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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
36/102

第35話 最終計画、始動!!

 八月は中旬へと差し掛かった。

 夏の目間苦しさは一層に増し、熱中症などで倒れる人が続出していた。

 しかし、それは此処ではいっさい関係の無い事。

 其処は、何処にあるとも分からない謎の虚城。

 その虚城に、一人の男の姿があった。

 男の身体は幼く、歳にすれば十七・八といったところだろう。

 その男は、現在の《夜天騎士団》の《皇》で、《虚皇》でもあり、数多の《計画》を完遂してきた有能な人物である。

 そして今回、男はこの役目最後となる《計画》に身を投じようとしていた。

「ようやく………漸くだよ、ユウヤ。我等の『悲願』が、もう少しで叶う」

 男は、巨大な試験管の前で、大きな高笑いをする。

 その試験管には、もう命の鼓動も感じられない。男の親友が眠っていた。

 男が親友に交わした最後の言葉。

 それは親友の想いであり、願いであった。

 その為だけに、男は各地を駆け回り、幾多の事件を解決してきた。

「さあ、始めよう。我等《影族》の、真の報復を…………!」

 しかしそれは、最悪な形で裏切られる事となるのだった。



 虚空城──ヴァルセイド、黄玉の間。

 少年は一人、黄昏ていた。

 ようやく『発作』が治まり、今はその余韻に浸っている。

 ーーーようやく、治まったみたいだな?

 すると、少年の足元付近から、三十代後半くらいの男性の声が聴こえてきた。

「ああぁ………」

 全く驚く素振りを見せる事無く、少年はその声に応える。

 ーーーどうだ?調子は。

「……………」

 ーーーユウヤ?

「いや、何でもない」

 ーーーそうか?てっきり、また死者の魂を感知したのかと思っちまったよ。

「それは無いさ」

 ーーー………………そうだったな。

 その声の正体は、《影》。

 少年と共にあり、少年の生きる糧となっている存在。

 ーーーところで。《計画》は、第三段階が終了したみたいだが………どうする?

「………………。予定通り、最終段階──最後の《計画》へと移行しよう」

 ーーーははっ、ようやくだな?

「ああ、随分と時間が掛かった。だが、それももう終わりだ」

 ーーーそうだな。では、我等も動くとするよ。

「ああ、そうしてくれ」

 ーーーところで、最後に良いか?

「何をだ?」

 ーーーお前は、本当にこれで良かったのか?もっと、違う選択も出来たはずだ。

「……………」

 それは、《影》達がずっと疑問に思っていた事。

 たがそれは、少年も既に感じていた事だった。

「本当に今更だな。だが、もう手遅れだろう」

 ーーーユウヤ……………。

「それに、もう良いさ。所詮は、偽りの人生。オレが《小薙悠哉》で在り続ける理由も、もう無いんだからな」

 ーーーなら、元の名で呼ぼうか?

「………………」

 少年は、一息置き心を落ち着ける。

「いや、いい。どうせ、今回で最期だ。せいぜいこの名で爪痕でも遺しておくさ」

 その答えを聞き、《影》達はゆっくりと少年から離れていった。

 総てが自分から離れた事を認識し、少年は再び感慨に浸った。

 そして、ゆっくりと《最終計画》の開催を予期させた。

「さぁ、始めよう。コレが、オレの出した答え。お前達は、どう対処する?この抗いようの無い『運命』に、せいぜい足掻き、もがき、苦しめばいいさ。ハハハハハハッッ…………、ハ~ハッハッハ………………」

