第2話 第零号自衛小隊
最中さんの後を追い、教務室を出て校舎に囲まれた中央の建物の中に入った。
「あの、此処は?」
「学食」
ワタシが訊ねると、最中さんは淡々と答え、入ってすぐ手前に立つ女性の前で立ち止まった。
何故、教務室の次に食堂を選んだのか不明だったが、二人のやり取りを聞いて納得した。
「おや、珍しいねぇ」
暇そうにしていた女性は、最中さんの姿を認識した途端に顔を綻ばせた。
「半月振り?」
「何言ってんのよぉ?三ヶ月振りだぁよ」
「そぉお?」
まるで、久々の再開のように会話を弾ませる二人。
よく分からない内容の会話がだらだらと続き、気付けば小一時間程の時が経っていた。
「で、今日は何にする?」
「う~ん、そうだなぁ……………」
最中さんは一歩下がり、頭上を見上げた。
ワタシは連られて最中さんの視線の先を追う。
そこには、小さな板が掛けられており、難しい字で何かが書かれている。見覚えのある字から大体の連想をしていったことで、ようやく、それがメニュー名であることに気付いた。
最中さんが下がったことで、その真後ろに立っていたワタシの姿が女性の視界に入った。
「おや、珍しい客連れてるね?」
「ん?ああ、今日転校して来た転校生、神威柚希」
何故、二度も転校、と言ったのだろうか。
「へぇ~。ちなみに、外人さん、よね?」
「え?ああ、どうだろ?」
二人の視線がワタシに移った。
気付けば、周りにいた人達の視線もワタシに向いていた。
ワタシはふと思った。
先程の教室での視線もこの視線と同じものだったのだろうか………?
「それっぽいけど、名前は東方の言語だから、ハーフ、とか言うのじゃない?」
「そぉお?それにしても珍しいわね」
「まぁ、風音が連れてきた娘だから、何かしらの事情があるんじゃない?」
「そっか。じゃあ、お家は最中のトコ?」
「みたい。先週末に小さな荷物が幾つか届いてたから」
「そう…………。で、注文は何にする?」
最中さんは改めて上を見上げた。ワタシも連られるように見上げる。
しかし、改めて見ても………、何とか字は読めるのだが、その料理がどんなものなのかがまったく分からない。
考え込んでいると、最中さんが問い掛けてきた。
「柚希は、和食食べたことある?」
その問いに、しばし考える。
「えと、無いです」
「そっかぁ」
前にいた場所では洋食しか無かったので、此処での食事が初めての和食初体験となる。
「ん~」
最中さんは一人悩んでいた。
おそらく、ワタシに気を遣っているのだろう。
「あ、あの……………」
「柚希は、何でも良い、よね?あ、何か好き嫌いある?」
「ふぇ?あ、え、えと……………特に無いです」
「ん~~」
最中さんは深く悩んでしまった。
もしかして、何か好き嫌いを挙げた方が良かったのかな?
「そんなに悩むなら、山菜定食なんてどう?」
そんな最中さんの様子を見かねた女性が、梯子を持ち掛けた。
「え?あ、じゃあ、オバチャンが薦めるならそれで」
「ありがと」
ん?ありがと…………?
「いや~~、危うく残飯になるとこだったけど、アナタが頼んでくれて助かったわ」
あれ?何か、嵌められてない?
「そう。力になれて何よりだよ」
最中さんは気付いてないみたいだし……………。
しばし待つと、姿を消していた女性が奥から出てきた。両手には、料理の入った皿を乗せた御盆がある。しかも、二人分だ。
「はい、お待ち」
「ありがと」
最中さんは、女性と同じような持ち方で御盆を持つと、コチラに振り向いた。
「柚希?」
ワタシは、二人の会話に違和感を覚えた。
それが、どんな違和感なのかはっきりとは分からないけど、なんとなく気になる違和感なのは分かる。
「柚希~~」
「ふぇ?あ、はい。何ですか?」
しまった。また、考え込んでいたようだ。
「席、座るよ?」
「はい」
先行する最中さんの後を追い、生徒達があまり居ない席に腰を下ろす。
最中さんの向かいに座り、ワタシの分の御盆を見る。
そういえば……………、ワタシ自身、定食、というのも今日が初めてになる。
普段、洋食ばかり食べていた為、御盆の上のものに多少の違和感を覚える。
洋食の御盆には、メイン、サブ、ドリンクの三つが基本であったが、この御盆にはその二倍程の皿が置かれており、その中は小皿二、お椀二、大皿一の状態で置かれている。
洋食の場合でも、料理によって小皿が使われることがあるが、その場合は大抵、タレかスパイスが必要なもののみだ。
しかし、この小皿にはタレやスパイスというより、既にそれらを絡ませたような一種の料理に仕上がっている。
改めて御盆全体を見る。
中身が分からない程に大きな衣に覆われた大皿の唐揚げ。何かの茎やシダの笠のようなものを絡めた混ぜ御飯。その混ぜ御飯と似たような食材が使われた感じの汁物。海藻のようなものとパスタのようなものを絡ませた酢物。異様な程に黄色く変色した何かの木の根の一部とおぼしき漬物。
その彩りも状態も、初めて見るものばかりで、あまり食欲が湧かない。それどころか、若干、低迷しつつある。
「? 柚希、食べないの?」
「へ?あ、いえ。た、食べます!」
慌てて、箸で唐揚げを突き刺し、口に頬張った。
………ッ!?
