第49話 百鬼の王
妖魔の中にも、異質なモノが存在する。
それが、〈鬼〉と呼ばれる種族だ。
それと、妖界では神聖視されている存在、〈龍〉。
その二つの存在は共に強大な力を持ち、その内の一体だけでも世界を滅ぼしかねない存在だとする説もある。
そして、そんな二種の上位種にあたるのが、〈鬼神〉や〈龍皇〉と呼ばれる存在だ。
現在、その二種は旧世紀以前に存在していたとされるだけで、現代にも存在しているかは不明となっている。
ワタシ達がようやくお店を出たのは、おそらく三時を過ぎたあたりだろう。
そんなワタシ達は神社に向かわず、その街外れに向かっていた。
「柚希、何処に向かうの?」
「先に寄っておきたい場所です」
それだけ言い、ワタシは走るわけでもなくその場所へと向かう。
「神社の方はどうするの?」
「…………」
その問いに、ワタシは何も答えない。
大丈夫。それには既に手を打ってある。
先に向かったトトロさんとリグレットさん。その手助けをするために、先程お店を出る直前で未美さんと雅さんにお願いしておいた。
それと、火垂さんに頼み《紅の牙》と《碧の翼》を動かすように指示もしてある。
これで、時間稼ぎと現状の把握、それに彼らの目的が分かるはずだ。
「此処って………」
最中さんは、その場所を見て言葉を失う。
その意味は目の前にあるが、それは今はどうでもいい事だ。
ワタシは、この島に唯一残っている建造物《師法研究所》の中に入る。
まるで土砂崩れにでもあったかのような惨状。その中で瓦礫を掻き分け、埃を虚空で掃きながら奥へ奥へと進んでいく。
「これ、凄いね…………」
最中さんは、必死にワタシの後に着いて来ていた。
先頭にいるワタシは、自身が通れる分だけの隙間を作って進んでいたが、最中さんはその隙間を大して広げることもなく、同じようなスピードでワタシの背に食らいついてくる。
それに、言葉を発したのはその一言だけだ。
正直、感心する。
狭く暗い道を進んで十分足らず、ワタシ達はようやく目的地に到着する。
「此処?」
「はい」
ワタシはようやく返答する。
ワタシ達の目の前に広がる異様な物体。それが紛れもなく、ワタシが一番疑問に感じていたモノだ。
「で、これは何?」
最中さんは知っているはずだ。
だけど、それを敢えてワタシに訊ねた。
ということは、これはそういう代物なのだ。
ワタシは数分ほどその場に留まり、何をする訳でもなくその場を立ち去った。
「柚希、あれに何の意味があったの?」
道中、最中は訊ねる。
最中さんが惚けているのは変わらない。
だけど、あの存在が何よりの証拠となる事を、ワタシは改めて確認した。
「柚希?」
ワタシは、ようやく神成神社へと向かう。
その道中は静かなものだった。
まるで人払いでも行っているかのように…………。
いや、そうではない。火垂さんに頼んでおいた事が実現されているだけだ。
だが、それでも奇妙な気配を微かに感じているのは、あまりにも不自然だ。
「フフフフッ……………」
「────ッ!」
と。そんな道中、数人の妖魔と出会す。
妖魔達は、皆不適な笑みを浮かべている。
「まだこんなにいたんだ………」
ワタシ達の目の前にいる妖魔の数は、およそ二十~三十。けっこう手間の掛かりそうな数だ。
ヒュッザバァッ───!ズザザザザッッ!!
