第30話:私の本音
現実味を感じない。
魔女の家に辿り着くには、惑いの森を抜けなきゃ行けない。
それに、そもそも。
人間の姿では、昼夜問わず走って十日以上かかるのに。
あなたは王子さまで、私なんかに割いている時間はないはず。
私は、ちゃんと手紙を残してきたのに。
私の目から、また大きな涙が一粒おちた。
どうやって、ここに来たの?
どうして、ここに来たの?
エイダンは、私を責めるような険しい顔をしているのに、私の涙を拭う手は優しい。
『も~、急ぎすぎなんだよ。王子さまは!』
『あたちらが、ここまで連れてきてあげたのに。クレアを見た途端、置いてくなんて』
続いて、カエルの仲間たちがぴょんぴょんやってきて、エイダンの後ろから非難の嵐である。
私が目を丸くしていると、仲間たちが片目を閉じて笑った。
『ほらね』
仲間たちはとてもご機嫌な様子だけれど、私にはいまだピンときていない。
思わず、何度もまばたきを繰り返す。
エイダンは短くため息を吐くと、私の手を握り直した。
「泣いているのは、僕のせい? 僕がきみを迎えに来るのが遅かったから」
私は首を横に小さく振った。
私はエイダンの顔を見たくなくて、うつむいた。
「……そう。じゃあ、きみをここに閉じ込めている魔女のせい?」
「ちがう」
蚊の鳴くような声で私は否定した。
「なら、どうして泣いているの?」
私は何も言えなくて、黙り込むしかなかった。
黙り込む私をどう思ったのか、エイダンは私の頭をなでた。
私が思わず、顔を上げると、エイダンは眉毛をハの字にしながら微笑んだ。
「やっと顔を見えせてくれた」
ハッとして、またうつむこうとしたけれど、エイダンの手が、私のほっぺを摘まむほうが早かった。
私はうつむくことができず、また涙が出てきた。
「今日は、泣き虫さんだね」
エイダンは、ほっぺから手を離して頭をなでてくれた。
思わず、目をつむる。
話すことはあるはずだ。
だけれど、私の願いを魔女が叶えてくれるなら、カエルの姿に永遠に戻るのだ。
話なんかして、未練が残ったら、イヤだ。
目を開けた私は、エイダンを見据えた。
壁を作るべく言葉を紡いだ。
「王子殿下。手紙を、読みませんでしたか」
「もちろん読んだ。だから、ここにいる」
「私は、いるべき場所へ戻ってきただけ。殿下が、いらっしゃるべき場所ではありません。おかえりを」
エイダンと私はしばらく、睨み合った。
エイダンが口を開こうとした、そのとき。
私は部屋の中へ引っ張られ、エイダンは外へ弾かれた。
「まったく。油断も隙もない。害虫がこの子に触るだなんて」
私が振り返ると、魔女が険しい顔で怒っていた。
「おまえはここにいなさい」
私が何か言うよりも早く、魔女は部屋の窓から外へ出て行った。
外の雨は、ひどくなっていた。
「呼ばれぬ害虫よ。何しに来た?」
「僕は愛するひと、クレア・ノワールを迎えに来た」
エイダンは堂々と答えた。
魔女の後ろ姿だけでは、どんな表情をしているかは分からない。
けれど、肩が震えているのが分かる。
「害虫よ。あの子が何ものかも知らず、愛するというのか」
エイダンは、一瞬黙ったものの言葉を返した。
「彼女がカエルの呪いを受けているのは知っています。でも、僕は彼女の姿がカエルでも、愛しています」
「カエルの呪い? そんなものではないよ。結局はおまえも、もともとが人間でなければ、あの子を受け入れる気はないのだろう」
「どういうことです?」
エイダンの言葉が尖った。
魔女は、エイダンをあざ笑うように、私を使い魔として呼んだ。
「おいで、”クレア”」
私のからだが、私の意志とは関係なく、動き出した。
これは、使い魔の主人である魔女が、強制魔法を発動させたときに起きる。
「主。私は、ここに」
からだがガタガタと震える。
「あたしのかわいい子、おまえの真の力を解放なさい。そして思い上がった害虫を追い払うの」
「はっ」
暴力でもって、追い払いたくない。
けれど、私の意志とはお構いなしに攻撃魔法を発動させる呪文が口からあふれ出す。
エイダンの目が見開かれる。
「天の恵みよ、あれに見える我が敵。凍てつく矢となり、降り注げ」
エイダンに降っていた雨が途端、鋭い氷の塊となり、エイダンを貫くため、降り注いでいく。
エイダンは逃げもせず、その氷を受けていた。
エイダンほどの魔法使いであれば、避けるなり、反撃するなりできるはずだ。
なのに何故、攻撃を受け続けるの?
私は混乱した。
何度も攻撃を受け、エイダンは傷だらけで、血が滲みはじめている。
「どうして。どうして逃げてくれないの!」
私は悲鳴のような声を上げた。
攻撃魔法は止まらない。魔女が強制魔法を解除していないからだ。
「大丈夫」
エイダンは、そう言って攻撃を避けもせず受け続けた。
とうとう私はこころのままに言葉を紡いだ。
「ちっとも大丈夫じゃないわ。私が、大丈夫じゃないの!」
それでも攻撃を避けない。
私の頬をあたたかな涙がつたった。
「なんで、なんで分かってくれないのよ。あなたが大事なの。大好きなの! だから避けて」
私が使う魔法の中でも強い魔法が構築されはじめる。
私は見ていられなくて、目を閉じた。
「その言葉を、待っていたんだ」
エイダンの声が、耳元で聞こえた。
目を開けると、ボロボロになったエイダンに私は抱きしめられていた。
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