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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1話『世界でいちばん重たい相棒』
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第4幕『グラビティヒーロー』


 まったく、わけがわからない。


 剣は浮いてるし、しゃべるし、

 巫女はさっきまで神妙な顔してたのに、今は中指立ててるし。


 

 気づけばオレは、異世界の神殿みたいなとこで、

 知らない魔術師たちに拝まれ、

 正体不明の兵器を手渡されていた。


 現実感? そんなもん、さっき床に落としてきた。


 

 でも——


 そんな思考を、遠くから響いてくる“音”がぶち壊した。


 ズズ……ズアアア……ッ!


 地面が揺れてる。


 「……なに、地震?」


 いや、違う。リズムがある。これ、足音だ。しかも——


 「何十……いや、何百……?」


 そう呟いた瞬間、隣でルルが真顔になった。



 「来たね。魔王軍の小隊だわ。うわー、わかってたけど来るんだコレ……」




 神殿の奥から、バタバタと誰かが走ってきて叫んだ。


 「接敵確認! 魔王軍の小隊、こちらへ向かっています!」



 叫び声と一緒に、何人もの魔術師たちが再登場。

 さっきまで偉そうにしてたのに、今はあからさまに慌ててる。


 オレの顔を見るなり、手のひら合わせてきた。


 「勇者様、何卒ご指導を……!」


 「いやいやいや、待てって! なんでオレ!?」



 オレは思わず後ずさった。

 “ご指導”って何だよ。誰が、誰に、何をどう教えるんだよ。

 ついさっき召喚されたばっかだぞ!? 準備も、心の覚悟も、なにもかも——足りない。


 

 ……なのに。


 

 神殿の外から、誰かの叫び声がした。


 オレは反射的に、窓に駆け寄った。


 外の広場。

 一人の女性が、小さな赤ん坊を胸に抱えて、必死に走っていた。



 女の人だった。

 その腕には、小さな赤ん坊。ぎゅっと抱きしめるように、守っていた。


 

 魔王軍の兵士——そう呼ぶべきか、

 黒い兜をかぶった化け物みたいなやつが、槍を振りかざして迫っていた。


 


  ——カチッ、と何かが入った。


 頭じゃなく、心の奥の、もっと奥。

 自分でも気づかなかったスイッチが、静かに音を立てた。



 赤ん坊。

 小さな命。何も知らず、何も選べず、ただこの世界に“生まれてきただけ”の存在。


 ……なのに、命を奪われそうになっている。


 

 母さんが、浮かんだ。

 いや、遺影だった。——でも、毎日手を合わせてたあの微笑みが、

 なぜか、今だけは“生きてる顔”として浮かんできた。


 

 オレを産んで、死んだ人。

 自分の命と引き換えに、オレを生かしてくれた人。

 物心ついたときからずっと“感謝だけして生きてきた”。


 


 ……でも今、わかった気がした。

 あの人が、命を懸けてくれた気持ちが。

 その“手放す愛”の重さが——この光景の向こうに、少しだけ重なって見えた。

 


 考えるより先に動いていた。

 いや、スイッチが入った、とか、そんなもんじゃなかった。


 これは——止まれないってやつだ。



 「行ける。あの距離なら——」


 手すり。柱。段差。床。

 全部、足場になる。


 

 パルクール、ガキの頃だけど全国大会優勝までしたんだ。

 今はもう離れてたけど、体はちゃんと覚えてる。


 

 ひと蹴りで柱を飛び越え、

 逆さになった視界で、相手の胴を狙った。


 着地寸前、足を振り抜く。



 ドガッ!



 鈍い音と一緒に、敵が吹っ飛んだ。



「……うっわ、マジで蹴れるんだな、オレ」


 

 驚いてる暇はなかった。


 他の敵も、武器を構えてる。

 逃げる人たちは、間に合わない。


 


 オレは背中の剣に目を向けた。


 こいつは、たぶん、普通の剣じゃない。



「なあ。セブン、だっけ?

 さっきの口ぶりからすると、なんか、とんでもない事できるんだろ?


 

 セブンが、背中で呼応する。


 《待機中。行動選択を》


 

「この状況、突破したい。できれば、一気にド派手に」


 

 一拍の間をおいて、声が返ってくる。



 《主力機能:高密度ヒッグス粒子の位相干渉を通じ、目標環境の質量場を破壊》

 《最小出力での効果範囲は、半径約6000km》


 

 「……いや待て。地球一個ぶっ壊れる規模だろ、それ」



 口の端を引きつらせながら、思わず背中に指を突きつけ、窓に向かって叫ぶ。


 「なあ!オレ、なんでそんなの背負ってんの?」



 窓の上からルルの声が降ってきた。


 「いやー! ホントごめんねー!!」


 

 《現在、制限モードに移行中。地表活動用に適した機能を思考中……》


 《出力調整フェーズにおけるユニット質量変化が適合。

 最小クエクトグラム、最大2000エクサグラム。

 使用者による選択調整可能》


 

 「……エクサグラムとか初めて聞いたけど、ヤバさは伝わってくるわ」



 

 剣を手に取る。

 握った瞬間、一瞬だけ体がふわっと浮いた気がした。


 

「よし。いっちょやってみっか」



 駆けつけて来た若い兵士が、ひっくり返った魔王兵とオレを交互に見て、目を見開いた。


 「なんだコレ!? お前がやったのか? お、お前は何者だ……?」




 ……いや、異世界から来た男子高校生です、なんて言っても通じないよな。


 いろいろ考えながら、背中に背負った、重力子だとかヒッグス粒子がどうとか言ってた黒い剣に、ふと目をやる。


 ……咄嗟に口を突いて出た。


 「えっと……グラビティヒーロー!! ……みたいな…?」



 ——言ってから気づいた。

 これ、わりと致命的にイタいやつだ。


 “聖剣の勇者”とか、そういう無難なテンプレにしとけばよかった……。




 セブンがゆっくりと応える。刀身に、光の文字が走った。


 《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.

 Reboot complete──出力調整フェーズ、起動》


 

 その瞬間、空気が変わる。

 空間に、無音の波紋が広がった。


 足元の重力が一瞬消える。

 髪がふわりと浮いた。


 服が、風もないのに揺れている。

 ……なんだ、この感じ。ゾクッとする。



 声が、剣からもう一度響いた。


 《戦略の提案を求む》

 

 「戦略?あるわけねーよ! でもまあ、行くだけ行くぜ!」


 自分で言ってて、無茶苦茶だな、とは思う。




——to be the next act.

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