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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
32/102

第31話 胤厭祭

 七月も、中旬に差し掛かる。

 梅雨の目間苦しさも、春の陽気も通り過ぎ、いよいよ夏の暑さが押し迫っていた。

 そんな折、ワタシは国内を駆け回っていた。

 通りすがりの者には声を掛けて手渡し、住宅には郵便受けに丁寧に差し込む。

 《秦》は、直径二・三百キロメートル程の国土を持つが、それを縦横無尽に駆け回れば、その距離は三倍にも四倍にもなることは必然であろう。

 まだ、こんなに……………。

 項垂れ、泣き言を考察しつつ、そんな事を頭の片隅に追いやり、ワタシはおよそ一週間ほど掛けて、それを続けた。

 ワタシが今やっているのは、簡単に言えばビラ配り。

 そのビラは、翌週に開かれる《胤厭祭(いんけいさい)》についての開催予告の告紙だ。

 《秦》での〈政〉は、全て神宮寺(じんぐうじ)家主催で行われていた。

 だが、この十年程、神宮寺家の人間の消息が途絶えた事で、祭りは行われなくなった。

 その事もあって、阿莉子(ありす)さんは一月ほど悩んでいたようだが、今回こうしてその開催を決断した。

 しかし…………。何故、ワタシが?

 ワタシは、手渡されたビラを見つめながら首を傾げた。

 こうした〈政〉の援助は、神代(かみしろ)家から輩出されるらしいのだが、どうやらまだ二家の間にある『蟠り』がほどけていないのが要因だろう。

 それでも、やや疑問に思う。

 阿莉子さんが、神代家のことを嫌っているのなら、別に神代家の周囲の人間のみを利用すれば良いだけの話のはずだ。

 しかし、阿莉子さんはそんな事をせず、ワタシを直接訪ねこの件を依頼した。

 それにしても、多いな。このビラ。

 わざわざA4サイズほどででかでかと告知することでも無いということで、B4サイズほどの紙に印版している。

 それでも、その数は相当だった。

 見た目は、半分ほどに減らせたのであろうが、その量は逆に倍にまで増えてしまった。

 お陰で荷物の数は減ったが、労力は倍以上に増した。

「はぁぁああぁぁぁぁぁ~~~………………………………」

 ようやく全てのビラを配り終え、大きなため息を吐いた。

 懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。

 時刻は四時過ぎ。そろそろ陽も沈み始める頃か。

「……………………」

 一度辺りを見渡し、近くに出ていた出店に立ち寄った。

 もう閉店間近ということで、商品を安価で手に入れられた。

 その店の近くに設置してあった給水所付近の長椅子に腰を下ろし、先程買った商品にありつく。

 そして、空を見上げ感傷に浸る。

 ワタシは、祭り事…………というか、人気の多い場所がとうにも苦手だ。

 だから、《局》にいた頃は、祭りなど参加したことが無かった。

 何時だったか。風音(かざね)さんに無理やり連れて行かれ参加したことがあったくらいだ。

 その時は、変な感じだった。

 こんな自分が、祭りなどという縁日を悦楽する催しに参加するなど…………と。

 だが、聞けば祭りはどの大陸でも、どの國でも行われるらしい。

 阿莉子さんの話では参加は自由だが、準備の方には強制参加らしい。

「……………」

 しばし悩む。

 その後、腰を上げて帰宅した。

 そうして、翌日から祭りの準備が開催された。

 その準備では、神代さん達の姿も見受けられた。

 祭りの準備は二日三日ほどで事足りる。

 主には、簡易型の店舗の設置。飲食物の搬入。照明や雰囲気などの飾り付けがほとんどだ。

 こういう時に、天候が好調なのは幸いだろう。時折、雲間が抜けるのが、気に掛かったが。

 それでも、準備も順調に進み、いよいよ祭り当日を迎えた。

 《秦》の街全体が祭りの様相に施され、その雰囲気に住民は活気付く。

「これが、十年振りの祭りか…………」

 隣で、最中(もなか)さんが呟く。その手には、出店で並べる予定であったはずの商品が山のようにあった。

「まだ、運搬作業ですか?」

「うん。あ、柚希も出来れば手伝ってくれない?」

「え、あ、はい。分かりました。何処から運んでるんですか?」

 最中さんから場所を聞き、その場へと向かった。

「この階段で、あの荷物………」

 声に出し、その先を見つめる。

 しかし、…………………何故、神社?