 何処までも響く、少年の高笑い。

 それは、あの時の惨状を蒸し返すような、そんな最期の始まり。

 それこそが、終焉の根源であった。



 《神界》、聖心の間。

 今は監守塔となっている建物のその一室に、この世界の《皇》が入ってきた。

「どうした?」

 《神皇》は、近くにいた監守長に話し掛けた。

「ああぁ、《神皇(シリウス)》様。それが、大変なんです」

「いったい、何があったと言うんだ?」

 《神皇》は、室内を見渡す。

 皆、どこか不安げな表情を浮かべていた。

「コレを見て下さい」

 言われて、《神皇》は目の前に映し出された映像に目をやる。

「コレは…………」

 すぐさま目を丸くし、呟いた。

「天使、なのか?」

 映し出された映像。そこには、純白に近く真っ白な翼を生やしたやや大きめの天使のような姿があった。

 しかし、その謎な存在に、《神皇》はすぐさま疑問を抱いた。

「いや、違うな。天使達は《天界》にいるはず………。なら、この者達は……………?」

 そう。《神皇》の言う通り、天使も、他の種族達も、皆それぞれの世界に追いやられている。其処から出る手段など、無いに等しい。

 それに、もう一つ。《神皇》には疑問があった。

「若干だが、天使共とは違う気がするな」

「はい。どうやら、その出現場所も別の場所のようで」

「いったい、何処からだ?」

「それが、……………《無界》です」

「なっ!?」

 《神皇》は、驚愕する。

 それもそのはずだ。

 この《黄園郷(セカイ)》において、《無界》には何も存在しない、無人の世界だ。

 故に、其処から何かが出てくるなど、当然有り得るはずが無い。

「それと、《神皇》様。もう一つ気になる事が…………」

「あ、ああぁ。それには、ワシも気付いている」

 《神皇》は、再び映像に目を向けた。

「しかし………、確かに、妙だな。あの天使共は、どこか機械染みているように見受けられる」

「はい……」

「皇様!大変です!!」

「今度は何だ!?」

「それが……………」

 突如、監守塔に現れた神兵は、慌てた気持ちを落ち着かせ、要件を伝えた。

「何だとッ!?」

 神兵からの報告を受け、《神皇》は三度目の驚愕をみせる。

 その神兵からの報告内容は、《無界》から出現した謎の軍団が、《獄界》を襲っているとの報告だった。

「……………」

 (どういう事だ? 目の前からは、《機械天使(マキナ)》。《獄界》を、《(ディンギル)》が強襲している。いったい、誰が、このような事を……………?)

「《神皇》様…………?」

「どうかされましたか?」

 突然黙って深刻な表情を浮かべる《神皇》を気にかけ、部下たちが《神皇》の顔を覗き込む。

「あ、いや、すまん。何でも無い。ひとまず、即座に動ける神々を招集してくれ」

「どうされるのですか?」

「数名を、《獄界》への援軍に向かわせる。残りは、此処で防衛作戦に出てもらう」

「分かりました。直ちに、各所へ伝令を送ります」

 早速、《神界》中の神々に連絡を取り始めた。

 (それにしても、《界橋(ビヴロスト)》は何時開いたんだ? 開くには、皇クラスの権能(チカラ)が必要のはず。それに、《機械天使》も、《竜》も、伝承上での存在。それを、現実のモノにするなど…………………ッ!!)

 考察している内、《神皇》はとある答えに辿り着く。

 (いや、まさか………な)

