2章10話 曖昧な記憶とやるせない心
始まりは少々ざわついたものの、最後の方はいろんな子が質問に答えるなどしていて、初めて保護者という立場で見る小学校の授業というものは新鮮だった。
この後は給食やホームルームはない代わりに、子どもたちそれぞれの工作品を持ち帰るということで、保護者の方は持って帰ってくださいとのアナウンスで終わるのを聞きながら俺は改めて教室を見渡す。
「転入したものの、詩音も慣れているようだ」
「ああ、絵美に絵夢の二人のおかげもあんだろうけど、休み時間でも浮いたりしてる様子もないし、一安心だ…………なんつうかこうして後ろから見るのは不思議な感じだけどな」
「……懐かしいか?」
「流石にな、姉貴とじいさんが来てくれたことがあったのを少し思い出したよ」
「そうか」
そんな会話をしている間に、それぞれ保護者は外に出始めて、俺達もそれに倣おうとしていると。
「あ……悠太!」
絵美のそんな声が聞こえて、俺は立ち止まってそちらを見た。
すると活発そうな男の子が少し怒ったような顔で、そしてその後ろを母親であろう女性が疲れた表情で教室に入ってきて、川島先生が少し難しい顔で頭を下げる。
そこに絵美と絵夢、そして、詩音が駆け寄るのが目に入った。
「……楽?」
「あー、何だか変に気になってな、詩音も話すみたいだし、じいさんは先帰っててくれ」
「……ふむ? まぁぞろぞろと行くのもな。何かあれば言え」
「わかった」
頷いて、そのまま立ち去っていく後ろ姿を見ながら、何かあれば、と言うということは、じいさんも少し気になっているのかもしれないと思いながら、俺はそちらに歩を進めた。
◇◆
「あ……悠太!」
授業が終わって、楽さん達のところに行こうかと思っていたが、絵美の声に入口を見ると、悠太くんが教室に入ってくるのが見えた。おそらくお母さんらしき人と一緒で、川島先生のところに頭を下げながら近づいている。
(何だか凄い悠太くんが怒ってるみたいな?)
何があったのだろう、僕がそう思っていると絵美がそちらに小走りで言って、絵夢も続く。やはり気になってしまって、僕も一緒についていくことにした。
「悠太……あんた大丈夫? なんでさっき連れて行かれたわけ?」
「絵美…………いや、別になんでもねえよ」
絵美の言葉に、悠太がそう答えるが、どこかその声が震えているようで、詩音はふと気づく。怒っているように見えていたけれど―――――。
「何でもないわけないでしょ……あんた、そんな泣きそうな顔してさ。おばさんも何か疲れてるし、何があったのよ? 先生は何か知ってるんですか?」
「…………それは――――」
絵美の言葉のように、悠太の表情は近くで見ると涙を堪えるようにして、悲しみと、怒りと、やるせなさと、色んな感情がないまぜになったもので。
「心配してくれてありがとうね、絵美ちゃん、それに絵夢ちゃんも。この子ね、少し勘違いしちゃって消防署から連絡が来てね、だから、それで少しお話を受けていたの」
消防署?
詩音たちがそう首を傾げていると、悠太が堪えきれないように言った。
「……でも、何で母さんが謝らないといけないんだよ。俺は嘘ついてないし、イタズラでも目立ちたいわけでもないのに!」
「……ちょ、ちょっと悠太?」「急に叫ばないでよ」
絵美と絵夢がなだめるようにして言うが、悠太は憤懣遣る方無いという様子で唇をへの字に曲げている。
「えっと、何があったんですか?」
僕がそう呟くように告げると、先生と悠太くんのお母さんが迷うようにして、経緯を話してくれた。
朝方、悠太くんが山の方の煙を見たということで通報があったということ。
ただし、現場に消防員が行ったところ、特に火事の形跡などはなく、周辺の住民からの目撃情報なども無かったということ。
小学生からの通報で、学校名もきちんと伝えていたため、状況を改めて聞くために先ほど呼び出されていたということ。
だが、それだけ聞くと、悠太くんが怒っている理由にならない。
「見間違いだったってこと? それで怒られちゃったの?」
僕と同じことを絵美も思ったようで、そのまま質問の声を上げた。
「それがねぇ、消防の方はどちらかと言うとそういう見間違いもあるから、通報自体を責めたりはなかったんですけど、教頭先生が……」
どうも、教頭先生に悠太がいたずらじゃないかと疑われたそうで。
「挙げ句の果てに父親がいないから気を引きたいというのは理解できますがって? 何もわかってねーじゃねーかよ! 誰もそんなこと言ってねぇし俺は見たんだって……そりゃ、その後消えちゃった気がして、勘違いだったかもだけれど…………」
「あー、教頭先生か。厳格だけどちょっと思い込みが激しいのが玉に瑕なんだよなぁ、だからまだ教頭なのかもだけど…………って、あ。横からすみません、久我山詩音の身内です怪しいものじゃないです」
様子を見に来てくれていたのだろう楽さんがポツリと呟いて、そして慌てたように頭を下げた。その様子に、少しだけ場の雰囲気が和らいだ。
ただ、その印象は僕も聞いたことがあって、廊下を走っている生徒は凄く怒られたり、怖い先生なイメージがあるのが教頭先生だった。
「……もう楽くんったら。でも、すみません。頭から疑うなんて良くないわよね。私も一緒にいてあげられたら良かったんですけれど」
「いえいえとんでもないです。授業参観日にこんなことになって申し訳ないです……それに、父親がいなくて寂しいから気を引くためにと言われてしまったら、私も何も言えなくなってしまって」
川島先生の言葉に、悠太くんのお母さんが申し訳なさそうに言う。
それを見て、僕は他人事だとはどうしても思えなくて、楽さんを見た。
「楽さん、何とかならないかな?」
「うーん、何とかっつってもなぁ、いたずらじゃないのはそのとおりだと思うけれど、火事が本当はあったのに無かったってことか? 消防の人が既にしたのに、聞き込みにいくわけにもなぁ」
楽さんが、少し困ったようにする。
そして、悠太くんも少しトーンを落として、しょんぼりとした口調で言った。
「……でも、もういいよ。俺も、何だかずっと勘違いだとか言われたら、そうかもって思ってきて、朝のはずなのに、なんだか曖昧でわかんなくなっちゃってきたから」
「…………」
少し、躊躇う心もある。
でも、怒りの感情も、悲しみの感情も、色々と飲み込んで諦めたようなその悠太くんの様子を見て、僕の体が、考えるより先に動いた。
そして、さりげなく慰めるようにして、僕は左手を悠太くんの肩に置いた。




