オルテガとの闘い
何とか窮地を脱した筈の王都守備隊だが、一瞬にして眼前の敵を薙ぎ払った私の魔法を見て浮足立ってしまっている。
早急に態勢を立て直し反撃に出なければ、私が作り出した好機を無駄にしてしまうだろう。
私は肉塊と臓物が浮かぶ血の海を歩き出した。
一刻も早く王都守備隊に合流し、ハンク将軍に反撃の指示を出さねばならない。
彼が無事なのか分からないが、ここまで敵の猛攻を凌いで来られたのはハンク将軍が健在である証だろう。
もう私の魔力は残り少ない。
王都守備隊に合流したとしても、戦線に出る事は難しいだろう。
後方で牽制程度の魔法を使うのが精一杯だ。
そんな中、私に近付く数人の足音と、突撃を開始する敵傭兵団の雄叫びが聞こえて来た。
立て直すのが早過ぎる。
前方の王都守備隊は反応こそしているものの、その対応に手間取っているようだ。
数では圧倒的に勝っている王都守備隊だが、陣形も整えず乱戦になってしまえば個々の実力に勝る傭兵団の前に、呆気なく敗れ去ってしまうだろう。
急いでハンク将軍の元へ向かいたいところだが、私に近付く足音が行く手を阻む。
「おーっと、これ以上は行かせ無ぇぜ、王国の人間凶器!」
私は顔を上げ、行く手を阻む声の主を睨む。
やはりこの男は、クロスボーンの幕舎で奪われたラキ少年の首飾りを取り戻す時にボコボコにした、傭兵団長オルテガだ。
「おいおい、マジかよ…、どっかで見た格好だと思ったが、あの時の人妻かよ!」
「勘違いするな…私はまだ独身だ。」
「アンタとはよくよく縁があるようだな。しかもアンタが王国の人間凶器だったとは驚いたぜ…。」
「そりゃどーも。私としては、オマエに会うのはもうウンザリなんだがな。」
「そんなつれねーこたぁ言わ無ぇで付き合えよ。」
そう言ってオルテガは、腰に下げた長剣と短刀を両手で抜き払う。
「魔力を使い果たした今が好機という訳か…」
「アンタを殺すのは惜しいがな、王国の人間凶器を見逃す訳にゃ行かねーんだ。一騎打ちなら文句は無ぇだろ?」
「オマエ独りで私に勝てると思っているのか?」
「強がるなよ王国の人間凶器、魔法の使えない魔術師に何が出来る!」
オルテガは怒鳴り声と共に一息で間合いを詰め、長剣を振り下ろす。
私は足場の悪い血溜まりの中、最小限の動きでオルテガの斬撃を躱しながら、術式を組み上げる。
流石は1万の傭兵団を率いるだけあって、剣術の腕は一流だと言っても良いだろう。
しかしそれは、魔力のコントロールが出来ない常人の中での話だ。
ミラルダの連撃に比べれば止まっているも同然であり、私に掠り傷一つ付ける事も出来ないだろう。
「王国の人間凶器と言えど、所詮は魔術師と侮っていたが…体術までも一流とはな!だが反撃する力は残って無ぇだろ、大人しく斬られろ!!」
その時、大振りの薙ぎ払いが空を切り、オルテガに大きな隙が生じる。
魔法を叩き込むなら今がチャンスだ。
私は組み上がった術式に魔力を込め、魔法を放つ。
「炎の礫!!」
広域殲滅魔法を使い、魔力が尽たとでも思っているのだろうか。
魔力の消費が多い魔法は使えないが、この程度の魔法ならまだまだ使う事は出来る。
そもそも魔力を失うという事は、血液を失うという事だ。
魔力を使い果たせば動く事もままならない。
魔法に関する知識に疎いフェニキアの傭兵だからこその勘違いだ。
いや、勘違いしていたのは私の方だ。
私の手から放たれる炎の礫を見たオルテガは、一瞬驚いた表情を見せるが、ニヤリと口元を緩ませ左手の短刀を突き出した。
短刀の切っ先に触れた炎の礫が、短い刀身に吸い込まれるように掻き消え霧散する。
「魔法の武器!?」
「御名答…。闇ルートで取引されてる失敗作だが、この通り大した代物だ。アルフォードで戦う以上、魔術師の魔法に対する備えはしとかねーとな。お陰様で武器商人に随分と吹っ掛けられちまったが、命に比べれば安い買い物だ。」
「なるほどな…オマエのお陰で懐の肥えた武器商人にも会ったぞ。」
「アンタとは、つくづく縁があるようだ…。本当に殺すのは惜しいが、もう手も足も出ねーだろ?観念して死んどけ!」
私は、再び繰り出される猛攻に身を翻す。
手も足も出ないとは、随分と舐められたものだ。
魔力のコントロールも出来ない常人相手に、もはや魔法など使う必要もない。
私は血溜まりの中に沈んだ盾を拾い上げ、ブンブンと飛び回る邪魔な剣撃を受け止め、鳩尾に拳を叩き込んだ。
オルテガは右手に持った長剣を落とし、フラフラと血溜まりの中に膝を付き、脇腹を押さえながら咳込んでいる。
「まだ…だ!」
オルテガは取り落とした長剣を拾おうと手を伸ばすが、私はその長剣を踏み付け、四つん這いになったオルテガを見下ろす。
「終わりだ…」
私は先程拾った血塗られた盾を、オルテガの首筋に突き立てる。
どす黒い血の海に新鮮な紅い鮮血が飛び散り、広がって行く。
私はオルテガの左手に固く握られた短刀を剥ぎ取り、鈍く輝く刀身を見詰めた。
「魔法の武器か…。オマエには過ぎた玩具だ、私がもらっておこう。」
私はオルテガの腰から鞘も奪い取り懐に仕舞い込むと、震えながら武器を構えるオルテガの部下を睨み付けた。
「オマエ達も戦るのか?」
オルテガの部下達は武器を投げ捨て、甲高い悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
とんだ邪魔が入ってしまったが、これで敵の指揮官も排除する事が出来た。
後は王都守備隊に合流し、残りの敵を殲滅するだけだ。
私は再び血の海の中を掻き分け、浮足立つ王都守備隊の元へ向かうのだった――
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