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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
33/102

第32話 家柄の檻

 少女の目の前には、いくつもの見えない巨大で強大な岩が存在していた。

 それは、少女の前に立ち塞がる『大きな障害』だった。

 それを、一人の少年が取り除いてくれた。

 しかし、そのお陰で少女はこの《セカイ》から居られなくなった。

 それからどのくらいが経っただろうか。

 数百年ほどの歳月が流れ、少女は元の《セカイ》に戻ってきた。

 それは、別に『お役目』だからじゃない。純粋に、その《セカイ》でやり残した事があるからだった。

「お兄様…………」

 何度、その名を口にしてきただろう。

 どんなに口にしても、現状が変わる事は無い。それは、少女が一番感じている。

「私は、どうしたら…………」

 少女はずっと知りたかった。『兄』と慕う少年が、何を考えているのか、少女に何をさせようとしているのか。その答えは、一向に見出だせていない。

「何か、キッカケでもあれば…………」

 ふと、少女は思い付く。

 しかし、それは『互い』にとって最悪の結果をもたらす〈選択〉だった。




 この《セカイ》には謎だらけだ。

 それは、ワタシの事も然り、この國の事も同じだ。

 だからこそだろうか。次第に、ワタシはその〈理〉にこそ要因があるのではないかと、そう思い始めていた。

 そして、それに至る〈事象〉と〈概念〉は、徐々にその片鱗を見せ始めていた。

 ワタシは、今日も國中を散策した。

 三百年前に起こった《七廻戦争》。及び、十年前の桜公園での事件。その両方について。

 しかし、何処を探しても似たような資料しか見付からず、結局、特に真新しい情報は得られないでいた。

 詮索を諦め帰路を歩いていた時───、

「あっ」「ん?」

 《七罪聖典(セブン・シンズ)》の一人。パスタ・クローバーと遭遇した。

「お久しぶり。で、良いんだっけ?」

 不意に、訊ねられた。

 一応、先日の宴会で会ったくらいなので、久しぶりと言えなくもない。

「あ、はい。多分、そうだと思います」

 なので、適当に話を合わせてみた。

「今、適当に言わなかった?」

 うっ、バレた……………。

「まぁ、良いんだけど。私も、特に貴女に用があった訳でも無いし……………」

 そう言いつつ、パスタさんは目線を明後日の方向へと向けた。

「??」

 ワタシは、なんとなく気になり、その目線の先を追った。

 この方角って、確か……………。

「ねぇ………」

 不意に、声を掛けられる。

「進捗状況はどんな感じ?」

「何のですか?」

 ワタシは、パスタさんの訊ねたい事に気付けず、逆に訊き返してしまう。

「いや、何って。コッチでは、《神災》?って言うんだっけ?についてでしょ」

「………………」

 ワタシは、少し驚き、黙ってしまう。

「で。どう?」

 再度訊ねられ、我に還る。

「え?あ、はい。おそらく、順調ではないかと………」

 それはワタシにもよく分からない事なので、曖昧でしか答えようが無かった。

「あ、そうなんだ。いつの間にか大雨が止んでるから、てっきり貴女が何かしたんだと思ってたんだけど」

「……………」

 以前にも気になっていた。

 彼女達《七罪聖典》は、いったいどのような目的でワタシに接触してきたのだろうか。

 それとなく、未美(みみ)さんやトトロさんには一度訊ねている。

 しかし、二人の解答は酷く曖昧だった。というか、何も知らない感じだった。

 なので、目の前のパスタさんにも同じ質問をぶつけた。

「あの、貴女達《七罪聖典》の目的は何ですか?」

「え?あぁぁ~~……………、さぁ?ていうか、未美辺りから何も聞いてないの?」

「はい、何も」

 やはり、パスタさんも(みやび)さんやトトロさんのような解答しかしなかった。

「ありゃりゃ……………」

 パスタさんは、困惑したように頭を掻いた。

「まぁ。私達は皆、未美に一任してる所があるから、未美が何も知らないなら、私達は何も知らないよ?」

「そうですか…………」

 ワタシは、残念そうに肩を落とした。

 別に、何かを期待していたという訳では無いはずなのに、何だろう、この消失感のようなモノは…………。

「で、でもね!私達《七罪聖典》は、各々の〈願い〉と〈想い〉を体現させる為の『代償』を支払って、その『契約』を呑んだんだよ?」

 どういう訳か。パスタさんは、急にそんな事を喋り出した。

 その言葉の中に、いくつかの疑問点が浮かび、今度は眉を潜めた。

「えと………、では、パスタさんの〈願い〉とは何ですか?」

 その流れで、ワタシはそんな事を訊ねた。

「え?んん~~。特に無いかな?というか、もう良いかな?」

「………………???」

 一人で結論を出すパスタさん。その表情には、諦めのようなものは存在しなかった。

「あの…………それで、一つ質問を良いですか?」

 ワタシは、踵を返そうとしたパスタさんを呼び止めて。

「ん、何?」

 パスタさんがその答えを持っているとは思えなかったが、どうしても聞いておきたい気分だった。

「この國について、どう思いますか?」

