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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
42/102

第41話 終末の獣

 ワタシは、いつも考えていた。

 自分の出身。自分の存在意義を。

 しかし、いくら考えたところで、答えなど決して見付かるはずも無かった。

 なぜなら、その存在など、そんな場所など、何処にも存在していなかったのだから。


 ワタシの中にある、神威柚希(ワタシ)としての一番始めの記憶は、思い出したくもない場所にあった。

 其処は、北欧の最北端にある不気味な施設。

 鼻の奥深くまで突き刺さる程の、血と鉄の焼けたような酷い匂いが漂う巨大な斜塔の実験所。

 そこでワタシ達《烙奴隷(ディザストル)》は、多くの痛みと苦しみを伴う実験体(エクスペリメント)となっていた。

 その施設では、《烙封印(ディザーズ)》の適性検査とその結果が日々のように繰り返され、それ以外の時は、何処だか分からない場所に連れてこられ、その地区の住民を殺害し続けた。

 《烙封印》の手術も、《烙奴隷》としての仕事も、この時は何の痛みも辛さも感じなかった。

 そんなワタシが唯一持ち合わせていたのは、『やらなければならない』という攻撃性と、『それが当然だ』という単純さであった。

 そして、ワタシ達《烙奴隷》は、名目上では皆〈孤児〉であった。

 正確には誘拐されて此処にいるのだが、誰もそれを肯定しない。肯定すれば、酷い仕打ちを受けると理解していたからだ。

 そして今日も、多くの子供達が各国から集められた。

「今日はこれだけか………」

「仕方無ぇよ。最近、《局》の連中がそこら辺にうじゃうじゃいるんだからな」

 微かに聞こえる男達の声。

 その声の主達は、数百メートル程離れた場所で話しているが、環境上澄んだ場所であることもあって僅かながらワタシには聞こえていた。

「じゃあ、《計画》は一時凍結か?」

「いや、僅かながらでも続けるだろうな」

 その話し声からして、話しているのは男性四・五人といったところだろう。

 男達は、今後の方針を決めていた。

 この《計画》が、後ほんの数日で破綻するとも知らずに…………。




 事件が起こる十日前。自衛局、特殊警安支部。

 その大会議室に、数人のお偉いさんがいた。

 既に席に座っているのは七人。それに対し、空白の席が二つ。

 一つは自衛局トップのモノだが、もう一つは…………。

「また、あの小娘は欠席か?」

 オールバックに長く濃い髭をたくわえた厳つい顔の男性───ロベルト・エーデルワイスが舌打ちする。

「のようですね」

 ロベルトの隣で、赤毛のロングヘアーを靡かせる男───シュバルツェン・ローレンスが同意する。

「仕方ありませんよ。このような場所には、彼女は不向きですから」

 ロベルトとシュバルツェンの真向かいで、ヴィゼルド・アレスターが口を挟む。

「ムッ。アレスター殿は、いったい誰の味方ですかな?」

 ロベルトは、口の端を尖らせた。

「ははっ。私は誰の味方も致しませんよ」

 ヴィゼルドは、ただおどけて見せた。

 だが、その表情には僅かな曇りがあった。

 それは、他の六人が気付いていない『畏怖』という不確かな存在を、ヴィゼルドは既に感じていたからこそだ。

「連れないなぁ?ヴィゼルド。アンタがその気になれば、総督の座も容易に手に入れられたはずなのにな?」

 ヴィゼルドの隣で、金と銀で交互に髪を染めている長髪ロンゲの青年───アダムス・ウィルプスが、深いため息を吐いた。

 その言葉には、挑発の意図があるかのように見えた。

「どう言おうとアナタの勝手ですが、彼女は私の弟子で、友人の孫ですよ。そんな彼女の事をつい最近ポッと出でこの席に座っている者にとやかく言われる筋合いはありませんね」

 ヴィゼルドは、その挑発に乗っているようであしらうようにして、アダムスに僅かながらの敵意を向けた。

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ、二人共。今我々が敵対していては、今後の《局》の活動に限界が来てしますよ」