唐揚げ独特のカリカリ感を過ぎると、中身とおぼしき苦味のある味わいと、少し弾力のある食感が、ワタシの口内に押し寄せた。
パクパクパクパク……………。
その苦味を書き消そうと、漬物をかじり、混ぜ御飯を口に入れて、汁物で流し込む。
………………う。苦い……。
しかし、いつまでも弱音を吐いてバガボンドでは終わらないので、無理矢理料理を喉に流し込み平らげる。
う、うぇ~~。は、吐きそう…………。
「別に、そこまで無理して食べなくてもいいんだけどなぁ」
「いえ、そういうわけには………」
「そう?まぁ、柚希が良いならそれでいいけど」
最中さんはワタシの食器の上に自身の食器を重ね、立ち上がった。
「あ、やります」
ワタシの言葉を聞かず、最中さんは重ねた食器を返却口に置き、出口に向かった。
まっすぐ昇降口に向かい、外履に履き替えて校舎を出た。
結局、最中さんは自身が兄と呼ぶ人物を探すことは無かった。
東へ五分程歩くと、それまでの景色が一変した。
押し寄せるような岩壁から、開放感のある住宅街へ。
それから十五分程、今度は何処までも広く、長閑な田園風景へと一変した。
延々と続く帰路に諦めを感じながら、様変わりしていく景色を、ただ追い続けるように歩き続けた。
学園を出て、およそ一時間が過ぎようとしていた頃、ワタシは不気味な程に大きな建物の前にやって来た。
その建物は、周りの家々や先程幾度か通り過ぎた家々のどこの建物よりも大きく異質な程の存在感を放っている。
「さ、着いたよ」
最中さんはその建物の前で、さも当然のように両手を広げた。
「こ、ここが…………」
此処が、風音さんが隊長を務め管理している、第零号自衛小隊の宿舎のような場所。
実際にはそんな体裁では無いとのことだが、これはどう見ても宿舎の方が近いように思える。
「たっだいまぁ~~」
門を潜り、十五メートル程先の玄関を勢いよく開けた最中さんが、大きな家全体に響き渡るような声量で叫んだ。
「あ、兄さん帰ってる」
玄関口に置かれた靴を見て、最中さんがそう呟く。
どうやら、探す必要は無かったようだ。
だが、今の最中さんの反応から察するに、どうやら、兄の捜索は頭からすっぽりと抜け落ちていたようだ。
……………?
ふと、ワタシの視線は玄関口隅に積まれた箱に注がれた。
あれって……………。
「あ、それ。この間届いた柚希の荷物。まだ部屋には運んでないからそこに積んどいた」
えと、それでどうすれば…………。
「部屋は適当なの選んで良いから」
「えと、はい」
適当に返答し、積まれた箱を持ち上げて、階段を昇る。
階段を昇ると、一階の雰囲気とはまったく違った造りが、ワタシの脳裏に違和感を与えた。
それは、まるで旅館のような造りで、襖の扉がいくつも並んでいる。
「この辺で………いいのかな?」
階段から遠い場所では、何かと不便だろうし、近い場所だと、色々面倒そうだ。
悩んだ末、とりあえずその中間辺りの部屋に荷物を降ろした。
部屋の中に入ると、間取りが八畳あるのが一目で分かった。
畳張りの床は、フローリングには無い独特な風情と趣がある。
「さてと…………」
大まかな衣替えをし、私服に着替えて部屋を出た。
階段を降りると、玄関で靴を脱いでいる人物と目が合った。
「………?」
その人物は背が高く、ガタイの良い体つきをしている男性(?)…………、だよね?
