第50話 家族の温もり
目が醒めると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
唯一の違和感は、今の自分の格好くらいだろう。何故か、寝間着を着ている。
野暮な詮索は後にして、ひとまず普段着に着替えた。
自室を出て居間の戸を開けると、
「おあ…、ヤッホ~柚希ぃ~~」
居間の中央に設置された円卓のちゃぶ台にもたれ掛かっているトトロ・グリリンスハートの姿があった。
しかも、そのトトロさんの背後には、
「…………(ビクビクッ)」
ちゃんと、リグレット・ヴァーミリオンの姿もある。
「……………」
ワタシはこの状況に多少困惑はしたが、詮索せず台所へと向かった。
湯呑みの半分ほどまで水道水を注ぎ、一気にがぶ飲みした。
「動けるってことは、大丈夫ってことだね」
居間の方から、トトロさんの声が聞こえる。
「それで、二人は」
居間に戻り、此処にいる理由を訊ねた。
「柚希の看病、かな?」
何故疑問系なのかはさておき、此処にいる理由は理解した。
居間から見える縁側越しの中庭の一角に、物干し竿に掛かっている洗濯物とおぼしき物を発見した。
それを見る限りでは、看病というより介護といった感じだろうか。
「ワタシは、どのくらい寝ていましたか?」
「んん~、五日くらい、かな?」
リグレットさんと顔を見合わせ、トトロさんは
そう答えた。
しかし、リグレットさんは首を傾げていた。
「んま。起きられたってことは、大丈夫ってことだろうから、私達は未美達にこの事を知らせにもどるね?」
「というこは、未美さん達も?」
「ぅん?まぁ、交代でね」
それを聞くと、なんだか複雑な気持ちになってくる。
「それと、あの…………誰だっけ?」
「……………(ヒソヒソヒソッ)」
「ああぁ、そうそう。伊織は、ハルナって人の所にいるらしいから」
「あ、はい。情報、ありがとうございます」
それだけ言い残し、二人は出ていった。
お騒がせな面子が消えたことで訪れる静寂。
一人でいるには何かと広過ぎると感じてしまう大きな屋敷。
干されていた洗濯物に触れると、ことのほか乾いていたので中へ取り込み畳んで箪笥の中に仕舞った。
それから数十分ほど家の中を歩き廻ったが大した用事が見当たらなかったので、薄手のカーデガンを羽織り家を出た。
外に出たことで、ようやく気付く。現在の時刻は、夕方だった。
外に出たところで用事などあるはずもないが、今一番気になる事を確認する為、ワタシは歩き出した。
向かう先は、神代学園の医療棟。
トトロさんの話では、伊織さんはそこに搬送されているらしい。
あの家に伊織さんの姿が無かったということは、外出しているか、未だ目を覚まさないかの二択だ。
だが、もし仮に既に伊織さんが先に目を覚ましていれば、ワタシの看病は伊織さんがしていたはず。
そう考えると、答えは自ずと一つしか残らない。
受付を済ましたワタシは、医療棟の地下へと降りる。
この医療棟は、上が七階、地下は五階まであるこの学園で最も大きな建物。
伊織さんはその地下三階に入院している。
その病室に近づく時、人の気配を感じたので開ける前に扉を軽くノックした。
「…………?どうぞ」
中から聞こえたのは、聞き覚えのある女性の声だった。
「あ、結羽灯さん…………」
「柚希…………」
お互いに名前を呼び合う。
結羽灯さんは、伊織さんが寝ているベッドの隣に座っていた。
ワタシは、別のベッドの付近にあった椅子を拝借し、結羽灯さんの隣に座った。
「「……………」」
どちらも沈黙したまま、十五分ほどが過ぎようとしていた。その静寂の中で、始めに口を開いたのは結羽灯さんだった。
「柚希………」
開かれた口は、とても重たそうに見えた。
「このまま、伊織も目を覚まさないのかな?」
その言葉に深い意味を感じる。
「どうして……………」
結羽灯さんの表情は、段々と暗くなる。
