第38話 碧の翼
『幸運の蒼い鳥』…………昔、そう呼ばれた人物がいた。
その者は、幾多の事件を解決へと導き、人々に豊穣と繁栄をもたらしてきた。
そんな人物の事を称え、模範とすべく、その者が所属していた組織は、いつしか、《碧の翼》と呼ばれるようになっていた。
その《碧の翼》は、蒼窮色に輝く四枚の羽根をイメージとした紋章を作り、少女がいなくなった数百年という長い年月を経てもなお、少女と同じ功績や伝説をいくつも作り上げてきた。
しかし、そんな組織にとうとう『終りの時』が近付いていた……………。
『幸運の蒼い鳥』と呼ばれていた少女は、水瀬家の人間だった。
その水瀬家と決別した今の《碧の翼》は、羽根をもがれた怪鳥のように、ただ自分達を苦しめる選択を行ってゆく。
ワタシ達は今、奈岐穂市に来ている。
湯球市で見た不自然な広場と先日の夢に出てきた不思議な桜の樹。
その関係性、あるいは、その存在の真意を探るべく、ワタシはこの奈岐穂市で聴き込み調査を行った。
「どう?」
同行していた伊織さんが、まず初めに口を開いた。
「ダメです」
「コッチも」
同じく同行していた咲良さん、最中さんは、首を横に振る。
「何処も同じみたいだね…………」
その場に、沈黙が訪れる。
今ワタシが調べているのは、《神桜樹》に似た大樹の所在。この地にも存在しているであろう昔からの団体。その二点だ。
しかし…………、
「これ以上続けても、なんの成果も出ないとオモウけど…………、どうする?」
伊織さんが今後の方針を訊ねてきた。
思った通りの情報が得られていないのが現状で、その打開策も道標も、何一つ見付かっていない。
「『邪の道は、蛇』なんてよく言うけど、逆に早々見付からないんじゃない?」
伊織さんがオカシな事を言う。
たが、確かにそれは正論だろう。
此処奈岐穂市は、貿易産業国としても有名な國であることが、後の調べで解った。
ならば、それなりの裏事情も兼ね備えていると思っていたのだが……………。
「やはり、早々には見付からないのでしょうか?」
「ま、ここまで奔走して手掛かり一つ見付からないところを見ると、柚希の思っている相手方に相当の策士がいるか、高い警戒心を持ってるんだろうね」
策士………、警戒心……………。
「…………」
「柚希……?」
もし、既にコチラの行動が読まれているのだとしたら、少々厄介な事になるかもしれない。
そうなる前に、何とか何かしらの手だけでも打っておかねば…………、
「ねぇ、柚希ってばッ!(はむっ)!」
「ふひゃぁぁああぁぁぁぁ~~~~ッ!!!」
突然の耳への攻撃に、ワタシは咄嗟の悲鳴を上げた。
「な、何ですか?」
慌てて右耳を抑え、その犯人・伊織さんから距離を取るように後退る。
「いや、美味しそうな耳だったから」
咲良さんみたいな事を考える人だな………。
「それで、今後の方針は?」
伊織さんは、改めて訊ねる。
「特に無いです。もう少し、この奈岐穂市を歩いてみようかと思っているくらいで」
「ふぅ~ん、分かった。じゃあ、アタシは別の用件を済ませるから」
そう言って、伊織さんは奈岐穂市の奥へと進んでいった。無論、その先は、神成市ではない。
そんな伊織さんの行き先をあまり詮索する事なく、ワタシ達は再び歩き始めた。
そして、歩き廻っている内、ワタシ達は知りたかった情報の一部を、意外な形ではあるが何とか入手した。
その時得た情報を持ち、ワタシ達は翌日再び湯球市を訪れた。
「今度は、何を探てるの?」
市街から僅かな距離を保ちつつ、山道を歩きとある場所を目指す。
「おそらく、この辺りだとは思うのですが…………」
「柚希?」
ワタシは、雪山の山道の中で、一際不自然な場所で立ち止まり辺りを見渡す。
「ねぇ、柚希ってばッ!!」
「ふぇっ!!?あ、はい。何ですか?咲良さん」
突然掛かった声に驚き、慌てて振り向いた。
そこには、唯一残った百瀬咲良の姿があり、咲良さんは頬を若干膨らませていた。
「ホント。夢中になると廻りが見えなくなるよね?」
「あ………。ご、ごめんなさい…………」
「それで?柚希は、何を探してるの?」
「……………」
ワタシは、一息置く。
それは、おそらく絶対に見付からないモノで、決して近付いては行けない場所だから。
だけど、それでも知りたかった。
そこに、何の意味があるのか。何故、ソレはその役目を果たしたのか。
それが解れば、いずれこのいさかいに、終止符を打つことが出来るはずだから。
「葵さんの、実家です」
「え?」
咲良さんは、キョトンとする。
その反応は当然だった。
以前、葵さんと話した際、葵さんは自身の出身は湯球市であるが、そこに住んだことは一度も無いと言っていた。
けれど、ワタシが見た先日の夢。そこに出てきた葵さんと良く似た少女。
彼女は、水瀬家の人間で、当時では次期当主となる方だったそう。
そして、水瀬家は湯球市の統括者。神成市の神代家と同じ存在だ。
その為、ワタシは奈岐穂市でもその二家に並ぶ御家の存在を探した。
それは、当然の如く存在していて、今、奈岐穂市と湯球市の間では、長年から抗争と睨み合いが続いていた。
「ソレを見付けてどうするの?」
それは、唐突なモノで、不可思議な質問だった。
「『どう』とは?」
現に、ワタシは咲良さんのその質問に対し逆に訊ねてしまった。
「いや………。他人の家を探してどうするのかな?って事なんだけど………」
「えと………」
確かに、ワタシはどうしたいのだろう?