「あら?貴女もしかして、今日来た新人ちゃん?」
男性(?)は両手を広げてコチラに迫って来た。
その言葉遣いと行動に驚き、ワタシは数歩後ずさる。
「あら?」
男性(?)は何かに気付き、動きを止めた。
視線を男性(?)の首元に移すと、天井に届きそうな程に長い刃が、男性(?)の腰の辺りから伸びていた。
「ナニをされているのでゴザるか?」
男性(?)の背後から、冷徹な女性の声が聞こえてきた。
「あら、アスカちゃん。誤解よ。私はただ、新人ちゃんに交友のハグを求めていただけよぉ~?」
何をしようとしてたんだか…………。
「しかしながら、貴殿のそれは失礼すぎる対応ではゴザらんか?」
「そ、そうね。つい発情しちゃってたわ、ごめんなさいね?新人ちゃん」
「い、いえ……………」
何? 発情、って…………。
初対面ではあるものの、この人に対するワタシの好感度がどんどん下がっていく。
「あれ?二人とも来てたんだ。てか、そんな所で何してんの?柚希も一緒だし」
奥の部屋から顔を出した最中さんが、騒ぎに気付き少し呆れたような表情でコチラに声を掛ける。
「あら、最中ちゃん。風音ちゃんは………まだ、みたいね」
男性(?)は最中さんの方へ近付きながら、一人言のように最中さんに話し掛ける。
「大丈夫でゴザるか?」
「……………」
「……?あの、どうされましたか?」
しばし、沈黙した空気が玄関に纏わり着く。
「えと……………」
「気にしなくて良いよ、何時もの事だから」
「隊長殿………」
と思ったが、急に空気が震え始めた。
その原因に気付いた時には、既に遅かった。
「イタッ!」
突如、旋毛に痛みが走った。
「ほら、何時までも突っ立ってないで行くよ」
「ふぇ?あ、い、痛いですよ、風音さん!」
「た、隊長殿!?」
風音さんはワタシのアホ毛を蔦代わりのように掴み、ズルズルと引こ連って通路を進んでいく。
侍装束の女性が後ろを着いて来ていたが、今は気にするまい。
……………………。
ただっ広い部屋に連れて来られたワタシは、最中さんと風音さんの間に座らされ、先程の二人も加えて、大きな木製の円卓を囲んでいた。
「さてと。じゃ、まずは、現状報告。アスカ」
「はッ」
風音さんに名を呼ばれ、侍装束の女性は返事をして話し始めた。
「奈岐穂市は特に異常ありません。競売会も例年通り行われる模様でゴザる」
「そう。じゃ、アスカはそのまま競売会に目を光らせといて。特に物品を念入りに」
「承知でゴザる」
侍装束の女性は、自分の番が終わると、ゆっくりと目を瞑った。
「じゃ、次。クラウス」
「ええ。湯球市は特に異常は無かったわ」
「湯球市、は?」
男性(?)の言葉に違和感を感じ、ワタシは率直に聞き返した。
「……………………」
男性(?)は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに微笑み掛けて話を続けた。
「尾野町と筑摩村、それに万江鶴村にて不穏な動きが幾つか見られたわ」
「そう」
『不穏な動き』について、風音さんは問うことなく話を終え、ぎこちない沈黙が流れた。
その沈黙を打ち破るように、男性(?)が口を開いた。
「それで?その子は誰なの?」
男性(?)の視線はワタシに向けられている。
侍装束の女性は片目を開いた。おそらく、男性(?)と同意見なのだろう。
「ん?あぁ、この子は、今日コッチに到着した貴女達の新しい仲間」
風音さんは、促すようにワタシの背中を軽く叩いた。
「あ、あの!」
自分でも、もの凄く緊張しているのが分かる。
「えと、ワタシ、は…………」
当然だ。
今、この場にいる人達は、世界…………いや、局内でも指折りの実力者ばかり。学園の生徒達とは、威圧感というか、圧迫感が半端ない。
…………もの凄く憂鬱だ。
「か、神威、柚希、です。よ、よろしく、お願い、します」
ひとまず、簡単に自己紹介する。
「へぇ~。カミイ、なんて、今時珍しいのね?」
「貴殿は、某と同じ北欧の出身のような顔立ちをしていると思ったでゴザったが、その名では、東方の出身ということでゴザるか」
「いや、名前は適当だし。出身は、アスカと同じ北欧で間違いないよ」
風音さんの淡々とした返答に、二人は唖然としていた。
だが、納得したようにすぐに、表情を綻ばせた。
こんな表情が出来るから、風音さんの無謀な任務にも即座に対応出来るんだろうなぁ。
そんなことを考えつつ、改めて二人に視線を向けた。
しばし待つと、侍装束の女性が口を開いた。
「では、某から。某の名は、アスカ・プラティエ。六年前より、この第零号自衛小隊に席を置く者でゴザる」
