第33話 罪と罰
避難所を飛び出たワタシ達は、北へ向かっていた。
目指す先は当然、神成神社だ。
今だ勢いを緩めない大雨が、視界と足場を奪う。
それでも、急ぐ足を緩めなかった。
それは、反逆かもしれない。この大雨に対する、この大雨を引き起こしている者への…………。
「────ッ!!」
目の前に現れた不思議な違和感を感じ、ワタシは咄嗟に足を止めた。
「お、おわっ──ととっ!」
「な、何!?」
「どうしたの?柚希…………柚希?」
咲良さんが、ワタシを見上げるように後ろから表情を見るが、ワタシはそんなことを気にせず、目の前の人物に視線を送り続けた。
「どちらに行くつもりですか?」
その人物は、ワタシの視線に気付いたのか、ゆっくりと姿を現した。
「パスタさん………」
ワタシは、呟くようにその名を口にした。
ワタシ達の目の前に現れたのは、《七罪聖典》が一人、パスタ・クローバーだった。
「こんな大雨の時に、ドチラへ向かわれるのですか?」
それはまるで、こちらの行動を呼んでいるような、丁寧な問いだった。
「少し………」
ワタシは、その答えを言いかけて咄嗟に思考した。
何故、この人は此処にいるのか。その理由は………………。
考えていると、不意に先日の話を思い出した。
その時に話してもらった内の一つ、十年前に起きた『事件』についての話だ。
しかし、その時のパスタさんの話と、先程の理事長との話では、いくつかの矛盾点があった。
その矛盾はどこにあるのか。何が違うのか。理事長の話を聞いた時に、ワタシは不思議に感じていた。
だけどそれは、意外と簡単な答えだった。
それは、違いや矛盾じゃない。
単なる『視点』の違いだった。
事件を引き起こした側と、引き起こされた側。両者の見え方は違うだろう。しかし、それはそうまで違うものだろうか?
「柚希?」
思考を巡らせていると、背後から声が掛かった。
咲良の声で我に還り、ワタシは改めて目の前のパスタさんを見据えた。
「考察するのは勝手だけど、今は目の前の『敵』を気にしたら?」
「敵?」
最中さんが、後ろで首を傾げる。
その答えを訊ねる前に、パスタさんは自前の長槍を構えた。
「「────ッ!!」」
最中さんと葉月さんが、同時に身構えた。
「ちょっと待って下さい!どうして、そうなるんですか!?」
ワタシは戸惑い、パスタさんに問う。
おそらく、パスタさんの目的は、『時間稼ぎ』。
そえする意味は何なのか分からないが、現状四対一の戦況でパスタさんが無謀な賭けに出るとは思えない。
「………………」
嫌な予感を脳裏で感じ、ワタシはゆっくりと小太刀を抜いてパスタさんと対峙する。
「そう。それで良いんです」
そう呟いたパスタさん。その構えは、ゆっくりと深くなる。
まるで、一撃必殺の技を『警戒させる』ように。
「《七罪聖典》が一人、パスタ・クローバー。これより、〈憤怒〉の断罪者として、眼前の『敵』を粛清する!!」
言い終わるのが速いか。パスタさんは、思いっきり地を蹴り、コチラに向かって突っ込んで来た。
予想通りの、特攻だった。
「ウクッ!!」
ワタシは、パスタさんの突貫を受け流すように受ける。
パスタさんは、即座に身を翻し、猛攻を開始する。
「グッ!ハッ、アッ、アガッ!」
パスタさんは、ワタシのみを狙い猛攻を続ける。
「くっ、狙いが……………」
葉月さんが、少し離れた場所で狙いを定めるが、パスタさんは速度を生かした攻撃を続け、狙撃者の狙いを定めさせない。
「だったら私があの娘の手を緩める」
「待って!」
最中さんが、戦闘に参加しようとするが、隣の葉月さんに片手で引き留められる。
「どうして?」
「今あなたが行ったところでどうにもならないし、余計に状況を悪くするだけ。それに、どうやらあのパスタ・クローバーっていうのは、柚希だけを狙ってるみたいだし」
「…………………」
最中さんは、やりきれない表情をし、戦況に視線を戻す。
「アクッ!………グッ!」
「どうしたの。もしかして、この程度?」
パスタさんの攻撃は、決して重くは無い。ただ、速いのだ。
槍の攻撃系統は、それほど多くない。
それは剣とも変わらないのだが、パスタさんの槍撃は、細剣のような動きをしている。
薙ぎは決して重くなく、払いは然程の切れ味もなく、けれど、その一挙手一投足は何れも、速い。
それは、今のワタシの身体能力では、とても捌き切ることなど出来ない程に。
だから、なんとかパスタさんの猛攻を捌き切り、《全能虚樹》の『根』に回路を接続した。
そして…………、────“対戦闘覇戒兵装”!!
