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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
座れない指定席
27/29

解決編

 警察には連絡が付き、天候も回復した為、三時間以内に捜査隊が到着する事を波越に告げられ、待田は私室にて葉巻を燻らせていた。甘ったるい香りが充満する部屋に突如、ノックの音が鳴り響いた。


「失礼します」


 待田の返答を待つことなくドアは開け放たれ、顔を見せたのは、もはやお馴染みの笑顔を浮かべた波越だった。


「今お時間よろしいでしょうか?」


 質問をしていながら部屋に入り込んでくる様に、待田は不愉快な感情を抱くが、それを表に出さないよう気を付けながら言葉を繋ぐ。


「ええ、もちろんですよ」


 まだ長さの残る葉巻の火をもみ消し、姿勢を正して椅子に座り直した。


「警察が来るまでに一つ、お話をしようと思いましてね」


 本人なりに当たり障りのない所から話を持っていこうとしているのかもしれなかったが、どう好意的に見ても、本題に入る前の遠回りな会話という風にしか解釈できなかった。


「今回の門間さん殺しの真犯人の正体など……いかがでしょう?」


 内心、そのような所だろうと待田は納得する。これまで様々な話を聞いていて、自分が疑われていることに気付かないのは逆にどうかしているだろう。


「面白いですね。真理奈さんではなく、彼女を犯人に仕立て上げた人物がいる、と?」


「お話が早くて助かります」


 相変わらずのわざとらしい笑みで答える波越。


「ちなみに、誰だと思っているのですか?」


「はい。それは……、あなたです。待田さん」


 そして波越は、想像通りの言葉を口にする。


「実の所、そういう風に来るだろうと予想はしていました」


「いやあ、そうでしたか。気付かれていないと思っていたのですが」


 オーバーリアクション気味に、波越は白々しく悔しがる。内心の苛立ちが募っていくのを感じる待田だったが、あくまで冷静に対処を試みる。


「確かに、動機の面では百点満点と言わざるを得ない。結果として私は門間の家人を寝取り、それが発覚までしている。ひょっとしたら裁判沙汰まで秒読みだったかもしれない」


 実際そうなっているのを知ったのは門間を殺害する直前だったが、調べればわかる事である上に、推測で言っているとしか取れない事実である以上は躊躇わずに情報を出す。


「だが、私に彼を殺す事は出来ない。それはあなたにもわかっているはずだ」


 そして最初のカードを切る。


「はい。現場である管理人室に至るための中庭には雪が降り積もっており、そこに残っていたのは真理奈さんの足跡だけでした。風向きの関係で積もり方の薄い場所もありましたが、一切の痕跡を残さずに本館と管理人室を行き来する事は不可能です」


 内容自体は、これまで明らかになった事実を反芻しているだけだが、なかなかどうして、非常にわかりやすく整理されていると、待田は胸の内でそんな感想を持った。


「なので、真理奈さんが門間さんを殺害し、誤って転倒して気を失った事で、すべてを終える前に我々に発見されてしまった。はい、とりあえず筋は通っています」


 いったん言葉を切り、待田の目を見つめ返しながら波越はすぐに話し始める。


「しかし、彼女はこう証言しています。無言電話で呼び出されたと」


「だから私から呼び出されたと思ったらしいですね。確かに私たちの密会の合図でもあります」


「ちなみに待田さん、電話を掛けましたか?」


「もちろん私は掛けていない。彼女の嘘か、もしくはそれを知った門間に呼び出されたのではないでしょうか?」


「といいますと?」


 波越の問い掛けに、用意していたバックストーリーの補足を語る。


「管理人室でワインを開けた門間は、酔った勢いで、予め情報を得ていた合図で真理奈さんを呼び出した。そして、呼び出した所で口論にでもなり、真理奈さんは門間を殺害。そして何かのはずみで転んで意識を失ってしまった。そんな所ではないでしょうか?」


「なるほどなるほど。確かに一見ありそうです」


 しかし、波越の口から出るのは実質否定の言葉だった。


「有り得ない、と?」


「はい。ソファの装飾にロープを巻き付けてから相手を絞殺するこのやり方。力のない女性が取る方法としては理に適っています。が、とっさの思い付きでやるには無理があります。門間さんが酔っぱらっていた事を前提とするにしても、今そこで思いついて準備をし、行動に移せるでしょうか? それならまず、現場に常備されている調理器具のナイフなどを使って後ろから不意を打つなり、鈍器で殴るなりした方がまだ確実でしょう」


