第2幕『父、語る。そして義父になる』
しゅう……。
光が消えたあと、部屋の片隅に、ゆらりと白い煙が立ちあがる。
——そしてそこから、現れた影があった。
白衣をまとい、威風堂々と立つ、ひとりの男……。
……私である。
「やあ、愛しき我が息子よ!!!」
名乗りは完了した。
すべてが完璧なタイミング。
だが……。
ミナセくんは床に倒れ、アリスに押し倒されていた。
顔を赤くし、うめきながら何かを言いかけていたが、
私は確かに見た。
うむ。やはり、私の父性センサーは正しかった。
これは、父として、いや義父として、見過ごせない光景である。
「息子よ……いや、義息子君よ!」
私は一歩踏み出し、拳を握りしめた。
「まさか……まさか、我が娘アリスと、すでにそこまで深い仲になっていようとは……!」
「なってねぇよおおおおお!!」
ミナセくんが絶叫した。
しかし、私は動じない。
「いや、いいのだ。否定しなくても。
それより、私のことはこれから“パパ”改め“お義父さん”と呼ぶがいい」
「呼ばねぇよ!!!」
「私の父性は、それをも受け入れよう。
親戚付き合いは大歓迎だ。年末年始は帰ってこい。焼き芋を用意しておこう」
なお、この時点でアリスは、ミナセくんに絡めたワイヤーを外してはいない。拘束し、押し倒した彼にピッタリ密着したままだ。
セブンは、彼の鞘の中で黙っているが、重さがズシリと増しているように見える。
その反応が私を歓迎しているのか、拒否しているのかは判別不能だ。
まあでもあれは、歓迎しているのだろう。
間違いない。
「ところで君たち、私の登場に驚いているようだね。ふふふ、無理もない」
私は、胸を張る。
「私はずっと、君たちを見ていた。
あの戦いも、あの通信も、全部だ」
「……“全部”って、どこまでだよ」
「全部と言えば全部だよ」
彼のツッコミに、私は堂々と応じる。
「例えばミナセくんが、野営しながら、
眠っている我が娘アリスの、スリットから覗く太ももを
ねっとりと見つめていたあの夜も、私は見届けていた」
「やめろおおおおお!!!」
「いや、気にするな。君は健康な男子高校生。
そういうフェチも、私はすべて受け入れる。これが父性というものだ」
「そうじゃねぇよ!!今すぐその記録を消せ!!」
《注釈:当該映像ログは“ユーザーの嗜好データ”として、当ユニットにも保存されている》
セブンの冷たい声が入る。
「お前もかよぉぉぉ!?!?!?」
この時点で、ミナセくんのツッコミは限界を迎えたようだ。
「いい加減にしてくれ!!これ以上ボケ要員を増やすな!!
ツッコミはオレひとりだから渋滞してんだよ!!!」
《申請:当ユニットを“ボケ担当”と分類したユーザーの判断に対し、正式に遺憾を表明する》
「いやむしろお前が一番ややこしいんだよ!!!」
私はうむ、と頷いた。
この空間、まさに“家族”。
混乱と絆が同時に成立する、尊きトライアングルである。
さっきから、ミナセくんのツッコミは激しいが、
思春期の娘(♂)とは、そういうものだ。
父性は、はじめ拒まれる。それが通過儀礼。
これは、信頼を築くための儀式のようなものだ。
私は、アリスの方に向き直る。
「それにしても、我が娘よ。君もまた、変わったな」
「わたしに該当する父娘関連プロファイルは、存在しません」
「……なるほど。照れ隠しか。なんと尊い」
ワイヤーが、キィィン……と音を立てた。
アリスが、ミナセくんを押さえたまま、私を刺すような目で見ている。
彼女の瞳には、なぜか激しい嫌悪感が滲んでいる。
……が、その裏には恥ずかしさと困惑がある……気がする。
たぶん、照れているのだろう
「では本題に入ろう」
私は、床に設置したポータルを起動した。
ボンッと煙を吹き出しながら、トゲトゲの訓練マネキンが出現する。
「この訓練器具は、いわば父性の延長である」
「いやどう見ても殺す気満々のビジュアルなんだが!?」
私は構わず続けた。
「これより、君たちは“修行”を行う。
場所は……王国軍の前線拠点だ」
「なんでだよ!!修行ってそういうのじゃねぇだろ普通!!」
「大丈夫、私は同行する。共に戦い、共に育もう。
それこそが、父子の“共闘フェーズ”というものだ」
——つまりそれは、死地である。
だが私はそう感じたのだ。
これは、彼らを次なるステージへと導くための試練。
父として、選ばれし者に課すべき成長イベント。
「これは、君たちの覚醒のための儀式である。
そして私にとっても、真の義父となるための試練だ」
私は拳を握りしめた。
その背後で、マネキンが爆発した。どデカい音がした。
ミナセくんは倒れたまま、空を見つめていた。
「……もう、いやだ……」
——彼の魂が脱けた。
だが、それでも私は信じている。
この少年は、いつか私を“お義父さん”と呼ぶ日が来ると。
間違いない。




