1章16話 ただいま
「あ、祖父さんから連絡が来てた……珍しく電話もかかってきてら。先に説明しといたほうが都合は良さそうだな」
車に乗り込んで家の近くまで走った後で、楽さんが携帯電話を見ながら呟いたのに、僕は少しビクリと背中を震わせた。
外は暗くなって来ていて、絵美ちゃんと絵夢ちゃんには気づかれなくて良かったと、そっと息を吐く。
「そうね、じゃあさ、ちょっと先に楽だけ降りてる? 一度絵美ちゃん絵夢ちゃんを下ろしておばさんに説明したら、詩音くん連れてそっちいくよ」
茜さんが助手席に座る楽さんに話しかけると、楽さんは「あぁ、すまんけど頼むわ」と言った。
「ねぇ、詩音くんは絵美ちゃんと絵夢ちゃんとトラさんを連れて行ったあとに、もう一度お姉さんと戻ろうか」
「はい、わかりました」
そして、続けての茜さんの僕に向けての言葉に僕はそう頷いて答えながら、頭の中で考える。
楽さんのお祖父さん。つまりは僕のひいお祖父さんなわけだけれど、お母さんからはほとんど話を聞いたことはなかった。
多分、あまり仲は良くなかったんだろう。
だって、楽さんのことは色々話してくれたのに、一度もここに来たことがなかったのはそういうことなのだと思うから。
「じゃあ詩音、ちょっくら祖父さんと話だけしてくるから、茜と後で来てくれるか?」
「うん、ごめんなさい」
「謝んな。それに祖父さんは……まぁ姉貴と仲が良いとは言えなかったが、こういう時に断ることはしねぇはずだ」
どこか確信を持ったようにして楽さんがそう言って先に車を降りていくのを、僕は見送った。
そんな僕を絵美ちゃんと絵夢ちゃんが少し心配そうに見てくれているのがわかって、僕はにこりと笑って大丈夫だよと口にする。
すると。
「もしも久我山おじいちゃんが駄目って言ったらさ、絵美達がパパとママにお願いしてあげるからね」
「うん」
絵美ちゃんが張り切ってそう言って。
「絵夢もお願いする!」
「ありがとう」
絵夢ちゃんも大きく頷いてそう宣言してくれる。
それに、それぞれ僕は頷いてお礼を言って。
「がう」
そして、自分もいるとでも言うようにケージの中でトラさんが鳴いて、僕はくすりと笑ってしまう。
少しだけ、緊張していたのが解けた気がした。
「ふふ、買い物に来ただけが少し予定外だったけれど、友達ができてよかったね」
そしてまた、先ほど訪れた家の前でトラさんと共に車を降りていった二人を見送って、茜さんが、再び車を発信させながら、そう僕に優しい声で話しかけてくれる。
「はい」
「同じ小学校に通うことになると思うし、あの子達は社交性も高い子達だから、少し心強いわね」
「……はい」
「ふふ、大丈夫だよ。って言っても、不安だと思うけれど、きっと大丈夫」
「ありがとうございます」
正直なことを言うと、朝こんな知らない土地に来た時は、本当に不安で不安で仕方なかった。
住んでいたところに比べて、寒くて、山が何だか近くて、冷たい風と一緒で誰も彼も冷たそうに見えた。
なのに、絵美ちゃんも絵夢ちゃんも今日初めて会ったばかりの子たちなのに心配してくれて、楽さんも茜さんも含めて、皆いい人達だった。
そう、ぽつりと呟くと、茜さんはあはは、と笑う。
そして言った。
「それを言ったら、詩音くんだってそうでしょ。初めて会ったあの子達のために一生懸命だったじゃない。……奏音さんの子供かぁ、ふふ、でも、奏音さんよりも楽に似てるね――――さぁ、着いたよ」
お母さんには似ていないと自分でも思っていた。お父さんのことはわからない。
だからだろうか、楽さんに似ている。そう言われることが、不思議と嫌じゃなくて、何だかホッとするような気持ちで。
そしてそんな気持ちのまま、茜さんに連れられてお昼を食べさせてもらった、僕が押しかけた楽さんの家の門をくぐると。
外に立っていてくれた楽さんと、その隣に佇むどこか厳しそうなおじいさんがいた。
じっと、どこか睨むようにして、おじいさんは僕を見ている。
「あの……」
僕が、恐る恐る、声を出すと。
「ようやく帰ったか……詳しい話は後として、詩音。歓迎しよう、入ると良い」
「おい祖父さん、それじゃあんまりにも無愛想すぎて詩音が怖がるだろうが、もう少し笑えねぇのかよ。…………ったく、おかえり、詩音。東京とは違って日が落ちると一気に冷えるからな、入るぞ」
「……あ」
楽さんがおじいさんに呆れたように頭をかいて、そして僕に向けて言った。
僕は、その当たり前のように発せられた言葉に、少しだけ口をぽかんと開けたようにして立ちすくんでいて。
「あのな、詩音。あんな風だが祖父さんも歓迎すると言ってて、あれで言葉通り歓迎してるつもりなんだわ、勿論俺も同じだ」
「……あ、うん、ありがとう、ございます! 今日からお邪魔します!」
それに困ったように楽さんが告げるのに、そう言えば挨拶を忘れていたと思って、僕は慌てて頭を下げてそう言った。
だけど、そんな僕にかけられた声は更に困ったような楽さんの声で。
「あー、まぁそりゃそうだよな…………なぁ詩音?」
「はい」
「今日からはそういう時は、ただいま、でいいぞ? お前はもう、ここを"うち"って呼んでいいんだからな?」
「え? あ…………ただ、いま? えっと、ただいま、です」
そう言われて、僕が目を丸くしながら、おずおずとただいまを言うと、楽さんは頭をわしゃわしゃと投げてくれた。
それは少し乱暴な手つきなんだけれど。
凄く凄く、不思議だった。
最初は仏頂面のように見えたおじいさんも、同じような顔をしている楽さんも、とても、とても優しく見えて。
(ただいま、か)
だからだろうか、僕は戸惑いながらも自分でも驚くくらい自然と、ただいまを言えたのだった。
これは、不思議なチカラのせいでお母さん以外とは仲良くなれたことがなかった僕が、少しだけ頑固なおじいさんと、とても不器用だけど料理がうまくて、優しいお兄さんと少しずつ家族になる話。
~ 1章 出会いは春の訪れとともに Fin ~
ここまでお読みいただきありがとうございました!
この後、少しばかりタイトルに触れる閑話を投稿して、少しだけ2章を書いて溜めたら一気に投稿していくつもりです(本業次第では書いて出してできるかも)
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