殺戮の恐怖
敵傭兵団クロスボーンの団長オルテガを屠った私は、血の海を乗り越えて王都守備隊の元へと辿り着いた。
しかし敵残存部隊の猛攻が激しく、前線は早くも崩れかかっている。
「ハンク将軍!ハンク将軍はどこだ!!」
私は未だ動揺を続ける兵達を掻き分けハンク将軍を捜すが、なかなか見付からない。
「アイリス様、ご無事でしたか!どうぞ、ハンク将軍はこちらです!」
王都守備隊の下士官に案内され、隊の後方に向かうと、大地に突き刺した剣にもたれ掛かったまま震える、ハンク将軍の姿があった。
彼の煌びやかな鎧は黒く血に染まっているが、怪我をしている訳ではなさそうだ。
「ハンク将軍!遅れて済まない…。」
「ア…アイリス殿か!」
ハンク将軍は私の顔を見上げ、ガチガチと奥歯を鳴らしている。
「どうした、何があった!?」
「魔法…あの血の雨を降らせた爆炎はアイリス殿の魔法ですか…?」
「その通りだ。これで戦の趨勢は決した。直ちに兵を立て直し、反撃に出られよ!」
「やはり…やはりな…」
ハンク将軍は俯き、全身を恐怖で震わせている。
「あれが貴殿の…アイリス殿の真の力なのですか…」
「いや…真の力とは言えないが、私が使える魔法の中でも、最も広範囲かつ殺傷力の高い魔法だ。」
「真の力ではない…あれ程の地獄を作り出して尚、真の力ではないと申されるか!?…ああ神よ、偉大なるファーラの神よ!ご加護を…どうか消え行く戦士の御霊にご加護が有らん事を!」
「ハンク将軍、落ち着かれよ、戦はまだ終わっていない!」
私は涙を流しながら神に祈るハンク将軍の肩を掴み、正気に戻れという思いを込めながら前後に揺らす。
「私は正気だ…至って冷静に前線で指揮を執っていた。例え敵であろうとも敬意を払い、この手でこの剣で屠っていた。だが、今まで激戦を繰り広げ戦ってきた敵兵の体が、一瞬にして目の前で弾け飛んだ…。あれは魔法などではない…狂気だ。これは戦などではない…虐殺だ!!」
「…そうだ、虐殺だ。そんな事は私が一番良く知っている…。」
「ならば何故、あのような力を行使したのですか!」
「王国の未来のためだ…。戦は悪でしかない。戦争に綺麗も汚いも無いんだ…そんな物は戦う者のエゴに過ぎない。戦に勝利した者は殺戮者でしかないんだ!」
「殺戮者…」
「そうだ、私達はただの人殺しだ!誇りだの大義だの名誉だの、そんな綺麗事で誤魔化すな!!」
まるで自分達が必死に戦ってきた全てを否定するような私の叫びに、周囲にいる兵士達が騒めき、狼狽の色を見せる。
「それならば貴殿は…大勢の兵士を虐殺した貴殿は、ただの大罪人という事です。私にはもう、戦う意味が解らない…。」
「意味か…意味なんてもんは歴史が勝手に決める事だ。大事なのは価値があるかどうかだ。」
「価値…」
「そうだ、価値があるかどうかは己で決める事だ。戦の先にある未来の価値…そのために私達は戦い、未来を紡ぐ。それは殺戮者にしか成し得ない、価値ある戦いなんだ!」
「では、アイリス殿の虐殺には価値があると?」
「この戦の先、アルテミシアの紡ぐ未来には価値があるんだ。そう信じているから私は力を使う。忌まわしい殺戮の力を!」
「…取り乱してしまい、誠に申し訳ない。」
「なぁに、アレを間近で見て正気でいられる奴の方が、どうかしている。立てるか?」
「かたじけない…。」
「おっと、どうやら援軍も出て来たようだ。ここで一気にケリを着けるぞ。ハンク将軍、指揮は任せた!」
この時、南砦で待機していた西方騎士団が痺れを切らし、一斉に突撃を開始した。
背後からの襲撃を受けた傭兵団は成す術なく崩れ、立て直した王都守備隊の挟撃で完全に崩壊した。
団長オルテガを討取った事も大きく響いているだろう。
南砦前の戦いは、我々の勝利で幕を閉じた。
しかし、レナード領での戦いは終わった訳ではない。
本当の戦いは、この先にあるのだから――
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