爆ぜる大地の轟音
巨大な炎の壁に囲まれた僕は、炎の隙間から戦いの行方を見守るしかなかった。
「好都合だ、オマエはそこで大人しくしていろ!」
炎に囲まれた僕を、チラリと横目で見た師匠も僕の協力を期待していないようだ。
確かに僕の力では足手まといになる事は解っている。
しかし、遠距離からの援護は可能かもしれない。
「さて、お手並み拝見だ!行くぞ、リカルド君!」
リカルドの腕のタトゥーが輝き、炎の礫が連続で放たれるが、師匠は講習の時と同じように軽い身のこなしで躱している。
一方、ブレアの方はリカルドの後ろで複雑な術式を構築しているようだ。
タトゥーに刻んだ術式は瞬時に発動できるが変化に乏しく、複雑な挙動や絶対座標への干渉に適さない。
一方、その場で術式を構築する場合は、構築に時間を要するが、状況に合わせた高度な魔法を発動できる。
実戦での連携では彼らのように、決定打を与える魔法の術式を構築している間に、陽動を行うのがセオリーだ。
師匠もそれに気が付いているようで、リカルドの陽動を避けながら、ブレアの魔法を警戒している。
「大地の槍撃!!」
遂にブレアの叫び声と共に魔法が発動する。
師匠の周りの大地が牙のように突き出し、四方八方から襲い掛かった。
範囲こそ広いが、リカルドの炎と同程度のスピードでは師匠を捕える事は出来ないだろう。
トラバサミのように襲い掛かる大地の牙を、師匠は人間離れした跳躍力で上空に飛び上がって回避する。
しかし、追撃のように放たれたリカルドの炎の礫が迫った瞬間、轟音と共に凄まじい爆発が巻き起こった。
大地の牙は粉々に砕け散り、瓦礫の雨が降る。
師匠は爆風に飛ばされ、太い木の幹に激突し、そのまま地面に転がった。
師匠を受け止めた巨木は、メキメキと音を立てて、真っ二つに折れ、倒壊する。
「王国最高峰の魔術研究機関に所属していたとしても、所詮はその程度か!」
ブレアが師匠を指差し、勝ち誇ったように叫ぶ。
「ぐ…くっ…」
師匠はヨロヨロと立ち上がり、ブレアを睨みつけた。
「しぶとい、あれを直撃してまだ立つか!」
「フン、あの程度…たいした事ねーよ…。」
僕の目からも師匠が見栄を張っているのが解るほど、深刻なダメージを負っているようだ。
いかに師匠であっても、そう何度もあの攻撃に耐えられないだろう。
しかし、あの時何が起こったのかが解らない。
あの爆発の原因が何なのか解らなければ、対処のしようがない。
再びブレアが術式の展開を始めた。
師匠も圧倒的なスピードで組まれた炎の魔法で応戦するが、執拗なリカルドの攻撃が師匠の魔法を掻き消し、もう少しのところでブレアには届かない。
僕はこのまま指を咥えて見ている事しかできないのか…。
いや、僕にも出来る事がある。
そうだ、僕にしか出来ない事がある。
僕はブレアが展開する黄色く輝く術式を凝視した。
大地の槍撃…あの魔法に何か秘密がある筈だ。
大地の牙で攻撃するだけの魔法で、あれ程の術式を必要とする筈がない。
そもそも地に属する魔法で、あれ程の爆発を起こす事は出来ない。
挙動にも特に異質な部分が見当たらない。
ブレアはタトゥーで刻まれた術式ではなく、身軽な師匠相手に、わざわざ術式を構築している…?
複雑な挙動ではなく座標…?
そうだ、起点となる座標が遥か地中を差しているのは、明らかにおかしい。
それに、探知に近い術式も組み込まれている。
地中を探知…、そして大地の牙…、リカルドの炎…、そして爆発…。
「そうか!師匠、あの爆発は地下にある天然ガスです!」
僕は声を張り上げて、あの爆発の正体を師匠に伝えた。
「ククク、上出来だ!それさえ解ればどうとでもなる!」
師匠はニヤリと笑い、再び襲い掛かる大地の牙を、先程と同じように飛び上がって回避する。
そして、リカルドの炎が放たれた瞬間、師匠は下方に向かって風の衝撃波を放つ。
再び巻き起こる大爆発。
だが、爆発は深く大地を穿ち、強力な爆風がブレアとリカルドを襲う。
先程とは違い、師匠は無傷で穿たれた大地に降り立った。
「ククク、驚いたよ。私はとんでもない男を弟子にしたようだな。」
「な…なんだと!?あの僅かな時間で、俺の術式を解読したのか!し…信じられん…そんな事が!」
「おのれ、ファクト、貴様っ!!」
ブレアとリカルドは、炎の中の僕に強い敵意を向けた。
「おいおい、オマエ達の相手は私じゃなかったのか?」
「そうですね、ファクト君は無傷で連れ帰れと院長殿に言われたではないですか?」
突如、アイリスの背後の林の中から声を発する人影。
それはゆっくりと僕らの前に姿を現した。
僕の周りで立ち上る炎に照らされた人影は、次第にその正体を明らかにする。
それは、あのザレン教授とリザだった――
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