葉村綾
「で、どうしてこんなVIP待遇してるんですか、オヤジ!」
目の前でかつ丼を食べている少女を指差して、ジンは大声を上げた。さっきまで殺し合いをしていた相手が組の事務所で堂々と食事をしている風景には違和感しかない。
「なんでって、こいつが情報源だからや。この子にゃ、色々教えてもらわんとあかんからな。あ、嬢ちゃん、もっと食うか? 何でもええで。何、次は寿司がええ? よっしゃ、星崎! 赤居寿司に特上寿司盛り三人前や!」
大きなカツをごくんと飲み込んだ少女は
「ありがとうございます。こんな厚遇していただいて」
と頭を下げた。外見だけを見れば、この子は育ちのいいお嬢様だ。
「私は葉村綾と申します。よろしくお願いいたします」
「んで、葉村ちゃん。早速やけど、『鉛筆屋』の情報教えてや。あんたの身柄は竜胆会が責任もって保護するさかい。何なら、ジンを護衛に付けてもええで?」
ジンの意思など関係なく、神崎は話を進めている。
「情報を教えたら私は私の雇い主から消されるとは思われないんですか?」
「その雇い主……ワシら竜胆会より強いんかいな?」
目を細める神崎。それだけで凄みが伝わってくる。武闘派ヤクザの名は伊達ではない。
「分かりません。新興勢力ですし……何より、占領軍が関わってます。事を荒立てるのは得策ではないかと……」
「へえ……そうなんか。占領軍がな……」
「はい。私も下手な動きはできません。何より、人質がいます」
「人質、ね……おい、ジン! 何ぼさっとしとるんや。お前は情報を整理しとかんかい! これからお前には大活躍してもらわなあかんのや」
「はあ……」
ジンは渋々手近にあったメモ帳を引き寄せて、これまでの二人の会話の概要をメモする。
「葉村ちゃん、こういうことにせえへんか?」
武闘派といってもただ単に喧嘩に強いだけでは生き残れない。時として、策を用いることもヤクザには必要である。
「葉村ちゃんは竜胆会に尋問されて強引に情報を引き出さされた……。細工はワシらの部下にさせるさかい。こうすりゃ、何も問題はあらへん。後はワシらがその組織をぶっ潰せばいいだけや。新興組織如きに負ける竜胆会やあらへんしな」
神崎には新興勢力がどんなものであるか想像がついていない。それが綾の見立てだ。綾にも詳細は知らされていないが、あの『鉛筆屋』が外国人であったことを考えると、すでに相当の数の兵隊を動かせるはず。この竜胆会の兵力がどれほどのものかは知らないが、数で劣る日本人は不利と言わざるを得ない。
「神崎さん。この竜胆会は警察からも狙われているんですよね? 敵対勢力が多いのに兵力をたかが三宮の新興ヤクザに割けるんですか?」
「問題あらへん。警察のお坊ちゃんたちにはちょびっと黙っていてもらえさえすれば、気づかんように事態を収拾できるわ」
その自信はどこから来るのか、綾は疑問だった。
「まあええわ。さて、尋問の続きや」
そこに寿司の盛り合わせが届けられる。雲丹にイクラ、大トロに加えて富山名産の白エビやのど黒が入った豪華な内容だ。
「そのなんや……新興ゲス組織のボスは誰や?」
神崎は雲丹の軍艦巻きを割りばしで掴んで、口に放り込む。
「教えたら殺される危険性があります」
「おいおい、あんましワシを失望させんといてや。葉村ちゃんを戦線に放り込んだのは訳があるんやで? なんで兵隊を送り込まなかったと思う? それはそこら辺の兵隊よりも葉村ちゃんの方が強いからや。あの不可思議な能力……あれを使えばそこら辺の兵隊は物の数やないやろ? その葉村ちゃんが抜けた組織の兵力なんぞ高が知れとる。やから、別に大丈夫や」
あれを見て驚かないということは神崎はもう既にあの力が何であるか、多かれ少なかれ掴んでいるということだ。
「嬢ちゃんがどうしても言いたくないってんなら、ワシの知り合いに調査させる。ジンもおるしな。おい、ジン! 晩飯食ったらすぐに三宮や」
「分かりました」
肩を落として返事をするジン。
「名誉を失えば、取り戻せばいい。財産を失っても、また稼げばいい。けれど、勇気を失ったらそれは死んでいるも同然だ」
それがここでジンが綾にかけた最初の言葉だ。
「オヤジはこう言いたいんだと思うぜ……」
ジンは事務所出口のドアを開けた。
「ま、後はあんたが判断することだ。臆病風に吹かれるもよし。ブチ切れて寝返るもよし。戦線離脱するもよし。だがまあ……あんたは俺の剣を見てしまった。何か気づくことがあったんだろ。俺はあんたのその力を知りたいから調査する」
「その結果知ったものがとんでもない事実だとしても?」
「そん時考えればいいさ。じゃーな」
こんばんは、星見です。
今作初の女性キャラ、葉村綾さんです。
さて、どうなるんでしょう?
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……




