第18章 希望の列車(The Train of Hope)
黒い画面が最後に震え、仮面の声が響いた。
冷たく、感情の欠片もない声。
部屋の空気が一瞬で凍りつく。
> 「――紳士淑女の皆様、ようこそ《不変の劇場》へ。
私はこの舞台の演出家です。
よく聞いてください。これが――ルールです。」
モニターの中で、白い仮面がゆっくりと頭を下げた。
その声は穏やかで丁寧だったが、それこそが恐ろしかった。
> 「午前六時ちょうどに、地下ホームから一台の列車が発車します。
名を《快楽の劇場》といいます。
それがあなた方の唯一の脱出手段です。
同時に、私は全線に致死性のガスを放出します。
そのガスは肺の奥から溶かしていく。
地上への出口はすべて封鎖済みです。
逃げ場はただひとつ――列車のみ。」
画面には、線路、分岐点、そして遠くに黄金の光を放つ車両の映像。
仮面の声が続く。
> 「発車まで残り六時間。
それまでにホームへ辿り着き、列車に乗りなさい。
間に合わなかった者は……次の幕の“出演者”となります。
さあ、楽しみましょう。――王は拍手をお望みです。」
テレビが消えた。
部屋は完全な暗闇に沈む。
時計の針が「00:01」を指した。
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エファが最初に沈黙を破った。震える声で。
> 「嘘よ……こんなの、冗談でしょ?」
バンが立ち上がった。目の奥は墓のように暗い。
> 「列車……それが唯一の道か。」
怒りが再び顔に浮かぶ。
「六時間。六時間でこの狂った迷路を抜けろってか。」
ハスターは冷静に古い地図を折り畳んだ。
> 「出口は封鎖、ね。なら地上を捨てて地下を走る。一直線だ。」
その声には慰めも希望もない。
「ただし――これはただの旅じゃない。奴の“舞台”だ。罠も、仕掛けも、演出もある。」
アラタが息を荒げ、傷ついた手を握りしめた。
> 「列車は……どこに止まるんだ?」
ハスターは地図の中央、複雑に絡み合う線路の一点を指した。
「ホームH。そこに列車が来る。そして――すべてが決まる。」
バンが黙って荷をまとめる。
> 「なら、行くしかねぇ。」
ハスターは小さく頷いた。
> 「いいだろう。ただし覚えておけ――
列車に乗れた者だけが“観客”になれる。
残った者は……舞台に立つ。」
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彼らは避難所を後にした。闇が彼らを呑み込む。
壁は湿り、空気は鉄と土の匂いで満ちていた。
ヘッドライトの光がレールをなぞり、遠くでは誰かの足音と叫びがこだまする。
トンネルの奥から、金属質なアナウンスが響いた。
> 「――再確認。ホームH、発車時刻は06:00。
地上への避難は禁止。出口は封鎖されています。
よい旅を。」
持ち歩いていた古いストップウォッチが、心臓の鼓動のように鳴る。
三時間が過ぎ――時刻は03:59。
彼らは進んだ。
曲がるたびに心拍が速くなる。
時々、別の集団の影が見えた。
ぼろ布をまとった人々、泣き声を殺す子ども。
壁一面には黄色い落書き――王の印、仮面、伸ばされた手。
エファが舌打ちした。
> 「最悪……こんなの聞いてない。」
「誰も聞いてねぇよ。」バンが答える。
「でも――進むしかねぇ。」
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そして、走りが始まった。
彼らはトンネルを駆け抜ける。
床が震え、古びた標識や錆びた駅の跡を通り過ぎる。
時折ハスターが立ち止まり、壁や装置を探る。
罠を避け、奴が残した“脚本”の行間を読むために。
ある交差点で――警報が鳴った。
ピッ、ピッ、ピッ。
鉄格子が落ち、エファとハスターが一方に、バンとアラタがもう一方に分かたれる。
その瞬間、再び世界が爆ぜた。
乾いた笑い声。鉄が軋む音。
煙の中から現れた影――ハーヴィーだった。
ゆっくりと歩み寄るその姿は、獲物を見つけた捕食者のよう。
> 「――終わってないぞ、下民。」
バンが歯を食いしばる。
> 「ハーヴィー……まだやるのか?もう全部、終わらせろよ。」
ハーヴィーの笑いは氷のように冷たい。
> 「お前に侮辱されたからだ。
お前が笑ったからだ。
王は舞台を望んでいる。
そして俺は――お前が逃げ惑う姿が好きなんだ。」
彼が拳を掲げた瞬間、氷の刃が周囲に広がった。
青白い光が闇を裂く。
――決闘の幕が上がった。