 想像していた以上に的確な切り返しに面食らう待田だったが、ここで怯んではいけないと自分を奮い立たせる。


「それなら、もともと計画を立てていて、たまたま条件が揃っていたから行動に移したのではないでしょうか? 彼女がここに来るのは初めてではありませんから、プランを立てるぐらいなら可能でしょう」


 衝動的な行動から、計画的な犯行説を提唱する。しかし、これの否定はさらに早かった。


「いいえ、それではなおの事前提が狂います」


「なにがまずいのでしょう?」


 落ち着いて相手の出方を伺う。


「もし計画を立てた上で実行したのだとしたら、そもそもこの様な力を使い、準備が必要な方法で殺す意味は彼女にはありません。現場には凶器もあります。門間さんはワインを嗜む様ですし、毒殺の方が安全で確実です。その方法なら首を絞めた衝撃で転んで気絶するなんて有り得ないですしね。よって、衝動的であっても、計画的であっても、あの現場で彼女がこの方法で門間さんを殺害する必然性もメリットもありません。この方法で首を絞める意味があるのは、十分力のある人間が、力のない人物の犯行に見せかけたい時、だけです」


 自分のこめかみに人差し指を当て、待田に向かって波越は言葉を発する。


「あなたは考えが足りなかったわけではありません。考えすぎたんです」


 待田は確信する。真理奈に門間殺しの罪を着せて逮捕させる。この計画は完全に失敗に終わった事を。だが、彼はすぐに頭を切り替える。まだ逃げ道は残っているからだ。


「だが、現実は現実です。私には犯行は不可能だ」


 そうして残された最後の砦を持ち出す。


「私が犯人なら、それら一連の行動に意味がある。それは認めましょう。だが、あの雪の降り積もった中庭を、足跡を付けずに出入りするのは不可能だ」


 この『トリック』が見破られない限り、自分の犯行は証明できない。例えここを連れ出されて警察に聴取を受けた所で、物理的に実行できた事を示せないなら、恐れる必要などなにもないはずだ。


「それがあるんですよ。あの密室を脱出する方法がね」


 しかし、たった一つ残された牙城にもたった今、歪みが生じる。


「まずあなたは大雪が降りだしたタイミングで、かねてより温めていた犯行計画を実行する決意をした。恐らく、何年か越しの計画だったのでしょう。門間さん夫妻の宿泊タイミングと大雪の二つが組み合わさって、この犯行は初めて実現可能になります」


 今の波越の発言に、外れている箇所は一つもなかった。これまでも十分過ぎる程の洞察力を見せ付けられてきたが、今まではチューニングをしていたのかと思ってしまう位に、時間が経つにつれてその精度が上がって来ている様に感じられた。


「まずあなたは雪が降り積もり、止んだタイミングで門間さんを殺害します。そして真理奈さんを呼び出すわけですが、その前に中庭にある細工をします」


「細工?」


「警部補! 出来ました」


 待田の質問に被せる様に、中村が大きめの声で彼の私室に駆け込んできた。


「ご苦労、中村」


「それは?」


「ありあわせの物で作ったので少し不格好ですが、いわば、『板でつくった下駄』です。イメージとしてはスキー板に近いですかね」


 縦長の、下駄の緒が生えているような二枚の板を波越は抱えて説明する。大きさとしてはスキー板よりもスノーボードに近い様だったが。


「これを履いて雪の上を歩くんです。スキー板と同じ原理で体重が分散され、靴を履くよりも少ない圧しかかからず、足跡と比較してほとんど沈んでいないと言っていいくらいに跡を残しません」


「なるほど。なかなか面白いアイディアだ。だが待って下さい。確かに普通に付いた足跡に比べたら劇的に沈みはないようです。ですが完璧ではない。このまま歩いてはシュプールの様な跡が残ってしまう。今の様な足跡だらけの状態ならいざ知らず、真理奈さんの足跡しかないあの状況で、そんなものを見逃しますか?」


