第79話 双暁の護衛
「あ、ああぅ~~………」
「も、もういいんじゃないかな?サヤカぁ……」
今、ワタシの目の前で、シュールな光景が半日近く続いていた。
お仕置きという名の理不尽に当てられている二人は、腕力でものを言わさず素直に従い、現在は悲痛の声を挙げて許しを乞いているところだ。
が。この状況をつくった元凶たるサヤカ・ヘイゼルは、そんな二人の懇願を無視し、この状況をただひたすらに楽しんでいた。
なんとも、鬼畜な所業だ。
そんな幻実から眼を背けるべく、ワタシは一人台所へと向かい、朝食の準備を始めた。
いっきに増えた人数に、ワタシ以外の全員が料理をほとんどしたことがないという有り様。
サヤカさんは引きこもり生活が長すぎて一日二日抜いた程度ではなんともないと言うし、二人が『姫』と呼ぶヴィヴィアン・ランスロットは焼き魚くらいしか作ったことがないらしく、その二人とは別に、サヤカさんの姉、アヤカ・グレーデルは周りから剣以外の刃物は握ってはいけないと強く抑止されているとか。
まぁ、リッチさんの場合、〈霊皇〉という立場上食事はそれほど必要ではないと前に聞いた。
陽が昇り始めて三十分ほどが経った頃、ワタシはちゃぶ台の上に五人分の朝食を並べた。
「あ。もう出来ましたか」
それに気付いたサヤカさんは、お仕置きを止めさせずちゃぶ台の前に着いた。
置き去りとなった二人の目の前を、その十分ほど後にリッチさんが通過した。
「ふわぁはッ!……って。お二人共、このような所で何をされているのですか?」
珍妙な声を発して驚き、リッチさんは二人の前に座り訊ねる。
「ううぅ、お仕置き、だって………」
しょんぼりとした声音で、ヴィヴィアンさんが答える。
「別に、無理して言うことを聴かなくていいのでは?」
「そ、そうもいかないよ。確かに、腕力ではワタシ達の方が格段に上だけど、何だろう?言葉にできないけど、それを超越したような『何か』を持ってたんだよね…………」
意味深な言い方をして、視線を少しずらした。
そんな会話には一切入ってきていなかったアヤカさんは、ヴィヴィアンさんの隣でお仕置きと葛藤しながら一人でずっと悶絶していた。
「おほっ。んッ、む。ああぁ~~んッ」
悶絶、というより、何か変な奇声を発していた。
何の苦痛も感じていないかのように、リッチさんと会話を続けるヴィヴィアンさん。
「…………」
本当に放置したまま、普通に朝食を摂り続いているサヤカさん。
これが彼女たちにとっての『日常』であるのだろうが、どこか変に見えるのはワタシの偏見な眼のせいだろうか。
そう思い込むことにし、ワタシはサヤカさんの向かいに座り朝食を摂った。
リッチさんは、ヴィヴィアンさんといくつかの押し問答の末、諦めてワタシのすぐ隣で朝食を摂りだす。
理不尽な拷問から二人が解放されたのは、それからおよそ三時間ほど後のことだった。
それは、サヤカさんからの指示ではなく、ワタシの独断の判断だった。
せっかく用意した朝食はほとんど冷めてしまっていて、これ以上待つのはどうかと二人に提案した結果である。
ちなみに、サヤカさんは朝食を摂り終えて早々に何処かへと出掛けてしまっていた。
何かを知っていそうなアヤカさんも、心当たりがありそうなリッチさんも、明確にその場所を答えてはくれなかった。
それを知ったのは、学園が冬休みという長期休校に入る、少し前のことだった。
ソレは、何の変哲もない建物。
ワタシやヴィヴィアンさんだけでなく、このセカイに住まう誰しもが、ソレを認知していてもソレが《超古代遺失物》の一種などとは想像できはしないだろう。
その建物の名は、〈ディル・ディ・レイの永柩図書館〉。
世界の崩壊と同時に消失したいくつかの代物。
その存在は、確かに『遺失物』であろう。