 そう。今ワタシが向かっているのは、神成神社だった。

 この神社の石階段は、千段近い。

 そんな階段を、最中さんは何往復してきたのだろうか?

 そんなことを思考しつつ、境内に到着した。

「ちょッ!だからそれは、違うんですってばぁ~~!!」

 唐突に、奥の方から何やら騒がしい声がした。

 境内には誰もいなかったので、その騒がしい方へと向かった。

 奥では、伊織さんと阿莉子さんの姿があった。

 二人は、仲睦まじく?何かを話し合っていた。

「あ、柚希………」

 ワタシの存在に気付いた伊織さんが、梯子から飛び降りてコチラへ近付いてきた。

「どうかした?」

 そして、訊ねられる。

「あっ。先程、最中さんと出会しまして」

「ん?それって、お手伝い?」

「えと、そんなところです」

 返答を濁し、遠回しで手伝いを申し出る。

「ところで、先程は何をしていたのですか?」

 二人の了承を得たところで、先程の騒動の声について訊ねた。

「あ、えと………、それは…………………」

 あからさまに目を游がせる阿莉子さん。

「あ。アレを取ろうとしていたの」

 その逆に、伊織さんを素直に答えた。

「ちょッ!」

 阿莉子さんは、伸ばされた伊織さんの指を下げようとするが、既にワタシの視線は伊織さんが指差した場所へ向けられていた。

 其所には、大きな木箱が二つ。

 しかし、その木箱二つは、左右にある木箱とは明らかに違っていた。

「豪華そうな木箱ですね?」

「まぁ、そりゃあ…………ね?」

 伊織さんの視線が、阿莉子さんに向けられた。

 その動きで、ワタシの視線も当然阿莉子さんに向けられる。

「ぅぅぅ………………―――――。しょうがないなぁ~~」

 阿莉子さんは、諦めたようにため息を吐いた。

「アレは、舞妓の衣装が入った箱です」

「マイコ…………?」

「ま。つまりは、今回の祭りでも〈舞〉が必須のはずなんだけど……………」

 そうか。どうやら、阿莉子さんソレを嫌がっているようだ。

「その〈舞〉は毎回行われるのですか?」

「そうですね。一応、〈政〉を行う際に行うのが礼儀ではあるのですが………」

 何だか、ここから先が面倒くさそうだ。

「今回の祭りは、それほど重要なものでもありませんし。それに………」

 自分で言ってて言葉に詰まる阿莉子さん。

「でも、十年振りの祭りでしょ?」

「ですから、この祭りは《神儀》などとは意味が違います」

「……………………」

 それは、考え方の違いか。やり方の違いか。ハッキリとしない揉め事だった。

「何か奥が騒がしいと思えば………何やってんの?」

 そこへ、最中さんがやって来た。

 もう、そんな時間かぁ。

「よく分かりません」

「そっか………。まぁいいから運んじゃお?」

「あ、はい、すみません」

 ワタシは最中さんの後を付いて行き、必要な物資を現場へと運んだ。

 全てを運び終わった後は、パトロールと称してあちこちを散策し時間を潰そうと考えたのだが………………、

「うぃ~~~、ヒック………」

 焼き鳥屋の屋台とおぼしき場所の簡易客席で、酔っ払った?トトロ・グリリンスハートと、その側で普通のジュースに口を付けるリグレット・ヴァーミリオンの姿を発見してしまった。

「こんなところに居たんですね?」

 ワタシは、そんな二人にそう訊ねた。

「…………(コク)」

 リグレットさんは頷いて答えるが、トトロさんは…………、

「ウィ~~、ヒック…………。あ、ゆずきぃ~~」

「あぁぁ……………、事情は、聞かない方が良いですよね?」

「………………(コクコクッ)。そうしてくれると、助かる」

 そう言って、リグレットさんは手持ちのジュースに再び口を付け、クピクピと喉を鳴らしていく。

 それにしても………………。

 隣のトトロさんのビールと同じ色と泡立ち方をしたリグレットさんのジュースに、全くの違いが感じられないのは、ワタシだけだろうか?