「……………」
ワタシは、その点について深く思考した。
特にどうする訳でもなかった。
けれど、見付けられれば、何かの手掛かりのようなモノが見付かるかもしれないと考えていたのかもしれない。
それに、どうしても気になるのだ。
『水瀬』という家の存在。
それは、小さな存在ではない。
おそらく、現状を打破出来る唯一の存在だと思えるから、だから………。
「あっ………」
ふと、目の前に突然現れた人影と目があった。
その人影は、何処かで見覚えのある葵さんと同い年くらいの少女で、その少女はワタシと目が合うや否や、苦虫を噛み潰したような表情をすると、一気に肩肘を落とし、その場に倒れてしまった。
突然の出来事に驚く咲良さんを落ち着かせ、少女───佐城森珠洲菜を神代学園の医療棟へと急いで運んだ。
神代学園、医療棟の一室。
「んっ………。あれ?此処は…………」
目覚めて早々、珠洲菜は辺りを見渡し状況を整理する。
「起きた?」
隣で、水瀬葵が珠洲菜に声を掛けた。
「え?葵………ちゃん……………?」
「はい、水瀬葵ですよ」
「何で、此処に…………。いや……それよりも、此処は…………?」
「此処は、神代学園の医療棟。その一室」
「…………」
珠洲菜は、再び室内を見渡す。
その真っ白な部屋は、珠洲菜の精神を落ち着かせ、気分を平常にさせる。
「あ、気が付かれたんですか?」
場が静まったところで、神威柚希が入ってきた。
二時間前…………。
ワタシは、雪山で突然倒れた佐城森珠洲菜と思われる少女を咲良さんに預け、雪山を歩き続けていた。
咲良さんと離れてからか、荒れていた天候は弱まってきた。
吹雪が収まったお陰で、まだ厳しいが何とか鼻を鳴らせられる。
その鼻を頼りに、先程見付からなかったモノを探し始めた。
「……………」
そういえば、夢で見たあの場所と、先日訪れた場所はどこか似ているように見えたが、何となく違っているように思えた。
それは、広さだけでなく、その地形も関係していた。
「この辺り…………かな?」
歩き始めて一時間近く。ワタシは、それらしき場所に到着した。
微かに香る不思議なニオイ。
それは、最中さんや葵さんから感じていたモノで、現在はこの場所から感じる。
ワタシは、辺りを見渡す。
特に変わった感じはしない、普通の空間。
しかし、僅かに変な気配も感じていた。
ガサガサ…………。
そこに、雪林から物音が聞こえ、大人の男達が数人姿を現した。
「お?」「ん?」
男達は、ワタシの存在に気が付くと、途端にザワザワとし始めた。
ワタシは嫌な感覚を感じ、気付かれないようにゆっくりと後ずさる。
「君は…………」
しかし、その時だった。
男達の内の一人がワタシに話し掛けてきた。
「何しをに、此処へ?」
その問いは、最も確信を衝いていた。
「えと…………」
ワタシは、背汗を掻きながら、その問いの答えを思考する。
それと同時に、男達の素性も思考した。
ワタシの考えが正しければ、彼らは《碧の翼》の一員。
ならば、下手な解答は出来ない。
かといって、真っ向からの太刀打ちも出来ない。
だったら…………、
「迷いました」
後頭部を掻き、精一杯の嘘を吐いた。
ワタシの答えを聞き、男達は再びザワつき始める。
その挙動を見計らい、ワタシはその場から立ち去るべく、左足を一歩後ろへとやった。
その刹那────。
ヒュッ!という音と共に、ワタシの右頬を何かが掠めた。
気に掛けるよりも早く、男達の一人が声を上げた。
「貴様、いったい此処へ何の用だ?」
その声のトーンは低く、その問いは先程ワタシにした質問に似ていた。
そこでワタシは、ようやくその問いと攻撃がワタシに向けたもので無い事に気が付いた。
思考が冷静さを取り戻した事で、ワタシは先程まで感じなかった気配を感知した。
「麻鶴木、このは……………」
別の男が、その名を口にする。
ワタシは、その名に違和感を感じ、心の中で疑問符を掲げた。
その名には、一度だけ聞き覚えがあった。
以前、学園にて鳴滝火乃華から紹介された名と同じものだ。
