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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
二つの相性
12/29

問題編2

「いやいや、話を聞いてもろてんやから、礼をいうのはこっちやで」


 申し訳なさそうに微笑みながら、真琴は再びビールを口にする。ここまでもったいぶってたら温くなっているのではないかと、冬姫は呑気な感想を抱く。それと同時に、要海とともに聞いていて感じた、率直な意見を口にする。


「でもこれだと、森崎さんじゃなくても密室を作るなんて出来ませんよね? 普通に自殺以外ないんじゃないですか?」


 特注の鍵とその鍵穴。そして玄関は今時のしっかりした鍵が付いており、到底外部からの侵入が出来るとは思えないこの状況で、いくらかの疑問点が沸いたにせよ、何故殺人の可能性を示唆するのか。冬姫は真琴に対して疑問を抱かずにいられなかった。


「まあ、署の方でも自殺派の勢力が強いんや。通販の件にしろ、森崎の不倫にせよ、あとは遺書がなかった事か。いずれにせよ、不審な事実はあっても真実は自殺だった、いう事例はいくらでもあるってな」


 やはり真琴自身もその点に関しては重々承知の上らしかった。


「ただ気になるんや。取り調べをした時の森崎の表情が……」


 グラスを置き、先程までとは明らかに違った雰囲気になる真琴。心なしか、眼光もその強さを増した様に思えた。


「さっきも言ってましたけど、そんなに挙動不審とかだったんですか?」


「いんや逆。結構どっしりと構えとった」


 真琴からの返答内容は、冬姫の想像とは真逆だった。それのどこに疑問を持つ要素があったのか、冬姫は合点が行かなかったが、構わずとばかりに真琴は話を続けた。


「ウチは森崎に殺人の可能性がある、と言ったんや。もはや愛情のない夫人が自殺したとしたら、冷めた態度でも納得はいく。けどな、殺人やとしたら話は違う。自分の住処で殺しが起きたんなら、まず『次に自分に脅威が及ぶ可能性考える』やろ?」


「あっ」


 真琴の言葉に思わず声を上げる冬姫。自分自身は話を聞いただけの部外者のため、自殺だろうと殺人だろうと、言ってしまえばどちらでも重要ではない。しかし、当事者にとっては違う。可能性が低いとはいえ、『完全な密室状態で殺人が起きた』かもしれないなら、何かかしらの恐怖や警戒心を抱くのが自然に思えた。


「なのに森崎は落ち着き払っていた。気のない表向きだけの心配顔はしてたけど、『それがなにか』って言わんばかりのあの眼色は見逃さんで」


 見た目は昼飲みのだらしない女性だったが、やはり警察官。容疑者の感情の機微には非常に敏感らしかった。


「で、取り調べの翌日から取って付けたかのようにガードマンを雇ってた。まるでこちらの動きに合わせて常に最善手を打ってる様に見えるんや」


 両手を組み合わせ、視線を落として考え込む仕草を取りながら語り続ける真琴。


「でも、それはそれで結局自然になってるってことですよね?」


「ああ。言ってしまえばウチのカン、以上の根拠はないんやけどな」


 それまでの何処か張りつめていた雰囲気も、真琴の気の抜けた物言いの言葉を境に氷解する。結局の所、最大の根拠は不確かな場所から出てくるものだったらしい。恐らくは真琴もそれをわかっているからこそ、悩んでいるのだろうと冬姫には思えた。


「でも、明らかに森崎さんは不可解な行動取ってるよね?」


 唐突に、要海が一言そう口にする。


「どういうことや要海ちゃん!」


 要海の言葉に衝撃を感じたのは冬姫以上だったらしい真琴が、少々高めの声で彼女に疑問をぶつける。


「それは……って、まこちゃん、それなにしてんの!」


 真琴の問いに答えようとする要海だったが、何かを見つめて目を見開いていいる。彼女の視線を追ってみると、そこにあったのは、紅ショウガの盛られた牛皿だった。


「何って、紅ショウガかけてるだけやで?」


「なんなの? その組み合わせ……」


 要海のそのリアクションで、彼女が牛丼を初めて食べたという事実を冬姫は思い出した。


「要海ちゃん、これは牛丼屋さんでは定番の食べ合わせなんだよ。紅しょうがはお肉の臭みや油っぽさを消してくれる働きがあってね。それでなくても単純に一緒に食べるとおいしいんだけどね」