そんな時、始めに攻撃を仕掛けてきたのは妖魔側だった。
大太刀を振り回す三人の長身の妖魔達。
ワタシは、その内の二つの攻撃を交わし、一つを小太刀で受ける。
しかし、それらを全て流したところで、たかだか数は三。他の妖魔達が次々とワタシに迫る。
だが、数とは不便なものだ。
それが統制の取れた者同士であれば、連繋なども可能だが、今の妖魔達にはその統率性が一つも無い。
それゆえ、時に仲間が誤って別の仲間を攻撃してしまうという事が、必然的に起こる。
「テメェ、何しやがるッ!」
「そっちこそ!」
「そう言ってる、おまえらが邪魔なんだよッ!」
「「何だとッ?」」
こうして、あたかも計画にあるかのように、統制は崩れていった。
そしてそれは、ワタシ達によって好機と呼べる瞬間だった。
「最中さん!」
「分かってる。ほら、今までの、御返しだよッ!」
ワタシと最中さんは、同時に妖魔達に斬りかかる。
統率のとれていない軍隊など、単なる有象無象に過ぎない。
「ギャー!」「グガッ!」
妖魔達は、各々違う台詞を吐いて、バタバタと倒れていく。
「ちょっと、危なかったね?」
「はい」
「あ、あれ。もう終わってしまいましたか?」
「あ、火垂さん」
ワタシと最中さんが安堵のため息を吐くと、前方から火垂さんががっかりしたような表情で現れた。
「…………」
思っていた事を頭の片隅に追いやり、ワタシ達は神社へと足を踏み入れた。
「うぉらぁ~~ッ!!」
「グクッ──!!」
境内では、牛のような顔をした大柄の妖魔と未美さんが戦っている最中であった。
そこでは、両者互角の戦い。どちらかが少しでも気を抜けば、一瞬にしてカタがつくだろう。
「柚希さんッ?」
その瞬間。火垂さんが叫んだ。
「今は、未美さんの邪魔になるだけです」
「では、ほおっておくのですか?」
「仕方ありません」
「ッ!?」「柚希………」
「それよりも、今は倒れているお三人さんを端へ運んでおきましょう」
「え、ええぇ。…………わかりました」
火垂さんは、あまり納得していないようだった。
それでも、しぶしぶといった感じで言われた事をしてくれた。
境内の端々に倒れていた雅さん、トトロさん、リグレットさんを鳥居の側まで運んだのとほぼ同時、目の前の戦闘が終わりを迎えた。
「ハァァアァァァァ~~~────ッ!!」
「グフグゥ~~ッ!」
未美さんが降り下ろした蒼色をした大剣が、相手の妖魔の腹を切り裂く。
「ハァハァハァハァ……………」
相手が倒れたことを認識すると、未美さんは数歩後退り倒れるように体勢を崩した。
ドサッ!
その時、未美さんの身体は真後ろにいた最中さんとぶつかる。
「………あれ?最中…………ああぁ、柚希も………。どうやら、間に合ったみたいだね。じゃ、後お願い」
そして、未美さんはその場で脱力した。
少々殺風景になった境内。
最中さんは、未美さんを他の三人にのところへ連れていくため後退する。それと入れ替わるかたちで、ワタシは境内の中央まで進む。
「やはり、数百程度では駄目か…………」
と。途端に声が聞こえてくる。
その声と同時に目の前の空間は突如として歪み、その奥から先程の大柄の妖魔の比では無いほどの巨体が姿を現した。
その巨体の高さは三メートル近くあり、その重みで足下の石畳に皹が入る。
その妖魔から感じられる気配は、まるで伝承にある大妖怪のようだ。
「フム、致し方ない、か…………」
猪型の大妖怪は、天を見上げてそう呟いた。
現在の天は、昼間には見えない真っ黒な空に、真っ赤な月がポツリと浮かんでいるだけ。
「じゃあ。後はお願いしますぜ、お嬢」
猪型の大妖怪の言葉の後、今だ開いたままだった空間の歪みからカツン……、コツン………、と底の厚い下駄の音が静寂と化した境内に響き渡る。
「えっ…………??」
空間の歪みから姿を現した人物を見て、ワタシは言葉を失い戸惑った。
猪型の大妖怪の隣に立つ、妖艶な女性。そのプロポーションは誰もが夢見るソレに近く、その顔は此処にいる誰もが知るその人物だと感じさせないほどに大人びている。
「伊織、さん……………」