 ヴィゼルドの右隣で、ルグルト・ハワーが二人を宥める。

「そうだな………」

「申し訳ない。危うく、我を見失うところでした」

 二人は、即座に覇気を止めた。

「おや、もう終わりましたか?」

 するとそこへ、タイミングを見計らったかのように、この自衛局の最高責任者である双葉(ふたば)聡一郎(そういちろう)が、ようやく到着した。

「と、その前に。風音(かざね)は、今日も欠席ですか?」

 聡一郎が一ヵ所だけ空いた席を見て、そう言った。

「まぁ、いつもの事なので、仕方が無いと言えばそうでしょね」

 ルグルトが、相づちを打つように言った。

「確かに仕方無い事ではあるが、それをアンタが自ら認めて良いものなのか?」

 シュバルツェンは、呆れながらも口を挟む。

「構いませんよ。私は、あの娘に対して特に期待はしていませんから」

「………………」

 その場にいた全員が、唖然としていた。

 その誰もが、これが『家族』なのかと疑った。

 だが、その答えは後に明確に知らされる事となる。

「こほん」

 一度場が静寂となったところで、聡一郎は席に座り咳払いを一つした。

「では、緊急の合同特別会議を始めます」

 聡一郎の言葉に、場の空気が一変した。

「今回の題目ですが…………」

 そして始まった。

 誰もが、その情報を待ち望んでいたはずなのに、その提供者の名と作戦内容を聞いた途端、全員の表情は一変し、場の空気が再び殺伐となった。

「その情報はホンモノなのですか?」

 ルグルトが、いの一番に訊ねた。

「なんだか、アヤしくないか?」

「そうですね。そもそも、その人物を信用する事自体が間違っているように感じますよ」

 シュバルツェンとロベルトは、怪訝な表情を作る。

 約過半数が反対となり、次第に会議室は不穏な空気でいっぱいになり始めた。

「ヴィゼルドさんは、どう思われますか?」

 そんな彼らの中で、唯一この空気に溶け込んでいなかった人物の名を、重苦しい空気を打破するように聡一郎が口にしその支持を仰いだ。

「私は、信用しても良いと思いますよ」

 全員の視線が自身に向いた事を認識すると、ヴィゼルドは途端に発言した。

「え?」

「本気か?」

「ま、まぁ。確かに、この情報が正しいかは正直疑わしい部分はありますが、それでもその真相を確かめるという意味では、行動してみる価値はあると私は思っています」

「……………」

 聡一郎のその言葉に、誰もが言葉を失った。

 それは、聡一郎がその人物の事を信用しているかどうかではない。ただ、この会議を緊急とはいえ、他人に促されてここまでやってきたその不信感にだった。

「本当にやるおつもりですか?」

 ロベルトは、聡一郎に訊ねる。

「はい。ですが、今回の事は私の独断でもあります。なので、皆さんには無理にとは言いません」

 聡一郎は、心から思っている事を口にした。

 その場にいる全員が、互いの顔を見合わす。

 そして、その内の三人が頷き合い、この《作戦》に賛同の意を示した。


 自分で作戦に賛同しておきながら、ヴィゼルドは、その作戦には参加せず、別の任務で別の場所にいた。

 そこは、自衛局の中でも人気がほとんど無い場所にある。

 その場所では、総てが〈無〉であった。

 風も生物も、大気でさえ、その存在と価値が〈無〉へと至る場所。

 そんな場所こそが、ヴィゼルドにとって、この世界で一番落ち着ける場所だった。

 そして、そんな場所に忽然と存在している切り開かれたような空間。その空間の隅に、ヴィゼルドは腰を降ろした。

「フゥ~~~~…………」

 大きく長いため息を吐き、何も無いはずの空を見上げた。

 この場所では、陽も無ければ雲も無い。

 そんな場所に、薄らとした気配が忍び寄る。

 此処は、ヴィゼルドの絶体領域(テリトリー)

