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【PV公開中】境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部5話『機械仕掛けの優しさ』
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第4幕『ともに行く理由』


 《確認:この街に留まる理由、既に希薄。移動を推奨》



 腰の鞘から、セブンの声が届く。いつの間にか、自発的に会話を始めるあたり、相変わらずだ。



 「……あー、うん。そうだな。ちょうどそう思ってたとこ」



 日が傾きかけた広場を抜けて、オレたちは街の外れにある冒険者ギルドへと向かっていた。



 「そろそろ、次の街を目指そうと思ってる。まずは、もう少し行った所にある“大図書館都市ルーメル”」



 「ルーメル……?」



 後ろを歩いていたアリスが、ぽつりと声を漏らした。



 「うん。そこなら情報も集まるし、なにより……元の世界に帰る手がかりが、少しでも見つかればと思って」



 「元の世界……」



 アリスはその言葉を、小さく繰り返した。



 「……あ、わるい。急に言ってもわかんないよな」



 ちょっと気まずくなって、オレは頭をかいた。



 「ま、話すと長くなるから割愛するけど……いろいろ訳ありで、さ」



 「……そうですか」



 その返事は、何かを判断しているような、でもそれ以上は問わないような――

 そんな、奇妙に優しい間の取り方だった。



 「ま、すぐに何とかできるとも思ってないけどな。できることから順番にやってくしかないし……」



 言いながら、オレはアリスの方を振り返る。



 「アリスは? どこ目指して旅を?」



 少しの沈黙。風が、街の赤い屋根を撫でていった。



 「……いえ。私は……とくに目的地はありません」



 「そっか」



 それなら、ここまでか。


 昨日はたまたま一緒に戦って、その流れで同じ街まで来ただけだ。今朝からいろいろあったけど、もともと旅の目的が同じだったわけでもない。



 「じゃあ、オレはこのあとギルドで道を――」



 「……ついて行っても、いいですか?」



 足が止まった。



 「え?」



 アリスは、さっきと変わらない顔でこちらを見ていた。



 「同行を希望します」



 「いや……」



 思わず後ろを振り返る。



 「てっきり、ここで別れるもんだと思ってた」



 アリスは何も答えない。



 「だって、オレら昨日会ったばっかだろ。目的だって別に――」



 ――その時だった。



 「――きゃあっ!!」



 広場の裏手から、甲高い悲鳴が上がった。


 考えるより先に身体がそっちを向いた。石垣の段差へ駆け寄り、手すり越しに下を覗き込む。


 ――さっきの子だ。


 白い花を落とした、あの女の子。

 狭い路地の入口で尻もちをつき、両手を地面について後ずさっている。


 その正面。


 毛の荒れた野犬が、低く身を沈めていた。

 首輪はない。腹は痩せて、肋骨が浮いている。唸るたびに剥き出しの歯の間から唾液が糸を引いた。


 女の子が動く。

 犬の前足が地面を掻いた。


 まずい。


 広場の向こうでも大人が気づいたらしい。男が一人、荷車を避けながら走ってくる。


 でもあの距離。間に合わない。



 「っ!」



 オレは手すりに片手をかけ、そのまま飛び越えた。

 石壁を一度蹴ってから着地。膝に衝撃が抜ける。


 そのまま前へ――


 そのとき、頭上で鋭く空気が鳴った。

 一本の銀線がオレを追い越した。


 石垣の張り出しへ食い込んだワイヤーが張り詰め、その下を白い影が一気に滑り降りる。



 「アリス!?」



 オレより先に、女の子の前へ降りた。


 野犬が跳ぶ。アリスは逃げない。

 女の子との間へ身体を入れ、その鼻先へ片腕を突き出した。


 鈍い音。



 「キャンッ!」



 野犬の身体が横へ崩れた。


 地面を転がり、すぐに起き上がる。そのまま一度だけ振り返り、路地の奥へ逃げていった。


 アリスは追わなかった。

 しゃがみ込み、後ろの女の子へ向き直る。



 「外傷を確認します」



 女の子は答えず、その胸元へ飛びついた。



 「う、うぇぇぇ……!」



 アリスの両腕が、中途半端な位置で止まった。

 抱き返していいのか分からないらしい。


 少しして。


 片方の手が、女の子の背中へ触れた。



 「……大丈夫です。脅威は離脱しました」



