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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
38/102

第37話 白華の桜

 三年前───。

 湯球(ゆだま)市の一角、柳京(あじか)の丘に多くの人達が集まっていた。

「長。ようやく、《彼》との契約を取り付ける事ができました」

「うむ。して、その見返りは………」

「それが………、どうやら《彼》は、金銭を必要としていない模様です」

「何?では何を要求してきている」

「はっ、それが特には何も…………」

「おかしいな。奴は道理では動かぬはず………」

「その代わり、『面白いモノ』をご所望の様でしたが」

「面白いモノ?」

 それは長だけでは無い。その場に集まっている誰しもが、深く首を傾げる言葉だった。

「まぁ良い。今は、《彼》の信頼を失う事の方が問題だ」

「はい」

 皆、それぞれに頷く。

 その後、その場の雰囲気は宴会のようになり、その状態は何時間と続いた。

 朝方から始まったはずの慎薐会は、予期しない宴会を経て、気が付けば空は真っ暗となっていた。

「こんなので、本当に成功するのかな?」

 柳京からの帰り道。一人の少女が、呟きながら下山していた。

「葵ちゃん……………」

 それは、少女だけが知る、少女にとってのたった一人の親友の名だった。

「おい、珠洲菜(すずな)

 林道に入った所で、少女は呼び止められた。

 少女が振り向くと、そこには長の姿があった。

「何でしょうか?」

 少女は緊張しつつ、長に用件を訊ねた。

「うむ。珠洲菜には申し訳ないが、来年から神成(かみなり)市に向かってほしいんだ」

「はい、構いませんが、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ。向こうの市長と幾度か連絡していてな、そしたら来年から、あの娘を学園に通わせるらしい」

「そうですか………(葵ちゃんが、神代学園に………)」

 少女は、自身の胸の内から不思議な感覚が湧き出すのを感じた。

「それでは、ワタシもその学園に通えば良いんですか?」

「そうだ」

「分かりました。そのように準備します」

「ああ、宜しく頼む」

 (来年から、神代学園に…………、四年ぶりに、葵ちゃんに会える)

 少女は、感慨に触れた。

 (葵ちゃん、どうしてるかな…………?)

 想いに更けながら、少女は学園に通う準備を整えた。

 そして、三年後の春────。

 神成市での生活にも慣れ、少女は目的である水瀬(みなせ)葵の監視を続けていた。

 それは、少女にとって辛い役目で、少女は神成市に来てから一度も水瀬葵と話せていない。

 遠目で見る親友はとても元気そうで、何かに困っている素振りも見せず、学生生活を謳歌していた。

 (相変わらず、状況は変わってないみたいだけど…………)

