第34話 《竜》の軌跡
ワタシの中に、新たな『存在』が入り込んできていた。
その『存在』の正体を、ワタシは既に認識していた。
これが…………、《竜》……………………。
その〈戒因子〉だと。
《竜》の戒因子は、ワタシの脳内で肥大する。
その時、脳内で声が聞こえた。とても若い、男の声が…………。
『イタいよ………。クルしいよ…………。コワいよ………………。ダレか、タスけて……………』
その声は、次第に数を増やし、時々女の子の声も混じる。
『イタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタい…………………』
そうして叙々に混ざり合い、溶け合い、融合して。
終には、一つの言葉へと繋がった。
『ゼッタイに、ユルさないゾッ!ユウヤ~~~~ッ!!』
脳内に響く声は突然に止み、今、自身の精神の中にいるワタシは、辺りを見渡していた。
「ココは…………」
其処は、ワタシの知らない場所だった。
始めは《全能虚樹》の中かと思ったが、それにしては辺りが真っ暗だ。
無作法に辺りを散策していると、ワタシはとある疑問にぶつかった。
「もしかして、此処が、《竜皇の盟樹》?」
声に出して、答えを探す。
しかし、いくら辺りを散策しても、その答えは見付からなかった。
仕方ないので、此処へ来てしまった理由を考える。
「確か、ワタシは神成神社にいて……………。阿莉子さんと対峙して。それで…………」
それから先、痛みと悲しみを受けて…………。
あれ?どうして、ワタシ…………。
自分の心の中に、微かな『揺らぎ』を感じた。
それは、明らかにワタシの感情ではない、他人の感情。
だが、それもワタシ自身の感情であることは理解していた。
だから、その胸の痛みを抑えつけ、何もないはずの目の前にゆっくりと左手を伸ばした。
微かに感じる、その『言葉』。
それは、目の前にありながらワタシに問い掛けるように、そっと近付いて来ていた。
そして、ワタシの目の前に『ソレ』は出現した。
ワタシはソレを、何の迷いも無く掴んだ。
その瞬間────、
「─────ッ!!」
ソレは、ワタシの手の中で力強く発光し、ワタシの身体だけでなく、この空間そのものを白く照らしていった。
数十秒程で光は止み、ワタシは瞳をパチクリさせながら現状を再確認した。
光は完全に消えたが、ワタシの視界は真っ暗なままだった。
そんな真っ暗な中、何処からかブブブブブブブブブッ……………という大きな機械音が鳴っていた。いや、段々と大きくなっていた。
これは、エンジン音?
聞き慣れない音に、ワタシは首を傾げつつ、現状を再確認した。
再確認すると、段々目が慣れてきた。
そのエンジン音は目の前で鳴っており、その景色はいくつかの小さな灯りがポツポツと点いていた。
そんな何の面白味も無い風景から声が聞こえだす。
「どうだ?ユウヤ」
男性は、少年に話し掛けた。
少年は、寝起きのような声を漏らし、少しの間を空けて喋りだした。
「目的地までは、およそ三十キロだ」
男性の問いに、隅に腰を降ろしていた少年が無愛想に答えた。
「ああ。目標座標はもうすぐだ」
少年の答えを聞いた後、男性は自身の耳元にそう話し掛けた。
「了解」
短く答え、男性は持っていた通信機の電源を切った。
どうやら、別の誰かと話していたようだ。
男性と少年がいる場所。よく見れば、ソレは大空を移動しており、二人は小さな箱状の鉄の塊の中にいた。