 彼が、その気配に気付かぬはずもない。

「わざわざこのような場所までご足労ですね。どうかしましたか?」

 ヴィゼルドは、そのままの態勢で近付く気配に訊ねる。

「此処はいつ来ても何も無いですね、気配を殺しきれませんよ」

 ヴィゼルドに気付かれたことで、その人物───リシュト・クロイスは普通に足音を鳴らしてヴィゼルドに近付いた。

「今度の《計画》、貴方は参加されないんですか?」

 リシュトは、立ったまま訊ねた。

「ええ。特に必要性は無いでしょう」

 ヴィゼルドは、何の迷いも無く言いきった。

「そうですね。ですが一つだけ、貴方の耳にも入れておこうかと思いまして」

 リシュトの意味深な言葉に、ヴィゼルドは首を傾げ、ようやく顔を背後のリシュトに向けた。

「これは、ニコ・スレイプニルからの情報です」

 リシュトは、そう前置きする。

「今回、自衛局が行おうとしている《作戦》、我々が行う《計画》が同一なのはご存知ですよね?」

「あ、ああ」

 ヴィゼルドの額に、冷や汗が溢れ出る。

 その後のリシュトの台詞を、ヴィゼルドは既に気付いていたからだ。

「その《計画》に、あの《影騎士》が受領したそうですよ」

「───ッ!!」

 その言葉は、普段は温和なヴィゼルドでさえ、驚かずにはいられなかった。

 それは、自身の考えが的中した事、その人物が参戦する事でもたらされる結果を予想したゆえの反応だった。


 ヴィゼルド一人が席を離れた後、残された面々の内、アダムスが聡一郎に訊ねた。


「なぁ、アレスターはアレで良いのか?」

「…………」

 聡一郎は、アダムスのその問いには答えなかった。いや、答えられなかったのだ。

 正直に言えば、ヴィゼルドが普段何処で何をしているかなど聡一郎は知りもしない。

 それは、単にヴィゼルドの事を信頼しているからとか、大きな力量差がある事などが理由ではない。

 ただ、それで良いと思っているからだった。

 確かに、アダムスの言う通り、ヴィゼルドにはいくつか不明瞭な点がある。

 彼の出地や趣味嗜好、細かな経歴など、組織の一員として基本的に把握している情報以外の事柄が、まるで虫食いにあったかのように抜け落ちている。

 別に、それはそれとして構わない事だろう。

 しかし、聡一郎が彼の存在で気になる事が、一つだけあった。

「此処にいたのか」

 聡一郎は、会議室を出て、自衛局敷地内の一番隅にある共同墓地、さらにその奥深くに自然と出来た奇妙な小高い感じの丘に足を運び、既にその場に座り込んでいた後ろ姿に声を掛けた。

