第17章 ―― 0:00(零時)
ペレリアの街に、夜が灰のように広がっていた。
ネオンが一つ、また一つと消え、通りは闇に呑まれていく。
ホテルの一室で、静寂を裂く叫びが響いた。
――「この屈辱、絶対に忘れないぞ!!」
ハーヴィーはベッドの上で転げ回り、怒りに歪んだ顔で拳を叩きつけた。
荒い呼吸が、密室の中を獣の唸りのように満たしていく。
その時、冷たく静かな声が闇の中から滲み出た。
――「随分とやられたようだな。」
ハーヴィーは息を荒げ、怒りに燃える目で声の主を睨む。
――「黙れ! それに勝手に俺の部屋に入るな、ヴァッサル!」
男が一歩前へ出る。
揺らめくランプの光の下、彼の姿が露わになった。
白い仮面。その中央には金の棘に囲まれた一つの眼の紋様。
完璧に仕立てられた黒いスーツ、純白のシャツ、
そして血のように赤いネクタイが、かすかに脈動していた。
一歩進むたびに、空気そのものがたわむようだった。
――「彼らは消えたわけではない。」
「地下道を通っただけだ。」
ハーヴィーは歯を食いしばる。
――「何だと?! なら今すぐ追おう!」
ヴァッサルは穏やかにハーヴィーの肩に手を置いた。
その声は、父親のように柔らかく響いた。
――「まだだ、ハーヴィー。今は舞台を壊すな。」
仮面の下で、見えぬ瞳が微笑んでいるようだった。
――「今夜は眠らせてやれ。
明日、舞台が開く。
そして日が暮れる頃には……全員が死ぬ。」
その声を聞いた瞬間、ハーヴィーの怒りは凍りついた。
空気が重くなる。部屋が狭くなっていく。
仮面の男はわずかに首を傾げ、誰にも聞こえぬ何かに耳を傾けた。
そして、人ならぬ声で呟いた。
――「王は、真夜中にその劇場を開く。」
次の瞬間、男の姿は闇に溶けた。
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地下にて
その頃、ペレリアの地下道では、
ハストゥル、バン、エファ、アラタが身を潜めていた。
崩れた壁の中に隠されていた金属の扉が、
錆びた音を立てて開く。
――「やっと着いた!」バンが叫ぶ。
「これぞ我が家だ!」
エファが眉をひそめる。
――「ここがあなたたちの住処なの?」
ハストゥルは胸を張って言う。
――「そうとも! 部屋は四つ、テレビ付き!
立派なテーブルに王様みたいなソファ、
そして左の廊下にバスルームまである。最高の贅沢だ!」
アラタは肩を押さえながらソファに崩れ落ちた。
――「腕がまだ痛ぇ……それに、まさかこんな所にテレビがあるとはな。」
エファは肩をすくめる。
――「私はシャワーを浴びてくるわ。」
数分後、浴室から悲鳴が上がった。
――「きゃあああああっ!! 何これ!!」
ハストゥルはため息をつきながら言った。
――「ああ、トカゲゴキブリか。すぐ慣れるよ。」
タオル姿のエファが怒り心頭で出てくる。
――「こんな化け物の巣にいられるわけないでしょ!?
サクライ、行くわよ!」
だがハストゥルがその手を掴む。
――「駄目だ。外には出られない。」
――「どうしてよ!」
バンが低い声で答えた。
――「あんたたちは副ヴァッサルを殴った。
今や逃亡者だ。」
重苦しい沈黙が流れる。
ハストゥルが静かに続けた。
――「でも心配するな。一週間もすれば忘れられるさ。
ここは〈不変の劇場〉だ。何も変わらない場所だからな。」
エファはため息をつき、アラタは目を閉じた。
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0:00
それぞれが思い思いに夜を過ごした。
ハストゥルはランプの下で古びた本を読み、
バンはアラタの腕に包帯を巻きながら悪態をつく。
エファは掃除道具を手に、虫との戦いを続けていた。
やがて静寂が訪れる。
ネオンの微かな唸りと、彼らの呼吸だけが響く。
――ドーン。
鐘の音。
ゆっくりと、重く。
一つ、二つ、三つ……そして十二。
その瞬間、テレビが白いノイズを立てて勝手に点いた。
四人が同時に身を震わせる。
画面には砂嵐が映り、やがて――
白い仮面の男の姿が現れた。
ハーヴィーの前に現れた、あの男だ。
声が霧のように部屋中に広がった。
> 「――零時。
さあ、ゲームを始めよう。」
全員の背筋に寒気が走った。
テレビが静かに消える。
だが、その声の残響だけがいつまでも響いていた。