 少女の視線は、葵本人には向けられていない。

 向けられているのは、その周りのモノばかり。

 葵が産まれてから十四年。葵本人の体調は好調のようだが、相変わらず葵から発せられる謎の冷気は、彼女の周りを凍てつかせている。

 何かあれば報告をと言われていたが、さしあたって何かが変わる事も無かった。

 そんな何の変鉄も無い任務に、ようやく異変が生じた。

「え!?桜が、咲いた………?」

 それは、奇妙な知らせで、唐突な変化だった。

 その事態に感化されたかのように、各所で異変が生じ始める。

 神成市の港に謎の大型の黒船。那岐穂(なぎほ)市に奇妙な一団。そして、少女の故郷、湯球市に多くの物資の補給。

 それらは予期せぬ事態。しかし、同時に大きな助力でもあった。

 この春先の事態を経て、那岐穂市と湯球市に不穏な空気が流れ始め、その後の梅雨では神成市で異常な大雨が降り続いた。

 それは異変としか言い様が無かった。

 けれど、それらは誰にも止めることなど出来ぬ事態。

 まるで、災いが災いを呼ぶかのように、それらは呼応し、されど、同じ地点、同じ場所ではそれらは発生していない。

 そんな異変も、監視対象であった彼女にも及んでいた。

 それは、数日と続いた大雨が、唐突に止んだ日の事だった。

 少女はいつものように、学園の医療棟に向かった。

 しかし、原因不明の異変が生じた為か、その場の環境そのものが変わっていた。

 いつもは多くの看護師や医師、見舞い客などが往来しているホールには、ほとんど人の気配は無く、皆、どこか不安気な表情を浮かべていた。

 少女はその原因を探る為、医療棟内を歩き回った。

 そしてたどり着いた一人の医者の部屋の前。

 その部屋には世界でも名高い名医がいる。

 その者に話が出来ればと少女は意を飲み、その部屋の扉を開いた。

 予想外に、話は通じた。しかし、同時に思いがけない情報を聞かされた。

 少女は慌てて故郷、湯球市に戻った。

 この事態を、この異変を伝達する為だ。



 その情報を聞き、葵さんは硬直していた。

「んんんんん~~~~~………………」

 というより、深く思考していた。

「その子、誰?」

 結局、葵さんから出た言葉はそんな結論だった。

「まぁ、そうなるでしょうね」

 ハルナさんは、さも当然のようにお茶を啜る。

 というか、もの凄く他人事のように聞こえる。

「……………」

「どうかした?柚希」

 咲良さんが、ワタシの顔を覗き込み首を傾げる。

「あ、いえ…………」

 ワタシは、ふと思った。

 その人物────佐城森(さきもり)珠洲菜とは、どのような人物なのかと。

 ここまでの話では、その人物は何かの組織から派遣され、葵さんの動向を探っていたように思える。

 そして、思った情報も得られず、葵さんの様子がおかしくなった事を感知するやいなや、元の場所へと戻って行った様子だ。

 ワタシは、それが不思議だった。

 彼女の組織は、何を知っていて、何を探ろうとしていたのか。

 今のところはそれが明確となっていない。

 ただ解るのは、彼女の出所は湯球市と見て間違いないという事だけだろうか。それは、葵さんの出身地でもある。

 あらば、その地へ踏み込んでみるのも一興か…………。

 ワタシは、そう思考していた。

「何考えるのか知らないけど、コチラの手間を増やすような事は止めてよね?」

 思考を読まれていたのか、発言してもいないのにハルナさんに釘を挿された。

 というより、ただ面倒事を避けているように見える。

 ひとまず、その場は頷きワタシ達は医療棟から出た。

 気は進まないが、ワタシは最中さんを頼り、クラウスさんに頼んで湯球市を散策する準備を進めた。

 その準備は、思ったよりも早く整い、ワタシ達は早速湯球市に向かうことにした。




 湯球市、柳京の丘。

「どういう事ですか!?」

 珠洲菜は、声を挙げて大人達に抗議する。

「もう決まった事だ。水瀬家は、これより放棄する」

「それでは、これからどうするおつもりなのですか?」

「湯球市は、団長が務められる。既に町も我が《碧の翼》の意向に賛同している」

「そんな………。じゃあ、葵ちゃんはどうなるんですか!?」

「珠洲菜…………。まだそんな事を言っているのかっ?アイツが、この湯球市(くに)をこんなにしたんだぞっ!!」

 男の反論を受け、珠洲菜は魚籠つく。

 しかし、ここで引き下がっては、総てが無駄になる。

 そう思った珠洲菜は、意を決して自身の想いを口にした。

「それでも、あの子はワタシの『親友』ですっ!」

 だが、珠洲菜の反抗は、虚しく流された。

 そして、珠洲菜は《碧の翼》を脱退し、珠洲菜の抜けた《碧の翼》は当初の予定を早めるように行動を開始した。

 (ごめん……ゴメンね………? 葵、ちゃん…………)




