第36話 氷雪の里
《神災》は、神成市以外にはその影響が及んでなどいなかった。それは、既に調査済みである。
だが、此処湯球市は別であった。
そして、今のワタシ達は、その湯球市にいる。
「今って、夏…………だよね?」
目の前の真っ白な世界に唖然としながら、最中さんが訊ねる。
しかし、そんな最中さんと同じように唖然としていたワタシ達には、その問いに答えられるほど思考が回らなかった。
「そのはずだけど…………」
先に思考を取り戻した伊織さんが回答する。
ワタシもなんとか思考を取り戻し、目の前の光景を改めて確認する。
目の前にあるのは幻想的で現実味の無い、真っ白な世界。
空から降り注ぐ真っ白な小粒の雨が、フラフラと大気に揺られて真っ白な大地に降り立つ。
「これは、雪……だね」
「ユキ…………」
伊織さんの言葉を復唱し、ワタシは首を傾げた。
雪………って、アレだよね?冬に降る…………。
「………………」
「まぁ、考えてもしょうがないよ。ささっ、早く行こ?」
ワタシ達は、最中さんの後ろを付いて行き、【相斉館】という場所を訪ねた。
「タノモ~~!」
店の扉は外れるのではないかと言わんばかりの勢いで開かれ、最中さんは店内に響き渡るほどの大声で叫んだ。
その声量は、本物の道場破りも顔負けなモノだった。
同時に、店内は一気に静寂化した。
「って。最中ちゃんじゃない。珍しいわね、どうかしたの?」
先に硬直状態から抜け出したオネェ口調の人物が、用件を訊ねた。
「あら。神威ちゃんも一緒じゃないの。お久し振り~~」
そう言って、その人物──クラウス・アルゼヒノはカウンターから飛び出し、ワタシに抱き付いてきた。
「ああぁん。やっぱり良いわぁ~~」
そして、身体を撫で回すように、そのゴツゴツとした全身を使ってワタシの身体にグリグリと擦り付けてきた。
「~~~~ッ!!」
その動作に混じって、何やら丸身を帯びた突起物が、ワタシの股間辺りを突き上げるようにぶつけてきていた。
「この、フニフニでモチモチの柔肌。ああぁぁぁ………若さって良いわね~~」
今だ全身を使って干渉に浸るクラウスさん。
どうでも良いが、そろそろ離していただきたい。
なんだか、変な気分になりそうだ。
「……………」
それから数分ほどして、クラウスさんはワタシがおかしいことに気付く。
それは時既に遅し。
「あら。なんか変だなと思ったら、神威ちゃんグッタリしてるわ」
「うっ…………」
気が付いた時、ワタシはカウンターに突っ伏していた。
「あれ?此処は…………」
辺りを見渡し、現状を再確認する。
「あ、起きた」
隣の席に座っている咲良さんに現在の状況を訊ねた。
「はい、飲み物」
ある程度の説明を受けたところで、正面からオレンジ色の液体が入った円錐形を逆さにしたようなグラスを目の前に置かれた。
「ヒッ!」
その飲み物を差し出した人物の顔を見て、ワタシの表情は一瞬にして青ざめ激しく動揺した。
「うぅぅん、そんな反応されると傷付くわね」
「いや。あんな事されれば誰だって柚希みたいになるでしょ」
「そぅお?」
クラウスさんと最中さんが口論している間に、ワタシは差し出された飲み物に口を着けた。
「ブフゥゥゥ~~ッ!!」
しかし、一口と口に含まずして、すぐさまその飲み物を吹いてしまった。
「うわっ、今度はナニっ!?」
「ケホッケホッケホッ……………!!コレ、お酒ですか………?」
「あ。もしかして、お酒ダメな感じだった?」
「はい、すいません………」
酒入りの飲み物を返し、お酒の入っていない普通の飲み物を注文する。
お口直しに一口飲み、痺れた舌を治す。
「それで、どうかしたの?珍しく此処を訪ねてきたみたいだけど」
「それよりクラウス。湯球市って真夏でも雪降ってるんだね?」
「そうみたいね。ワタシも湯球へ来た時には驚いたわ」
そう。確かに驚いた。アレは、本物の雪だ。
その感触を思い出し、ワタシは左手をニギニギとさせた。
「でも、住民達の話では十四年前までは普通の街だったみたいよ?」
「へぇ~~」
「もしかして、それについて?」
「ええ、そんな感じです」
少し離れた位置から、ワタシが返答した。
「いや~~、疲れたぁ~~~~」
「おうマスター、酒だ」
「オレァ、焼酎で頼むわ」