ソレの正体はヘリコプターで、二人はとある任務で上空を移動中であった。
「此処か………」
「ああ、みたいだな」
男性の問いに、少年は短く答える。
「どうだ。人の気配は?」
「二十無いくらいだ」
「そうか。なら、楽勝だな」
「それと…………」
「ん?どうした」
「中から変な気配がする」
「それは、毒ガスとか爆薬のようなモノか?」
「いや、それとは違う。何か、腐ったような……というか、とにかく、変な気配だ」
「そうか。まぁ、気に掛けては置くよ」
そう言って、男性は玄関の扉に手を掛けた。
そのままゆっくりと開き、物音を発てないように建物の中へと入っていく。
「案外、暗いな」
「そりゃあ、隠蔽拠点なんだからしょうがないんじゃないか?」
「そうだな」
人の気配に注意を払いつつ、二人は奥へと進んで行く。
「それにしても。まさか、イタリアのマフィアがロシアに潜伏してるなんて誰が予想する?」
「知るかよ。…………まぁ、だが。これが事実なら、オレ達はそれを横取りするだけだろう?」
「だな」
無人にも等しい建物内、二人は最初の警戒を緩めて我が物顔で、雑談をしながら中央階段から二階へと進んで行く。
「な、貴様ら何者だ!どうして此処が!!────ガッ!」
進んで早々、二人は警備と思われる男と遭遇した。
だが、男の問いに答えるよりも早く、男性が男の心臓を撃ち抜いた。
「どうやら、本当みたいだな」
「ああ………」
二人は涼しそうな表情のまま、出てきた者達を排除する。
その表情には、同情というものが全く無かった。
「これで全員か………」
まるで呆気なかったと言わんばかりに、男性は落胆した。
「コウ」
名を呼ばれ、男性は奥の部屋へと消えて行った少年の元へと向かった。
「どうした、ユウヤ。────ッ!!何だ、この臭いは?」
「さっき言った、嫌な気配の正体だ」
少年は、視線だけを動かして部屋の奥を見るように促した。
「これは………幼女か?」
男性の視線に映った微かな人影。
それは、人の形をしていたが、残状がそうは語らなかった。
「この臭いは………、少し変わってるが、精液か………?」
二人の目の前に横たわる白銀色の髪の幼女。
その幼女の全身は、その髪の色よりも黄ばんだ液体で覆われていた。
「まさか。コイツら、『商品』に手を出したのか?」
「多分な」
「けっ。売人の風上にも置けねぇな」
「オレらは別に売人じゃない」
「そうだが。なんか、胸クソわりぃだろ?」
「知らん。それより、『コレ』どうすんだ?」
「ま、取り敢えずは回収しておこう。判断は会長に任せるさ」
「コレを売る気か?」
「さぁな。まあ、おそらく値は張らねぇだろうから、ハルナの《実験》の材料になるんじゃねぇのか」
「例の《計画》か?」
「多分な」
「まだヤってるのか?」
「成功するまでヤるんじゃねぇのか。正直、他の部署の事は管轄外だよ」
「そうだな」
建物内の物資を全て回収し、二人は建物を爆破して即座に撤収した。
結局、例の幼女は売品となることは無く、《実験》の人柱として少年の所属する《組織》に渡された。
そんな幼女が目を醒ましたしたのは、その件から半年後の事だった。
そして────、二年後。
少年は、その時の幼女と偶然の再会をした。
「お久しぶりです。ユウヤさん」
白銀色の長髪を靡かせ、青玉色の瞳を輝かせている。
「君は………」
当然、ユウヤが幼女の事を覚えている訳がなく。
「ワタシです。京聖です」
「???」
