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レコード・アクセス  作者: 藤崎彰
二つの相性
13/29

解決編

「まず今回の森崎奈津美さんの不審死は、殺人だね。それで犯人はまこちゃんが睨んだ通り、森崎真治さんだよ」


 それまでは想像内の事象を、事実として要海は語り始めた。


「まず森崎さんの話をする前に、今、ゆきちゃんとも話してたんだけど、家政婦の安達さんが犯人じゃない根拠を話しておくね」


「ん? どうして安達の話になったん?」


 疑問を投げかけて来た真琴に対し、事の経緯を話す要海。


「まこちゃんは何か根拠があって、安達さんを犯人から除外したの?」


「う……あ、そ、それは……」


 要海の質問に対して歯切れの悪い言葉を紡ぐ真琴。


「特に意味はなかったんだね」


 どこか得心したような表情で真琴に畳みかける要海。


「い、いうたやろ。森崎を疑ったこと自体がウチのカンなんやから」


 半ば居直りの様に、そして恥ずかしさを隠すように語尾を濁す真琴。そうなると、家政婦のアリバイを調査してまとめていたのは、真琴ではない誰かだったのだろうかと思いながら、冬姫は再び要海の話を聞く。


「まあそれはいいや。話を戻すけど、家政婦の安達さんは玄関の鍵を持っていた事からも、普通なら森崎さんに並ぶ容疑者になってるよね」


「中に出入りできる分、完全な部外者よりなら話も簡単やしな」


「だけど、要海ちゃんは違うって思ってるんだよね?」


「うん。さっきも言ったけど、もし安達さんが犯人なら、『夫人を自殺に見せかけて』、『現場を密室にするメリットがまったく無い』んだ」


 先程発した自身の言葉を反復し、要海は語り始める。


「まず安達さんは、『二日の夕方から五日の朝まで、丸二日以上自由になる時間があった』んだよね。もし彼女が犯人なら、どうして『わざわざアリバイが不確かな時間に奈津美さんを殺した』のかな?」


「あ!」


 思わず声を上げる冬姫。


「さすがにアリバイトリックを仕掛けるはず、ってまでは言わないけど、ましてや相手は自分の仕事場の住人だよ? そこに『勤めているただ一人の人間』なんて、普通に考えただけで最有力容疑者だよね。その上自分は屋敷の鍵まで持ってるんだから、『自分が高い確率で疑われてしまう状態』を自分で深めちゃってるよ」


「ならせめて、玄関は無理でも、窓の鍵一つでも壊しておいて、外部からの侵入者がいる余地を残してもよさそうやな」


「そういうこと。現場の関係者でもある安達さんにとっては、『自殺に見せかけて密室を作る』よりも、逆に『外部の人が現場へ侵入するのを可能にした上で犯行に及んで、容疑者を増やす』方が、自分を疑われにくくするには効果的だし、簡単だと思うんだ」


「なるほどね」


 要海の説明に思わず感嘆の声を上げる冬姫。


「逆に、森崎さんの場合は自殺に見せかける必要がきちんとあるんだ」


「なんや?」


「森崎さんは会社の社長さんだよね。自分の奥さんが死んだとなると、理由がどうあろうと警察からの聴取がある程度発生しちゃうよね」


「そら当然やな」


「でも『殺人』と、『明らかな自殺』だったら、後者の方が追及は少ないし、心証はどうあれ、会社へのマイナスイメージで言ったら比較にならないくらい軽いんじゃないかな」


「そらな、殺人の起こった企業はそれだけでえらいマイナスイメージや」


「社長夫人の自殺も相当じゃない?」


「それでも殺人とじゃ雲泥の差や。当たり前やけど、事故死よりも自殺よりも殺人ってやつは、人に桁外れのインパクトを与えるんや。逆に、それ以外なら当事者立ち回り次第で何とでもなる。口八丁な人間なら、悲劇の主人公演じて逆にチャンスに変えてしまうもんや」


 今の真琴の話は、これまでの彼女の話と比べ、冬姫は比較的理解しやすいものを感じた。自分の両親も、森崎と同じく会社の経営者である。口先だけで相手を丸め込み、自分の都合のいいように事を進める能力は、そういった立場の人間には備わっているものだとそれなりに昔から感じていたからだ。