その時から、ワタシはその人物の姿を一度も見たことがない。
ゆえに、今ワタシの後ろに隠れている人物がワタシの知る人物と同一人物なのかは解らない。
そんな困惑しているワタシを差し置いて、この場は一瞬の戦火が灯された。
ワタシは訳が分からないまま、そのいさかいに参加した。
そして、当然の如く謎の少女の味方をし、男達と一戦交えた。
結果。ワタシと謎の少女は難なく勝利し、再び吹雪始める天候の中、その場に立ち尽くした。
「あなたは…………」
「危険」
「え?」
その一言だけ言い残して、謎の少女は吹雪の中に姿を消した。
突然の出来事続きだった現状を整理するように、ワタシは空を見上げた。
謎の少女が出てきた事で始まった小さな戦。
それによって解ったのは、彼女が奈岐穂市側の人間である事だけだった。
「とりあえず、帰ろう………」
天候が更に荒れ始めたので、ワタシは早々に帰宅した。
神代学園、医療棟。
「くちゅっ!」
病室に入って早々、ワタシはくしゃみを溢す。
「風邪?」
そう言って、葵さんは別のベットから毛布を引っ張り、ワタシの背中にそれを掛けてくれた。
「よく見たら、あちこち傷だらけだね?」
「あ………」
言われて、先程の雪山での出来事を思い出す。
その時の出来事では、お互いに大した怪我などしていない。
していて精々、今のワタシと同じくらいだろう。
「転んだ?ダメだよ、余所見して歩いてちゃ」
葵さんは、全くのお門違いな事を言う。
だが、それで良かった。
本当の事を伝えればどうなるか………。…………どうなるんだろう?
それに、結局解らなかった。
あの場所は何なのか。何故、謎の少女は彼処に現れたのか。
それが解っていれば、何とか出来たはずだろう。
「…………」
ふと、葵さんの後ろから、何かの視線を感じた。
少し上半身をずらすと、そこにはやや不機嫌に見えなくもない佐城森さんの鋭い眼があった。
「大丈夫です」
その眼を気にして、ワタシは毛布を葵さんに返して近くの丸椅子に座った。
「えと、容態はどうですか?」
「……………」
うわぁ……、何だが不機嫌そう…………。
けど、いつまでも弱腰では駄目だ。
彼女にはいくつか質問がしたかった。
「今起きたところ」
佐城森さんが黙っていると、向かいの椅子に座った葵さんが代わりに返答した。
「そうですか」
少し気掛かりだったが、ふとある事に気が付いた。
「そういえば、咲良さんはどちらに?」
ワタシは、辺りを見渡した。しかし、どこにも咲良さんの姿は見当たらなかった。
「咲良さんなら、受付でハルナさんに捕まったはずだけど………」
「そうでしたか」
まぁ、特に問題が無さそうなら良いのかな。
「それで?この娘を連れてきた理由は、何?」
「それは後程お話しします。それよりも今はアナタに訊ねたい事が幾つかあります」
「……………」
佐城森さんは、今だ沈黙したまま。
それでも、ワタシは質問を開始した。
「アナタが所属していた《碧の翼》は、いったい何を企んでいるんですか?」
「…………」
その問いになど、到底答えるはずもない。
「ちょっと待って。今、『所属していた』って言った?」
沈黙を裂くように、葵さんが質問してきた。
「はい」
ワタシは、何の迷いもなく頷いた。
「そう………」
『後程説明する』と言ったことを真に受けているのか、葵さんは素直に納得した。
「……………」
今だ、佐城森さんからの鋭く冷たい視線は続く。
こうなっては、埒も明かない。
そう決めて、ワタシは最も確信を突いた部分を訊ねた。
「先程、葵さんの自宅に寄りました。そこには、両組織が小競り合いを起こしている最中でした」
「…………」
なおも、沈黙が続いた。
「あ、私の実家見付かったんだ」
向かいの席で、葵さんが嬉しそうな表情を見せた。
「実際には、『跡地』でしたが」
「あ、え……?」
訂正したが、葵さんは直ぐには思考が追い付かず、素頓狂な声を発し、首を傾げた。
どこかに難しい単語があったのだろうか?傾げるほど長くもない説明だったはずだが………。