「なんで、皆…………」
終いには、自己嫌悪のような状態にまで陥り始めた。
「それが、個々の『望み』だったからではないですか?」
ワタシは、思わずそう言っていた。
「そんなの、間違ってるッ!」
結羽灯さんは、勢い良く立ち上がりそう叫ぶ。
そんな結羽灯の顔を見た時、結羽灯の頬に一筋の滴が走った。
「あッ…………」
ワタシは、思わず後ずさる。
が。結羽灯さんは、そんなワタシの両肩を勢い良く掴んだ。
「アナタも、そうだよ?柚希」
そう小声で言う結羽灯さん。
ワタシは、思わぬ言葉に、しばし膠着していた。
「『家族』の為に無茶をするのは分かる」
結羽灯さんは、ワタシをギュッと抱き締めた。
「だけど、ここまでの無茶はしないで…………」
ワタシの視線の先には、未だ目を覚まさない伊織さんの姿がある。
「ですが…………」
ワタシは、何かを言おうとして、それを止めた。
何故なら…………、
「お願い……」
ワタシを強く抱き締める結羽灯さんの温もりと、その言葉の重みが、ワタシの心に深く突き刺さったからだ。
ワタシは別に、伊織さんや最中さんのように、自ら進んで危険な事を行っている訳ではない。たまたま、そういう風に出来事が動いてきただけだ。
ガラガラ…………。
とそこへ、突然病室の扉が開き、見知った人物が現れた。
「お?ああぁ…………えと。もしかして、柚希って同姓愛者?」
大きく否定したかったが、大声を出すのは場違いかと思い、激しく首を横に振ることしかできなかった。
「うわあぁ…………」
しかし、それは逆効果となってしまっていた。
「な訳ないでしょッ」
バシュッと、その人物の頭が背後から叩かれる。
「あ、お邪魔するね」
勘違いした人物と、その背後の人物は共に病室に入ってくる。
その人物とは、入衛未美と、高塚雅だった。
二人が何故此処にいるのかは不明だが、この状況は反って好都合だ。
ちゃんとした状況説明を二人にし、結羽灯さんを雅さんに任せ、ワタシと未美さんはその場に残った。
「ホント、大妖怪なんだか半妖なんだか……………」
隣で、未美さんが呟く。
「柚希、ペンある?」
伊織さんの寝顔を見ていた未美さんが、ゆっくりとその寝顔に顔を近付け、そんなことを訊ねてきた。
「ありますが、どうするんですか?」
未美さんの手元には、紙の類いは無い。
ワタシは、首を傾けたまま未美さんに常備していた万年筆を渡した。
「本当は油性ペンの方が良いんだけど………、ま、いっか」
そう呟いた未美さんは、伊織さんの寝顔に万年筆を走らせた。
よく分からない事をしている未美さんのその行動が不可思議に感じ、その横で未美さんの動向をジッと見続けていた。
「よしッ、完成。ムフッ………」
得意げに鼻息を吐く未美さん。
五分ほどで書き終えた伊織さんの寝顔には、無数の線や円、斑点がビッシリと描かれている。
その絵柄は、その寝顔と相俟って何かの動物の顔を彷彿とさせる。
万年筆を返した未美さんは、何故かそそくさと病室を出てしまった。
「…………」
その呆気ら閑な素早い行動に、ワタシはしばし呆然としていた。
「ヤッホ~~~~ッ!!トトロちゃん!再びッ!」
その素早い入れ替わりで、トトロさんとリグレットさんが病室に現れる。
「ん?」
そして、その二人の視線は病室の隅、ワタシと伊織さんの姿が同じ一画に映る。
当然、その画は最悪なタイミングと言えよう。
ワタシの身体は伊織さんに覆い被さるようにあり、その手には未美さんから返された万年筆がある。
つまりは、今ちょうど伊織さんのへの落書きが終了したと見てとれる。
「あ………」
ワタシは、そう言葉にすることで精一杯だった。
こういう状況の経験が乏しい為、上手く現状を説明できない。
「ま、良いけど………。どうせ犯人は、未美だろうし」
ワタシの隣に立ったトトロさんは、リグレットさんからハンカチを受け取り伊織さんの顔を拭い始める。