「………………」

「…………?」

 そんなワタシを不思議そうな眼差しで見るリグレットさんと目が合い、適当な言い訳をしてその場から立ち去った。

「あ、お~~い、柚希ィ~~」

 適当な場所まで逃げた時、不意に誰かに呼び止められた。

 その声に釣られて、聞こえてきた方角を見渡すと、その人物は案外近い場所に居た。

「あ。未美さんに、雅さん…………。──ッ!」

 二人に近付こうとしたが、とある匂いに気圧され、その手前で鼻を歪ませてしまった。

 この匂い、酒…………?

 眼を凝らして、二人の飲み物を見た。

 未美さんの飲み物は紅く、雅さんの飲み物は碧い。

 これ、カクテル……っていうヤツかな?

 よく見れば、二人の頬はほんのりと朱く、未美さんの方は目の焦点が合っていない感じだった。

「どうかした?」

 雅さんに訊ねられ、我に還る。

「えと、二人は何を飲んでるんですか?」

 答えは既にワタシの中で出ていたが、それを恐る恐る訊ねた。

「カクテル~~~!!」

 その質問に、未美さんが陽気に答えた。

 しかも、発言の際にコップを頭上に突き上げた為、カクテルの匂いが微かにだが辺りに散漫した。

「───ウプッ!」

 ワタシは、胸苦しさと吐き気を覚え、即座に踵を返してその場から離脱した。

 適当な雑木林のような場所まで逃げてきたワタシは、左胸を押さえて必死に吐き気を堪えた。

 その後、あちこちの屋台を廻ったが、何処もかしこも酒に酔う集団と出会した。

 ようやくたどり着いたその場所では、何やら今までの屋台とは違う物が売られていた。

「此処は…………」

「あ。柚吉~~」

 名前を呼ばれ、視線を向ける。

 視線を向けた先には、神代さんや神代学園の生徒達の姿があった。

 そっか。此処、学園だったね。

 現在地を思い出し、学園の敷地内へと入った。

 一般的な祭りとはいえ、学園としても何らかの屋台を開くように、事前に提案が上がっていた。

 その結果が現状だが、この辺りは人気が無くほとんど住民の寄り付かない場所である。

 しかし、これはこれで良いのかもしれない。

 学園には、ワタシと同じく街中から逃げて来た、あるいは、元よりあの場合には近寄らない人達で賑わっていた。

 学園内で出ている屋台の品揃えは、街中に出ていた屋台と何一つ変わらないものばかりだった。まぁ、唯一違うと言えば、酒類を置いていないことか。

 それは、当然と言われれば当然のことであろうが、現在、飲酒や喫煙などに関して、身体への影響が無ければ、個人の自由意思でどちらも行える。

 そういった意味では、学園での酒類の販売はおそらく学園側が反対したに違いない。

「何か食べてく?」

 五十嵐さんに訊ねられ、彼女の屋台が売っている商品を見渡す。

 陳列されているのは、普通の焼きそばやたこ焼きなどといった物だ。

「………?」

 ふと、そんな商品達の中で一際目立つ品物があった。

 それ以外の商品は、容器一杯に入っているのだが、その商品だけは大きな隙間が目立つ。

「コレ、何ですか?」

 どうしても気になり、その屋台を仕切っている五十嵐さんに訊ねた。

「ん?イカ焼きだけど…………。もしかして、柚吉は食べたことが無いの?」

「え?あ、はい」

 少々奇怪な食べ物のように見て取れたが、商品として売られている以上食べられる物だろう。

 ワタシは、そのイカ焼きを購入し、校舎に向かって歩きながら、そのイカ焼きを頬張った。

「あ、美味しい…………」

 そんなことを呟き、学内に設置された屋台を一周した。

「あ、いたいた!お~~い、柚希~~~!!」

 特にすることも見つけられず学内を出ようとした時、背後から声が掛かった。

 ワタシは、振り返りその声の主を探した。

 その人物は、すぐさま見つかった。

 その人物は、葉月(はづき)さんだった。

 葉月さんは、大手を振りながら、コチラに走って来ていた。

「…………………」

 何故だろう。こうして、葉月さんを見ていると、飼い主に向かって全速力で寄ってくる仔犬のようだ。まぁ、身長ではワタシの方が低いので、どちらかと言うと葉月は中型犬くらいに相当するが。