 湯球市に降る雪は、先日来た時より弱まっていた。

「此処が、私の故郷…………」

 ワタシの後ろで、葵さんが感慨に浸っていた。

 何故そこに葵さんの姿があるのかは置いておくとして、ワタシは気掛かりであった湯球市の状況を探る為、市内を散策し始めた。

 湯球市内は、何の変鉄も無いただの氷雪の街。

 全てが白銀色に彩られ、まるでこの街だけが氷河期にあるかのようだ。

 ワタシ達は人里を離れ、少し険しい山道を歩く。

 ハルナさんの話が正しければ、この街の人達は葵さんの事を警戒しているはずだ。

 それに、ワタシはあまり他人が好きではない。

 依然、桜公園を訪れる途中での一件もあって、警戒心がやや高くなっている。

 本来であれば、街の人の声を聞くのも良いのだろうが、先日のクラウスさんのところでの一件で、あまり大きな情報を得られない事を悟っている。

 しかし、それにしても……………。

「…………………」

 ワタシは足を止め、雪の降り止まぬ真っ白な空を見上げた。

 確かに不思議な天候だ。

 だが、少し異常にも見て取れる。

 それは、他者を拒むようで、反対に何処かへと導こうとしているかのよう。

「あ…………」

 右側を歩いていた伊織さんが、声を上げる。

 ワタシは、その伊織さんの視線を追った。

 釣られるように、咲良さんと最中さん、葵さんも、視線を道の右側に向けた。

「これって…………」

「五林地蔵、だね…………」

 最中さんの問いに、伊織さんが答える。

「ゴリン………ジゾウ…………」

 ワタシ達の目の前に、雪に埋もれた小さな人型の石像が五体並べられている。

「あれ……?」

 ワタシは、その内の一体に違和感を覚え、その石像の近くに寄った。

 その石像は、確かに変だ。いや、正確には、この一帯そのものがおかしいのか。

 その石像の首は取れており、その頭部は雪の上におり、首から下は雪に埋もれているのだ。

 その石像だけが、どう見ても不可思議な状態であるのは明白だろう。

「……………」

 ワタシは、再び空を見上げた。

「そういえば………」

 声に出して、ふと出た疑問を口にした。

「ぜんぜん積もりませんね」

「え?」

 その発言に、咲良さんと最中さんは首を傾げ、伊織さんは顎に手を添えて思考する。

「確かに………」

 伊織さんは、その体勢のままそう呟く。

 そう。現在の湯球市は、雪が積もっていないのだ。

 正確には、現状からいっこうに積もっていないのだが。

 湯球市街の街中は舗装されているから気付かなかったが、この場所に来れば、ふと感じる。

 空から降るのはサラサラとした埃のような雪。

 だが、そんな雪が終始降っているにも関わらず、ワタシ達の足元はいっこうに雪が積もらない。

 それは、靴裏から僅かに感じる雪の感触で分かる。

 この山道を歩き出してからおよそ一時間。

 ワタシの足には積もったばかりの雪どころか、地固めされた積雪の感触も感じされなかった。

 それは、まるで普通の地面の上を歩いているようで、たまに感じる新雪っぽい感じの感触は、大量の落ち葉の上を歩いているような感触に似ていた。

 確かの冷たさと、ふわふわとした雪本来の感触。しかし、その裏では疑問しか浮かばないそこらの地面の感触ばかり。

 今も、グニグニと足を動かして雪の感触を確かめるが、そこには確かに雪が存在しているように思えて、その雪自体の感触は存在していない。

 矛盾するその存在に、ワタシは首を傾げた。

「いくら《皇》でも、ここまで不安定なモノを造るのかな?」

 そえ呟いた伊織さんの言葉を受け、ワタシはふと違う方向に思考を転らせた。

 そもそもが、この状況自体がおかしいのだ。そこに別の不思議が存在しても、さして首を傾げる事でもないはず。

 ならば、今考えるのは、何故『こうなっているのか』だ。

 その要因を探るべく、ワタシ達は歩き出した。


 桜の樹は、神成市にのみあるわけではない。

 秦にだけ《神桜樹》のような大きな樹があるだけで、他の市町村に無いはずがない。

 しかし、此処湯球市は違っていた。

「桜の樹、一本も無いですね…………?」

 空がうっすらと茜色に染まる中、ワタシはそう呟いた。

「どうしたの?急に」

 既に、あれから数時間。それっぽい場所を周り続いたが、それらしい樹は一本も見付かっていない。

 別に、有るのが当たり前とは言わない。だけど、その感覚すらしないことに、何故だか違和感を感じているのだ。

 葵さんから消えたように思える《神桜樹》に似たニオイ。それが今は、この雪から感じられる。