一歩下がり、頭を下げるアスカと名乗る女性。
風音さん達に合わせてか、東方言語で喋っているが、先程から言葉遣いがやや片言だ。何?ゴザる、って……………。
所持している武器は、二メートル近くはある長刀。
長刀とはいえ、その長さは薙刀に近い。
前に書物で読んだ伝承に載っていた『物干し竿』という武器に似ている。
「じゃあ、次は私ね?」
考え込んでいると、男性(?)が口を開いた。
「私は、クラウス・アルゼヒノ。アスカちゃんと同じ時期に入隊はしたけど、細かな時期では、私の方がやや後輩にあたるわ」
どことなく、口調が女性っぽく見えるクラウスさん。
風貌や体格から男性だと思っていたが、口調を聞く限りでは、おそらく、そっち方面の方なのだろう。
見たところ、クラウスさんは武器を所持していないようだ。
その体格を利用した超接近戦型と推測できる。
一通りの自己紹介が終わり、ワタシは思考を廻らせた。
第零号自衛小隊────。
それは、局の中で忌み嫌われている部署として有名な部隊。
所属している者の多くは、本当の意味で嫌われている者もいるが、中には自身の希望で所属している者もいる。
しかも、その活動内容は至ってシンプルで、横暴なモノばかりだ。
その部隊の隊長である風音さんの身勝手な言動で、多くの作戦は成功してはいるものの、その時の被害や上層部の作戦には甚大なダメージを受けている。
それ以外にも、作戦途中に現場を離脱したり、参加命令の無い作戦に無断で参入し、手柄を横取りしたりと、自由奔放な言動ばかりを繰り返している。
それでも、それだけの事を意図も容易く成功させるだけの実力者揃いというのが現実で、上層部や周りは未だ一度も苦情等を口にしていないのも、また事実だ。
「じゃ、今回のところは………解散、かな?」
「えぇ」
「承知」
風音さんの言葉に促されるように、クラウスさんと、アスカさんは立ち上がり、部屋から退出した。
「終わった~~」
最中さんは、その場に寝転がって大きく伸びをした。
風音さんは少し遅れて部屋から出た。
「あ、隊長殿」
その矢先、風音さんはアスカさんに呼び止められた。
「何?」
「ハルナ様とユウヒ殿は、今回来られてないようでゴザるが………」
その会話は部屋の壁が邪魔している為、音声のみ。しかし、ここで顔を出しては、相手に失礼だし、見付かれば、後々、どんな弄られ方をされるか分からない。
なので、なるべく気配を殺し、なるべく怪しまれないように、その会話の内容を伺う。
「ん~。まぁ、どうせまた、研究に没頭してんじゃないの?」
研究…………。
いったい、どんな研究をしてるんだろう?
というか、『ハルナ』という名前には、なんとなく心当りがあるような………。
「大丈夫なのでゴザろうか?また、倒れたりなどは………」
「あ~。ハルナは大丈夫だと思うけど、ユウヒの方が心配だねぇ」
あれ?そういえば、これって『盗聴』なんじゃ…………。
「まぁ、その内、遣いでも送るよ」
「そうで、ゴザるか………」
「あまり慣れてないみたいだね?」
「あ。何とか矯正しようと頑張っているのですg……、──いるでゴザるが………」
「ははっ。まぁ、ゆっくりで良いよ。多分、柚希には、思いっきり不振がられてるとは思うし」
「そ、そうですか?」
「…………」
「? あ、ああ、いえ、そうでゴザるか?」
「とりあえず、さっき言った事だけ、忘れないようにしてくれれば良いから」
「あ、はい。承知つかまつったでゴザる」
ぬぁあぁぁぁぁぁぁぁ………………!!
「何しての、柚希?」
「さぁ?」
「ほら、柚希。帰ってこ~~い」
「ふぇ。あ、あれ?風音、さん?」
一人激しく悶絶していたワタシは、風音さんによって呼び戻され、先程の円卓に着いた。
少し早めの夕食を摂り、自室に戻った。
部屋の隅に畳まれた布団を中央に広げ、その上に寝転がった。
そして、懐かしむように今日の出来事を振り返った。
今日は色々あった。
近道と思って選んだ森で迷子になり、約束の時間を大幅に遅刻。言い渡された初任務は無謀な内容。初めて面会した隊員達はどれも強者揃い。
ワタシは改めて思考を巡らせた。その内容は無論、『桜の開花』についてだ。
世界に一本しかない《神桜樹》と呼ばれる神樹。
その神樹は、此処《秦》にあるようだが、その実物は十年程前に失われたという『噂』がある。
だが、風音さんがそのように言うということは、実際に実物しているのだろう。
しかし、『桜の開花』………か。
ひとまず、その神樹が何故枯れたのかを調べないと、ダメ、だよね?
懐中時計のアラームを早めの時間にセットし、布団を被って深い眠りに就いた。