「ええ、きっと見逃さないでしょう」


「当たり前です」


「でも、それなら逆にすべてを均してしまえばいいんです」


「!」


「言っている事は分かりますね。つまり、あなたはこれを脱出の為だけに使ったわけではありません。真理奈さんを呼び出す前に、あなたの手製の板の下駄を使い、この『裏庭に積もった雪の上を歩いて踏み固めた』んです。面積はそこまで広くないですから、十分可能でしょう。池を埋めたのも恐らく、このトリックを使う為に裏庭を平地にしておきたかったんじゃないでしょうか?」


 出番が終わったとばかりに、二枚の板を床に置き、推理を続ける波越。


「そうすればこの板を使う限り、もはや跡が出てしまう心配はありません。ここまで準備を終えたら、あとは真理奈さんを呼び出します。下駄を履いていない彼女の足跡は踏み固められた雪の上でも普通に付いてしまいます。そうして痕跡を残して管理人室に入ってきた所で彼女を気絶させ、偽装工作を終えた上で、あなたは下駄を履いて悠々と管理人室を脱出し、本館に戻ります。あとは下駄の処理ですが、どこかに隠すのは万が一見つけられた時の言い訳が面倒でしょうし、きっとそのまま客間の暖炉で燃やしてしまったのでしょう。それが手っ取り早いですしね」


挿絵(By みてみん)


 そして波越は懐から、客間の暖炉前に用意していた小さめの薪を取り出した。


「もし使用したのがベニヤ板だったとしたら、きっと『カラマツ』製の物を用意したと思います。ベニヤのメジャーな原料はだいたいが『ラジアータパイン』か『カラマツ』です。暖炉の横に備え付けられてるこの薪も『カラマツ』でした。調べた所で、燃え尽きた灰からそれらの区別は難しいでしょう」


「なるほど。確かにその方法なら、私には不可能という理屈は通らなくなりますね」


 もはや最大の防衛網を突破され、風前の灯火となった待田だが、最後のあがきを始める。


「ですが、問題の板があったとして、あなたの言うように証明は出来ない。私が門間を手に掛けた物理的な証拠にはならない」


「いいえ、証拠ならあります」


 しかし、波越は一切怯む事なく反撃を繰り出してくる。


「……なんでしょう?」


 もはや待田に、精神的な余裕はほとんど残されていなかった。


「門間さんはソファに座って殺されていました。ワインボトルやグラスも目の前のテーブルに載っていましたから間違いはないでしょう」


「それが何か問題なんですか?」


「彼はあなたから好きな時にこの部屋を使っていいと言われている。お酒を嗜む人間にとって、その時は少しでも楽な姿勢でいたいはずです。現に私もそうですからね」


「あいつがそうだったとは限らない」


 精一杯の反論を繰り出すが、波越は一切気に留めず話を進める。


「ですが、思い出してください。彼が腰かけていたソファよりも、ずっと座り心地のよさそうな椅子があるんです。はい、あなたの机の前に置かれている椅子です。私も座ってみましたが、机の位置も低すぎず高すぎず。ここにワインボトルとグラスでも置いて読書なんかも出来そうです」


「門間が私に気を遣っただけでしょう」


「そんな性格の持ち主なら、そもそもあなたのここを自由に使っていいという申し入れを受け入れないと思います」


 またもや反論を一瞬で切り捨てる波越。


「恐らくはこの日の為に、あなたが予め彼に施して置いた一種の仕掛けですね。事件当夜、管理人であるあなたが不在にもかかわらず彼がここにいる理由を付けるための」


「でも、それが私が犯人である事とどうつながるんですか」


「門間さんがもっとも座り心地の良さそうな椅子に座らず、ソファに座っていた理由は一つしかありません。すでに誰かがそこに座っていたんです。そう、あなたが」


「それこそ、真理奈さんが座っていたのかも」


「ありえません。相手が奥さんなら、わざわざ自分がソファになんて座らないでしょう。そして、現在このロッジにいる人間であの管理人室にいる時、彼が椅子を譲る様な立場が上になる人間は……あなたしかいないんです」