「あれ?………違ってる?小薙悠哉さん………ですよね?」
「…………………」
しばしの沈黙が場を凍て付かせた。
少年は幼女の事を覚えていなかったが、幼女の頑張りで、幼女は何とか少年の側にいることが出来た。
しかし、そんな夢のような日々は、半年と持たなかった。
それは、少年と幼女が再会を果たして三ヶ月程が過ぎた頃の事だった。
幼女は、投与され続けていた薬物に耐えられず、僅か八歳という若さでこの世を去った。
その時、少年は涙など流さなかった。
当然だ。少年は幼女と同じ薬物を産まれた時から投与し続けている。
そんな少年にとって、その幼女の死は愚かしき結果に過ぎなかったのだ。
そして、刻は流れ、少年が十五になった年のある日の日常へと替わった。
「学校?」
話があると呼ばれて来てみれば、目の前の人物に謎な事を言われた。
「そう。ユウヤには、来年から学校に通ってもらうことにしたから」
「なんで、今さら?」
「『なんで』って。そりゃあ、ユウヤが学校に通った事が無いからじゃない?」
どんなに聞いても、さも当然と言わんばかりに言い返されるばかりだった。
なので、少年は渋々とその提案を呑んだ。
最初は落ち着かなかった。
いつも、大人達に交じっていたのに、今では同学年の子達と同じ部屋で勉学に勤しんでいた。
大した話題がある訳でも無く、少年は学校の図書館に入り浸った。
そうすれば、少しは気が紛れた。
自宅として用意された、一軒家は一人暮らしには勿体無く、特に物欲がある訳では無く、持ち込める物も無かったので、家の中はもの凄く殺風景だ。
そんな日々が二年近くが過ぎた頃、少年の家に新しい入居者がやって来た。
桜色の長髪に、翡翠色の瞳。そして何より、メイド服を着ている。少年と同い年くらいの少女。
「初めましてご主人様。ワタクシ、コノハサクヤと申します」
三つ指を付いて、丁寧なお辞儀をする少女。
よく解らない状況に戸惑いつつも、少年は少女との共同生活を強いられた。
問題は、続けて起きた。
少女がやって来て一年と経っていない頃、世界中で大きな事件が発生した。
この事態に、各所の自衛隊が動くが、その強大な勢力に人々は為す術も無く、悉く返り討ちにあった。
それは、《神々の襲来》。
普段は、人々を導いてくれるはずの神々が、巨万の天使の大軍勢を引き連れて、人間界を制圧し始めたのだ。
少年がこの事態に対処し始めた時、少年の目の前には深紅の世界が広がっていた。
それは、何処までも続く、鮮血の如き───赤。
護るべきはずだった街も人々も、その『全て』を空腹の獣の如く喰らい葬る───紅蓮の炎。
それは、外郭を焼き、内郭を蒸す程に究極にして、最凶の焔。
少年が今まで見てきた数多の《神威兵器》など、この焔の前では稚戯に等しい。
「コレが、本当に…………神威兵器なのか………………?」
その街の総てを喰らい尽くすまで、決して消えることのない、災禍の燈火。
「サク、ヤ…………」
少年が少女の名を呟くも、その言葉に、少女はもう応えられなかった。
少年の傍らには、綺麗な桜色の髪をした少女───コノハサクヤが横たわっている。
少年に突き刺さる、たった一つの真実。
そう───少女は、死んだのだ。
少年の流した涙が、少年の頬を伝い、少女の顔に落ちる。
少年は泣いていた。
幾星霜の刻を経てなお、その身を共にすると誓った彼女。
少年にとって、少女は何物にも代えがたい───かけがいの無い存在だった。