「えっ?」
ワタシが、その人物の名を口にした途端、最中さんは目を丸くして何度もワタシと目の前の妖艶な女性を交互に見る。
最中さんが驚くのも無理は無い。
当然、今の彼女は先日まで共に行動していた天真爛漫な少女とは、似ても似つかないのだから。
「ちょ、ちょっと待って………!」
最中さんは、今だ慌てふためいていた。
「あれが姉さんだって?だって、姉さんにしては色々と見違え過ぎな感じがするんだけど………?」
そして、不穏な事を言い始める最中さん。
「ほら、姉さんって言えば、ロリでぺたんこで単純でチビな感じじゃない?」
「………ッ(ピクッ)」
案の定、伊織さんは微かにだが眉を動かした。
だが、当然それに最中は気が付いていない。
それに、何故身体的特徴を二度言ったのだろうか。
ワタシはそんな事を考えながら、嫌な感じを感じ取って気付かれないようにゆっくりと後退った。
「あれ?柚希さん、どちらへ行かれるのですか?」
が、火垂さにすぐさま見つかってしまう。
それでもワタシは足を止めず、火垂るさんを巻き込んで現場から少し離れた場所に避難した。
「へぇ~。アンタはそんな事を思ってたんだね?」
伊織さんが見せる妖艶な笑みの中には、ドス黒い何かが渦巻いていた。それと同時に二人の間の空間は、闇色に染まる。
「え、えと…………あれ?」
事の重大性をようやく認識した最中さんであったが、時既に遅し。
伊織さんはチラリズムの灯る着衣の裾下から妖刀を、その豊満な谷間から数枚の呪符を取り出した。
「くっ…………、フッ。良いよ、掛かって来れば?だけど、姉さんと戦うのは柚希だけどねッ!」
何故か、自分で後処理をしようとしない最中さん。
「さぁ柚希、出番だよ!…………って、あれ?柚希?おおぉ~い、何処行ったぁ~?」
そして、呪符の内の一枚は紅蓮の炎を化して────、
「覚悟しなさいよ…………」
その言葉の後、次々と変化する呪符は、紅蓮の炎となって最中さんに襲い掛かった。
「ひゃ~~~~ッッ!!!」
境内は、すぐさま真紅に染まる。
その光景を、ワタシと火垂さんはすぐ近くの草影に隠れて盗み見ていた。
「えと……、止めないのですか?」
隣で、火垂さんが訊ねる。
そう言う火垂さんは、一向に動く気配を見せていない。どちらかと言うと、この後の展開を楽しみしているように見える。
「ぐぎゃ~~~~~~ッ!!」
「待ちなさ~~いッ!」
「そ、そんな事言われて待つ人なんていないよぉ~だッ!」
それは、微笑ましい姉妹の喧嘩。
ワタシと火垂さんは、小一時間近くそれを見せられていた。
「柚希」
と。そんな空気を打ち消すように、火垂さんが声を上げた。
「暇です」
そう言う火垂さんは、足下の土を必要以上に弄っていた。
「……………」
ワタシは、どうしようかとしばし思考する。
長々と続く義姉妹の鼬ごっこ。最中さんが境内を逃げ回る内、伊織さんが放つ炎弾が境内に大きなクレーターを無数に突ける。
手の施しようの無いほどに…………。
………………仕方ないか。
「これで、オワリよッ!」
伊織さんは大きめの呪符を天高く掲げ、巨大な火球を造り出す。
うわっ、バカデカイなぁ…………。
その大きさは、まるで蒼天に昇る陽光のようだ。
陽光は、濁流を降るように最中さん目掛けて飛来する。
ワタシはその間に割って入り、ワタシの三倍近くはあるその炎球を小太刀で斬り割った。
巨大な炎球は虚空で激しく爆発し、辺り一帯を灰色の煙で覆った。
「ケホケホケホッ!うはッ、今度は何?」
「凄かったです」
現状を確認する最中さんと、歓喜の声を上げて少し遅れてワタシに近付く火垂さん。
「あ、柚希ッ!もう、遅いよぉ~~。てか、何処行ってたの?」
「…………」
ワタシはその問いに答えず、伊織さんをまっすぐ見据えた。左手に握る小太刀の刃は、伊織さんに向けたままだ。
「………………」
ワタシと伊織さんは、お互いに見詰め合う。
それは、意思が目的ではない。ただ、互いの距離を調べているのだ。
始めに動いたのは、伊織さんだった。
