買ったパンを片手に、学食の空いたテーブルでスマホの操作をしていた俺は、後ろからかけられた声に振り向かずに答える。
「隣、いい?」
「あぁ、お前がいいなら。珍しいな、いつもの友達はよ?」
そう尋ねながら、俺は調べた結果にピンを打っていく。それを当たり前のように覗き込むように見ながら、茜は答えた。
「今日は体調不良で休みだって……でもちょうどよかった」
「……お前は一人でいたら変に男に声かけられそうだからな」
これまでも何度か、声をかけられているのは見かける。
周りを見ると、いくつかの視線が俺に、そしていくつかの視線が茜に向けられているのがわかって、俺はやれやれとため息をついた。
健一を見ていても思うが、容姿が良いというのは得でもあり面倒でもあるものである。
「まあね、波風立てたくないからやんわりと断るけど、面倒ったらありゃしない。ただ、ちょうどよかったっていうのはそれだけじゃなくてさ」
「……? 何かあったか?」
「まぁちょっと言いたいことがあってさ。勘も間違ってなかったし。とりあえず私も何か買ってくるから待ってて」
「おお……」
勘ってなんだ? そんな事を考えつつ、俺は再び検索サイトの結果を見てメモをしていく。今調べているのは、消印からわかった町名と、その周辺の少し大きめに見える病院だった。
◇◆
「はい、楽の分」
「おお、サンキュ……いいのか?」
「いいわよ、それ好きでしょ。で、今調べてるのは何?」
茜の質問に、俺は郵便物の話をして、それぞれの病院に行くとしたらの地理を見ていたことを話す。
すると、茜がこちらを少し怒ったような表情でそう問うように言った。
「やっぱりね……ねぇ楽、あんたさ、行くとしたらどうやって行くつもり?」
「どうやってって……そりゃあずさとかでだろ、まぁ泊まりになるかもだからもうちょっと調べるけど。まぁ、バイト代もあるしな、大丈夫だ」
俺はその勢いに気圧されるようにして答える。
茜がどうして少しだけ怒っているかがわからなかった。だが、こいつが怒る時には大体理由がある。主に俺に。
「詩音くん連れていくんでしょ? 結構歩くかもしれないし、タクシーとかも今は中々捕まらないって聞くよ?」
茜がその答えに、そう言った。目線は俺の目を見つめたままだ。
「……つってもよ、まぁレンタカーって手もあるかとは思ってそっちも見てるけど、割と高いんだよな」
俺は、その視線から目をそらすようにして、言い訳のように呟く。
そして、それに茜は少しだけ怒りを悲しみに変えたような表情をして、言った。
「あのさ、少しは頼ってよ。例えば、私も一緒に行けばいいじゃん、車で、三人で」
「え? でもそれはよ……」
流石に迷惑じゃねぇか?
俺が、茜の言葉に、そう出来たら助かると思いつつそう思って口ごもっていると、茜は続けた。
「……詩音くんのことでしょ? そりゃ血はつながってないわよ?だけど、なにかしてあげたいじゃない。詩音くんにも…………あんたにも。こんなに身近に車持ってて、事情も知ってる人間がいるのに、まーた一人で考えてたでしょ。悪い癖だよ? 昔から」
「わり……サンキュな」
正直、移動手段のことを考えると、茜に頼る思いがよぎらなかったわけじゃない。
そして、その思考も多分、バレていた。だからこそ、それを相談もしないで選択肢から外したことに怒っている。
俺もまた、それを今言われて辿れるのだから、10年以上の付き合いというのは侮れないものだ。もっとも、だからこそ、謝罪も謝意も照れが交じるのだが。
「ほら、調べた場所、私にも見せて」
茜に促されて、スマホの画面を彼女に向ける。
地図アプリには赤いピンをいくつ立てていて、それが病院の場所だった。
それぞれにメモもつけているが、茜の言う通り、公共機関のあしだけだと正直しんどいところだった。
「……詩音が、相談してきたら、連絡する……頼むわ」
「全く、いい幼馴染を持って幸せでしょ?」
「そりゃ、昔からそう思ってるよ」
ふふん、と胸をそらしてみせる茜に、心からと、照れ隠しのお返しのようにそう言うと、茜も少し照れた様子で、パンを口に運ぶ。
その仕草に、楽は小さく笑みを浮かべるのだった。
◇◆
「あら、茜ちゃん。今日は随分と機嫌がいいんねぇ」
私は、帰宅して、リビングで編み物をしていた祖母に声をかけられる。
この祖母は、一度危篤状態にもなったのだが、今では持ち直して随分と元気になっていた。それにしても、祖母には、私の足音だけで、機嫌がわかるらしい。私が単純なだけかもしれないけれど。
「あ、おばあちゃん。今日は起き上がって大丈夫なの? 無理しちゃ駄目だよ?」
「ありがとうねぇ。でもたまには少しだけでも動かないとねぇ。で? どうしたんだい?」
私は祖母の隣に座り、楽と詩音のことを話し始めた。
詩音のことは前に話した事があるが、今回その足取りがわかるかもしれないことを聞いて、目を丸くしつつ、病院を探していること、どうやって行くかを考えていること、楽に文句を行ったこと。それらを話すたびに、祖母の表情が柔らかくなっていくのがわかった。
そして、優しい声で微笑む。
「あの楽くんが、大きくなったもんだね。それにしても……ふふ、うちの孫娘達は、男を見る目がちゃんとしているようで、ばあちゃんは一安心だよ」
「え……えぇ? 急になぁにおばあちゃん?」
その穏やかな声で、少しいたずらっぽく含められた言葉に、きっと祖母の狙い通り慌ててしまう私だったけれど。
「馬鹿はろくでもないものに時間やお金を使う。賢い奴は自分の成長のためだけに使う。でもね、それ以上に、人の為に使う人間が、おばあちゃんは好きだよ」
祖母の言葉に、茜はへへっと笑う。
窓の外では夕焼けが深まり、部屋の中を柔らかなオレンジ色に染めていた。