そんな少年の目の前で、大切な者達を漆黒の獄炎へと姿を代えた焔は、無慈悲なまでに蹂躙しひたすらに総てを燃やし尽くした。
何の罪も無いはずの人々を巻き込みながら、彼らの人生を、その魂の叫びを否定するかのように、災禍の炎は命を種火により強き業炎となって、少年の身へと襲いかかる。
その場を動かぬ少年の姿は、逃れようのないその現実を否定するような、最も愚かしき行為だった。
「何故、オマエが…………」
少年は涙を拭い、上空を見上げた。
「災禍の、神威兵器使い……………」
少年は怨むように呟き、上空に立つ人物を睨み付けた。
そこに立っていたのは、漆黒のローブに身を包み、顔を深めのフードで覆っている少年の知人。
「オレが、神々に………何をしたって、言うんだ…………!?」
彼は、少年の全てを奪い、少年の総てを壊した、その張本人であった。
「裏切り者……………」
少年の呟きも虚しく、その残状に響き渡る。
「コレが、お前の犯した〈罪〉だ」
彼は、少年を嘲笑するような表情をすると、その場から離脱した。
「何で……………、どうして……………」
少年の問いに、もう誰も答えられなかった。少年はその場に取り残され、現実を突き付けられたのだ。
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!」
少年の叫びに呼応するかのように、紅蓮の炎は総てを焼き、少年をも飲み込み始めた。
その紅蓮の炎は、そのまま大地を焼き尽くし、人間界を深紅に染めた。
それと同時に、世界はひび割れ、分断された。
そして、一つの小さな世界───《虚界》が、生まれた。
それが、初めの《崩落》だった。
少年は、その崩落に飲まれず、ただひたすらに夢と現実の狭間を往き来した。
そうしている内、少年は、とある〈選択〉をする。
「聞こえているんだろう?〈竜〉」
返事は無い。だが、それは確かに其所にいる。
少年は、その存在に話し掛け続ける。
「〈竜〉よ。オレと『取引』をしよう」
ーーー汝ガ。我ニ、何ヲ望ム?
「はっ。無論、こんなクソみてぇな現実の《崩落》だ」
ーーーソレハ、忌ムベキ行為デアロウ?
「いや。当然の義務だ」
そう。それは、少年だけに与えられた、唯一の『権利』だった。
ーーー…………………。
長く沈黙が続いた。
そんな言葉など届くはずも無かろうが、少年はそれでも望んだ。
たった一つの、最初で最期の『願い』をした。
それが、原因だったのだろう。
ーーー分カッタ。汝ノ、ソノ『願イ』。コノ〈竜〉ガ承認スル。
そうして、新たなる《神災》が生まれ、同時に少年は《竜皇》へと、禍々しい変貌を遂げたのだった。
これが、真実。これが、本当のワタシ…………。
『夢』として見ていたその記憶は、ワタシの知らない過去の出来事だった。
その記憶に登場していた少年。周りからは、ユウヤと呼ばれていた。
しかし、ワタシ自身の記憶の中にあるはずの小薙悠哉とは、全くの別人のような顔をしていた。
それに…………、
「コノハサクヤ………」
そう呼ばれ、名乗っていた人物。
それは、ワタシがよく知る百瀬咲良とそっくりな顔立ちをしていた。
だが、コノハサクヤはその事件で亡くなっている。
それは小薙悠哉も同じのようだが。
そして、解らなくなるワタシという存在。
ワタシは誰で、何の為にこの地にいるのか。
ワタシの中の記憶には、『家族』という存在はいない。
あるのは、辛く、苦しく、酷く傷付いた、憎悪という感情のみを糧としたようなモノだけ。
ワタシが、小薙悠哉?