 訊ねられ、困惑した表情を浮かべたように見えたが、パスタさんの解答は意外と早かった。

「んん~~…………。特に無い、かな?」

 けれど、それは答えになっていないように聞こえた。

 おそらくそれは、ワタシ自身の中に既に答えが存在していて、それをパスタさんの口から言わせたかっただけかも知れない。

 だからか、ワタシはパスタさんから発せられる、その言葉を待った。

「……………………」

 ワタシの意図に気付いたのか、パスタさんは表情は真面目なモノに変わり、ゆっくりと口を開き始めた。

「ソレを知れば、貴女は今までの自分を壊すことになりますよ?」

「─────ッ!!!」

 突然の台詞、気配の反転に、ワタシの身体は激しい身震いを起こした。

「貴女は、何を…………知って…………………」

「私が知るのは、この地で起きた事。ただ、それだけです」

 そして、パスタさんは話し出した。

 パスタさんと《七罪聖典》の関係。

 この地で起きた、十年前の事件と、それに関与した重要人物。────そして、三百年前に起きた《七廻戦争》との関係性を。



 それは、朝早くの出来事だった─────。

 付き人二人と朝食を食べ終えた神代(かみしろ)(たから)は、自宅のとある部屋を尋ねた。

「わっ、ビックリした………」

 その部屋の主である神代恭悟(きょうご)は、宝の突然の訪問に驚く。

「ど、どうしたんだ。宝」

 恭悟に用件を訊ねられ、宝は一枚の書類を机の上に叩き付けた。

「お祖父様に、一つ遣って頂きたい事がございます」

 宝の決死の表情に押し負け、恭悟は叩き付けられた書類に目を通した。

「これは……………」

 恭悟は、驚愕した。

 その書類とは─────。



 それは、七月ももう終わりを向かえ、八月を向かえる準備をしている頃だった。

 平均的な四季のある場所では、これから猛暑となる予定であった。

 しかし、現状そんな気配はいっさい無く、振り出しに戻ったかのような大雨が続いていた。

 そして、この大雨も以前とは違うものがあった。

 それは、この大雨の範囲。それと、その影響によって及ぼされた被害の大きさだった。

「今度は、街一つでは済まなくなってるね…………」

 最中さんが、落胆したように呟く。

「そう、ですね…………」

 最中さんの言う通り。今回の《神災》は、ワタシが最も危惧していた事態となっていた。

 《神災》の範囲は《秦》だけに留まらず、隣接している多くの國々にも被害を与えていた。

 以前の《神災》の影響もあってか、街中への被害は前回よりも比較にならないほどの規模となっていた。

 今回の《神災》が起きてから、まだ数時間程しか経っていないにも関わらず、住民への被害は大きくなる一方であった。

 そんな中で、以前の状況も踏まえ、ワタシ達は個々にその対処と対応にあたった。

 既に遅すぎるような状況ではあるものの、それでも何とかしなくてはならないというのが、上の考え方だった。

 ワタシ達は、その考えに疑問を抱きながら、各々の判断で活動を開始した。

 現地に到着したワタシと咲良さんは、分散して住民の避難誘導を初めに行った。

 街には混乱した人達が多く、誘導にも大きな時間を取られた。

 担当となっていた《(せん)》と《(こう)》での避難誘導を終え、一息吐く間も無く現状報告も兼ねて、一時《秦》へと帰還した。

「あ、柚吉!」

 神代学園の講堂。その玄関先に到着して直ぐ、ワタシ達は何やら暗い表情を浮かべている五十嵐さんと萩原さんに遭遇した。

 目の前の二人から、緊迫した雰囲気のようなものが伝わってきた感じがした。

「どうかしましたか?」

 少し気になり、二人に訊ねた。

「あ、いや。えと……………」

 オロオロとした五十嵐さん。そんな彼女を見るのは初めての事なので、少々気に掛かる。

「宝様の消息が解らなくなりまして」

 困惑した五十嵐さんを押し退け、萩原さんが一歩出て代わりに事を伝える。

「………………」

 ワタシ達は、しばし黙秘した。

 二人は先程まで宝さんと行動を共にしていたはずだった。それは、二人も認識しているはずだ。

 しかし、そんな二人の話では、此処までの帰り道の途中ではぐれたのではないか。そういう曖昧な情報しかない。

 ワタシは今も尚勢いを緩めない雨空を見上げた。

「はぐれたにせよ、この大雨ですので、何処かで雨宿りしているとは思いますが………」

「だと、良いけど…………」

「………………」

 どうしよう……………。

「どうかしましたか?こんな所に突っ立ったりして」

 そんな時、後ろから声が聞こえた。

 振り向けば、ワタシ達とは別の箇所を担当していた最中さんと葉月さんが、ちょうど帰ってきたところだった。

「えと、それが…………」

 ワタシは、自分が認識している程度の範囲で、二人に説明した。

「そうですか。そんな事態になっていたんですね?」

 六人揃って、状況を改めて考察する。

 誰しもが、心配に思っているだろう。

 しかし、現状では大雨が続いている。そんな中で再び外に出るのは、返って危険だろう。

「………………」

 だが、今のワタシには、心当たりが一つだけあった。

 でも…………、その前に一つ、『問題』を解決しておきたい。

「あの………。理事長さんは、どちらに?」

「ん?叔父さんにも伝えるの?」

 ………………………。あれ?もしかして、伝えてない?