だけど、これは単なる遺物ではない。
元々、仮想に造られた史跡を真似た産物でしかなった。
なので、『ディル・ディ・レイ』という人物も、『永柩図書館』という建物も、史実には一切載っていない空想上の代物。
だから、その建物が何処に存在していようと、どのような環境下にあろうと、それはそれで仕方のないことでありどうしようもない現実。
───の、はずだ。
だが、その〈空想〉は、既に〈現実〉である為、サヤカさんはその真相を知ろうと奮起しているように見えた。
神代港。東側の発着所。
「……。ようやく、『合流』できましたか」
それは、いつもの日々だと構えていた分、何だか妙な違和感を抱いてしまう。
「あははっ。やっぱり、遅いかな?」
ヴィヴィアンさんは、申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「いいえ。そんなことはないと思いますよ」
茶を濁すように、ヴィヴィアンさんを気遣うマルクトさん。
その光景はまるで、兄妹の語らいを見ているかのよう。
「それに、アナタもこれまでたくさん苦労されてきたのでしょうから、その事情も理解しているつもりですよ」
「ありがと……」
今度は、頭を深々と下げるヴィヴィアンさん。
マルクトさんは全く気にしていない様子があるのだが、ヴィヴィアンさんにはそれは関係無いといった感じだろう。
「それで、この先はどうされるのでしょう?」
「えと……。どうするの?」
その質問の矛先は、何故かワタシに向いていた。
現在、ワタシ達の近くにはサヤカさんがおらず、サヤカさん以外の面子とマルクトさんがいるだけ。
ワタシとしては、どちらかと言うとその質問はリッチさんにすべきだと思ったが、リッチさんの視線はヴィヴィアンさんやマルクトさんと同じように何故かワタシに向いている。
当然、ワタシにはそれを答えられる案などあるはずがなかった。
「…………」
なので、一言も喋らず黙秘のような表情して皆の反応を待ってみた。
「……ま。いいでしょう」
なにがいいのかはさっぱりだが、深く訊ねてこないということは、彼らもそれほど急くような目的があるわけではないということだろう。
「ヴィヴィさんは、このまま彼女に付いててもらえますか?」
「え?べつにかまわないけど………」
それは不満があるかのような言葉ではなく、単なる疑念の声だった。
その声には、当然だけど?という思いが含まれるように感じた。
とはいえ、それはワタシとはほぼほぼ無関係な話題。本題は、マルクトさんが運営している《ルヴァーチェ商会》の方。
別に、アウラさん他、別の商人に取引を取り次いでもらってもよかった。
けれど、ヴィヴィアンさんが同じ《夜天騎士団》のメンバーということもあり、一度その辺の確認もしたくてわざわざマルクトさんの下を尋ねたのだ。
が。思っていたような大した情報は得られず、二人の会話は久々に会う親戚のようだ。
現在の時刻は、夕暮れ間近。
夕飯の買い出しにはちょうどいい頃合いだろう。
その夕飯の材料を、新な同居人の好みの調査も含めて調達していく。
この場にサヤカさんだけいないのが目算違いであるが、アヤカさんが同席しているため、サヤカさんの好みに寄せた食材は難とか調達できた。
その晩知ったのだが、どうやらサヤカさんに好みというものはないらしく、買い出し時にアヤカさんから聞いたものは、アヤカさんの好みだった。
それが即座にバレたアヤカさんは、夕飯抜きでお仕置きという虐待紛いの仕打ちを受けることとなってしまった。
仲の良い姉妹だと苦笑しつつ、夕飯を摂った。
そうして、十二月も数日と経っていった。
このまま何もしないで日々が過ぎ去るのを待っていたいが、そうもいかないのが『現実』だ。
それは、これまでの出来事でも、ヴィヴィアンさん達が来たことでも、無理矢理のように理解させられていた。
