040 会合
「まえがき、というよりも前口上? 大げさな挨拶はいいから、ボルヘスからも言ってちょうだい」
先を促すようにと、ビクトリアが手を振る。
「まぁ、べつにいじゃあないか。 こいつはこれをやらんと始まらんしな」
そう言われたバイキングの格好をしているボルヘスが魔法使いの格好をしているステファンをかばい、話が再開される。
「こちらはしばらく不自由な身の上であり、いろいろと情報が不足しているため、説明なり解説をしてもらえると助かる。
改めて聞くが、貴族の家系ではあるものの、落ちぶれた身の上である我々を集めて何の得がある?」
ヒョードルが疑問を口にしたことで、ステファンはその疑問に答えるべく話を始める。
「そうですねぇ。 いろいろと言いたいことやりたいことはあるんですが、皆さんぶっちゃけ今の世界の環境をひっくり返したいとは思いませんか?」
明るく発した一言に、みんな黙る。
「・・・あれぇ? みなさん、反応悪くないですかぁ?」
周りを見回すが、だれも答えない。
「誰かに何かを吹き込まれたのか、あるいは楽観的な破滅主義に転向したとも見える。 プライベートで相談を持ち掛けられて、どうしたものかと考えていたが、他者の意見も聞いてみたいと集まってもらったのだが、二人は彼をどう見る?」
ヒョードルが問いかけると、二人は顔を見合わせる。
「なんだな。 正直熱にでも浮かされたのかと見間違うな。 叔父貴などが酒の席で不平やら不満を口にすることはあるが、素面な時には絶対に口にせんわな、そんなことは」
「カウンセラーよりも、ドクターが必要かもしれないわね、ステファン。 オックスフォードにはいいお医者さんはいたかしら?」
どうやらヒョードル以外の二人も、この提案には乗り気ではないようだ。
だがそんな彼らを気にせず、ステファンは話を続ける。
「こんなにも反応がないとは悲しいなぁ。 いや、でもみんなはもうちょっと、僕の話を聞いてから返事を決めても遅くはないと思うけれどもどうだろう?」
「悪いけれども、あまりいいお話にはならないような気がするわ。 あなた自身がどう思っているかは知らないけれども、さっきからのセリフ、どこかのペテン師みたいよ」
「だとしても、一通りは聞いておいた方がいいと思うな。 ボルヘスも、ここで退室せずに一通り聞いてからにしてよ」
「なにか確信があるか、聞いても断れなくなるような内容の話をしようというのかなステファンは。 だとしたらこちらは、面倒事が起こる前にログアウトするさ。 ベアリングボードから外れて電源を切れば、それで済むことだかからな」
「あー、いやいやいや、ここまで否定的な態度に出られるとは思わなかったなー。 でもさー、ちょっとは考えてよ。 新貴族なんて言われていい気になっているあいつらのことが、ほんのちょっとでも疎ましいって思ったことが、全くないなんて人間がこの中にいる?」
大げさなリアクションを取った後、両手で顔を覆っておいた後で、その指の隙間から三人を見回してステファンは言う。
「馬鹿にされる毎日の中で、平静を装うってどんな気持ち? 落ちぶれ貴族の一例と教科書、ネット、日常生活でもさげすまれてそれでも毎日生きていかなきゃならない、恥さらしに会う毎日の何が楽しい? ボルヘスなんか、自分が旧貴族であることなんかも隠して仕事してるんだろ」
スクリーン越しバイキングの方を向きつつ狂気がにじみ出るような、そんな雰囲気を漂わせながらさらに言葉を続ける。
「ビクトリアも従者ひっさげていいご身分だけど、その金だって奇跡的に親が儲けただけで、新貴族みたいに武勲や戦功をあげて認められているわけじゃないんだろぉ? ようはそこらの商人と変わらないもんなぁ。 それって貴族である意味あんの? ねぇぇ? 貴族って商売する人のことなのぉ?」
ぎろりと目を向いたかと思えば、今度はヒョードルをにらみつける。
「新貴族のお坊ちゃんの部下にされてへらへら笑っているってどうなんだよ? それでも貴族の血脈?恥ずかしくない? ねぇ恥ずかしくないの?」
今にも呪詛と怨嗟の雄たけびをあげそうな、そんなどろどろした黒い何かが滲み出してきそうな雰囲気をまとって、なおもステファンは口を開く。
「うんざりなんだよこんな世界。 せっかくの機会が来たんだ。 なんで何にもしようとしないんだよ! なんで笑って過ごせるんだよ! いつまでこんなことしてりゃいいんだよぉ!」
画面の向こうでも荒い息を吐いているのが解る。
この空間にいる誰もが押し黙っている。
誰も二の句が告げられない。
ステファンの行っている意味が解らない。
一人で激昂し、一人で他者を責める言葉を吐き、一人で会話を打ち切っている。
会話の流れも一方的なら、打ち切り方も一方的だ。