「え、ええ。一応、耳には入れといた方が良いかと」

「そっか…………、そうだね」

「あと。理事長さんに一つ、訊ねたい事がありまして」

「? あ、うん。分かった」

 五十嵐さんと萩原さんの了承を得て、ワタシ達は一度理事長の下へと向かう。

「叔父さん」

「ん?ああぁ、二人ともお疲れ様。すまないな、二人にばかり頼って」

「いえ、良いんですよ。存分に頼って下さい」

「ま、私達には、これくらいしか出来る事が無いしね」

「そんな事は無い。…………?おや、二人だけか?宝は?」

「えと、それが………………」

 理事長が辺りを見渡し雑談が途切れた所で、ワタシは理事長の目の前に立ち、口を開いた。

「あの………」

「ん、君は……………」

「はい、神威(かみい)柚希です」

「あ、ああぁ。君か。…………君達もご苦労であった」

「いえ、こちらこそですよ。理事長先生」

「それで、どうかしたのか?こんな大勢で」

「はい、実は理事長さんに『伝えたい事』と『訊ねたい事』がありまして」

「…………………」

 ワタシの言葉の意図に気付いたのか、理事長は黙ってしまった。

 そして、ゆっくりと訊ねるように口を開いた。

「では、宝は………やはり………………」

 どうやら、気付いているようだ。

 だから、改めて訊ねた。

「気付いていたんですね?」

「…………………。いや。正確には、『ようやく』というのが正しいだろう」

「あの、一つ伺ってもよろしいですか?」

「…………………」

 どう返す訳でも無く、理事長はただ黙ってワタシの次の言葉を待った。

「では」

 一息置いて、ワタシは訊ねた。

「貴女方神代家は、阿莉子さんの神宮寺家といったい何があって今のような関係になったのでしょうか?」

 やや曖昧だが、これが正しい訊ね方だろう。

 その答えを待つと、理事長は若干渋ったように見せたが、ゆっくりと口を開いた。

「始めは、何でも無かったんだ」

 それがキッカケか。いや、そうじゃない。

「私達神代家と神宮寺家は、『神方(しんと)』の仲なんだ」

「シント……………」

 神方とは、神によって定められたその土地の管理者を意味する言葉だ。

「両家の間では、硬い条約と契約が結ばれていた。条約は、互いの子孫を、それぞれが『所有』すること」

「えっ?」

 これが、言葉の恐ろしいところか。

 おそらく、それは聞く側と知る側で大きく意味の異なる言葉だろう。

「男児が産まれれば、神代家が。女児が産まれれば、神宮寺家が。それぞれの子とし、その後継者として育てる。そういう条約が結ばれた」

「そんな…………」

 葉月さんは、声に出して絶句する。

 けれど、ワタシにはそれが当然の事と思えた。

「そして契約は、互いの子を許嫁とし、次の後継者を存続させる事」

 今度は、誰もが息を呑む。

「そうして、私達は互いの関係性を継続してきた。しかし─────、」

 ここで、理事長が言葉に詰まる。

 おそらく、ここからが本当の恐ろしいところだろう。

「そんな関係に疑問を感じた我が息子、神代直人(なおひと)が、この関係にメスを入れた」

「具体的にはどのようなことを?」

「あやつは、神宮寺家の娘を嫁に貰うのでは無く、他国の姫と子を成した」

 それだけを聞けば、単なる反逆のようなものだろう。

 しかし、それはそこまで小さな出来事のままで終わることも無かった。

「それだけではなく、直人はその國が所有していた軍を動かし、この國へと進軍を開始した」

 それは、十四年前の出来事。

 この國では資料も残されていないほどに、闇へと葬られた偽りの出来事だった。

「しかし、結果は直人の率いた軍が惨敗。直人本人は、彼方の國の法で裁かれたと聞く」

