愛する者の最期
アルフォード王国魔術研究機関――
歴史上、魔法文化発祥の地とされるアルフォード王国において、魔法の解明や新しい術式の開発など、魔法に関するあらゆる研究が行われる機関である。
世界最古の歴史を持ちながら、今なお最先端の技術が生み出されている。
父上が亡くなり、長らく空席だった第三分室の室長を私が引き継ぐ形となった。
私が目指すのは勿論ただ一つ、深淵へ至る道を解き明かす事だ。
父上の残した研究資料を紐解くと、そこにはあらゆる側面から研究された深淵に関する情報が記載されていた。
やはり父上も生前、深淵に至る道を解き明かそうとしていたのだ。
生きていれば戦える…、父上が残した最後の言葉。
残された私の戦いとは、深淵の研究に他ならない。
私の戦いは、ここから始まるのだ。
多くの研究員と共に、私の研究の日々は続いた。
その中に、第三分室副室長を務めるサイラス・トレファンという男がいた。
いつも緊張感のない笑顔を浮かべる優男で、実戦も知らない青瓢箪、おまけに貴族の息子で温室育ち。
正直、出会った頃の私は、彼の事が気に入らなかった。
「アイリス室長、今日も徹夜ですか?あまり根を詰めても体に障りますよ。」
「うるさい!オマエには関係ない事だ。」
「そうとも言えないんですよ、俺は。」
「どういう事だ?」
「師匠にはいつも、娘を頼むって言われてましたからね。」
彼も父上の弟子に当たり、私の弟弟子という事になる。
生前の父上に随分と気に入られていたようで、厳格だった父上が、このように個人的な頼み事をするほど親密な関係だったのだろう。
「父上とは懇意にしていたようだな。」
「バルタザール様は俺にとって、最も偉大で、最も尊敬出来る師でした。俺のような若輩者と懇意にして頂いて光栄でしたよ。」
「そうか…」
「どうかされましたか?」
「オマエは知っているのか?父バルタザールの死の真相を!」
「事故だったと聞いています…。」
「違う、事故なんかじゃない!あれは…私が…私が父上を殺したんだ!」
その時、暴走した魔力に飲み込まれ、消えて行く父上の姿が鮮明に思い出され、止めどなく涙が頬を伝う。
「あれは事故だったんです。そんなに自分を責めないで下さい。」
「違う!私が…私が父上を…」
「確かに、魔力を暴走させてしまったのは貴女かもしれない…。ですが、貴女はバルタザール様を殺そうとして魔力を暴走させたのですか?」
「違う!私は…私は…母上を…」
「ならば、貴女がバルタザール様を殺したのではなく、事故だったという事です…。」
「でも…私は…」
「俺もバルタザール様が亡くなって、とても哀しいですし、とても残念です…。だからこそ、俺はこの研究を完成させるために全力を尽くしています!」
「研究…私も…」
「そうです、貴女がいないと、この研究は完成しません!バルタザール様のために、俺と一緒に深淵を目指しましょう!」
私は流れ落ちる涙を拭い、差し出された彼の手を強く握った。
それからも研究の日々は続くが、彼は本当に父を殺した私を恨んでなどいなかった。
それどころか、過酷な研究の日々を積み重ねる中、私達は互いに惹かれ合い、いつしか深い愛情が芽生えていた。
偉大な父上を失った私にとって、彼の存在は生きて行く支えであり、愛する事の全てだった…。
その2年後、私達の研究は実を結び、遂に実行に移される時が来た。
彼の温かい微笑みがすぐ傍で私を支えてくれている。
絶対に父上を取り戻す、そのための準備も万端だ。
私は、常人では到底理解できない複雑で巨大な術式を展開し、持てる限りの魔力を込める。
全てを白く染める光――
深淵へ至る道は確実に近付いている。
ここには既に時間も空間も存在しない。
あるのはただ、愛する人の手の温もりだけだった。
頬を伝う涙…。
深淵はすぐそこまで迫って来ている。
だが――
再び凄惨な悪夢が私を襲った。
突如、制御を失った強大な魔力が牙を剥く。
繰り返される悲劇。
暴走を始める魔力から私を救ったのは、私の愛する人だった。
消え行く彼の姿が、あの時の父上と重なる…。
「君だけは生きて…、生き抜いて欲しい!愛してる…」
この時、私の中にある全ての物が無くなった。
からっぽの私…ただ生きる事しか出来なくなった私…
そんな私は逃げる事を選んだ。
全てを捨て、知らない土地へ…。
そして私は、シルフィア魔法学院へと流れ着くのだった――
ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!