ワタシが説明するよりも早く、トトロさんは現状を理解していた。
「どうして…………」
一歩下がり、ワタシは呟く。
「さっき、未美さんが鼻唄を歌いながら病院から出ていった」
そんなワタシの隣で、リグレットさんが小声で説明した。
それなら、トトロさんの物分かりの良さも頷ける。
意外にも、伊織さんの顔を優しく拭っているトトロさんを見て、先程の未美さん達との事をも思い出す。
「ところで、トトロさん達はどうしてコチラに?」
本来、彼女と伊織さんには大した接点は無い。
なのに何故、この人達はこの病室を訪れたのだろうか。それは、とても謎で不可解な行動と言える。
「特に理由は無いかな」
拭いながら、トトロさんがワタシの問いに答える。
「強いて言えば、この娘が私達にとってのお得意さんみたいなものだからかな」
トトロさんは、続けてそう答える。
「お得意さん?」
ワタシは、妙にその単語だけ気にかかった。
ワタシの記憶では、伊織さんがトトロさん達が切り盛りしている宿屋を利用しているという情報は無い。
まぁただ、それはワタシが知らないというだけで、本当はそうなのかもしれないが………。
「あ、でも。それは、店の常連って意味じゃないから」
すると、トトロさんから、早急な追説が入る。
「何て言うのかなぁ。えと、私や未美と同等以上の実力を持ちながら、リリや雅のような稀有な能力を持つから…………ああぁ…………」
トトロさんは、天井を見上げてしばし考える。
上手い表現が見つからないかのようだ。
「…………(ヒソヒソ)」
そこへ、リグレットさんが再びトトロさんに耳打ちする。
「ああぁ、そうそうッ!」
そう言って、トトロさんは目を大きく見開いて大きすぎるリアクションをとった。
「良い稽古相手」
と発言した。
ま。おそらく、伊織さんも同じ見方をしているだろう。
「だから、別に知らない仲では無いから、一応ね?…………ハイッ、オッケー」
そして、トトロさんは作業を終える。
拭い終えられた伊織さんの顔は、始め見た時より綺麗になっているように感じた。
それから小一時間ほど、二人はその場にいたが特に話すこともなく病室を去っていった。
始めて二人きりとなる病室内、ワタシはやることも、それから誰かが来る気配も感じ無かったので、夕食の買い出しという名目で病室を離れることにした。
「あ………」
「……………」
医療棟の外に出ると、すぐさま別の見知った人物に出会した。
「柚希…………」
気付いたのは、向こうも同じだった。
その人物とは、佐久屋葉月。
彼女も伊織さんの見舞いのようだ。手元には、数本の色違いのヤエの花がある。
「少し、待っててもらえますか?」
そう言って、葉月さんは急いで受付に向かった。
その間、ワタシは棟内にある待合室の椅子に腰を降ろして待つことにした。
「お待たせしました」
葉月さんは、ほんの五分ほどで戻ってきた。
「では、行きましょう」
行き先を伝えず、葉月さんは歩き出す。
ワタシも特に聞くにもならず、葉月さんの後を追った。
それから徒歩二十分ほど、到着したのはまだ訪れたことのない何処かの海岸だった。
海岸から飛び出した鋭く尖った岩肌の上で、葉月さんは口を開く。
「本当に、あの娘は半妖でしたね」
ワタシは背中越しで彼女を見つめているので、今の葉月さんがどのような表情をしているのか分からない。
だが、その声から察せるのは感慨に浸っているような感じ。
「結局、あの娘も居なくなっちゃいましたし」
今度は、最中さんの話。
「これからは、一層厳しくなります」
葉月さんは、ようやくコチラを向く。
「師法さんは止めるでしょうが、コチラはコレが最も効率の良いやり方だと思っています」
独りでに、話はどんどん進む。
「柚希は、どう思いますか?」
唐突に訊ねられた。
正直、先程までの話をほどんど聞いていなかったので、何に対しての質問なのか理解していない。