咄嗟の判断。戦況を見通して、鎖環を一気に七つ外した。
「ガッ!アッ…………………」
激しい痛みと共に、身体の感覚が戻る。
「ハァハァハァ………………」
本来であれば、一つずつ外すのが望ましいが、そうは出来ない。
突如として入ってきた大量の情報に、ワタシの脳は解析が追い付かない。
なので、激痛をも耐え抜き、《全能虚樹》のもう一つの『根』に回路を接続した。
“対戦略観測思考”!!
「ウグッ!カハッ───ハァハァハァ………………」
情報は整理される。
けれど、それでもまだ駄目だった。
この戦況を覆す為に、ワタシは最後の『根』に回路を繋ごうする。
しかし──────、
「アガッ!ガッ、アッ、アアアアアァァァァァァァ~~~~───────ッ!!!!」
突如、今までに無い激痛がワタシを襲った。
それは、ワタシの意識など一瞬にして奪ってしまうほどに強烈なものだった。
これが、拒絶反応。
ワタシの脳内では、そう理解されている。
現状、《対戦略観測思考》を展開しているお陰か、その激痛に対してなんとか抗体が出来ていた。
そうして、できた余力と徐々に慣れた感覚を用いて、ワタシはその拒絶反応の原因を探る為、《全能虚樹》に意識を集中させた。
「…………………」
原因を探るが、『根』も『枝』も異常は感じられなかった。
では、何処が………………?
ーーー汝、我が『権能』に応えよ……………?
その時、突然頭の中で声が聞こえた。
それと同時に、ワタシの中からスッと痛みが退いた。
痛みが退いたことで、再び考察する。
アナタは、誰? アナタは、ワタシに何を求めているの?
ワタシは問う。精神の中で、その答えを訊ねた。
ーーー我が名は《竜皇》。汝の内に存在せし、唯一の〈精魂〉。汝が《全能虚樹》と呼ぶ〈核殻〉。
─────エッ!!?
ワタシは、心中で驚いた。だが、同時に納得も出来た。
ワタシの中に初めから存在していたモノ。
それは確かにワタシが作り出したモノである。
しかし、その存在そのものは、ワタシの体内に既に存在していた。
ワタシは、それに『役割』と『名』を与えたに過ぎなかった。
そして、その存在の『真の名』が判明した事で、ワタシの中の、その存在に関係する総ての『名』が書き変わった。
─────ッ!!
ワタシは、再び驚く。
《全能虚樹》は《竜皇の盟樹》へ、《冥樹》は《竜泉工房》へ、《仙樹》は《竜戒炭坑》へと、書き変わった。
だが、書き変わったのはそれだけでは無かった。
ワタシの中の〈情報〉。〈神威兵器〉と〈神桜樹〉も書き変わった。
それは、今までのワタシの考え方が変わってしまうほどに。その捉え方を変えてしまうほどの書き換え。
そして、それらが書き変わった事で、今まで謎だった部分が明らかとなっていく。
《竜皇の盟樹》と《神桜樹》の関係性。《神威兵器》の本当の姿。
それらが明かされた事で、ワタシから全ての痛みが消えていた。
それは、今までワタシが自分自身のこの権能を本当の意味で理解していなかったのが原因だろう。
けれど、今なら解る。それを、正しく使える。
ワタシは小太刀を鞘に収め、改めて《竜皇の盟樹》に回路を繋ぐ。
もう鎖環は必要無い。必要なのは………………。
「………………」
目を閉じ、意識を集中させる。
《竜皇の盟樹》は、本来のワタシ。
何も拒絶することはない。怖れることはない。
ただ、それを理解し、受け入れれば良い。
───『根』は〈精神〉。『枝』は〈肉体〉。
───その権能は、絶対不滅。その存在は、二心同体。
───我が『骨』は回路。我が『血』は《皇力》。
ワタシの全身に刻まれた《烙封印》が反応する。
それが、拒絶反応の原因。
しかし、今はそれさえも受け入れられる。
《烙封印》は、いわば『竜の断片』。
それを個々で操ろとするから、拒絶させるんだ。
なら、それらを全て、我が物とするば良い。
意識を集中し、全身に散らばった《烙封印》を一ヶ所に集めるように脳内で操る。
すると─────、
《烙封印》は、案外簡単に一ヶ所に集まってきた。
ズズズッと音が鳴る感じで、《烙封印》は《竜皇の盟樹》と『結合』した。
───赤き血筋は〈因果〉を絶ち、紅き血潮は〈盟約〉を断つ。
───我が〈依代〉は、漆黒の檻。
───目覚め、咲けよ!絶華の大輪。
《竜皇の盟樹》の『枝』から大きな花が咲く。
それは、今までと何一つ変わらない。