だから、少し積極的に動こうと思う。
まずは、この秦にある《超古代遺失物》の解析を進めよう。
そう行動を定め、サヤカさんに頼みその行動に同行させてもらった。
サヤカさんの行動には、統一性というものは見られなかった。
この国で唯一の気掛かりだと言う建物に入り、館内を歩き回るサヤカさん。
時折、本棚から何冊か取り出して中身を物色し、違ったかのように書物を元の位置に戻して違う階へと移動する。
此処、《ディル・ディ・レイの永柩図書館》は、アヤカさんやサヤカさんのような《夜天二十八罫》が住まう場所。
其処は、彼女たちにとっての〈家〉だった。
だけど、それはもう空造の産物。ただの、似て非なる存在。
だからこそ、サヤカさんはその存在意義を知ろうとしているのだという。
その思想に、アヤカさんはこう発言した。
「私達のお家がそこにあるんだから、『今』の図書館が私達のお家なんじゃないの?」
その瞬間、サヤカさんの表情が一瞬だけ曇った。
「何言ってるの?アホ姉」
「ひぇッ」
「此処は、『あの場所』を似せて創られた世界」
それは、少し前にリッチさんから聞いていた理念。
「だったら、此処にあるソレもただの模造品」
「でも…………」
「それに、ワタシ達はその〈家〉を放棄した」
その言葉に、アヤカさんは思い出したかのような表情をした。
「だから、オズもハーメルンも単独行動を取っている。だから、ワタシ達はこのセカイをこのまま野放しにはできない」
「ですが、それは十三皇の意に反しますッ」
このタイミングで、突然リッチさんが声を荒げた。
「たとえそうだとしても、《夜天二十八罫》と〈十三皇〉では、元々意見も思想も食い違っていたはずです」
まるで、リッチさんが〈十三皇〉の一人であるかのように、サヤカさんは反論する。
「それに、アナタたちはもうおしまい。あの人が掴もうとした〈夢〉は、ワタシたちが引き継ぎます」
きっと、それがサヤカさん達がワタシの所に来た理由なのだろう。
「それだけは、ダメ」
「どうしてです?アナタたちにとって、〈夢〉など『御伽噺』と同格なのでしょう?だったら────」
「それでも、私達は……たとえ、最後の一人となってしまっても、あの人に希望の尾を、夢の星を掴ませてあげたいッ。それだけは、たとえ貴女たちでも譲ることのできない私達なりの『ケジメ』なんですッ!」
この一ヶ月ほどの間、一度も見たことのなかったリッチさんの本気の感情が今垣間見えた。
「アナタに何が分かるのですか?リッチ・クラフト───いいえ、アルミニナ・クラフト」
「「えっ?」」「ん?」
ワタシとアヤカさんは温度差はあれど同じ言葉を発し、ヴィヴィアンさんは何のことか全く解らないまま首を傾げた。
「ちょ、ちょっとまってサヤちゃん。その人は、《聖導図書館》が虚界に来る前に殺しちゃったはずじゃ………」
「うん。ワタシも、ここに来るまでそう確信していた。それに、アリスの予見にも『新たな皇が誕生した』なんていう事を聞かされていない」
「それじゃあ、なんで………」
「所詮、ワタシたちは〈子飼いの子〉。十三皇の中に、アリスの予見には映し出されない権能があっても不思議じゃないと思う」
「……………」
サヤカさんの説明に、納得しかかっているアヤカさん。
「でも不思議だよね?アナタは、彼女の生まれ変わりか、複製品のように精巧で、真逆のように異なっている」
精巧あり、真逆。
それはまさに、対となる存在が一つとなっているかのよう。
「だからこそ解らない。〈十三皇〉は、いったい何をやろうとしているの?」
「…………」
その問いに、リッチさん気持ち長めな間を置き、一度ワタシを見てから口を開いた。
「根源の終焉、です」
そして、そう短く答えた。