「分かりません」
とりあえず、そう答えてみた。
「…………」
やはり、駄目だっただろうか。
その沈黙を、ワタシは気まずく感じた。
「まぁ、でしょうね」
だが、思いのほか会話は成立していた。
「分かりました。では、今後とも出来る限りの協力をお願いします」
何の事だかさっぱりだが、ひとまず一段落できたので良しとしよう。
「ところで、少し前からだいぶ上の空でしたが、大丈夫?」
「────ッ!?」
やっぱり、気付かれてたか…………。
心の中だけでそう呟き、葉月さんと別れた。
それから三日間、伊織さんが目を覚ますことは一度もなかった。
そしてその翌日。伊織さんはようやく目を覚ます。
「ゆず、き………?」
暦は既に九月に入っていたが、夏の残暑はまだ感じられる日々が続いていた。
「アタシ、どのくらい寝てた?」
毎度お馴染みと成りえていた会話をし、軽い食事を済ませて病室を出た。
「あ、ちょっと待って。部屋に忘れ物をしたみたい」
そう言って、伊織さんはそそくさと来た道を戻っていった。
その間に、ワタシは先に医療棟から出た。
「あ、ちょうど良い頃合いだったか」
と。そこへ、またしても顔見知りの人物と出会す。
先程の伊織さんの反応から、特に用も無いのに病室に迂回したのはこのためだろう。
「お嬢は?」
その人物、妖魔軍の幹部的存在である泊圭は辺りを気にかける。
「たった今、迂回しました」
ワタシは、率直にそう返した。
「そうか」
泊圭は、安堵に似たため息を吐く。
「やはり、伊織さんの事ですか?」
このままでは埒が明かないので、ワタシは率直に訊ねた。
「あ、ああぁ…………」
凄く、端切れが悪い。
実は、ワタシはこの人とは二日前に会っている。
その時も端切れが悪く、少し思い悩んでいるように見えたが…………。
「では、お迎えに?」
ワタシがそう問うと、泊圭は首を横に振った。
「いや、キミに一つ頼みたい事があって………」
その表情は、深刻そうな内容を予期させる。
しかし、当然彼の言いたいことはなんとなく解る。
「お嬢の事なんだが」
正直、だろうな。としか言いようがない。
そしてそれは、彼らが決断した答えなのだろう。
ワタシは、その言葉を聞く覚悟を決める。
「このまま、キミ達のところにおいてやってくれないか?」
その言葉は、ワタシの胸にも強く突き刺さるほどのモノだった。
だからこそ、その決断をした彼に訊ねたくなる。
「本当に、それで良いんですか?」
「……………」
泊圭の表情は、とたんに暗くなる。
「良いんだ。元々、お嬢は虚界側の人間。ならば、キミ達の元に返すのが道理だろう?」
泊圭は、そう発言する。
「その為に、あんな事を?」
「まぁ、否定はしない」
それは、曖昧な回答だった。
おそらく、あの時の伊織さんに何かしたのは、彼らではなく、妖魔側の一部の者だけということだろう。
そして、その事を伊織さんは承知していたのだ。
そうする意味がお互いにあって、そうする理由が互いに必要だったということ。
ならば、ワタシが取る行動は当然決まっている。
「…………分かりました。その提案を素直に呑むことにします」
そう返答する。
「助かる」
泊圭はそう言い残し、すんなりとその場を去った。
泊圭の姿も気配も消えてから三分ほどが経ったころに、ようやく伊織さんが姿を見せた。
「…………」
「良かったのですか?」
ワタシは、伊織さんにそう訊ねた。
ワタシは既に気付いていた。
伊織さんは、病室に戻るフリをして、ずっとワタシの背後に隠れて先程の会話を盗み聞きしていたのだ。
「きっとね……」
伊織さんは、ポツリと呟くように答える。
きっと、伊織さんも解っていたんだ。
こうしなきゃいけないこと。こうでもしなければ、彼らは元の関係に戻れない。
『人間』が妖魔の中に存在するなど、あってはならない現実だったのだ。
「柚希。少し、遠回りして帰らない?」