ぞろぞろと入ってきた客は、各々が思う席に着き早々に注文を言う。
「はいはい、ただいまぁ~~」
注文を受け、クラウスさんはカウンターの奥へと引っ込み、数分ほどして二十近い数のグラスと数種類の料理を客のいるテーブルへと運んだ。
「はい、御待たせぇ~~」
運ばれた料理は、早々に手を付けられていった。
「それで、最中ちゃん達はこれからどうするの?」
訊ねられたのは最中さんだが、その最中さんの視線がワタシに向けられたことで、その問いはワタシに向けての問いに変わった。
「…………」
特に予定を考えていなかったワタシは、沈黙で返した。
その間に、今後の方針を決めた。
「ひとまず、この街を一通り歩いてみようと思います」
「じゃあ、観光ってことで良いんだね?」
「はい、そうなります」
最中さんの再確認を、ワタシは頷いて答えた。
「え、じゃあ、もうお会計?」
いつの間にかすぐ側まで近付いていたクラウスさんが訊ねる。それに対して、ワタシは咄嗟に咲良さんの後ろに隠れてビクビクと怯えながら、コクコクと頷いた。
再び、ワタシとクラウスさんの間で沈黙が流れる。
「はぁ~~…………。はい、お代。行こ」
何か癇に障ったのか、伊織さんがワタシ達全員の代金を支払い、ワタシの手を引いて店を出た。
店の外に出たことで、店内で乱れた感情が、一気に流されていくようだった。
「それで、この街を廻ってみるんでしょ?」
「あ、はい」
先行する伊織さんの後に付いて、ワタシ達は湯球市の街を歩き始めた。
町中が白銀の世界に覆われた湯球市。
何処を見渡してもガラスのような半透明な世界。
辺りの建物は氷面を投影したかのように綺麗に輝いている。
その光景は、まるで旧世紀時代の氷河期を彷彿とさせる程。
「それで、実際には何処に向かうの?」
伊織さんに訊ねられ、ワタシは空を見上げた。
いくら見つめていても止むことの無い雪。
その現象は不可思議ではあるが、それが逆に奇怪に思える。
《秦》の中でも一際高台に位置しているはずの神成市での洪水。その神成市とは真逆に低位置にある那岐穂市は、突然の大雨では発生したものの、道路が濡れる程度に治まっている。
そんな二つの市の中間のような位置にある湯球市は現在、大雪に見舞われている。
それは、まるで新雪のようで在りながら、何時大事が起きてもおかしくない状態のようであった。
「此処には、何か突出したような建造物や天然の物は無いのでしょうか?」
ワタシは、ダメ元でそう訊ねた。
「ん~~、特には聞いたことが無いかな。それがどうかしたの?」
伊織さんの回答に、ワタシは顎に手を添えて考え込んだ。
「柚希?」
名を呼ばれ、慌てて我に還った。
「あ、はい。何ですか?」
「ひとまず、神成市に戻らない?このままだと風邪引いちゃう可能性もあるから」
「そうですね、分かりました」
そうして、ワタシ達は一度帰宅する事にした。
湯球市の現状は理解した。
どうやら、各街で様々な異常が起きているようだ。
その中で、最も状況が悪いのは、先程訪れた湯球市だろう。
なので、その湯球市を優先して問題の深い部分を探る事にした。
だが、幾度か訪れているが、聴取は難航していた。
それは別に、思った情報が得られていない訳では無い。
ただ、聴取してきた人物に問題が有りすぎたというだけだ。
「まったく、何なのあの態度」
不貞腐れたようにぼやく伊織さんは、近くに転がっていた大きめの雪玉を蹴飛ばす。
蹴飛ばされた雪玉は、前方の樹氷に当たり、盛大に砕け散った。その反動でか、樹氷から大量の雪が雪崩のように落ちる。
ワタシはそんな光景を見て、再び思う。
やはり、普通の雪のように見える。
いや。なんというか、普通過ぎる。
確かに、現在の季節は夏のはずだ。
しかし、この市の現状を見るに、その季節は冬だと勘違いされるだろう。
「何か変……ですね」
そう。そこが、変過ぎる。
「何が?」
いつの間にか雪合戦を始めた咲良さんと最中さんの内、最中さんが首を傾げる。
「何故、湯球市だけ雪が降っているんでしょうか?」
「確かに変だねぇ」
暢気な台詞を吐き、最中さんは雪玉作りを再開する。
「やっぱり、そう思う?」
後ろから、伊織さんの声が聞こえた。
振り向くと、伊織さんから雪玉を渡された。
刹那────ベシャッ!