困惑する葵さんを隅に置き、ワタシは質問を続けた。
「アナタは何故、《碧の翼》を脱退したんですか?」
そこには何か意味があるはずだった。
確かに、彼女は上の命令で葵さんの監視を行ってきたかもしれない。
だけど、それにしてはやり方が不安定だった。そこにはまるで、個人の思想が混じっているように思えた。
「…………」
その時だった。
佐城森さんの視線が微かに動いたのを、ワタシは見逃さなかった。
その視線の先には、今だ頭を抱えている葵さんの姿がある。
長い黙秘権の行使に耐えきれず、ワタシは立ち上がり部屋を出ようとした。
「あ、ちょっと待って。ゆずちゃん」
と。そこへ、葵さんの声が掛かった。
「この後は、どうするの?」
振り向く間も無く、訊ねられた。
「今日は、とくには………。明日また湯球市には行ってみようかと思ってはいますが」
「そっかぁ~。じゃあ、出発する時になったら声掛けて?その場所に行ってみたいから」
「わka────」
「ちょっ、待って!!」
ワタシの返事を中断し、会話に入ってきたのは、先程まで沈黙を通していた佐城森さんだった。
「もしかして、油久井に向かうの!?」
彼処、『油久井』って言うんだ。
「そだけど?」
「だ、ダメだよ!あそこは…………」
勢い良く立ち上がるが、後半で失速した佐城森さん。
その勢いには、意味深な想いが込められているように見えた。
「何で?」
佐城森さんの想いを掘り下げて、葵さんはその意味を訊ねる。
「だって………」
佐城森さんは、上唇をぐっと噛み締めた。
そういえば、《碧の翼》も謎の少女も、その油久井の地わ訪れていた。
ということは、其処に〈何か〉があるのだろうか?
特に何かのニオイがしたわけでもなかったが………。
「ちゃんと言葉にしてくんなきゃ、分かんないんだけど?」
「…………」
佐城森さんの頬を、一筋の水滴がしたる。
それはおそらく冷や汗で、彼女もしかり、《碧の翼》や謎の少女は、その地にとても大きな〈何か〉がある事を知っている。
葵さんのいつになく真剣な表情に観念したのか、佐城森さんはようやく口を割った。
「油久井には、《三種の神器》と呼ばれる三つの神器の内の一つが眠っている」
それは、迷信に近い話だった。
そんなモノなどあるはざが無い。
けれど、誰もソレを見たことはなく、ただ『あるはず』という伝承が遺っているだけ。
「それが、私の実家に?」
「ええ、おそらく」
「では、他の二つは?」
ワタシは、この期に乗じて佐城森さんに質問した。
「長の話では、神代家と鳴滝家がそれぞれ有しているはずだと」
やはり………。
「どうするの?ゆずちゃん」
「とりあえず、その油久井に行ってみましょう」
「そだね」
「ちょっと待って!今言ったでしょ。あそこには────」
「ええ、《碧の翼》も《紅の牙》も眼を付けている」
「え?」
佐城森さんは、目を丸くする。
「どうして、ソレを…………?」
確かに、彼女はそのまでの事は発言していない。
だが、ワタシは確信した。
《碧の翼》も《紅の牙》も。狙っているモノはお互いに同じだった。
だからワタシはあの謎の少女に出会し、《碧の翼》は彼処を訪れた。
この時、ワタシは疑問に思った。
両者は何故、その《三種の神器》を必要としているのか?
それと同時に、何故その内の一つを有しているであろう神代家は狙われないのか。
それが一番の疑問であった。
翌日。
医療棟での一件を経て、ワタシは佐城森さんを案内人として湯球市の山道を歩いていた。
目指す先は当然、先日の跡地。油久井にある葵さんの実家。
「…………(スンスン)」
行く途中、ワタシは何かの気配を感じて鼻を鳴らした。
「どうしたの?柚希」
隣の咲良さんに訊ねられた。
「血と硝煙の匂いがします」
「え?」
「そんな、まさか!!」
突如、佐城森さんが走り出した。
それが、総ての切っ掛けだった。
この出来事の後、ワタシは自身の本当の姿を再認識する破目となった。