「うん」

 その者の声は、二十代前半くらい。

 濃いめの緑の髪をお尻が隠れそうなほど伸ばし、時折吹く風を煙たそうに感じながら髪を掻いている。

 その人物は、女性だった。

「どうして、いつもいつも会議に出ないんだ?」

 聡一郎は、続けて問う。

「うぅ~~ん。メンドくさいから、かな?」

 女性はそう言って、ようやく腰を上げて聡一郎へと向き直った。

「お前がどう思おうと、周りからすれば私たちは『親子』だ」

「『義理の』だけどね」

「……………。それでもだ。周りから受ける私の印象というのも少しは考えてくれ」

「考えてるよ」

 その女性───双葉(ふたば)風音(かざね)はむくれっ面で、足下の小石を軽く蹴った。

 小石は行くあても無く、丘から飛び降りるように蒼い海へとダイブした。

「そうか?」

「うん。現に、ヴィゼルド・アレスターは今回も参加しないでしょ?」

「あ、ああ………」

 聡一郎は、肩を落とした。

 そう。それが、聡一郎がヴィゼルドの事を特に気にもしていない事の一つであった。

「で。自衛局側は、どうする事にしたの?」

「………」

 聡一郎は、小さな間を置いた。

「同然、自衛局として出来る限りの事をするつもりだ」

「そう………。『自衛局として』ね………」

 それは、逃げ口だった。

 風音はそれを一番理解している。

 だからこそ風音は、今回の会議を無視していたのだ。

「だからって、せめて他の方達とは仲良くしてもらえないか?」

「それは、ムリ」

 単刀直入な答えだった。

「どうしてだ?」

「知ってるでしょ?私、《局》の人間は嫌いだから」

「…………」

「でも。お父さんの事は、別に嫌いじゃないかな」

「風音?」

「じゃなきゃ。貴方の子にしてなんて頼めないよ」

「そうだな」

 風音は、おがらかに微笑んで魅せた。

 それは、かつての彼女が《黒導詩書(グリモア)》の一端として名を馳せていた頃を彷彿とさせる瞬間だった。

「それじゃあ、行きましょか」

「え?」

「大事な『我が子』を返してもらいに………」

 そう言って、風音は出口に向かって歩き出した。

 しかしそれは、《彼ら》も同じだった。

 需要性は違えど、その存在を必要としている事に変わりはない。

 そしてこれが、《虚界(セカイ)》を混沌へと堕とし入れる事のほんの序章の始まりだった。




 北欧、イザン諸島駐留区画。

 此処に、およそ半分近くの自衛局の人間が集まっていた。

 それは、壮大な作戦だった。

 しかし、誰もがその作戦に疑問など持たなかった。

 これに参加した局員達のおよそ八割が、此処に監禁されているという幼女達と同じくらいの娘を持つ者達だ。

 その監禁されている幼女達は、北欧でのみ拉致された者達ではなかった。

 その被害は、現状の分からぬ南蛮を除き、西洋と東方でも同じ被害が何万件と届いていた。

 それを今回、その全てを解決できる機会を得たのだ。

「ようやくか。腕がなるな」

「この機会。逃す訳にも行くまい」

「さぁ、開戦の合図は何時だ?」

 兵達は、活気立っていた。

 その興奮のあまり、駐屯地では男達の熱気で溢れていた。


 一方その頃、上空では…………。

「この辺りかな?」

「ほ、本当に良いんですか?こんなやり方で……」

 パイロットは、弱気だった。

「大丈夫大丈夫。もし、ヤバくなったら、私の名前を出せば良いから」

 風音は、そんなパイロットを励まし、背中をバンバンと叩いた。

 上空での会話。ヘリコプターでの登場。そのどちらもが、この時はまだ前代未聞だった。

「さてさて、お父さんは彼らにどう指示を出すのかな?」

 風音は楽しんでいた。

 風音にとってこの境遇は、彼女の汚名挽回の機会でもあったからだ。

 そして、戦の火蓋は早々に切られた。

 地上の局員達は、悠然と聳え立つ巨大な塔を取り囲むように進軍を開始した。

「情報通り、《局》の連中が攻撃を始めたか」

 相手方の一人が、そう呟く。

「だが、その情報よりも数が多いぞ」

「仕方無い。《少女》達を、放て!」

 会話の最中。塔の奥深くに幽閉されていた少女達は、檻を破壊し、目の前の『敵』目掛けて反撃を始める。

 戦力では、圧倒的に自衛局の方が有利だ。

 しかし、現状はそうも行かなかった。

「くっ、この!」

「この娘達は、どうして…………」

 前衛へ戦果を上げる少女達。その後ろで、悠然と魔法攻撃に徹する男達。

 二組は、それぞれの役割を何の打ち合わせもなくやり遂げていた。

「多少傷付けても構わん!子供達は拘束し、早急にその主犯格を捕らえるのだ!」

「了解ッ!!」

 局員達は、一気呵成と進攻を続けた。

 少女達も魔導士達も順当に拘束され、戦況は大きく傾き始める。


「そろそろかな……………?」

 上空で戦況を見続けていた風音が、そう呟いた。

 しかし、別の場所からその戦況を見ていたのは、風音だけではなかった。


「此処が、『噂』の場所か…………」

 慣れない闇色の鎧に身を包んだ《影騎士》が、塔の入口付近でその天辺を見上げて呟いた。

「しかし………。何だって、《聖皇教会》はこんなところにこんなデッカいもんを建てたんだ?」

 それは、考えても解らない事。そして、それはいずれ分かる事だ。

 《影騎士》は考えるのを止め、塔の中へと足を踏み入れた。

 己の気配を消し、物音を発てないようにしながら、《影騎士》は誰にも見つからないように奥へと進んで行く。

「あっ…………」(ん?)