後頭部に、やや硬めの塊をぶつけられた。
視線を前方に戻すと。
「やったぁ!初発で命中~~」
そこには、ガッツポーズを決めている最中さんと、
「えへへ、油断大敵だよ。柚希」
その隣で大量に雪玉を生成している咲良さんの姿があった。
状況がよく飲み込めず、ワタシはその場に固まった。
「柚希、反撃」
後方から聞こえた伊織さんのその言葉で、ワタシはようやく状況を理解した。
そうだ。今は、雪合戦の真っ最中だったのだ。
ワタシは、先程渡された雪玉を握り潰し、伊織さんから新たな雪玉を受け取る。
そして、正式に雪合戦が始まった。
当初の目的が何だったのか分からなくなっていたが、これはこれで良いと思えた。
雪合戦が始まってからほんの数分。
ワタシ達は疲れはて、その場に仰向けになって空を見上げた。
今だ止むことのない雪は、頬に触れては溶けてを繰り返している。
「それで柚希。さっきの件の続きだけど」
隣で、伊織さんが訊ねてきた。
さっきの件とは、当然この雪についてだ。
「はい…………」
一息置き、ワタシは話し始めた。
「この雪、何となく違和感があるんです」
その違和感を具体的には説明出来なかった。
だけど確かに、この雪はこの街はおかしいと思える。
「まぁね。普通はそうでしょうね」
伊織さんは、既にその答えを知っているかのように納得している。
「それは、具体的には説明出来ないの?」
伊織さんとは反対側の隣で、今度は咲良さんに訊ねられる。
「……………」
その具体的な説明を模索する為、ワタシはしばらく思考した。
「まぁ、説明が出来ないというよりは、それを言い表す表現が無いって感じなんでしょうけど」
付け足すように、伊織さんが話す。
確かに、伊織さんの言う通り、その違和感についてワタシは説明する表現力を持ち合わせていなかった。
ただ口答で言えるのは、現在の季節は夏で、この雪が実際のモノだと言う事だけだ。
「あ…………」
そこで、ワタシはようやく気付いた。
「そうですよ。この雪は、本物なんですよ」
「???」
咲良さんと最中さんは首を深く傾げた。その表情は、おかしな者を見る時と同じだった。
だが、ワタシは気にせず思考する。
そうだ。この雪は、普通なんだ。普通過ぎるんだ。
数日前に起きた《神災》の一つとも言える大雨。
その日、神成市と那岐穂市は当然如くその被害を受けていた。
しかし、此処湯球市は依然雪が降ったままだった。
それがおかしいのだ。
「じゃあ柚希は、この雪が《神災》の影響ではなく、自然現象によるものだって言いたいの?」
「いえ、おそらくそれも違うと思います」
そうだ。おそらく違うだろう。
コレも、れっきとした《神災》の一種。だが、その違いが上手く言い表せない。
「柚希」
名を呼ばれ、呼んだ伊織さんの方を向いた。
「ここで、《皇》の存在を視野に入れてみて」
伊織さんは、上半身だけを起こし、空を見上げた状態でそう言った。
「《皇》の存在……………」
復唱し、再び思考する。
「《皇》は神よりも上位の存在。謂わば、あらゆる世界において、総てを統括している『真の支配者』」
その言葉で、ワタシはとある答えに辿り着く。
「まさか、この雪は《皇》が直に降らせていると?」
やや疑問形になってしまった。
「少し違うかな?もしコレが、誰かの意志でその手伝いを《皇》がしていると仮定したら…………」
「その現況が、コチラ側に居ると?」
「でも、あながち間違いじゃないでしょ?」
伊織さんの、その当然のような推理に圧倒される感じになってしまったが、その答えに導かれた瞬間、ワタシの中で、ある人物の顔が浮かんだ。
確かに、その人物からは《皇》という感じの気配はしなかった。
それに、その人物にはおかしな点がいくつかあった。
それを探る為、ワタシは再び神成市に戻る事にした。
あの現況を生み出した人物は、その現象と類似する特徴を持っていた。
ワタシは、学園に入れない伊織さん、再び何処かへと姿を消してしまっていた最中さんを置いて、咲良さんと共にその人物を探す為、神代学園にやって来ていた。
この学園は相変わらず、特に変わった授業などは行わない。所謂、普通の授業だ。
そんな何の変鉄も無いように思える学園にも、いくつかの疑問は以前から浮かんでいた。
しかし、今はそれを証明する証拠も、それを解明する問題も起きていない。
なので、この学園自体の事は一旦保留し、今肝心な事に関わる人物を探す為、学園の中庭に足を踏み入れた。
「今日は、コチラにいないみたいですね」
数分ほど中庭を歩き回り、ワタシはそう呟く。
歩き回っている時、その人物から感じられていた最中さんや葉月さんのような感覚がしなかったのでもしかしたらと思えば、それが的中していた。
「柚希が探している人物って、どんな感じの人なの?」
咲良さんに訊ねられ、ワタシはその人の事を思い返した。