 慰めとしては、だいぶ固い。

 でも女の子には、それで十分だったらしい。


 アリスの服を握ったまま、何度も頷いていた。


 オレは駆け寄りかけて、足を緩めた。


 ……速かった。


 オレが飛び降りた時には、もう動いてた。

 しかも、犬を追い回すでもなく、子供の前に入ることを真っ先に選んでる。


 オレが何か言ったわけでもない。それでもこいつは、迷わなかった。


 やがて駆けつけてきた男が女の子を抱き上げる。

 何度も頭を下げられても、アリスはいつもの調子で、



 「損傷はありません。問題ありません」



 とだけ返した。

 そして静かに、オレのところへ戻ってくる。



 《……当該ユニット評価、二十パーセント上方修正。理由:迅速な状況判断及び護衛行動》



 「……数値で褒められても、嬉しくないです」



 《感情的反応を確認。評価項目へ追加》



 アリスの目が、腰のセブンへ向いた。



 「……別に、あなたの“合格ライン”なんて興味ありませんから」



 《……評価値、二十パーセント下方修正》



 「ちょ、おま、取り消すの!?

 ていうか、それ計算したら最初よりちょっと低くなってんじゃねぇか!!」



 近くにいた子供たちが笑った。

 アリスは何事もなかったみたいに立っている。


 ……ほんと、何なんだこいつ。


 でも。


 昨日よりは、一個だけ分かった気がする。


 少なくとも、目の前で誰かが危ない時に突っ立ってるような奴じゃない。



 「……で」



 オレはさっきの石垣を見上げた。

 途中だった話を思い出す。



 「さっきの話。なんでオレについて来たいんだ?」



 「理由は複数あります」



 アリスは即答した。



 「現在、わたしには設定された目的地がありません。単独行動を継続する積極的理由もありません」



 腰元から声が割り込む。



 《異議。当該対象との継続同行を非推奨》



 「お前は聞かれる前から反対すんな」



 《昨日以降、ユーザーが当該対象の社会行動に伴う補正対応を複数回実施。同行継続による負荷増加を予測》



 「……言い方」



 でも否定しきれないのが腹立つ。


 アリスは気にした様子もなく続けた。



 「昨日の戦闘において、リクとの連携による戦術効率の向上を確認しています。また、周辺警戒、搬送、戦闘支援を提供可能です」



 《補足:当該対象は、ユーザーの目的に直接寄与する情報を保有していない》



 「保有していません」



 そこは即認めるんだ。



 「ですが、探索過程における支援は可能です」



 アリスはそこで言葉を切った。

 金色の目が、まっすぐオレを見ている。



 「以上から、同行には合理性があります」



 ……合理性、ねえ。


 昨日から聞いてると、こいつは大体なんでもそういう言い方をする。


 目的地がない。一人で動き続ける理由もない。だから、オレについて来たい。

 やたら小難しく説明してるけど。


 これ、要するに。頼ってきてるってことか?


 朝から人の列には割り込むし、人の言葉は額面通り受け取るし、さっきだって泣いてる子供を抱き返すまで妙な間があった。


 戦えば頼りになる。


 でも、一人でそこらへんを歩かせて大丈夫かと言われると――。


 オレは小さく息を吐いた。


 ここで『じゃあな』って放り出すのも、さすがに寝覚めが悪い。



 「……分かった」



 《再検討を提案》



 「早いな、お前」



 アリスは黙ったまま待っている。



 「ただし、ルーメルまで」



 「……はい」



 「そこで一回、仕切り直しな。オレもお前のこと、まだ全然知らないし」



 「条件付き同行と認識します」



 「まあ、そんな感じ」



 《当ユニットは反対意見を維持》



 「はいはい。記録しといてくれ」



 《既に記録済み》



 「だと思ったよ」



 アリスがオレたちの横を抜け、すたすたと歩き出した。


 十歩ほど進んでから、止まる。

 振り返る。



 「リク」



 「ん?」



 「ルーメルは、どちらですか?」



 「……道知らないのに何で先頭歩いたんだよ」



 仲間が増えた。

 ……っていう感じでは、まだない。


 昨日知り合ったばかりで、何を考えてるのかもよく分からない。


 ただ、しばらく一緒に歩くことになった。


 ちょっと目を離すのが不安な、同行人として。


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