「…………………」

 誰も、何も言えなかった。

「あの………」

 だが、ワタシは肝心な事が抜けているように思えた。

「ああぁ………」

 理事長は、切り替えすように大きく息を吐く。

 そして、話を重要な部分に向けた。

「我が國は、その戦いでの勝利として、我が息子の子を私達の國の後継者とした」

「それが、宝……………」

 五十嵐さんがそう呟く。

「ああぁ。だが、直人の子は一人では無かった。奴の子はもう一人居たんだ」

「それって…………」

「阿莉子………。宝は、自身の『妹』をそう呼んでいた」

「────ッ!!」

 驚愕の事実だった。

 まさか、宝さんと阿莉子さんが姉妹だったなんて。

 けれど、それは何となく予想は出来ていた。

 何せ、宝さんは頻りに神宮寺家を気にし、阿莉子さんは、出来るだけ神代家を避けるような行動を取っていたのだから。

「それを知った私達は、その子らを次代の後継者とするため、宝を神代家に残し、阿莉子を神宮寺家に譲った」

 それだけ聞けば、単なる勝品分配と言われるだろう。

「流石は、我らの血筋か。宝は直ぐに神代家としての才覚を見出だし、阿莉子もまた、神宮寺家にとっての最高の後継者となった。いや、それが悪かったのだろう」

 再び、理事長は言葉を詰まらせる。

「それから三年後の事だ。桜公園で、あの『事件』が発生した」

 それは、十年前に起こったと言われている《神桜樹》の枯散。

「その一件によって神宮寺家は滅び、國としても、大きな損害を出した」

 当選と言われれば、当選の結果だった。

「それからか、宝は心を閉ざしてしまった。見ていられなくなった私は、宝を二人に任せた」

 そう言って、視線を五十嵐さんと萩原さんに向けた。

「ああ。私と殊葉(ことは)はその頃に宝と出会った。けど、私も殊葉も、その時の出来事は遠目でしか知らないし、深い内容も宝からしか聞かされていない」

 だから五十嵐さん達は、その辺を話さなかったのだろう。

「だが、宝がこんな時に居ないのは…………………」

 理事長は訊ねた。

 それに対し、ワタシは現状と憶測を話した。

 始めは驚いていた。しかし、段々と表情を暗くし、終には泣き出してしまった。

 ワタシは、そんな理事長を五十嵐さんと萩原さんに任せ、避難所の外へと出た。

「この後はどうするの?」

 雨空を見上げていると、後ろから最中さんが声を描けてきた。

 その後ろには、咲良さんと葉月さんがいる。

「そうですね。とりあえず、この大雨をどうにかしないと…………」

「この大雨は…………」

 葉月さんはおそらく、この答えに辿り着いているのだろう。

 しかし、その答えからは不安が感じられた。

「ですが、とりあえずは神社へ向かいましょう」

「その、先程の話に出ていた阿莉子さんに会いに行くんですね?」

 まぁ、その場には神代さんもいるんだろうけど。てか、いてもらわないと困る。

 そうして、ワタシと咲良さん、最中さんに葉月さんは神社へ向かうことにした。



 神成神社、境内。

 その鳥居の近くに、神代宝の姿があった。

「此処が、神成神社。何時振りだろう、此処へ来たのは…………」

 宝は、辺りを見回しながら呟く。

「どうして来てしまったのか…………」

 すると、目の前に巫女服を着た小さな少女が現れた。

「阿莉子!」

「煩いですね。此処では、お静かにお願いします」

 そう言って、神宮寺阿莉子は踵を返してその場から退散しようとする。

「待って、阿莉子ッ!」

 宝は、その阿莉子の背中を掴もうと、地を蹴るが────、

 その行動を瞬時に予測していた阿莉子が、宝に向かって腕を伸ばした。