 紅しょうがの酸味と牛肉のうま味。そして七味の織りなす深い味を思い出し、今食べ終えたばかりにもかかわらず、空腹感が蘇ってくる。そんな感覚を冬姫は感じていた。


「なんや冬姫ちゃん、イケる口やないか。そこに七味もかけるとなおいけるな」


「はい、その通りです! 普通に食べきってもいいんですけど、気分によってアクセント加えるのがいいんですよね」


 降って湧いた共通の話題に、饒舌になる冬姫。真琴の方も少しテンションが上がっているのが見て取れた。


「齢とってくると、最後まで油っぽいのは少し堪えてくるんや。せやからウチはいつも世話になっとるな。紅ショウガには」


「臭みや油っぽさを……付け合わせで消す……あ!」


 すっかり牛丼トークに興じてしまっていた冬姫だったが、要海のその声で我に返る。同時に、彼女が何かを言いかけたのも思い出す。


「って、それ所やない。要海ちゃん、さっきの話やけど……」


 真琴も同じだったらしく、再び要海に向き直って話しかけるのだが、要海がそれに負けない速さで真琴に質問を浴びせてきた。


「まこちゃん、追加で調べて欲しいんだけど、お願いできる?」


「ああ、わかったで」


 要海の返答に真琴は一旦自分の弁を取り下げ、スマホを取り出して要海の言葉を待った。




「さて、あとはまこちゃん待ちだけど……」

 要海の伝言を受け、真琴が電話のために店の外へ出た後、要海は右手を顎に当て、再び考える姿勢を見せる。彼女のその顔付は真剣そのもので、今日今まで見ていたはずの稀堂要海と果たして本当に同一人物なのか。冬姫はそう考えずにいられなかった。


(まるで、別の誰かに変身したみたいだ……)


 そこまで考えた所で、ふと冬姫の頭に、一つの疑問が浮かんだ。


「ねえ要海ちゃん、いいかな?」


「ん? どうしたの?」


 考えるしぐさを解き、冬姫に向き直る要海。その表情は穏やかで、冬姫もよく知る可愛らしい顔だった。この事実に何処か安心した冬姫は、さっそく疑問を口にした。


「二人とも、家政婦さんの事をまったく疑ってなかったけど、どうして?」


 たまたま要海の手元にあった、家政婦、安達の顔写真を見る冬姫。眼鏡の似合う理知的で、どこか剣のある顔立ちが、自分のよく知る家政婦とは正反対のタイプに思えた。そんな彼女は、玄関の鍵を所持する人間の一人だ。現場に侵入は出来ないにせよ、条件は森崎と同じはずだった。


「もし安達さんが犯人なら、『夫人を自殺に見せかけて』、『現場を密室にするメリットがまったく無い』からだよ」


 要海は冬姫の疑問に、事も無げに答えを返した。


「ど、どうして?」


「まこちゃんの持ってた資料の中にあったんだけど、安達さんの二日の午後から五日の朝にかけてのアリバイの資料」


 一枚の書類を手に取り、それに目を落としながら説明する。


「彼女は独身だけど、実家住まいで、父母と弟さんの四人家族。奈津美さんの死亡推定時刻にはアリバイなし。それで、三日と四日は家族と過ごしていたり、友達と出かけたりでアリバイはある時刻はあるけど、どれもまばら。で、五日は森崎邸にまっすぐ出勤で当然アリバイはなし」


 話すべき事柄を話し終えたらしく、要海はもう一度冬姫に顔を向ける。


「どう? 彼女が犯人なら、おかしいと思わない?」


 さも当然の様に聞いてきているが、如何せん冬姫には、要海がどこにおかしさを感じているのか判然としない。


「それはね――」


「わかったで、要海ちゃん」


 要海が何か言いかけたちょうどその時、店の外に出て電話をしていた真琴が二人の元へ戻って来た。


「何か話の途中やったか?」


「ごめんね、ゆきちゃん。あとで説明するから。それで、まこちゃん、どうだった?」


 半端な所で会話が切れてしまったが、待ち人が戻ってきた以上はそちらが優先されるべきだろうと、冬姫は続きを聞き出したい欲求を抑え、追及をせずに再度聞き手に戻った。


「ああ、この『被害者の足元に落ちてた瓶入りの除光液』やけど、メーカーに問い合わせた所、要海ちゃんの言う通り『アセトン』含有タイプのやったで」


「うん、やっぱり思った通りだ」


 真琴からもたらされた情報で、何かの確信を掴み、自信に溢れた顔になる要海。


「要海ちゃん、そろそろ教えてもらうわけにはいかんか?」


 要海が何かをひらめいたと思しきタイミングから、それなりに時間が経つ。冬姫自身もそうだが、真琴はそれ以上に要海の見解が知りたいのだろうか。


「うん、今から全部話すよ」


 目を閉じ、少しの間沈黙する要海。今までの情報を整理している様にも見受けられたが、真実は当人にしかわからないだろう。

 そして徐に目を開き、一言こう宣言した。


「レコード・アクセス、完了だよ」

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