ビクトリアもボルヘスもヒョードルもステファンを見ている。
つめたい目で。
さめた目で。
さぐる目で。
だが、ステファンは誰も見ていない。
「おまえらさ、貴族の役目っての勘違いしてないか? 貴族ってのは支配者なんだよ。 なんでクソどもにいいようにされてそれで満足?」
言葉自体はしっかりしているが、だれの目も見ず言い続ける。
「こんなところに集まってる暇があるんならさ、ちょっとでも奴らを減らすとかなんかしろよ。 なんでいつまでもぐずぐずとしてんだよ。 チャンスなんだから動けよほら」
誰に向かって発しているのか定かではないセリフを繰り返す。
「なら自分でどうにかして不満な環境をひっくり返せばええだろうに、自分が楽して我々をこき使おうって魂胆か」
ぼそりといったボルヘスの一言が耳に入ったのだろう。
カッと目を見開いたステファンは、ボルヘスをにらみつける。
数秒そうしてにらみつけていたかと思うと、一歩前に出るような動作をした後、ログアウトして消えた。
「嫌な気分にだけさせて消えたわね、あの子」
ビクトリアが、ステファンのいなくなった一角を見ながら言う。
「あんな状態ならわざわざ呼び寄せんでもよかったんじゃないのか?」
「その点に関してはすまないと思っている。 メールの文面ではともかく、こうして顔を合わせるまで彼の状態に気づけていなかったことも事実である」
「メールではどんなことを言っていたの、彼は?」
「他にもメールを出していたとは言っていたが、『旧貴族会での交流と、発展をめざして是非ともご相談したいことがあります。 つきましては、他の皆様方にもお話をさせていただく機会を設けさせていただきたい。 私たちにとってとても喜ばしい話し合いになるはずですので、どうかご一考を』といった内容だったと記憶している」
「まあ、文面だけで判断しろって言うのも難しくはあるな」
「この場にいなくてよかったわ、ボーレル卿や他の方々がいなくて」
「来たくても来れないだろうけれどな。 いくらこのゲームがリアルタイム連結できるといっても、仕事の都合で来れないものもいれば年齢や環境が邪魔して参加できない人もいる。 五十台も過ぎたボーレル卿が、自分からゲームに参加するとも思えないしな」
ボルヘスの指摘に二人がうなづく。
「何にしても、このメンバーの中だけで話が収まってよかったとも言える。 よそにばれていたらステファンのみならず、我々にも類が及ぶことにもなる」
「でもそこで安心してもいいのかしら? あの様子だとステファンは、強引にでも他の旧貴族に、何らかのアプローチをするとも思えるわ」
「さてそこなんだが、ステファンの奴は、具体的に何をするつもりなのか? 散々に喚き散らしていたが、具体的に奴は何を言っていた?」
更なる指摘に全員が黙る。
ステファンはこの短い時間内に、どんなことを言っていたであろうか。
「新貴族への不平不満、我々への罵倒、それらを散々に口にした後ボルヘスの発した一言で言葉が詰まった挙句にログアウトする」
「世界をひっくり返すみたいなことも言っていたわね。 手段は言っていなかったけど」
「とすると、奴は何らかの手段なり手法で現在の社会体制をひっくり返し、旧貴族と新貴族の立場を入れ替えて支配者の地位に納まりたいと、そういっていたことになるな」
「そんな都合のいいことって、何かある? 今の地位がどうこう言っても、信頼や自身の行為によって築かれる評価もあるでしょうに」
「だが、ステファンの口ぶりからすると、何らかの当てがあるものと思われる。 ボルヘスの指摘に詰まったところを見ると、彼自身の発案ではなく、誰かにそそのかされてその気になり、ぼろが出そうになったからロブアウトしたようにも見える」
「ヒョードルの推理が正しいなら、彼をそそのかした誰かはステファンの扱いが上手ね。 あそこまで感情をあらわにできるくらいの嘘を信じ込ませられるなんて、なかなかできるものじゃないわよ」
「まぁ、ステファン自身は嘘ではないと思っているんだろう。 だが、そのようなそそのかした誰かが存在しなかった場合にはどうなる? ステファンはやはり変な思想なりに傾倒したのか?」
「それを今、裏付けられるものはないのだから、今後細かく調べていくなりどうにかする必要がある」
そんな話し合いをしている最中に、ヒョードルの視界の隅にメールアイコンが出現する。
右手の十字キーを操作して、メールをひらく。
ヒョードルの顔がゆがんだのを、モニターの向こうでビクトリアとボルヘスが気に掛ける。
「何かおかしなメール? ステファン?」
「ステファンではなく、あまりいい感じではないものからのメールである。 『悪魔のささやきに、耳を貸すつもりはありませんか? ルシフェル』と書かれている」
三人が三人とも、無言で固まってしまった。