伊織さんが降り下ろした妖刀を、ワタシは小太刀で受け充分に耐えたところで後方に流した。
お互いの戦い方は稽古で学んでいる。
ゆえに、あからさまな剣技は振るえない。
体勢の崩れた伊織さんの腹部に一撃を入れるのが主流だが、当然それは伊織さんも知っている技だ。
なので、ワタシは一度伊織さんから距離を取る事を優先させた。
伊織さんは長距離と近距離、両方を上手く扱える人物だ。
だから、伊織さんとの距離をあまりにも広げすぎると、不利となることは明白。
「───ッ」
ワタシは、一度離した距離を今度は一気に詰める。
ワタシが踵を還した時、伊織さんは既に呪符を構えていた。
そして、ワタシが地を蹴るとほぼ同時に、伊織さんは半透明に光る呪符を投げ付ける。
眼前数センチのところで感じた感覚に、ワタシは途端に身体を捻ってそれらを回避した。
だが、それは伊織さんも当然計算に入れていた事だろう。
バランスを崩すワタシに向かって伊織さんは妖刀を斬りつける。
「アグッ!」
直前での判断で、直撃だけは回避したワタシだったが、それでもかすり傷は付く。
ワタシも伊織さんも、切れ味による重みより速度による剣劇を得意としている。
だからこそ、この攻撃には然程の痛みは無い。
それよりもワタシが感じたのは、伊織さんのその攻撃から感じる大きな殺意だ。
それは先程暴言を吐いた最中さんに対してのものだけだと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。
「柚希?」
「柚希さん?」
しばし固まっていると、最中さんと火垂さんが首を傾げる。
「何だか、伊織さんの様子がおかしい気がします」
数歩下がり、二人にだけ聞こえる声量で耳打ちする。
「へ?」「そう?」
二人共、半信半疑だ。
だけど、ワタシは確かにそう感じていた。
「じゃあ。そろそろ終わりにしましょう」
そう言って、伊織さんは今までとは明らかに大きめの呪符を取り出し天高く掲げた。
呪符は、闇色に光り出し、その妖気は伊織さんの全身を包む。
「今度は何?」
「何だか、嫌な予感がしますね?」
「………………」
三者三様、ワタシ達は目の前で起きている現象に身動きが取れないでいた。
伊織さんを包み込んだ闇色の妖気は、ゆっくりと渦を巻き、時々雷が発生させる。
その現象は、数分ほど続いた。
闇色の妖気が抜けると、そこにいたのは先程までの伊織さんではなく、禍々しいほどの変貌を遂げた正真正銘の妖魔だった。
「えと、姉さん…………だよね?」
「み、見違えましたねぇ~…………?」
場を和ませようとしたのか、火垂さんが柄にも無いことを言う。
ボゥッン!!
途端、近くの樹が爆発し、塵芥と化した。
「なっ!」
「これが………」
火垂さんの驚く声の後ろで、最中さんが感慨しく呟く。
やはり、最中さんは何かを知っているようだ。
ワタシは、視線を伊織さんに戻す。
今放った伊織さんの一撃。それには呪符が使用されなかった。
これが、妖術と呼ばれるものなのだろう。
直前の呪符の攻撃より、その攻撃は段違いに強力だった。
「ど、どうしましょう?」
火垂さんは困惑していた。
正直、ここまでの事態になると思っていなかったのだろう。
「どうしますか?」
ワタシは、あえて最中さんに訊ねてみた。
流されることは覚悟の上なので、これは一か八かだ。
「柚希」
だが、最中さんの行動は今までのそれに無いようなモノだった。
「コチラも一か八かになるけど、ヤるよ?」
突然、逆に問われた。
「はい」
しかし、ワタシは率直に頷いた。
何をするのか分かっていたからだ。
最中さんは、太刀を仕舞いワタシに預ける。
ワタシはそれに倣うように、小太刀を鞘に収め太刀を握る。
そして、最中さんはゆっくりと目を閉じ、小さく口を開いた。
「伊織ッ!!」
その刹那だった。
鳥居の向こうから、結羽灯さんの声が聞こえた。
境内に姿を現した結羽灯さん。それと同時に、最中さんの〈詠唱〉は終わる。
「最中、柚希…………」
息を切らし、早歩きで近付く結羽灯さん。
「じゃ、後よろしく」
