第4幕『グラビティヒーロー』
まったく、わけがわからない。
剣は浮いてるし、しゃべるし、
巫女はさっきまで神妙な顔してたのに、今は中指立ててるし。
気づけばオレは、異世界の神殿みたいなとこで、
知らない魔術師たちに拝まれ、
正体不明の兵器を手渡されていた。
現実感? そんなもん、さっき床に落としてきた。
でも——
そんな思考を、遠くから響いてくる“音”がぶち壊した。
ズズ……ズアアア……ッ!
地面が揺れてる。
「……なに、地震?」
いや、違う。リズムがある。これ、足音だ。しかも——
「何十……いや、何百……?」
そう呟いた瞬間、隣でルルが真顔になった。
「来たね。魔王軍の小隊だわ。うわー、わかってたけど来るんだコレ……」
神殿の奥から、バタバタと誰かが走ってきて叫んだ。
「接敵確認! 魔王軍の小隊、こちらへ向かっています!」
叫び声と一緒に、何人もの魔術師たちが再登場。
さっきまで偉そうにしてたのに、今はあからさまに慌ててる。
オレの顔を見るなり、手のひら合わせてきた。
「勇者様、何卒ご指導を……!」
「いやいやいや、待てって! なんでオレ!?」
オレは思わず後ずさった。
“ご指導”って何だよ。誰が、誰に、何をどう教えるんだよ。
ついさっき召喚されたばっかだぞ!? 準備も、心の覚悟も、なにもかも——足りない。
……なのに。
神殿の外から、誰かの叫び声がした。
オレは反射的に、窓に駆け寄った。
外の広場。
一人の女性が、小さな赤ん坊を胸に抱えて、必死に走っていた。
女の人だった。
その腕には、小さな赤ん坊。ぎゅっと抱きしめるように、守っていた。
魔王軍の兵士——そう呼ぶべきか、
黒い兜をかぶった化け物みたいなやつが、槍を振りかざして迫っていた。
——カチッ、と何かが入った。
頭じゃなく、心の奥の、もっと奥。
自分でも気づかなかったスイッチが、静かに音を立てた。
赤ん坊。
小さな命。何も知らず、何も選べず、ただこの世界に“生まれてきただけ”の存在。
……なのに、命を奪われそうになっている。
母さんが、浮かんだ。
いや、遺影だった。——でも、毎日手を合わせてたあの微笑みが、
なぜか、今だけは“生きてる顔”として浮かんできた。
オレを産んで、死んだ人。
自分の命と引き換えに、オレを生かしてくれた人。
物心ついたときからずっと“感謝だけして生きてきた”。
……でも今、わかった気がした。
あの人が、命を懸けてくれた気持ちが。
その“手放す愛”の重さが——この光景の向こうに、少しだけ重なって見えた。
考えるより先に動いていた。
いや、スイッチが入った、とか、そんなもんじゃなかった。
これは——止まれないってやつだ。
「行ける。あの距離なら——」
手すり。柱。段差。床。
全部、足場になる。
パルクール、ガキの頃だけど全国大会優勝までしたんだ。
今はもう離れてたけど、体はちゃんと覚えてる。
ひと蹴りで柱を飛び越え、
逆さになった視界で、相手の胴を狙った。
着地寸前、足を振り抜く。
ドガッ!
鈍い音と一緒に、敵が吹っ飛んだ。
「……うっわ、マジで蹴れるんだな、オレ」
驚いてる暇はなかった。
他の敵も、武器を構えてる。
逃げる人たちは、間に合わない。
オレは背中の剣に目を向けた。
こいつは、たぶん、普通の剣じゃない。
「なあ。セブン、だっけ?
さっきの口ぶりからすると、なんか、とんでもない事できるんだろ?
セブンが、背中で呼応する。
《待機中。行動選択を》
「この状況、突破したい。できれば、一気にド派手に」
一拍の間をおいて、声が返ってくる。
《主力機能:高密度ヒッグス粒子の位相干渉を通じ、目標環境の質量場を破壊》
《最小出力での効果範囲は、半径約6000km》
「……いや待て。地球一個ぶっ壊れる規模だろ、それ」
口の端を引きつらせながら、思わず背中に指を突きつけ、窓に向かって叫ぶ。
「なあ!オレ、なんでそんなの背負ってんの?」
窓の上からルルの声が降ってきた。
「いやー! ホントごめんねー!!」
《現在、制限モードに移行中。地表活動用に適した機能を思考中……》
《出力調整フェーズにおけるユニット質量変化が適合。
最小クエクトグラム、最大2000エクサグラム。
使用者による選択調整可能》
「……エクサグラムとか初めて聞いたけど、ヤバさは伝わってくるわ」
剣を手に取る。
握った瞬間、一瞬だけ体がふわっと浮いた気がした。
「よし。いっちょやってみっか」
駆けつけて来た若い兵士が、ひっくり返った魔王兵とオレを交互に見て、目を見開いた。
「なんだコレ!? お前がやったのか? お、お前は何者だ……?」
……いや、異世界から来た男子高校生です、なんて言っても通じないよな。
いろいろ考えながら、背中に背負った、重力子だとかヒッグス粒子がどうとか言ってた黒い剣に、ふと目をやる。
……咄嗟に口を突いて出た。
「えっと……グラビティヒーロー!! ……みたいな…?」
——言ってから気づいた。
これ、わりと致命的にイタいやつだ。
“聖剣の勇者”とか、そういう無難なテンプレにしとけばよかった……。
セブンがゆっくりと応える。刀身に、光の文字が走った。
《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.
Reboot complete──出力調整フェーズ、起動》
その瞬間、空気が変わる。
空間に、無音の波紋が広がった。
足元の重力が一瞬消える。
髪がふわりと浮いた。
服が、風もないのに揺れている。
……なんだ、この感じ。ゾクッとする。
声が、剣からもう一度響いた。
《戦略の提案を求む》
「戦略?あるわけねーよ! でもまあ、行くだけ行くぜ!」
自分で言ってて、無茶苦茶だな、とは思う。
——to be the next act.