 それは、《影騎士》が塔の三部目に到着した辺りだろう。

 《影騎士》にとっては微かな見覚えがある程度の人物と遭遇した。

「《影騎士》…………」

 その人物は、驚いていながらも、その名を口にする。


 唯一同行していた織詠(しきよみ)修哉(しゅうや)を先行させた風音は、少し遅れてヘリコプターから飛び降りた。

 今、自衛局の面々が攻略しようとしている建物は、かつて、《聖皇教会》と《魔導協会》、そして自衛局が同盟を結んでいた時代に、《聖皇教会》がその確約として建てたものだった。

 しかし、それから数百年。

 《魔導協会》が、その同盟を突如として伐ち破り、反乱を起こした末、奪われた建造物。

 ゆえに、この建物の内部には、今の魔導士達だけでなく、昔の《聖皇教会》の叡智も眠っている。

 その内部に眠るモノを知らぬ風音でも、そこにあるという噂は耳にしていた。

 だが、それは単なる噂に過ぎなかった。

 (………? この気配………)

 道中、風音はただならない気配を感知した。

 そして、それはすぐに風音の目の前に姿を現した。

「《影騎士》…………」

 風音は、すぐさまその者の名を口にする。

 風音の目の前には、忘れもしない闇色の甲冑を身に纏った人物。

 背丈は風音の同じくらい。

 しかし、その者から漂う尋常じゃないほどの廠気は、風音の中にある防衛本能に近いものを誘発させた。

 敵わぬ相手だと分かっているのは、理解の中だけ。

 風音は鞘から刃を抜き、《影騎士》をまっすぐ見据えて剣を構える。

 それに釣られるように《影騎士》は剣を抜いた。

 そして、二人の剣は、自然と交わう。

 その力量差は、歴然だった。

 そして勝敗は、すぐに決した。

 それは、始めっから分かっていた事だった。

 けれど、風音はどうしても行いたかった。

 それは、無意識の成せることだった。

 (やっぱり、敵わないんだ…………)

 風音は、落胆する。

 風音の気持ちは、低迷していた。

 敵わないというより、届かないという前提。

 そして、その力量差は以前と何も変わっていないという現状。

 (せめて、《黒導詩書》の能力(チカラ)だけでも使えれば…………)

 風音は思考する。

 だが、おそらくはそれでも敵わぬだろう。

 それほどに、二人には圧倒的な差があった。

 それは、どう足掻いても埋まらないモノだろう。

 しかし、風音は諦めなかった。

 それが、どれだけ届かなくても、どれほど意味の無い事でも、やる事に意味があると、信じて止まなかった。

「ハアアァァァァ~~~~!!!」

 風音は、自身の持つ『全力』で、《影騎士》に猛攻を行い続けた。

 やはり、無駄な事は、どんなに足掻いたところで無駄な事でしかなかった。

「グハッ……!」

 風音の身体は、大きく後方へと弾き飛ばされてしまう。

 圧倒的な力量差と、完膚無きまでの敗北。

 その突き刺さる現実に、風音は、戦意すらも消失していた。

 風音はもう、これ以上動けなかった。

 だが、それは《影騎士》も一緒であった。いや、《影騎士》の場合はただ動かないだけであった。

 この時、《影騎士》はふと考えていた。

 この者の思い、この者のその決意に。

 (どこか………、アイツに似ているな…………)

 《影騎士》は、そう思考する。

 風音は、その者とは物腰も性格も違う。

 それでも、彼女はどこか似ていた。

 《影騎士》の慕う、その人物に………。

 その時だ────。

「───ッ!!」(ガキンッ!!)

 《影騎士》に覆い被さるように突如現れた人物が、《影騎士》の身体を大きく後方へ斬り飛ばした。

「…………。修、哉………………?」

 その人物の名を、風音は朦朧とした意識の中、口にした。

「ッ!!?」

 その顔は兜で隠れているが、《影騎士》は突如現れた織詠修哉が纏うその気配に、驚愕した。

 (まさか………)

