第3幕『歯車の見せた心』
昼前、街の広場は少しだけ賑わっていた。
石畳の隙間から生えた草。屋台の香ばしい匂い。乾いた空気に混じる、どこか甘ったるい果実のにおい。
すぐそばを通り過ぎるパン屋の小さな荷車が、車輪を軋ませながらパン屑を撒いていく。
その向こうでは、子供たちが小さな棒切れを振り回して遊んでいた。
「剣士ごっこ」だろうか、互いを“魔王”や“勇者”に見立てて叫びながら、広場の端から端へと駆け回っている。
乾いた靴音と笑い声が、石畳の上に跳ね返っていた。
裸足の子もいれば、上着の前をはだけたままの子もいる。
どの子も、頬や膝に薄く汚れがついていて、服はよれよれ。けれど、誰も気にしていない。
俺は、井戸から戻るアリスを何気なく目で追っていた。
彼女は今日も無言で、まっすぐに歩いていく。まるで、他の全部が目に入っていないみたいに。
そのとき、広場の隅で遊んでいた子供たちが、こちらに気づいた。
「わーっ、見てー! あっちの人たち、なんかカッコいい服!」
「ほんとだー! お姉ちゃん、目がくりくりでお人形みたいー!」
五、六人のガキンチョが泥まみれの足で駆け寄ってくる。
年の頃は十歳前後。裸足の子もいれば、木の枝を剣に見立てて遊んでる子もいた。
「ねえねえ、お姉ちゃん、なんでそんなヒラヒラの服なのー?」
「お兄ちゃんの剣、なんか強そう! それ、魔剣ー!? ねぇ、魔剣でしょ!?」
「……魔剣、という認識は否定しない」
《ステータス認識:好意的》
「ちょ、おま……なんで微妙に照れてんだよ、セブン……」
子供たちはわちゃわちゃと周囲を跳ね回る。
ひとりの女の子が、そっとアリスの手を握ろうとして──
「……あれ?」
小さく首をかしげた。
アリスの手は冷たく、そして固い。
見た目は人間そのものなのに、まるで金属の柱に触れたみたいな違和感があったのだろう。
アリスは無言でしゃがみこんだ。
女の子が顔を覗き込む。
その隣で、男の子が、無遠慮に彼女の頬をムニムニとつまんだ。
「わっ、つめた……でも、ぷにぷにしてるー!」
頬は冷たいのに、感触はやわらかいらしい、
きっとそれも、彼女の“構造”なのだろう。
アリスは、抵抗しなかった。
まばたきひとつせず、ただじっと子供たちを見ていた。
「おーい、あんまりくっつくなって〜。お姉ちゃん、困ってるぞ」
俺は苦笑しながら、しゃがんだままのアリスと子供たちのあいだに割って入る。
「ごめんな。お姉ちゃん、ちょっと疲れてるんだ。あとでまたな?」
「えー、つまんなーい」
「でも、このお姉ちゃん、かわいかったー」
「お兄ちゃんの剣もまた見せてー!」
そう言いながら、女の子が手にしていた小さな白い花を、ぽとりと落とした。
紙細工のように儚げな花。
花びらのひとつがちぎれて、風に揺れていた。
子供たちは笑い声を残して、また広場の奥へと駆けていった。
——そして。
アリスは、ゆっくりと立ち上がった。
何気ない動きで、落ちた花を拾い上げる。
指先で花の汚れを払うように撫でたあと、
彼女はそれを胸元──旅装束の内ポケットに、そっと差し込んだ。
誰にも見られていないと思って。
何も言わず、何も変えず。
ただ、そのまま歩き出す。
「……わかんねぇ。あいつ、何考えてんだろ」
俺は、少し離れたところで、その一部始終を見ていた。
——たぶん、誰も気づかないと思ってるんだろう。
でも、俺は見た。
花を拾って、懐にしまったあの仕草。
それは、ただの作業には見えなかった。
ほんの少しだけ。
あいつの中に、“やさしさ”ってやつがあるのかもしれない。
……なんとなく、そう思った。
——the episode’s end.