 しかし、すぐさまその答えを掻き消した。

 それもそのはずだ。《神皇》の思い浮かべたその人物は、一番始めの《崩落》で、既に亡くなっている。

 だが、それでも《神皇》は自身が一度出した答えを上回る答えを見つけ出すことが出来ず、その答えを完全には掻き消すことなど出来なかった。

小薙(こなぎ)悠哉(ゆうや)…………」

 《神皇》は、その人物の名を口にする。

 その人物は、始めの《崩落》時、最期の最後まで、神々と死闘を繰り広げた人物。

 何かの違和感や謎があってもおかしく無い存在であった。

「それに…………」

 当時、その人物が所属していたとある組織。その組織は、人智を超えた、神以上の研究や実験を行っていた。

 その研究とは…………、

「《竜廟計画》………」

 それは、伝承の存在でしかない《竜》を現世に顕現させる計画であった。

 その計画の為に、組織の幹部達は各国の幼年幼女を拉致し、実験の為の被験体として利用してきた。

 当時の皇達全員が、この計画の存在を知った時には、既にその組織は姿を完全に消し、その後もさっぱりと無くなっていた。

 せめて足取りをと長年掛けて、その一味を探していた時、その人物────小薙悠哉の存在を知った。

 彼は、組織の中でも飛び抜けた存在で、当時十六歳という若さで『不死』に似たチカラを有していた。

 その少年に対して幾つかの疑問を感じた皇達は、少年の素性を出来るだけ多く調べた。

 しかし、結果出てきたのは、少年が孤児であった過去がある事と、少年が強い霊感を持っていた事だけだった。

 少年が、いったい何処の誰で、何処で何をしていたのかは、当時の史実には全く記されていなかった。

 唯一記されていた事は、少年が学園に通っているという事だけであった。

 そんな折、皇達は唯一の情報を手に入れる。

 それは、少年が《神威兵器(マホウ)》を体内に取り込んでいるという情報だった。

 その情報を元に皇達は行動を開始するが、少年がその片鱗を見せる事は一度も無かった。

 だが、その片鱗は違うカタチで現れた。

 それが、《神々の強襲》───《最終戦争(ラグナロク)》であった。

 皇達は、すぐさまその事態に対応した。

 そして、少年もまた、少し遅れてだが動き始めた。

 その時だった。

 少年は、自身の内に眠る権能を呼び覚まし、神々と対等以上に渡り合い、皇達をも震撼させた。

 それでも、少年の権能が何なのかまでは明白にはならなかった。

 そこに、何かの手掛かりがと思い過去の出来事を探るが、その答えはいくら考えても解らなかった。

「《皇》様!」

 そこへ、タイミングを見計らったかのように、神兵からの報告を受ける。

「どの程度集まった?」

「はい。オリュンポスから数名、大和から数名、インドは一応全員集まりました」

「あまり多くは集まらなかったか」

「はい。それと、北欧の神々ですが。ロキ様以外は集まりました」

「またアイツか………。今度は何処へ行ったんだ?」

「数年前から、《虚界》へ………」

「こんな時に……………。《(ゲート)》はそうそう簡単には開けられないというのに………………、……………ん?」

 頭を抑えてため息を漏らした《神皇》は、ある事に気付いた。

 (《門》…………?)

監守長(メリファス)!」

「は、はい。何でしょうか?《神皇》様」

「《無界》の《門》が何時出現したのか調べてくれ」

「わ、分かりました」

 突然の指示に、監守員達総出で事態に能った。

「どうかされましたか?」

「ああ。少し、気がかりな事があってな」

 そう。《神皇》は気付いた。

 確かに《界橋》はそうそう架けられない。だが、《界門(アストランデ)》の場合は、話が別だ。

 《界門》は、《界橋》と違い《皇》の権能を必要としない。しかし、《界門》の場合は、《界橋》と違って大人数では潜れない。

 そこに矛盾は存在する。

 だが、その《界門》以外に、《無界》であれ他の世界であれ、《門》を潜る事は不可能だった。

「《神皇》様、出ました!」

「何時だ!」

「それが………………」

「どうした。遠慮は要らん、正直に言え!」

 それは、配慮では無い。ただ、有り得ない事が起きているだけだった。

「《界門》どころか、《界橋》の出現すら観測されていません」

「何ッ!?」

 (どういう事だ?)

 《神皇》は、再び考察する。

 《界橋》は架けられておらず、《界門》も開かれてはいない。

 (ならば、《機械天使》も《竜》も、どのような原理で異界渡航を可能にしている?)

 考えても解らない問題のはずだが、《神皇》はそれでも答えを求めた。

 (いや。そもそも、どうしてカレらは世界の外(・・・・)にいるんだ?)

 それは、確かに可笑しな事だろう。

 だが、それが現実である事は、既に目の前で起きている。

 そして、それは《皇》達が自ら招いた結果である事も示唆していた。

「何故、奴らは世界を渡れる?何故、奴らはこんな事をしている?奴らの目的は何だ!?」

 気が付けば、《神皇》は思った事を口にしていた。

 しかし、どう口にしたところで、謎が解明される事は無く、状況は更に悪化する一方であった。

 世界の外を移動していた《機械天使》の軍勢は、難なく《神界》へと侵入し、途端に攻撃を開始した。

 それは、一瞬の出来事。

 そして、その世界の住人達の防衛も虚しく、この一週間後には《獄界》は壊滅し、さらにその十日後には《神界》は無残な姿へと変貌させられていた。




 《虚界》。自衛局西方、バラック大湿原。

 夏の暑さが弱まり出した頃、《夜天騎士団》に所属しているヴィゼルド・アレスターは、キツネのような獣の耳と尻尾を生やした少女に連れられて、この地に足を運んでいた。

「コチラで、しばらくお待ち下さい」

 そう言い残して、少女は高く跳躍し近場の木に飛び乗る。その勢いのまま上空へと飛躍した少女は、横から現れた人型に似た怪鳥に肩を掴まれ、拐われるように遠くの空へと姿を消した。