そうなのかもしれない。
ワタシの中には《竜皇》が存在し、先程までの夢…………。これまで見てきた記憶を全て照合した結果だ。
それだけで十分。…………の、はずだ。
しかし、それでも解らない。
解らない事だらけだ。
ひとまず身を起こし、現状だけでも整理しようと辺りを見渡した。
「また、自室………」
それは、何度目の事だろう。
突然倒れて、来た。目を醒ませば自分の部屋。
いったい、何度こんな事が続くのだろう。
「……………。ダメだな」
億劫になりつつある気分を圧し殺し、外着に着替えて部屋を出た。
「あ、柚希」
居間の様子を伺うと、台所に伊織さんの姿があった。
「もう起きて大丈夫なの?」
訊ねられ、伊織さんの側まで向かう。
「聞いたよ。突然、倒れたんだって?もしかして、貧血なの?」
立て続けの問いに一切答えず、ワタシは伊織さんの胸元に身体を埋めて抱き付いた。
「柚希?」
初めは戸惑っていたが、ワタシの様子を察したのか、伊織さんはワタシを抱き返した。
「何かあったの?」
伊織さんは、優しく訊ねた。
それに対し、ワタシは以前からの疑問を伊織さんにぶつけた。
「ワタシは………、いったい、誰なんですか?」
自分でも分かる。
今のワタシの声は、酷く震えていた。
とても不安だったんだ。
自分が何者なのか解らない。自分が神威柚希で無くなるような錯覚に陥る。
「貴女は、神威柚希。アタシ達の知る、大事な『妹』だよ」
それは、ワタシの心を洗うような言葉。
けれど、ワタシはそれを素直には受け入れられなかった。
「外の風、吸う?」
それも察したのだろう。
伊織さんは、急に訊ねてきた。
「はい。そうします」
ワタシは、素直に承諾した。
「あ。でも、晩御飯までには戻ってきてね?」
少し視線を釜戸にずらすと、大きめの金鍋が火に掛かっており、上に乗せられた木蓋がコトコトと音を発てていた。
「はい………」
ワタシは、弱々しく返事をして家を出た。
特に行き先がある訳では無い。
ただ、外の空気を吸っておいた方が良いという伊織さんの提案で、歩き続けた。
「また、此処……………」
宛ても無く歩き続け、気が付いて足を止めれば、目の前に《神桜樹》があった。
ワタシは、落胆する。
どうして、此処なのか。どうして、ワタシは…………。
悩んでも仕方無い事だろう。けれど、どうしても気になる。
ワタシが持つ《竜皇》の権能。
それは何故、ワタシが持っているのか。
ワタシは、本当に小薙悠哉なの?
なら何故、伊織さんや結羽灯さんの知る小薙悠哉は別に存在するのか。
確かに、ワタシの記憶の中の小薙悠哉とは、顔も性格も違っていた。
だから、コチラの小薙悠哉は名を変えていたのだろうか。
けれど、伊織さんも結羽灯さんも、ワタシがコチラの小薙悠哉に似ていると言っていた。
あれはどういう意味なのか。それも、今だ不明のままだ。
「《神桜樹》…………。かなり、不思議な樹…………」
ワタシは、困絡がる思考を止め、目の前の樹にそっと手を当てた。
「今回は…………、何も、起きない?」
何度か手を離して触れてを繰り返すが、全く何も起きなかった。
結局、この樹の事も謎なままだった。
「神威さん……?」
名を呼ばれ、ゆっくりと振り返った。
「阿莉子さん…………」
其処に、神宮寺阿莉子の姿があった。
「もう起きて平気なのですか?」
「え?」
不意の問いに、ワタシの思考は麻痺してしまった。
「貴女、五日間ほど起きてこないと伺っていましたが……………」
「えっ、あ…………」
そう………だったんだ。
そう言われて、感慨に触れる。
「………………」
五日間、寝たきり。
考えてもよく解らないが、あの記憶を見ている間、そんなに刻が経っていたんだ。
「神威さん?」
阿莉子さんが不安気に、ワタシの顔を覗き込んできた。
「あ、いえ。何でもありません!」
「そぉですか?何か、不安がおありのように見えましたから………」
「………………」
何故、解るのだろう?ワタシ、そんなに解りやすい顔をしていたのかな?