けれど、その存在は今までの幾多の『ソレ』を凌駕する。
───等しき〈名〉は、新たなる〈盟約〉。
───〈其〉は、我が剣刃なり。
───今、其の盟約に従い、『汝』に、永劫の〈意思〉を与えん。
ゆっくりと左手を前に突き出し、その『名』を口にする。
「来よ!!《疎血の吸刃槍》ッ!!!」
まるで烈火の大輪がワタシの手の内に出現したかのように、その『存在』は大きくうねりを上げ、その形状を長槍へと変化させた。
「これが…………」
いつの間にか声が聞こえなくなっていた。
けれど、同時に総ての〈情報〉が開示されていた。
それらの〈情報〉をいったん保留とし、ワタシは改めてパスタさんと対峙する。
「ようやく、総てが終わったようですね?」
それは、《七罪聖典》の本来の役目。
「はい」
ワタシは、そう答えた。
それは、決して間違いではない答えだろう。
しかし、今はそれで良かった。
何故なら………………、
「では。我々もお役御免ということになりますね」
そう発言したパスタさんの表情は、どこか寂しげな感じだった。
それと同時に、何か違和感を感じた。
「それで、これからどうするおつもりなのですか?やはり、この『問題』を解決しに行かれるのですか?」
「はい、もちろん………」
「そうですか…………」
そう呟くと、パスタさんは長槍を仕舞って道を空けてくれた。
「良いんですか?」
「ええ。それに、柚希には前に話ましたよね?私は既に『願い』を叶えていると」
「はい」
「ですから宜しいんです。これも、その因果のようなモノだと思いますから」
「………………。分かりました、ありがとうございます」
ワタシはパスタさんに一礼し、再び走り出した。
「雨、少し緩くなって来ましたね………」
パスタさんと別れてしばらくした頃、ワタシはようやく気付いた。
この違和感の正体に。しかし、その本人は既に見えない位置にいた。
なので、この感覚を頭の片隅に置いて、走るスピードを上げることにした。
神成神社の前まで到着したワタシ達は、数段ずつ跳ばしながら石階段を登っていく。
鳥居までの距離が数メートル程に達した時、ワタシは複数の〈神気〉を感知した。
その〈神気〉の情報を元に、ワタシは《神威兵器》を展開する。
「神代さんッ!!」
そして、鳥居の真下から、おもいっきり地を蹴り、目の前にいた巫女の後ろ姿に向かって剣を振るった。
「あ、神威さん…………」
ワタシの剣は、巫女姿の腹部を掠めた程度に収まったが、そのことを大して気にせず神代さんの前に立った。
「大丈夫ですか?」
ワタシは神代さんに訊ねる。
「あ、えと……………」
神代さんは、現状の整理に時間が掛かっているようだった。
「どうやら、もう『手遅れ』のようですね……………?」
「え……………?」
阿莉子さんから、予想外の言葉が聞こえてきた。
それは、いったい……………。
その言葉の意味を問おうとしたが、阿莉子さんは右手を天に掲げて呪文のような言葉を呟いた。
その『言葉』が合図なのか、ワタシは神社の外では降り続いていると思われる雨が止んだように感じた。
「………………」
「柚希?」
その感覚に五感を研ぎ澄ませていると、後ろから咲良さんに呼ばれた。
ワタシは、ハッと我に還り、目の前の阿莉子さんに視線を戻した。
「さすがは《竜》、と言うべきでしょうか?」
「《竜》…………?」
阿莉子さんの言葉に、後ろの咲良さんは首を傾げる。
訳が分からないだろう。
当然だ。ワタシもそれほど理解している訳ではなかった。
けど、今は違う。
ワタシの中の《竜》は既に『覚醒』している。
なので、ワタシの中にはその存在としての〈知識〉も〈情報〉も、当たり前のようにある。
この先、自分がどうするべきかも、当然分かっている。
しかし、それは《竜》が導き出したモノ。ワタシ自身のモノじゃない。
だから、拒絶反応が発生する。
ワタシが導き出す答えとはまるで違う答え。
それが間違った答えなのか、正しい答えなのかは解らない。
だけど、それが今のワタシの答えだと認識することで、ワタシの気持ちは幾らか楽に感じた。
その証拠か、ワタシは小太刀を抜き阿莉子さんと対峙した。
「それが、《竜》の結論ですか………」
驚くこともなく、阿莉子さんは再び右手を天に掲げた。
そして、叫ぶ。
「来い!《竜杖》────八俣大蛇!!!」
────ドクンッ!!!