「ん。どうかした?」

 いつの間にか目の前にいた葉月さんに訊ねられ、我に還った。

「あ、いえ。何でもありません」

 適当に取り繕い、先程浮かんだ幻想を捨てる。

「それで、どうかしましたか?」

 ワタシは、行き急ぐように用件を訊ねた。

「あ、うん。そうそう、柚希に手伝ってもらいたい事があって………………もう、探したんだよ!?」

 え。そこまで?

 何か、嫌な予感がする……………。

 そして、その予感は的中した。

 ワタシは、葉月さんに振り回され、再び街中を走り廻った。

 他人を追いかけ、飲食し、雑談のようなものを繰り返す。

 そうして行けば、陽は傾き、空は茜色に染まっていた。

 そんな時だった。

 何処からか、シャンッシャンッと鈴の音が、街中に響いた。

 次第に、ゆっくりとだが、街の一番大きな道路から人だかりは消えていく。

 それと同時か、遠くの方から大きな物体がその道路を通過する。

「アレは…………………?」

「御輿だね………」

 葉月さんが、ワタシの呟きに答える。

「ミコシ…………」

 ワタシは、その御輿から目が放せないでいた。

「…………あ」

 その御輿の中央。というか、御輿の中にいつもより豪華そうな着物を着た阿莉子さんの姿を発見した。

 そうしてワタシは悟った。

 阿莉子さん……………、流されちゃったか…………。

 阿莉子さんの姿を追いながら、神社での伊織さんとのやり取りを思い出す。

 御輿が通り過ぎると、人だかりは元に戻り始める。

 それと同時に、祭りの活気も冷めていく。

「もう、終わりですね」

 隣で、葉月さんがそう呟く。

「…………………」

 そっか。これが、『祭り』なんだ……………。

 現場から人気が消えたことを確認した後、葉月さんと共に、会場を一周した。

 そうしてようやく、『祭り』は終わった。

 たった一日限りだった祭りは、終わればその名残だけが現場に残っていた。

 準備は二日掛かったが、片付けはたった半日で終了した。

 全てが終われば、七月も下旬に差し掛かる。

 祭りで浮かれ、興奮した余韻は残り、最中さんや伊織さん、それに賛同した多くの人達の提案で、ワタシ達は神成神社を訪れていた───はずだった。

 しかし、現状は違っていた。

「どうしてこうなった………………?」

 現状を改めて見て、最中さんは絶句する。

 現在、宴会?はワタシ達の自宅で行われ、広大に思えた中庭は駆けつけた人達で埋め尽くされていた。

 そんな折、ワタシは縁側の隅で渡されたドリンクに口を付けながら、目の前の光景を眺めていた。

「肉、焼けたよ~~」

「あ、たべる食べる」「ちょ、待ってよ!エスカ」

 中庭の中央で高級そうな肉を焼く雅さん。

 その真正面で、エスカ・リィードとアウラ・オーが肉を取り合う。

 というか…………。この人達、何処から湧いて出てきたのだろうか?

 まぁ。未美さんかトトロさんあたりからの誘いだろう。

 ちなみに、エスカさんとアウラさん、それに、雅さんの背後でゴソゴソと何かをやっているパスタ・クローバーを含めた、三人は神社での宴会の場には居なかった。

 それは、神代さん達も同様のようだが。

「……………………」

 改めて、周囲を見渡す。…………………やっぱり、居ない。

「どうかした?柚希」

 挙動不審にしていると、最中さんがゆっくりと近づいてきて訊ねてきた。

「いえ。伊織さんの姿が見えないようですので、何処に行ったのかな?と」

「………………あ。ホントだ」

 神社での際は、確かに近くにいた。

 しかし、今は何処を見渡してもその姿は見当たらなかった。

「…………」

「何?姉さんに何か用事でまあったの?」

「あ、いえ。そういう訳ではないのですが………………」

 どうしてだろう。どうしても、気になる。

 やはり、以前の伊織さんの言葉が原因だろうか。

 ────『その辺の話は、また今度』。

 あれは、どういう意味だったのだろうか。

 あれから、機会を逃して訊けていない。

 いったい、彼女は何者なのだろうか?