伊織さんは歩き出す。
ワタシは、その背を追うに歩を進めた。
どのみち、夕食の食材を買わなくてはならなかったので好都合だった。
商店街を廻り始めてから数分間、ワタシ達は一言も話すことはなかった。
それでも、伊織さんは商店街の人達と楽しそうに会話をしていた。
そんな姿を見て、ワタシはあることを思い出す。
「あの伊織さん」
「ん、何?」
「以前、伊織さんは小薙美琴という人物を知っているかのような発言をしてましたが、あれは………」
「………………」
先程まで、天真爛漫な笑顔をしていた伊織さんの表情が真顔に戻る。
「その人の事はアタシもよく知らない」
伊織さんは、そう発言した。
「ただ、その人を見つけることが出来れば、お兄ちゃんへの手懸かりを見出だせるかもしれないと聞いただけ」
「それが……………」
「でも、駄目だった………」
ゆっくりと、その表情は暗くなる。
「その人物について、他の情報は無いんですか?」
「無い」
情報が無ければどうしようもないが、どうにも、その人物の事を伝えた人物の方が気になってくる。
「ちなみに、その情報は何処から?」
「《妖妃》様から」
「………?」
誰?まぁ、おそらく妖魔の誰かだとは思われるが。
「ああぁ、妖界の皇ティオル・スー」
「っ!」
と思っていたが、その人物は思っていたのよりずっと大物だった。
何故そのような人物が二人のことを知っているかは謎だが、少なからずその情報に信憑性が出てきた。
そこで、ワタシも何か出来ればなと思い、ワタシの知る小薙美琴の情報を話した。
始めは驚いたような素振りを見せていた伊織さんだったが、話し終わるころには何処か意味深に考え込むような素振りをしていた。
これが正しい選択かは分からない。
だけど、そうしなければワタシはワタシが誰なのか、未だに納得できる答えを見出だせない。
だが───、
「ねぇ、柚希」
おそらく、伊織さんは違う。
「コレって、出来すぎてない?」
きっと、もう答えなんて出ているんだろう。
「だって…………」
だからこそ、ワタシはその答えを聞きたくなかった。
それを聞いてしまえば、もうワタシは神威柚希で無くなる。ただ、それだけを怖れている のだ。
「きっと、ソレが狙いなんだと思います」
そして、ワタシはそうまとめた。
それを『逃げ』と言われても構わない。
けれど、今はそうしておく方がいくらか楽になれる気がしていた。
「ですが、それだと結羽灯さんとの『約束』は護れそうにありませんね」
「約束?お姉ちゃんと、何か約束事を交わしていたの?」
「はい」
ワタシは、伊織さんが寝ている間に、その本人の傍で交わした約束の内容を話す。
それは、きっと伊織さんにも関係ある事。
「そっか……………」
だけどおそらく、伊織さんはそれでも関係無いという考えなのだろう。
「でもね、柚希」
伊織さんは、ワタシに思いっきり抱き付く。
「あ…………」
ワタシは、心からの声を漏らす。
「何の犠牲も無しに、望みは叶えられないんだよ」
それが、伊織さんが持つ『決断』。
それこそが、唯一ワタシが持たない『意思』。
だからこそ、ワタシは皆と共にあった。
だからこそ、彼女達は自身の想いに従順だった。
だからこそ、ワタシは彼女達のその想いにも、その行動にも理解しようともしなかった。
「ごめん、なさい…………」
自分でも気付かぬ内に、ワタシはそう呟いていた。
そして、ワタシの頬を一筋の滴が伝う。
それは、紛れもなく『感情』だ。
ずっとワタシが忘れていた『心の在り方』そのもの。
おそらく、この涙はこれが始めてじゃない。
それは、何時だったのかな……………?
ううん。もう、思い出したくもない。
きっと、思い出してしまえば、ワタシは自分の『正体』に気付いてしまう。
それだけは、どうしたって避けなくちゃならない。
だって、ワタシは、今のこの『家族』が大好きなのだから……………。