「あの………」
「はい、何でしょう?」
そういえば、この人に関しても謎だった。
阿莉子さんは《竜》の存在を認知していた。
なら、この人は知っているはずだろう。
「少し、訊ねたい事があります」
ワタシと阿莉子さんは、近くのベンチに腰を降ろした。
「それで、訊ねたい事とは?」
「…………〈竜〉についてです」
「………………」
阿莉子さんの表情が暗くなった。
この話題は、そこまで深刻なモノなのだろうか。
「〈竜〉の何を知りたいのですか?あ、先に訂正しておきますが、私もあまり大して知りえていませんので、そこはご理解下さい」
何故か、一押し余計な念押しをされた。
それでも気を取り直し、阿莉子さんに訊ねた。
「そもそも、〈竜〉とはどのような存在なのでしょうか?」
それは、純水な質問。
ワタシの中にあるのは、ワタシの本質。あるいは、ワタシにチカラを与えてくれる力の源そのもの。
だからこそ、それ以外の存在理由を知らない。
「どんな、って言われましても、私もよくは知りえていないんですけど…………。強いて言えば、伝説上の存在としか」
「そうですか………」
ワタシは、あからさまに残念そうに肩を落とした。
「ああぁぁ、ですが!私の持ってた〈竜杖〉は、お兄様から頂いたモノですから、お兄様に訊ねれば、何か解るかもしれません!?」
何故か戸惑い、慌てて取り繕う阿莉子さん。
そういえば、神成神社での阿莉子さんは、不思議な杖を所持していた。
その〈竜杖〉からは、確かに自身に似た感覚を感じていた。
しかし、今はそれを感じない。
だから、あれは〈竜杖〉から感じたモノなのは確かだろう。
「その『お兄様』とは、どのような方なのですか?」
少し気にかかり、それを訊ねた。
「え?ああ~~えと」
その問いに関して、阿莉子さんの反応は薄かった。
「ははっ、私もよくは知らないんですよね?」
「えっ?」
よく解らないのはコッチだ。
二人で気まずくなり、そっと空を見上げた。
見上げた夜空は、いつの日か見た時のように満天の星々で綺麗に輝いていた。
「お兄様に出会ったのは、《虚界》で起きた事件の最中でした」
見上げたまま、急に阿莉子さんが話し始めた。
ワタシも、視線を動かさず、そのままの体勢で話を聞いた。
「始めは、苛烈を窮め、次第に秦の勢力が押されていました。その時は、どうにかしなきゃって、思って行動しようとしたんですが、その行動は、神宮寺家と神代家によって阻まれてしまいました」
その時はまだ、両家の間に蟠りなど無かったのだろう。
それに、その事件は三百年前に起きたとされる〈七廻戦争〉の内容みたいだ。
「それでも、私はどうにかしたいと思いました。…………そんな時でした。当時、旅行だと言ってこの地を訪れていたお兄様に出会ったのは」
それは、気に掛かる言い方だった。
「その時のお兄様は、全身を大きめのローブで覆い、顔は深めのフードに隠されていました」
だから、素顔を知らない。
「そんなお兄様に、大きな違和感を抱いていたのですけど、初めに魅せたお兄様のその権能に、私は驚きその虜となっていました」
それでも、その権能に溺れた。という事なのだろう。
「そして、お兄様はこの地を離れる際に、私に他国のお土産と言って、あの〈竜杖〉をくださいました」
それが、あの〈竜杖〉。
「その権能を用いれば、この戦争を終わらせられるかもしれない。お兄様はそう仰いましたが、私は無理にその権能に頼りました。それが、更なる引き金を引いてしまったのでしょう」
「…………………」
「私は、禁忌のチカラを使ったと言われ、神宮寺家から追放されました」
「それで、《神界》へと移ったんですか?」
阿莉子さんは、無言で頷いた。
その後の展開も聞き入ったが、〈竜〉に繋がる情報も、『お兄様』についての情報も得られなかった。
ワタシは、ひとまずのお礼を言い、桜公園を出た。
そして、帰り道で阿莉子さんから聞いた事と、夢で見た記憶の事を思い返す。
どれも、解ったようで解らない事ばかり。
結局、〈竜〉とは何なのだろうか。ワタシとは、小薙悠哉とはいったい何者で、どのような存在なのだろうか。
ワタシについてはひとまず大丈夫だろう。
〈竜〉については、解らない事だらけとも言えるが、権能があるお陰で幾らか納得がいくと言える。