 波越の推理が終わったのを聞き終え、待田は思考を巡らせる。が、すぐにそれも中止される事となった。


「はい……投了です」


 もはやキングに逃げ道がない事を悟り、諸手を挙げて降参の証とする。


「いつから私を疑っていたんですか?」


 早い段階で波越に疑われていたのは気付いていたものの、それは何時で、自分は何かミスをしていたのか。最も気になっていた疑問を波越にぶつける。


「最初からです」


 波越の回答は流石に信じられなかったが、同時に根拠があるのだろうという思いも湧き上がり、待田は話の先を促す。


「あなたは今朝、私に雪景色を見せてくれる約束をしました。なので私はすぐに出掛けられるように防寒具を羽織ってきました。だがあなたは、『カメラを取りに管理人室に寄りたい』と、明らかに外に出る前の寄り道として管理人室に向かったにも拘わらず、あなたの服装はセーターでした。これから寒空の中に行こうとしてるのに、部屋の中にダウンジャケットを残しっ放しにしていたんです。つまり、あなたには分かっていた。我々が外に出掛ける事はない……と」


 全くの意識外での失敗に、思わず顔をしかめてしまう待田。あの時の彼の中では、外に出るという考えそのものが完全に抜け落ちていたのだ。詰まる所、最初の一手からすでに敗北へと向かっていたわけだった。それを理解した時、待田は憑き物が落ちたかの様に気分が晴れるのを感じるのだった。


「警察の方が宿泊に来るなんて、これ以上ない証人を手に入れるチャンスだと思ったのですが、うまくいかないものですね」


 波越三十郎。彼は自分のアリバイを証明する最高の証人ではなく、企みをすべて看破してしまう最悪の敵だったのだ。


「ですが、一つだけわからない事がありまして」


 額に手を当てながら、波越は疑問があるという。


「ほお、なんでしょう?」


 波越のわからないという言葉に、一矢報いた気分になる待田は先を促す。


「動機です。当初は不倫が発覚し、何かかしらのトラブルが生じたと思っていたのですが、池を埋める事と言い、門間さんに管理人室を使わせる仕込みといい、今回の事への準備期間が長すぎます。あなたはこのロッジを手にしたその時には、彼を殺そうとしていたのでしょう。だとすれば、真理奈さんとの浮気の期間とも矛盾します」


 肝心の部分を当てられなかったとは言え、外堀にまつわる事柄に対しては概ねいい所を付いていた。


「ええ、正解です。私は随分前から、門間の殺人計画を立てていました。変な言い方ですが、不倫はたまたまです。彼女を食事に誘ったのがきっかけでした。不倫をしてしまう人間性以外、女性としては完璧でしたからね。悪い気はしてませんでした」


 真理奈との始まりを思い出し、待田は複雑な気分に浸る。


「その最中に彼女に罪を着せる事を計画に入れたので、思えばその時点で余計な事をしてしまっていたのかもしれませんね」


 自らの余計な一手の自己評価を下した後、波越にも掴まれなかった動機の概要を吐き出し始めた。


「門間はね。作家なんですよ。様々なジャンルをフォローしていて、中にはミステリーもある。私は、今の仕事をする前はミステリー作家志望だったんです。どうやら素質がなかった様でこうなってますがね。そんな中で、旧来の友人が自分の手にしたかったものを手にしているのを間近で見てしまった。しかも――」




「ミステリーはもう書かないよ。このジャンルに未来はない。作家もファンも固定観念に縛られてる。俺はもっと進化の余地を残す分野で書きたい」




「彼のその発言を聞いて以来、もはや消し去りたい衝動が抑えきれなくなったんですよ。私の恋い焦がれた高みから、私にとって最悪の言葉を発したあいつを」


「無礼を承知で言わせていただきます」


 全てを吐き出した待田に、波越は一言断った上でこう言った。


「思っていた以上に最低の理由でした」


 その顔は、よく見慣れた食えない印象の笑顔だった。


「ええ、自分が一番分かっていますよ」


「それともう一つ、あなたはミステリー作家の道を諦めるべきではなかったと思います」


「何故です? 現にあなたに見破られてしまったのに」


 安易な励ましをこの男が言う筈がないと思い、真意を問いただす。


「ミステリー作家は解けない謎ではなく、解ける謎を作れなければなりません。その点では待田さん、あなたは向いていたと思います」


 思っていた以上に皮肉の乗った発言に、待田は思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。そして、チェスをプレイしていた時から言いたくてたまらなかった事を、いい機会とばかりに吐露する。


「波越さん、あなたもチェスと同様で嫌味な方だ」

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