最中さんがそう呟き、結羽灯さんがその最中さんの肩に手を置く。
まるでそれがきっかけだったかのように、最中さんの身体はボロボロと崩れ落ちた。
「え………?」
突然、結羽灯さんは驚く。それに加えて、火垂そんも目の前で起きた事に理解が追い付いていなかった。
ただ一人、ワタシだけは平装を保っていた。
何故なら、彼女達がこうなる事は、以前麻鶴木このはの時の一件で経験していたからだ。
「もな、か…………?」
結羽灯さんは唖然とし、顔は段々と青ざめていく。
最中さんであったワタシの足下にある柔らかな泥の塊は、時間が経つにつれてただの砂へと変わり、タイミング良く吹いた風によって虚空はと流された。
「いッ……………、」
結羽灯さんの瞳は大きく見開かれ、
「いやぁぁあぁぁぁぁ~~~~ッッ!!!」
その叫び声が、静寂と化していた境内に響き渡る。
「火垂さん。結羽灯さんの事、お願いします」
力を失い、その場に膝を付く結羽灯さんを一瞥しながら、ワタシは火垂さんに後退を命じた。
「柚希さん……………」
火垂さんは、しばし考える。
そして、数秒ほどで答えを出し結羽灯さんを担ぎ上げて、境内を出た。
「博士には、悪い事をしちゃったね」
ワタシの脳中で、最中さんの声が呟く。
「タイミングが悪かっただけです」
最中さんは落ち込んでいたようだったので、ワタシはそう返した。
「…………」
その後の二人に、もう言葉など必要なかった。
ワタシの中には、彼女達の在り方も、存在意義も既にある。
後は、ワタシがソレを正しく振るうだけだ。
ワタシは、最中さんから預かった太刀を握り反し、『型』を構える。
伊織さんも、それに倣って妖刀を構える。
コチラにも意思の疎通など必要なかった。
もう、どちらが正しいかじゃない。
どちらが『勝者』で、どちらが『敗者』なのか。
ただそれを決める事だけに固執していた。
ワタシ達は、同時に地を蹴った。
妖刀の刀身は、小太刀に近い。刀身のリーチで言えば、ワタシの太刀の方がいくらか有利だろう。
しかし、太刀とは違い小太刀には、その身軽さがある。
二人の剣刃は、寸分違わず鍔競り合う。
互いの剣術は、お互いに理解しているつもりだった。
そんなワタシ達の大きな欠点は、互いの事を本当の意味で理解しきれていない事にあった。
ワタシは、伊織さんが妖魔としてどの程度実力なのか知らないように、伊織さんも、ワタシが小太刀以外の剣刃でどのように戦うなかを知らない。
それが、二人の剣刃に大きなアドバンテージを生む。
しかしそれは、同時に大きなハンデを与えるという事。
ワタシ達は、大きく揺れる振り子のように、アドバンテージとハンデ、二つの事に注意しなければならなくなった。
数十分経った現在でも、決着など着くはずもなく、境内には剣刃のぶつかり合う轟音のみが響く。
「くっ、このままじゃキリが無いね」
最初の第一声は、最中さんだった。
当然、そんな事は伊織さんも同じだろう。
だが何故だろう。そんな伊織さんに、違和感が一つある。
その後も幾分と続く剣劇。
そう。先程から剣劇のみが続いているのだ。
「…………。…………っ」
どうして妖術を使わないのかと疑問に思ったが、それならそれで勝算を見出だせる。
ワタシは小太刀を抜き、滅多にやらない二刀流の『型』を構える。
その瞬間、伊織さんは空いている方の手をワタシに向けた。
スドゥォォォン!!と放たれた小さな爆撃。
始めは何が起きたのかと驚いていたが、どうやら伊織さんの妖術に襲われたようだ。
そのもの凄い対応力に、ワタシだけでなく最中さんま目を丸くしていた。
「やっぱり、さすがに勝ち目は無いかな」
そんな事を呟く最中さん。
ワタシはこの状況でも、なんとか突破口を見付けようと必至だった。
正直、妖魔の事などさっぱりだ。
だけど、伊織さんには色々とお世話になっていたりされたりしていた。
だからこそ、何とかしたい。
今のワタシは、《全能虚樹》の『根』の一つである“対戦闘覇戒兵装”の鎖環を全て外している。
そんな元のワタシを上回る伊織さんの対応力と戦術。その実力は、まさに化け物だ。