「────グカッ!!」
阿莉子さんの言葉に呼応するように照らされた黄色の光は、ワタシの心臓を射ち貫くような感覚を与えて阿莉子さんの目の前に出現した。
「ソレ、は…………?」
胸の痛みに耐えながら、ワタシは阿莉子さんに訊ねる。
阿莉子さんが顕現したと思われるその杖は、外見は何処にでもある普通の錫杖のようにも見えるが、柄の部分も頭の部分にもとぐろを巻いている蛇のような装飾が施されていた。
その装飾が、ワタシに激痛を与えている原因だとは既に感じた。
しかし、その理由が皆目見当が付かなかった。
何故?といつに無い動揺が頭を過る。
それと同時か、ある単語がワタシの脳裏に違和感を与えた。
「竜、杖……………」
ワタシは、その単語を声に出して呟いた。
確かに阿莉子さんはそう言った。
それと、ワタシの胸にポッカリと大きな穴が空いたような感覚。 それは、まるで自分の身体の一部が其所にあるかのような感覚だった。
「不思議ですね…………」
首を傾げていると、阿莉子さんが唐突に口を開いた。
「《竜》が共鳴するとは確かに伺ってますが、まさかこれ程までの影響を与えるとは」
そう言う阿莉子さんの視線は、手元の竜杖に向けられている。
よく見れば、竜杖はカタカタと小さく揺れていた。
その現象は、まるで生き別れとなった断片が、一つになりたがっているような感覚を受けた。
「ですが。今は敵同士、この機会を逃すわけには行きませんッ!」
阿莉子さんは、おもいっきり地を蹴りコチラに突進してきた。
そして────、
「云業、安業。敵を排除してッ!!」
「承知しました、我が主」
「了解!」
阿莉子さんのその言葉に、今まで姿を隠していた巫女姿の幼女がワタシの背後から出現した。
そうして地を蹴る、云業と安業。
二人が向かうは神代さんの元だった。
踵を返そうと身体を反転させるが、至近距離まで近付いていた阿莉子さんは竜杖を降り下ろす寸前だった。
ワタシは、慌てて身を戻して小太刀で阿莉子さんの竜杖を受け止めた。
が────、
「グッ!アガッ────!!」
唐突に、再び激痛がワタシを襲った。
それは、まるで竜杖が悲鳴を上げているような感覚。
「えっ!?」
何故か、阿莉子さんは橙色の瞳を大きく見開いて驚愕した。
ワタシの反応に、驚いている?
阿莉子さんのその表情は、そう思わせるモノだった。
「ハァハァハァ………、グッ!ハァアアアァァァァァ~~~!!!」
ワタシは、そんな激痛に耐え、決しで竜杖を振り払った。
「きゃぁああぁぁぁぁ~~~!!」
「主ッ!」
阿莉子さんを大きく降り飛ばしたワタシは、その場に膝を突いてしまう。
「柚希ッ!」
そんなワタシに、背後から声が掛かる。
振り向けば、そこに巫女姿の幼女が迫っていた。
「……………」
しかし、ワタシはそれに対処することが出来なかった。
もう、そんな体力が残っていなかったのだ。
「ご主人様ッ!!」
そんな一瞬一秒の刹那。全く別の方向から、その言葉と共に予想外の人影がワタシと云業の間に入った。
「えっ?」
その目の前に現れた人物に、ワタシは目を丸くした。
それは本当に予想外過ぎる程に突然で、唐突な状況。
「咲良さんッ!!」
ワタシは、脳をフル回転させ、思考を取り戻してその名を叫んだ。
だが、ワタシの行為は叫んだだけに留まった。
云業の拳が、咲良さんの心臓を撃ち貫いた。
「あ、ガハッ!」
咲良さんの口からは大きな血の塊が吐き出され、咲良さんの身体はその場に崩れ落ちた。
対応を何とか間に合わせた最中さんと葉月さんが云業を地面に叩き付けようとするが、その行為も遅かった。
目の前の云業。鳥居近くにいた安業は、既にその場から姿を消していた。
「あ……………」
ようやく身体が動き、ワタシは崩れ落ちる咲良さんの身体を力強く受け止めた。
その時だった────、
『ご主人様…………』
ワタシの脳裏に、とある場面が過った。
「そんな…………」
ワタシはようやく気付く。
今まで『蓋』をされていたモノ。自分がずっと目を背けて来たモノに。
「うぅぅぅああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!!」
ワタシは、その『映像』と同じように、天に向かってありったけの声量で叫んだ。
『あの日』と同じように、『あの時』のワタシのように。
誰も救えなかった。誰も、ワタシを『必要』としていなかった。
あの日の絶望を思い出し、ワタシは叫び続けた。