 伊織さんと出逢ってしばらくした頃、ワタシは結羽灯(ゆうひ)さんの元を訪れていた。

 訊ねた用件は無論、伊織さんの『小薙(こなぎ)美琴(みこと)』の存在を知っていたかのような発言についてだ。

 結羽灯さんの話だと、結羽灯さんは母親の話を空耳程度でしか知らないと言っていた。それは、伊織さんや悠哉(ゆうや)さんも同じだとも言っていた。

 ならば何故、伊織さんは小薙美琴という人物の事を知っているのか。

「解らない…………」

「何が?」

「え?あ、いえ。何でもありません!」

 どうやら、声に出ていたようだ。

「そぉお?」

 それにしても、気になる。

「………………」

 しかし、気になると言えば、昨日の祭りも同じだ。

 何故、阿莉子さんは、急に祭りを開催する気になったのか。

 それは、どういう『何』の変化なのだろうか?

 そこには、何かワタシには解らない事があるのではないかと思う。

 宴会は、遅くまで続いた。

 日が替わったのではないかと思うほどに。




 神成神社、凰糺の間。

 そこに、神宮寺阿莉子と小薙伊織の姿があった。

 先程の騒々しい出来事に一段落していた阿莉子だったが、その部屋には既に伊織が占領していた。

「貴女も凝りませんね?」

「ん、何が?」

 伊織は首を傾げ、お銚子に口を付ける。

「ソレは、お酒…………ですか?」

「ん?そうだよ。まぁ、度数は低いけど…………」

 阿莉子は、訝しげな表情を浮かべ、伊織の側にあった酒瓶の一つを持ち上げた。

 伊織の言葉通り、伊織の頬は全然朱くない。

 だが、酒瓶のラベルに目を向けた阿莉子の表情は違っていた。

「五十二…………………って!高度の度数じゃないですかッ!」

「わっ!う、五月蝿いなぁ…………。良いじゃない、どうせ『人間』には飲めないんだから」

「…………。やはり、貴女は『人間(ヒト)』ではないのですね?」

 以前からの疑問を、阿莉子は率直にぶつけた。

「ん~~。まぁ、元から『人間』では無かったけど、あの〈事件〉以降、その存在からも書き換えられてしまった」

「書き換え…………」

 それは、《虚界(セカイ)》だけでなく、そこに住んでいた者達にも、何らかの影響を与えてきていた。

 その事は、阿莉子と伊織も同じであった。

 阿莉子は、伊織を見つめがら思考する。

「………………」

「ん?今度は、何?」

 阿莉子の視線に気付いた伊織は、お銚子に酒を注ぐ手を止め首を傾げた。

「それにしても、不審ですね」

「何が?」

「先日の件です」

「先日?祭りの事?」

「そうです」

 昨日の祭りは、何も唐突では無かった。だが、《(ココ)》の住人にとっては、唐突であったであろうが。

 今回の祭りは、言わば『炙り出し』だ。

 しかし、その行為は無下に終わってしまった。

 結局、何の手掛かりも獲られぬまま。

 ただ、このまま過ぎれば良いのだが……………。

 阿莉子は、踵を返して部屋を出た。

「……………ッ!」

 そして、廊下を歩きながら、阿莉子は強く拳を握り、唇を噛んだ。

 阿莉子には、焦りがあった。

 それは、何も《皇》に対してだけでは無い。自分を救ってくれた『兄』に対しての方が、幾分申し訳思っている。

「お兄様は何故、私を……………」

 いくら考えても、その答えは一向に見出だせないでいた。

「〈竜〉の、覚醒…………」

 不意に出た言葉に、慌てて口を紡ぐ。

 だが、もう遅かった。

 それが、《彼》の意図で、既にその《計画》は刻々と完遂に近付いていた。


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