 それでも歩き続ける事───数分。

 ワタシ達は、だだっ広い場所に出ていた。

 そこはまるで、何処かの広場、あるいは何かの跡地のような広大な広さを有している不思議な場所。

「随分と広いところだね………」

 最中さんが呟く。

「……………」

 ふと何かの異変を感じたワタシは、その場にしゃがみ込み、雪に顔を埋めて鼻を鳴らした。

「柚希、何してるの?」

 やっぱりだ。

「この体勢だと、何かイタズラしたくなるよね?」

「それをアタシに聞かないでよ」

 背後から刺さる嫌な予感を避けるように、慌てて身体を起こした。

 『どうして、ダレも……………。だったら、オレは…………、ナニもカモッ、壊シテやる……………ッ!!!』

 その途端に聞こえた不思議な声。

 それは、どこか聞き覚えのある声で、しかし、同一と認めたくない言葉だった。

 首を傾げる咲良さん達を不安がらせないように、感じとったニオイだけを口にした。

「此処に、何かがあったみたいです」

「『何か』って?」

 それが解れば良かったのだが、そこから感じたのは微かにした《神桜樹》に似たニオイ。

 それに、不思議と落ち着くような感覚を感じた。

「ヘクチッ……!」

 考え事をしている時に聞こえてきたその声で、ワタシは考えるのを止め声のした方に視線を向けた。

 向けた先で、葵さんが鼻を啜っていた。

「これ以上の長居は危険かもね」

 そう伊織さんに言われ、ワタシは一時帰宅する事を決断した。


 それは、その日の夜の事だった。

 ワタシは、夢を見た。

 幾度と見てきた何処の誰とも分からない他人の夢。

 その夢は、ワタシが見たいと思った時に見れるものではなく、その内容も大した法則性も関連性も見当たらないモノばかり。

 夢の中では、ワタシは思考を思うように廻らせる事ができる。

 しかし、それではどうしようも出来なかったのが事実だ。

 そして、それは現実となり、今も、その夢は自動的に再生される。

 其処は、何処かの丘。新緑に彩られた雅な風景。

 その中央には、白い花を満開に咲かせている大きな樹。その傍らにワタシはいた。

 ワタシの視線は、その白い花を見上げている。

 どこか似ている花だが、その色も感覚もワタシの知る《神桜樹》とは全く違っていた。

 そんな異質に思える樹を見ていると、途端に声が聞こえてきた。

「これが………、『白桜(はくおう)』………」

 それは、この樹の名前だろう。

 その名には桜の名が入っている。

 つまりは、この樹もあの《神桜樹》と同じ桜であった。

 そして…………、

「これこそが、六つに別たれた《霊基(ハウル)》の一つ……………」

 そう。それが、《響想珠(アルディジャーノ)》の正体。総ての手懸かりとなる存在。

「そして、四番目の〈界経(ゆりかご)〉となる場所」

 《神桜樹》には、六つの〈匣典(はしら)〉が存在していた。

 それらは、自己で互いを認識できる人工樹。

 それらが桜の花を咲かせるのは、元となった〈樹〉の影響によるもの。

 その名を《神桜樹(インヴォルジア)》と呼び、元の少女の名は────〈夜天之弦樹(ヨスガノリリア)〉と呼ばれていた。

「……………」

 少年は、黄昏ていた。

 何も無い世界。何一つ変わらないこのセカイで、一人孤独な人生を送っていた。

「何を考えておられていたのですか?」

 そこへ、一人の少女が声を掛けてきた。当然、ワタシの視線はソチラに向いた。

 そこにいたのは水色の長髪を靡かせる、碧眼の少女。歳は、少年とそう変わらず、顔立ちは、どこか葵さんに似ていた。

「いえ、特には………」

 少年の対応に、少女はクスクスと小さく笑った。

「相変わらず、不思議な方ですね?」

 そう。少年は、不可思議な人物だ。

 少年は、全身を真っ黒なローブで覆い、その声を大人びた風にしている。

 それに何の意味があるのかは解らない。

 しかし、彼の存在は、あまりにも謎過ぎるのだ。

 それでも、少女は少年を怖れてなどいなかった。

 何故なら、この世界で少女の味方は、もう少年しか存在していないのだから…………。

「やはり、戦は止められませんか………」

 少年は、思い悩んだ。

「何とか、止める手段は…………!」

 少女は、必死に訴える。

 だが、もう戦は止められない。ならば…………、

「あるにはありますが…………」

 少年は、茶を濁そうとする。

 しかし、少女の想いは、少年の意志をも曲げた。

「でしたら、コレを」

 少年から少女へ、それは強大な意志(チカラ)