そんな伊織さんを倒す為には、もう《竜皇》の権能を用いる他無いだろう。
「柚希」
とそこへ、最中さんが話し掛ける。
「一度、試してみたい事がある」
ワタシの中に、大した案があるわけでもない。
「何をするんですか?」
返答する代わりに、そう訊ねた。
「《全能虚樹》の『枝』に、回路を接続して」
最中さんが何故その単語を知っているのかという疑問を浮かばせるよりも先に、言われた通り『枝』に回路を接続した。
この回路は元々、それらを起動させる為のプラグに似せたバッテリーに過ぎない。
ゆえに、それを接続しただけで、それらは容易に起動する。
そして、『枝』は全部で七つ。それも、七つそれぞれが独特の色に輝いていた。
「左から二番目、紫紅色の『枝』に回路を繋いで」
言われるがまま、ワタシは回路を走らせる。
その間、伊織さんは一向に動く気配を見せない。おそらく、コチラが敵意を向けない限り、アチラも動かないという事なのだろう。
ーーー〈幻界柱〉ヘノ、接続ヲ確認。
回路が繋がった刹那、脳裏にその言葉が響く。
ーーー外部カラノ接続ト判断シ、『実』ノ一部ヲ凍結スル……………。
声は、嫌な事を言い出す。
「柚希、今度はその『実』に回路を繋げて」
が、最中さんの指示はまだ続く。
ワタシは言われるがままに、『実』へと回路を伸ばした。
ーーー『枝』カラ『実』ヘ。不適切ナ信号ヲ確認。緊急ノ処置トシテ、外部ヘノ攻撃ヲ開始スル。
すると、《全能虚樹》の『幹』から、レーザー光線のようなモノがワタシに降り注いだ。
「───ッ!!」
ワタシは慌ててそれを交わそうとするが、
「柚希!その攻撃を受けてッ!」
という指示が降った。
「ウグッ!」
ワタシは無数に降る棒状の光の槍を、その身で受けた。
「…………?」
攻撃を受け続けていると、その光の槍の中に奇妙なモノを捉えた。
ワタシは何かと思い手を伸ばすが、
「それには触れないで。柚希はそのまま攻撃を受け続けて、私が演算処理を行うから」
と。再び最中さんによって止められた。
ワタシの身体をすり抜けるように続く、《全能虚樹》からの攻撃。
ワタシはそれを横目で見ながら何があるのかと中身を見た。
だが、その光の槍は白銀色の膜に覆われており、単なる光の槍にしか見えなかった。
それでも、その中身がチラッとだけ見えたのは、光の槍がワタシの身体にぶつかって白銀色の膜が砕け散ったその一瞬だけだった。
そして、攻撃を受け続けること、およそ三分。
「柚希、OKだよ。回路を切り離して」
ようやく、《全能虚樹》への接続を止める。
《全能虚樹》の攻撃による身体へのダメージは全く無かった。強いて言えば、精神的なダメージを多少受けた程度だろう。
「ーーゃ、ーと、ーーがい。ー…………」
「最中さん?」
ワタシの脳に〈情報〉が流れ込むと、途端に最中さんの声が絶え絶えしくなった。
おそらく、最中さんが自身の人格に耐えきれなくなった事の証拠だろう。
ワタシは、最中さんが最後に言ったその言葉を、ちゃんと理解していた。
ワタシは太刀と小太刀を握り直す。
その刹那、伊織さんの闘気は復活する。
最中さんが最後に残したそれは、妖魔に関わりのある〈情報〉だった。
その〈情報〉を下に、ワタシは《皇力》を両手に籠める。
再び、二人の激闘は始まる。
伊織さんは妖術と剣術でワタシを追い込み、ワタシは全力でそれはを交わし防ぎながら、ありったけの《皇力》を集める。
そして────、
“疾風迅雷”…………、“超弩級覇戒兵装”…………。
剣刃と身体を一つの核とし、ワタシはようやく攻撃に体勢を入れ替える。
決着は一瞬とはいかなかった。
それでも、何とか勝敗が決まった。
ワタシは、ドッと疲れた身体を放り投げるようにして仰向けで倒した。
軋む痛みと戦いながら、程好く靡く微風を肌で感じ、勝利の余韻に浸った。
しばらくして、ポツ……ポツ……と雫が身体を打ち、次第に雨へと変化して辺り一帯をどしゃ降りの大雨が叩き衝けた。
その雨が心地良く感じ、ワタシはゆっくりと目を閉じた。
気がつく間もなく、そのまま深い眠りに堕ちていた。