「修哉………。どうして、此処に………?」

「………」

 修哉は、いつものように喋らない。

 だが、風音はそんな修哉が何をしに来たのか、何となくで察した。

「………そっか」

 風音は、一人納得する。

「………」

 修哉は、相変わらず一言も喋らない。

 それで良かった。

 風音には十分に伝わっていた。

「ごめん。後は、おねがい………」

 そう言い残し、風音はその場から逃げるように立ち去った。

 《影騎士》は、そんな風音を追おうともしなかった。

 《影騎士》にとっては、それ以前に気になる事があるからだ。

「オマエ………。まさか、《影の王》か………?」

 風音の姿が見えなくなったとほぼ同時に、《影騎士》は口を開いた。

「ふっ。〈過去〉ではそうであったが、今は違う」

 無口を押し通していたはずの修哉であったが、さも当然のように、そして嘲笑うように答えた。

「今の我は、たった一人の《皇》の為に、その身を尽くす…………今の貴様のようにな」

「《皇》、だと………?」

 《影騎士》は、理解出来なかった。いや、しないだけであった。

「そう。そして、今の我らは、その《皇》の声によって活動している。かつて、貴様らと対峙していた頃とは違う」

「何を………」

「そして、その我らが《皇》の名こそ。今の貴様らが探している人物………」

「まさか………」

「そう。その人物の名は、───小薙(こなぎ)悠哉(ゆうや)

「なっ──ッ!!」

「ッ………」

「嘘だ!」

「そう思うか?」

「だって、アイツは…………」

「ああ。既に亡くなっている。だが、それは建前だ」

「…………ッ!」

「悠哉は生きているよ。我らが『望み』を叶える為に、その全力を尽くしているよ」

「貴様らが…………」

 《影騎士》の感情(こころ)は、『怒り』によって大きく揺さぶられていった。

「貴様らが、アイツを唆したりしなければ………」

「本当に、そんな風に思っているのか?」

「………?」

「自分達には、何の非は無いと心の底からそう思っているのか?」

「何を………」

「おめでたい奴等だな。自分達は何もせず、美味しい戦果(ミツ)だけ吸って、当の本人の事を蔑ろにする。それが、当たり前だと思っている。そういうところさ」

「違うッ!」

「………。何も違わないさ。だから、悠哉はオマエ達の前から忽然と姿を消した。そう捉えてしまったから、オマエ達と袂を別った。そして、そんなオマエ達は、自分達に都合の良かった者を手放したくなくて、今だアイツの事を探している」

「黙れッ!!」

「それほど叫んで、否定して。オマエ達はそれほどアイツから貰える戦果に期待を寄せていたのか?アイツがいれば、何だって手に入ると。アイツは決して、自分達を裏切らないと。そう思い続けていたんだろう?だからオマエ達は、今のアイツがする事を『間違った事』だと思うんだろう?」

「…………ッ!」

 《影騎士》は、否定しない。できるはずもなかった。

 自分達が、本当にそう思っていて、小薙悠哉がそんな自分達の情を読んでしたのかもしれないと、思ってしまったからだ。

「そこまで否定するなら、その熱意をアイツに向けたらどうだ?」

「は…………?」

「悠哉は決して拒まない。それは、貴様らも知っている事だろう?」

「……………」

「なら、足掻いて見せろ。オマエ達の信念を。オマエ達が正しいと、アイツの情に響かせてみろよ」

「……………」

「だが、我らはそんなオマエ達を幾度となく、完膚無きまでに叩きのめすだろう。それでもオマエ達がその信念を貫くなら、もしかするとアイツも変わるかもな」

「オマエは、いったいドッチの味方だ?」

「どちらでも無いさ。我らは悠哉に〈闇〉を教えた。その〈闇〉に悠哉は幾度となく応えた。ならば、アイツが己から『やりたい』と願った事に対して、否定する事も無かろう?」

「…………」

 そう。《影騎士》と彼らとではそこが違った。

 内面を見続けてきた彼らと。外見ばかりを見続けた《影騎士》達。

 本当に小薙悠哉の事を想っているのはドチラか、考える必要も無い事であった。

「まぁ、今回の事からは手を退いてもらうぞ」

「これも、アイツの望んだ事か?」

「ああ。悠哉は、此処にあるモノに高く評価していた」

「此処に、何があるっていうんだ」

「それは知らん」

「…………」

「言っただろう?我らはアイツの想いに従う。されど、そこから先には踏み込まぬ」

「それが、オマエ達の実に成らないとしてもか?」

「同然だ。以前の悠哉が、そうして来たのだからな。我らだけそうするのは筋が違うだろう?」

「…………」

 それは、認識の違いか。はたまた、想いの違いか。

 けれど、そこに大した差は無かった。

 それに対する想いや決意が違えど、その行く手は同じだった。


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