一話
コンコンコン
「入りなさい」
「失礼します」
男が部屋に入る。
男は燕尾服を着込んでおり、その褐色の肌と黒髪に似合っている。
部屋には一人の女が椅子に座り机に向かっている。
後ろの窓から日が差しており、女の子長い金髪が照らされて輝いている。
机の上には書類が積まれている。
「エマ様から婚約記念パーティーの招待状が届いております」
男は女に両手で封筒を差し出す。
「あら? エマが婚約? 随分と早いのね」
女は首を傾げながら封筒を受け取る。
「エマ様は今年で15歳です。公爵家の令嬢としては遅いくらいでしょう」
女は封筒を開け中に入っている紙を取り出した。
紙には時候の挨拶とパーティーの日時が簡潔に記されていた。
女は妹にしては随分と他人行儀な文面だと思った。
「それなら婚約者どころか、恋人がいない私は行き遅れかしら? 」
「いえ、そんなことはありません。しかし、マリー様の年齢まで縁談が来なかったのは異例だと思われます。このままだといずれ……」
「独り身の寂しい女になってしまうわね」
男とマリーの間に沈黙が訪れる。
「どうしてなの!! 」
マリーは叫びながら机を両手で叩きつける。
積み重なった書類がドサッと崩れ落ちた。
「なんで私よりエマの方が先に結婚するの! おかしいじゃない! 普通は私が結婚するまで待つものでしょうが!! 」
マリーは机をさらに叩く、叩く、叩く。
机に乗っていた書類がパラパラと空中を舞いながら地面へ落ちていく。
「仕方がありません。公爵家は一代限りですからアルテュール様も権力があるうちに娘を嫁にとお考えになったのでしょう」
男は荒れているマリーに対して動揺することなく答える。
「ルイ、決めたわ」
マリーは強い決意をその青い瞳に宿していた。
ルイは嫌な予感がした。
「……何をでしょうか? 」
「婚活するのよ」
「婚活? ですか? 」
ルイはますます嫌な予感がした。
「ええ。私は今まで待っていれば素敵な男性が迎えに来てくれると思っていたの」
「はぁ」
「でも素敵な男性は現れなかった。それどころか私に近づく男すらいない」
「だから私は自ら迎えにいくのよ。私にとっての王子様を!! 」
マリーは机を強く叩いた。
机は真っ二つに折れ。
書類の山が床に落ちた。