 その瞬間────。

「───きゃっ!!」

 何者かによって、宝は石畳に叩き伏せられる。

 宝は、低くなった目線でも、状況を理解しようと辺りを見渡す。

 目の前には当然、阿莉子の姿がある。

 そんな阿莉子は一歩前に出てその場にしゃがみ、口を開く。

「神聖な境内で巫女に手を出すことは、万死に値しますよ?お姉ちゃん」

「────ッ!!」

 宝は驚愕する。

 宝にとってその言葉は、もえ十年も聞いていない言葉だった。

 やっと、呼んでくれた。ようやく呼んでもらえた。

 宝の脳裏に、過去の思い出が過る。

 二人は、姉妹だった。

 唯一無二の家族。それは、肉親が処刑されて残された処罰は、二人にとっても辛いものだった。

 二人は今の家系、神代家と神宮寺家にそれぞれ引き取られた。

 そこまでは良かった。別に引き取られた先での対応は、それぞれ家族同然に与えられるモノだったのだから。

 二人にとって悲惨だったのは、引き取られてからというもの、家の為として多忙な日々が続いた。その結果、二人が話す時も、その為の会合もほとんど無くなっていった。

 それが、原因かもしれない。

 十年前の件は、数年前から神宮寺家はずっと指摘していた。

 けれど、誰もその事に耳を貸そうとはせず、それどころか、神宮寺家の信頼は日に日に下がっていた。

 かくゆう、その頃は神代家も神宮寺家を遠ざけていた。

 そして、事件は起こった。

 始めは、神宮寺家の当時の巫女の所業だと疑われていた。

 しかし、翌々考えれば、この事件は前に神宮寺家が訴え続けていた。

 それを国民達は、遅れて気付いた。

 けれど、刻は既に遅かった。

 皆がそれに気付いた時には、総てが失われていた。神成神社も、《神桜樹》も………………。

 その後、神代家は慌てて奔走した。他国の姫を尋ね、意見をもらった。

 だが、《神桜樹》は秦にしか無いモノ。誰にも解決策を見出だせ無かった。

 その時の宝は、一人落ち込んでいた。五十嵐蕩花(とうか)や萩原殊葉とも口一つ吐かず、一人で泣いていた。

 宝は、妹阿莉子の言葉を信じていた。

 しかし、宝は一応神代家の人間だ。

 家の言葉は守らなくてはならない。

 だから、宝はそれを貫き通さなければならなかった。

 それが、キッカケとも言えるだろう。

 宝は、その事件で血の繋がった家族を全て失った。………………はずだった。

「阿莉子、何で…………………」

 宝は、声に出して阿莉子に問う。

「………………」

 しかし、阿莉子はその問いに答えようとしなかった。

 その証拠に、宝は今だ硬い石畳に押し付けられたままだ。

「阿莉子…………」

(私が………、私が悪いの?私が、お祖父様達を説得出来なかったから?私が、神代家を優先してしまったから?)

 宝がいくら考えても、その答えは見出だせるはずも無かった。

 だが、宝はどうにかしたかった。いや、しなくてはならなかった。

 だから、その下準備は既に済ませた。

 しかし、それを突き出すだけの策が無かった。

 それが出来れば、全てが崩れて行くはずだ。二人の『岩』も『壁』も。

(いったい、どうしたら……………)

 状況が状況のせいか、今の宝では何の策も見出だせず、何も出来なかった。

「神代さんッ!!」

「───ッ!」

 咄嗟に声が境内に響く。それと同時に身が軽くなった。

「あ……………」

 ゆっくりと身を起こし、後ろを見た。

 そこには、宝も見知った人物の姿があった。

「神威さん………」


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