「えと………、こう、ふわふわとしていて、冷たい感じの方………でしょうか」
「うん……???」
ワタシの説明で、咲良さんは首を傾げる。
当然だろう。ワタシも今の説明では、どんな人物か予想出来ない。
そんな曖昧でしか知らない情報を置いておき、ワタシはもう一つの場所を訪ねる事にした。できれば、此処は避けておきたかったが…………。
「うくっ………!」
その建物に入って早々、ワタシは鼻を歪めた。
やはり、こういう場所は苦手だ。
嗅覚を数段落とし、受付に向かった。
「診察ですか?それとも、お見舞いですか?」
向かって早々、その二択を訊ねられた。
「はい、お見舞いです」
「かしこまりました。ではコチラに、記入をお願いします」
渡された書類に、ワタシは自身と咲良さん名前、それとその対象の名前を記入した
「…………」
書類を返すと、受付嬢はその書類と別の書類を交互に見始めた。
いつもなら容易く通過できたはずの手続きに、異変が生じていた。
「あの、記入された患者さんはリストには存在していませんが…………」
受付嬢は、不審な表情を向けてそう言った。
「え?ですが…………」
その時思った。今ワタシの目の前にいる受付嬢は、二ヶ月ほど前まではいなかった人物だったのだ。
その二ヶ月ほど前にはいた事を伝えると、受付嬢は「少々お待ちください」と言って、カウンターの奥へと消えた。
数分ほどが経ち、受付嬢は「お待たせしました」と言って、定位置に座り何百という書類が一つに纏められたファイルのページを幾度か捲り、ようやくワタシの相違点を口にした。
「どうやら、半月ほど前に、その方は退院されているようですね」
受付嬢から、そんな言葉が返ってきた。
「そうですか…………」
ワタシは、受付嬢にお礼を言い、踵を返して出口に向かった。
「先程の受付の方、随分と若かったね。アルバイトの子かな?」
背後で、咲良さんがそう呟く。
確かに若かった。歳は、十四・五といったところだろうか。
医療棟を出たワタシ達は、一息吐くため一時食堂へと足を延ばした。
今は昼前。ちょうど、他の生徒が授業を受けている真っ最中だ。
なので当然、この場には誰もいない……………はず、だった。
「あっ…………」
咲良さんが何かを見付け動きを止めた。
ワタシは、その咲良さんの視線を追い、その先に映るモノに目を向ける。
「……………」
ワタシ達の視線の先。食堂の隅の席で、ワタシが探していた人物────水瀬葵の姿があった。
葵さんはちびちびと食事を口に運びながら、そこから見える外の景色を眺めていた。
ワタシ達は、急いで調理を注文し、葵さんに相席する形でその席に着いた。
「失礼します」
葵さんの眼が一瞬丸くなったが、ワタシ達だと認識するとすぐさま相席を了承してくれた。
「退院、されたそうですね?」
席に着き、早々に先程の件を葵さんに訊ねた。
「うん、先週くらいからかな?」
葵さんは、躊躇う素振りを見せることなく速答した。
「では、もうお身体は大丈夫なんですね?」
「う~~ん、それはどうだろうね………」
なんだか、端切れの悪い回答だ。
「担当医は、もう大丈夫って言ってたんだけど、私的には以前とあまり変わらないように感じるから」
そう言う葵さんを見ていて、ワタシは以前から感じていた彼女の独特なニオイが今では感じられなくなっている事に、今更気付いた。
あ、そういう………。
ワタシは一人納得し、目の前の料理に口を付けた。
相変わらず異質に思える料理を口に運びながら、ワタシは思考した。
葵さんの担当医は、葵さんのあの異質なモノを知っているのだろうか。もし、知っているのなら、詳しい話を聞きたいものだが。
「そういえば、ゆずちゃん達は何で食堂にいるの?まだ、授業中だよね?」
タイミングを逃し、逆に葵さんから訊ねられた。
「……………」
ワタシは、どうしたものかと思考した。
そこで、その問いをそっくりそのまま葵さんに返した。
「葵さんは、どうしてですか?」
「……………。んん~~~、まぁ、慣れない事は難しいよね?」
その問いは、そう返された。
「はぁ~~、疲れたぁ~~」
背凭れに倒れ混み、大きな伸びをした。
そんな葵さんに、ワタシは以前から疑問だった事を訊ねた。
「あの、葵さんの出身はドチラなのですか?」
以前、葵さんは自身の出身はこの神成市では無いと言った。
ならば、いったい何処なのか。
端から見れば、どうでもいい事だろう。
だが、どうしても気になるのだ。
先日の湯球市での一件。
それが、どうしても彼女との関係を無関係とは言わせない気がしている。
そして、その部分に何か
それが、どうしても彼女との関係を無関係とは言わせない気がしている。
そして、その部分に何か『大きなモノ』が存在しているように感じた。
「湯球市、みたいだね?」
はやりだ。だが、どうして『みたい』と言ったのだろうか?
