第20食 ポカリスエット
お盆休みが終わった。
暦の上ではもう秋……だそうだが、一時期の酷暑とは言わないまでも、まだまだ残暑が続く毎日である。
もはや温帯から熱帯気候に近付いている我が国において、熱中症の危険性は無視できない。
そんな時、熱中症対策飲料として夏になると様々なドリンクが店頭に並ぶ。
本格的な経口補水液OS-1、スポーツ飲料の代表格アクエリアス、普通に飲んでもおいしいソルティライチ……売り場の一角を占拠する顔ぶれにどれを買おうか迷ってしまう方もいるかも知れない。
仮にあまり体調が優れないのであれば――そんな強力ラインナップにおいて私がおすすめするのはポカリスエットである。
元々私はポカリスエットよりもアクエリアスで育った身であった。
家にあるスポーツドリンクは、恐らく兄が好きだったからだと思うが基本的にアクエリアスであり、毎日テニスをしていた大学生の頃も練習の度に飲んでいた。
運動中に喉を潤す飲みものとしては、アクエリアスのすっきりさが私には丁度よかったのである。
一方、以前の私にとってポカリスエットはたまに飲みたくなる不思議な飲みものだった。
子どもの頃、スイミングスクールが終わったあと1本買ってもらえるご褒美ドリンク――その選択肢の内のひとつがポカリスエットだった。
色鮮やかな自動販売機がひしめく中、青地の細い機械の中に並べられたポカリスエット、ジャワティーストレート(無糖)、そして何故か置かれている固形のカロリーメイト(グレープフルーツ味)……その一角はカラフルな自動販売機群の中で異彩を放っており、どこか気になる存在だったのである。
なお、或る日いきなりセブンティーンアイスの自動販売機が登場してからは、子どもたちは皆そちらに夢中になってしまったのだが……競争社会とは厳しいものである。
しかしその後、インドアな中高時代を経てテニスに明け暮れる大学時代を過ごした私は前述の通りアクエリアス人間となった。
そのまま暫くポカリスエットに接する機会もないまま大人になったのだが、或る日転機が訪れる。
それは工場に転勤になって少ししてからのこと、私は人生で初めてインフルエンザに罹患した。
基本的に体調を崩すといっても年に一度風邪を引くくらいだった私にとって、インフルエンザの奮う猛威は衝撃的なものだった。
高熱により動けなくなり食べられるものも限られ、私はいつ元気になれるのだろうかと落ち込んだものである。
罹患から数日経ってなんとか動けるようになり、今度は無事に通勤できるようになるかが不安になってきた。
当時は工場まで遠距離通勤をしており、毎日が小さな旅のようだったのだ。
まずは外に出てみようと、家の近くを散歩してみる。
暫く寝込んでいたこともあり、普通に歩くだけでも人は体力を消耗するということに改めて気付かされる。
段々自信がなくなり、もう帰ってしまおうかという考えが頭を過ったところで、ふと視界に一台の自動販売機が目に入った。
普段は気にも留めないその自動販売機が、なんだかやけに輝いて見える。
その中には、懐かしい青色の缶が置かれていた。
ここまで頑張ったご褒美とばかりに、私は迷わずポカリスエットを買う。
ごろんと転がり出てきた久方振りの青い缶はずっしりと重く、身に纏った水滴がつかんだ手をひやりと冷ましてくれた。
私はおみやげを手に入れたような気分になり、少しだけ軽くなった足取りで家への道を急ぐ。
手洗いうがいを済ませて、早速一口いただいた。
口に流れ込んだ瞬間、さっぱりとした飲み口のあと優しい甘さが口の中に広がる。
喉を通っておなかの中へと落ちていくその感触に「生きている」ことを実感した。
久々のポカリ、こくりこくりと少しずつ味わう。
一口、一口、胃から水分が全身に巡っていくような感覚があり、缶が空になる頃には体調もすっかりよくなったような、そんな気分になる。
これでもう大丈夫――回復を確信した私はすっかり安心して、いそいそとベッドに潜り込んだ。
以来、私にとってポカリスエットは『命の水』となった。
常に家に常備し、体調に不安がある時は一口いただく――もしかしたら思い込みのなせるプラシーボ効果かも知れないが、それでも「これさえあれば大丈夫」と思える彼の存在は、豆腐メンタルの私が生きていく上で非常に重要だ。
コロナにかかった時も、熱っぽくて眠れなかった時も、胃腸の調子がなんとなく悪かった時も、飲めばほっとしてまた頑張れる。
まさにポカリスエットさまさまである。
メジャーな飲みものであるがゆえに、比較的手に入りやすいのもありがたい。
日本国内であれば、大抵のスーパーやコンビニに置いてある。
一度海外旅行中に体調を崩してしまい、たまたまそこが物流の限られた観光地だったがゆえに毒々しい青色のスポーツドリンクしか入手できなかったことがあった。
その時は根性でなんとか凌いだが、その経験を踏まえ、海外に行く際にはポカリスエットの粉をお守りとして持っていく。
ちなみにタイに転勤になった際にもごっそり持って行ったが、普通にバンコクの街中で販売しており、拍子抜けしたことを覚えている。
そんなポカリスエット、実はペットボトルと缶だと少し味が違うことをご存知だろうか。
具体的には容器の素材の特性上、『果汁』部分が異なるとのことだ。
確かに、粉ポカリには金属を錆びさせてしまう可能性があるとのことで「金属の水筒に入れないよう」注意書きがなされているので、それが影響しているのかも知れない。
最近はペットボトルのポカリスエットしか飲んでいないが、言われてみればなんとなく缶の方が味がすっきりしていたような、そんな気がする。
いつか飲み比べをしてみても面白いかも知れない。
夏が終わっても暑さはまだまだ続く。
そんな日本で元気に生き抜くため、今日も私はスーパーで見かけたポカリスエットを買い物かごに入れるのだった。