「スミマセンね。このような場所に足を運んで頂いて」

 そんな奇怪な光景に気を奪われていると、正面から聞き覚えのある男の声が聴こえてきた。

「いいえ、問題はありません」

 ヴィゼルドの前に姿を見せた男は、ヴィゼルドと同じ《夜天騎士団》に席を置くリシュト・クロイスだった。

 リシュトは、ヴィゼルドの前に姿を見せるなり、顔を見せた理由を話し始めた。

「それは、本当の事なのですか?」

 自身の耳を疑い、ヴィゼルドは、リシュトに再度確認する。

「いえ、本当かどうかはまだ謎ですが、そういう事態に陥る可能性があるというのは頭の隅にでも入れて頂くと幸いかと」

「そうですか…………」

 ヴィゼルドは悩む。

 リシュトから伝えられた内容は、半年も経たぬ内、各大陸で何処からか現れた謎の大軍勢が、この世界を侵略しにくるというもの。

「どうしますか?」

 リシュトは問う。

 正直、リシュトは現在《局》の人間ではない。

 故に、自衛局の事を心配するのはおかしいだろう。

 だが、リシュトにとって、そこは既に古巣。そして、親族が眠る墓がある。

 リシュトにとっては、ソチラが第一であった。

「ひとまず、本部に伝えましょう。私の一存ではどうも出来ませんから」

「そうした方が良いかもしれませんね」

「それで、貴方はどうするのです?」

「え?」

 突然の問いに、リシュトは目を丸くした。それは、立ち去ろうとした刹那の出来事だったのでしょうがないとも言えなくない。

 挙げた手を降ろし、リシュトはヴィゼルドに自身の今後の行動を伝えた。

 それは、無謀な行動であり、ある意味リシュトがこの組織に手を貸している理由でもあった。

 だからこそ、ヴィゼルドは何も言えず、立ち去るリシュトの背を心配そうに見つめることしか出来なかった。

 リシュトと別れたヴィゼルドは、急ぎ本部へと向かった。

 しかし、ヴィゼルドの足は、本部へは真っ直ぐ向かわなかった。

 ヴィゼルドが先に向かったのは、医療棟だった。

 その病棟の内、自衛局の現最高責任者のいる病室を訪ねる。

 ヴィゼルドは、ドアをノックし、内側からの了承を得てその病室に入った。

「お久しぶりです、双葉(ふたば)総督」

「ああぁ、ヴィゼルドさん。いえ、それほどの刻は経っていないはずですが………どうかされましたか?」

 見舞いとは思えない手ぶらな状態のヴィゼルドを見て、その人物双葉総一郎(そういちろう)は訊ねた。

「どうしても、貴方にお伝えしておきたい事がありまして」

「えと…………」

 ヴィゼルドの目は、いつになく真剣だった。

 その表情を見て、総一郎は身体を起こし、その用件を聞く体勢に入った。

「と言うのも、我々《夜天騎士団》の件。イグナス・ログナーにも関わる話です」

「───ッ!!」

 総一郎は驚愕した。

 だが、そんな事は気にせず、ヴィゼルドは自分たちの役割を話していく。

 話していく内、総一郎の表情はコロコロと変わる。

 ヴィゼルドは《皇》から与えられた役目を放棄し、近々起こりうるかもしれない《戦》に備えて、自衛局そのものへの協力を要請した。

「…………にわかには信じがたいですが、判りました。その提案、コチラとしてもありがたいです」

 そう言って、総一郎はベッドから降り自衛局の制服に袖を通す。

 自衛局の制服に身を包んだ総一郎と共に、ヴィゼルドは自衛局の本部の一つ───監守棟へと向かった。

「あ。師匠(せんせい)に、………お父さん?」

 入ってきた二人を見て、部屋の中央に佇んでいた総一郎の一人娘双葉風音(かざね)は目を丸くした。

 そんな風音のすぐ近くには、風音の護衛の任に就いている佐々木(ささき)紗輝(さき)と。第零号自衛小隊に仮所属しているシルヴィア・エーデルワイスと、その護衛役であるセレナがいる。

 シルヴィアもまた、ヴィゼルドの存在に目を丸くしていた。

「どうかしましたか?」

 風音が問う。

「ああ。皆に伝えたい事があってな」

 総一郎は、率直に喋り始めた。先程聞いたヴィゼルドの話をそのままに。

 その中に、自身の要望を含めて………。

「そうですか………。叔父さんが…………」

 風音の表情は暗くなる。けれど、その内には僅かな確信があったような素振りを見せた。

「だから、風音たちには、ヤツを迎えに行ってほしいんだ」

自衛局(ココ)はどうするの?」

「私が引き受ける」

「ッ!そんな、お父さんはまだ───」

「大丈夫だよ、風音。戦闘には参加出来ずとも、此処での指示くらいなら出せる」

「…………………」

「それに、私がアイツを説得しに行きたいところを風音に頼むんだ。歯痒い想いはあるが、そんな私に代わり、イクスを連れ戻してきてくれ」

「分かった。では、師匠。お父さんの事、宜しくお願いします」

「ええ、解ってますよ」

 風音は、総一郎とヴィゼルドに一礼し、紗輝、シルヴィア、セレナを連れて司令棟を出て行った。

 これは、既に予期されていた事態。

 そして、この事態に感化されたかのように、この十日後───つまり、虚歴千七百八十四年、八月二十八日。《虚界(セカイ)》全土を巻き込む大戦争の引き金を弾くこととなるのだった。


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