「みたい、とは?」
ワタシは率直に立て続けに訊ねる。
「う~ん、私は担当医から聞いた話だから」
「…………。その担当医というのは、どんな方なのですか?」
「えと………、不思議な方……でしょうか………?」
それが何か、ワタシは知りたいのだが………。
「とても、医術に長けていて、外見では伺えきれない腰の低さを感じますよ」
眉を潜めていると、葵さんは即座に説明を続けた。
その説明に、ワタシはとある人物の顔を脳裏に浮かべる。
「ちなみに、その方の名前は……?」
意を決し、その人物の名を訊ねてみた。
「えと、確か………シュタイン、って、他の看護婦さんからは呼ばれていたような………」
「ん?それって………」
咲良さんが、固唾を呑む。咲良さんはそこで悟ったようだ。
無論、ワタシは気付いていた。
しかし、同時に何かがワタシの脳裏に引っ掛かっていた。
「あっ!」
ワタシは、ようやくその答えを気付いた。
それと同時に、その感情が声となって出ていたようだ。
「どうかした?」
隣で、咲良さんが首を傾げる。
その問いに答えず、ワタシは葵さんに別の質問をした。
「あの、そのシュタインという方はいつ頃から葵さんの担当医になったのですか?」
そう。問題はソコだ。
もし、ワタシの考えが正しいなら、今までの全ての仮説が立証される。
「ん~~~。おそらく、八年くらい前かな?」
しかし、その考えは呆気なく外れた。
「そうですか………ありがとうございます」
ワタシは肩を落とし、お膳を持って席を立った。
「あ、待ってよ。柚希」
慌てて咲良さんが料理を口に運び、ワタシの後を追う。
それでもワタシは足を止めなかった。どうしても、確かめたい事があったからだ。
若干急いで食堂を出たワタシは、再度医療棟へと向かった。
「…………」
受付手前で足を止め、ワタシは思考した。
先程来た時にいた人物の姿が無かったのだ。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「あの、受付に中等部くらいの女性の方がいたと思うのですが…………」
「はぁ…………」
先程いたはずの少女よりもやや歳上な受付嬢が、首を傾げる。
「そんな娘は居なかったと思うけど?」
ワタシが眉を潜めると、背後から何処かで聞いたことのある声が聞こえた。
振り向くと、そこに久々の登場となるハルナ・エルヴァールシュタインの姿があった。
突然現れて、唐突な事を言うハルナさん。そんな彼女の格好は相変わらずパンツと白衣だけしか着ていない。
その相変わらずな格好には触れず、けど呆れながら、受付を離れハルナの部屋に場所を移した。
その移動中に気付いたのだが、何故かワタシ達の後ろには食堂で別れたはずの葵さんの姿があった。しかも、葵さんは車椅子を使わず自分の足で歩いていた。
「はい、どうぞ」
ハルナさんから粗茶を配られ、ワタシ達はそれぞれに一口二口とそのお茶を口に含んだ。
そのお茶からはちょっぴりの苦味と、微かにする渋味が感じられた。
その味には慣れそうにも無い感じられたが、少しは気分が落ち着けられたようには感じられた。
「それで、何をしに医療棟に?」
いつもは素っ気ないハルナさん。今日は何だか、前のめりな態度だ。
その態度は、少し違和感を感じるモノがあった。
「えと…………」
だが、ワタシは話す事にした。
それで何かが変わるなら、何かが解るなら、今はそれが最優先だった。




