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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部5話『機械仕掛けの優しさと、巫女の爆発』
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第3幕『歯車の見せた心』


 昼前、街の広場は少しだけ賑わっていた。


 石畳の隙間から生えた草。屋台の香ばしい匂い。乾いた空気に混じる、どこか甘ったるい果実のにおい。

 すぐそばを通り過ぎるパン屋の小さな荷車が、車輪を軋ませながらパン屑を撒いていく。


 その向こうでは、子供たちが小さな棒切れを振り回して遊んでいた。


 「剣士ごっこ」だろうか、互いを“魔王”や“勇者”に見立てて叫びながら、広場の端から端へと駆け回っている。

 乾いた靴音と笑い声が、石畳の上に跳ね返っていた。


 裸足の子もいれば、上着の前をはだけたままの子もいる。

 どの子も、頬や膝に薄く汚れがついていて、服はよれよれ。けれど、誰も気にしていない。


 俺は、井戸から戻るアリスを何気なく目で追っていた。

 彼女は今日も無言で、まっすぐに歩いていく。まるで、他の全部が目に入っていないみたいに。


 


 そのとき、広場の隅で遊んでいた子供たちが、こちらに気づいた。


 


 「わーっ、見てー! あっちの人たち、なんかカッコいい服!」


 「ほんとだー! お姉ちゃん、目がくりくりでお人形みたいー!」


 


 五、六人のガキンチョが泥まみれの足で駆け寄ってくる。

 年の頃は十歳前後。裸足の子もいれば、木の枝を剣に見立てて遊んでる子もいた。


 


 「ねえねえ、お姉ちゃん、なんでそんなヒラヒラの服なのー?」


 「お兄ちゃんの剣、なんか強そう! それ、魔剣ー!? ねぇ、魔剣でしょ!?」


 「……魔剣、という認識は否定しない」


 《ステータス認識:好意的》


 「ちょ、おま……なんで微妙に照れてんだよ、セブン……」


 


 子供たちはわちゃわちゃと周囲を跳ね回る。

 ひとりの女の子が、そっとアリスの手を握ろうとして──


 


 「……あれ?」


 


 小さく首をかしげた。


 アリスの手は冷たく、そして固い。

 見た目は人間そのものなのに、まるで金属の柱に触れたみたいな違和感があったのだろう。


 アリスは無言でしゃがみこんだ。


 


 女の子が顔を覗き込む。

 その隣で、男の子が、無遠慮に彼女の頬をムニムニとつまんだ。


 


 「わっ、つめた……でも、ぷにぷにしてるー!」


 


 頬は冷たいのに、感触はやわらかいらしい、

 きっとそれも、彼女の“構造”なのだろう。


 


 アリスは、抵抗しなかった。

 まばたきひとつせず、ただじっと子供たちを見ていた。


 


 「おーい、あんまりくっつくなって〜。お姉ちゃん、困ってるぞ」


 


 俺は苦笑しながら、しゃがんだままのアリスと子供たちのあいだに割って入る。


 


 「ごめんな。お姉ちゃん、ちょっと疲れてるんだ。あとでまたな?」


 


 「えー、つまんなーい」

 「でも、このお姉ちゃん、かわいかったー」

 「お兄ちゃんの剣もまた見せてー!」


 


 そう言いながら、女の子が手にしていた小さな白い花を、ぽとりと落とした。


 紙細工のように儚げな花。

 花びらのひとつがちぎれて、風に揺れていた。


 子供たちは笑い声を残して、また広場の奥へと駆けていった。


 


 ——そして。


 


 アリスは、ゆっくりと立ち上がった。

 何気ない動きで、落ちた花を拾い上げる。


 指先で花の汚れを払うように撫でたあと、

 彼女はそれを胸元──旅装束の内ポケットに、そっと差し込んだ。


 誰にも見られていないと思って。


 何も言わず、何も変えず。

 ただ、そのまま歩き出す。


 


 「……わかんねぇ。あいつ、何考えてんだろ」


 


 俺は、少し離れたところで、その一部始終を見ていた。


 ——たぶん、誰も気づかないと思ってるんだろう。

 でも、俺は見た。


 花を拾って、懐にしまったあの仕草。

 それは、ただの作業には見えなかった。


 


 ほんの少しだけ。

 あいつの中に、“やさしさ”ってやつがあるのかもしれない。

 ……なんとなく、そう思った。




——the episode’s end.

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