 それは、決して人が行使する事など出来なぬ、禁忌の手法(わざ)

 だからこそ、少年は渋ってうたのだが、少女の意志は思いほか硬かった。

 これで、本当に良かったのだろうか?と、少年は後になって後悔した。

 現状、既に水瀬家の権力は衰退しており、誰もその意向には従わない。

 ならばと、少女────水瀬(みどり)は、自身だけでも戦う覚悟を決めたのだ。




 夢が現実となる事は、そう無いだろう。

 だが、ワタシの場合は違っていた。

 昨夜見た夢は、どこか現実味を帯びていて、まるでこの先の展開を警告させているようだった。

「~~~~~~ッ!!」

 目覚めて早々、ワタシは大きく身震いをした。

 全身を撫でる嫌な寒気を感じ、自室の窓から見える夜空を見上げた。

 そこから見える夜空は、微かに蒼く染まっていて、日ノ出が近付くのを予期させていた。

 感慨に触れていた頭を覚まそうと、隣で寝ている咲良さんを起こさないようにゆっくりと部屋を出た。

 本場の夏が刻々と迫る現在。この時季の夜風は、それほどの冷たさも感じられなかった。

 縁側の隅に座り、時折強く吹く風を五感を弱めて直に感じ取る。

 正直、心地好いとは思えない。

 何故なら、今のワタシには先程の夢が脳裏に深く媚びり着いているからだ。

 夢に出てきた、漆黒に近い黒のコートを来た少年。顔を隠し、声を変えている時点で怪しいのに、妙に親切な人物だ。

 そんな少年に事を相談した少女。

 その少女は、水瀬葵と姓や車椅子に乗っている点が同じで、顔立ちも若干似ていた。しかしその逆で、雰囲気や性格、髪の色までは似ていなかった。

 両者に不審な点は多々ある。だが、それよりも気になるのは、『白桜』と呼ばれていた桜の樹だ。

 あの樹からは、不思議なというか、複雑な感覚を覚えた。

「柚希?」

 いつの間にかぼんやりとしていた意識は、生暖かい風を感じて覚まされた。

 吹かれた方を見てみれば、いつものツインテールをほどいてはいるが、何故かボサボサな状態になっている小薙伊織の姿があった。

 伊織さんは首を傾げていたが、ワタシが沈黙を続けていると、その隣に座った。

 手櫛で髪を直す伊織さんを気にしていたが、ワタシはすぐさま徐々に明るくなる夜空を見上げた。

「寝る?」

 暖かい中に微かに感じた、濃い匂い。

 伊織さんは訊ねると、程好く温かそうなコーヒーの入ったコップを差し出してきた。

「いえ」

 短く答え、差し出されたコップを受け取る。

 コップを両手で持ち、ゆっくりと少量だけ口に含んだ。

 口の中で広がるコーヒー独特の苦味と、その中から感じる微かな甘味。その温かさと味に、ワタシは心を落ち着けた。

「今度は何を考えていたの?」

 隣で同じようにコーヒーを飲む伊織さんが、ふいに訊ねてきた。

「いえ、特には………」

 ワタシは曖昧に返し、残り僅かとなっていく夜風に身を預けた。

「嘘だね。何か、複雑そうな顔してるよ?」

 一瞬、超能力者か何かと思ってしまったが、向いた伊織さんの眼は、ワタシの顔をまじまじと見ていた。

 これが、『姉妹』のチカラなのだろうか。ワタシは、いつしかそう思えるようになっていた。

「………………」

 ワタシは、再度コーヒーを一口飲み、その表情の意味を口にした。

「先程、今まで見た夢の中で、最も不思議な夢を見ました」

「どんな?」

 伊織さんは、興味津々のようだ。

 ワタシは、そんな伊織さんに根気負けを感じたかのように、先程見た夢の内容を覚えている限りで話した。

 それは、とても危険な『懸け』となるだろう。

 何故なら、あの時見た夢には確かな意味が所かしこに存在していたのだから……………。

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