「そういう訳で、『経営者として最低限の土台を守る為』っていう、『自殺に見せかけるメリット』は確かに森崎さんにはあるって言えるね」


 要海がいったんの締めとしての結論を語り終わった所で、真琴がようやくこの時が来たとばかりに、次の議題へと話を進めた。


「メリットの存在はわかったけど、あとは殺人の立証やな。自殺を否定する要素はさっきも言ったようにいくつかある。けど、殺人いう確かな根拠は現時点でない。それは思いついてるんか?」


 静かに聞いている真琴だったが、その実、彼女がある意味今一番気になっているであろう情報なだけに、眼鏡の奥の眼つきは真剣そのものだった。


「森崎さんが取っていた不審な行動がそれだね。『森崎さんは夫人の部屋に行った時、取るべき行動を取ってない』んだ」


「さっきも言うてたけど、それは一体なんや?」


「いい? 声をかけて、ドアを叩いても返事がない。なのに何で『鍵穴を覗いて様子を見なかった』のかな?」


「あ!」


 何度目かになる驚きの声を上げる二人。


「この屋敷の鍵はセキュリティーの向上のために加工こそされてるけど、基本的な構造は昔ながらのレバータンブラー錠。『鍵穴は貫通していて、中の様子を見ることが出来る』。夫人の不在を確かめるならなおの事、中を覗くんじゃないかな?」


「確かに、覗かない理由は考え付かないね」


「でも、何でそんな行動を……」


 要海に先を促す真琴。


「覗いたら、首を吊ってる夫人が完全に見えちゃうからだよ」


「それだと何がまずいんや?」


 どちらにせよ死体を見つける事になるなら、話は同じではないだろうか? 冬姫も真琴と同じく、何が問題かわからなかった。


「森崎さんの狙いとしては多分、家政婦の安達さん単独、もしくは彼女と同じタイミングで自分も遺体を発見したかったんだよ」


「そりゃあ自分で殺しておいて自分が単独で第一発見者になるよりなら、他の人間にその立場を押し付けたほうがいいのは分かる。けどそれなら、安達に鍵穴を覗かせればよかったんやないか?」

 真琴はなおも釈然としない様子で要海に食い下がる。


「まこちゃん自分で言ってたじゃない。『何か』が邪魔で、外さなきゃ辛かったって」


「眼鏡……あ!」


「そう、安達さんは眼鏡かけてるよね。今のマンションとかに付いてる覗き穴と違って、このドアに付いてるのはただの鍵穴。『本来向こう側を見るために作られたものじゃない』から、『しっかり顔を近付けなきゃ向こう側なんて見れない』。それを自分は覗かないで、わざわざ眼鏡をかけた家政婦さんにやらせたらおかしいよね」


「でも、じゃあなんで鍵穴から見える場所に遺体を吊るしちゃったの? 視界がそこまでよくないんなら、鍵穴から見えない場所に吊るせばよかったのに」


 鍵穴は中を十分に見渡せるが、決して視界は広くないらしい。なら、鍵穴からの死角に夫人を吊るすのは難しいとは思えなかった。


「それは多分、森崎さんがそれに気が付いたのは、後になってからだからだよ」


「どういうこっちゃ?」


 次々と繰り出される要海の推理に、真琴は相も変わらず翻弄されている。当然それは冬姫も同じであるのだが。


「じゃあその前に、密室の謎を解き明かそうかな」




 資料の束から現場の見取り図を取り出し、要海は三人が見渡せるように、それをテーブルの中心に置く。


「最初から整理すると、夫人の部屋はドアも、二つある窓も鍵がかかっている。そのいずれも鍵を使わなきゃ施錠することが出来ない。窓はその上鉄格子も嵌まっていて、仮に鍵が開いていても出入りは不可能。そして、窓の鍵は室内の机の中、ドアの鍵は首を吊った夫人の足元に、化粧品の瓶とかといっしょに落ちてた。鍵は職人製の特注品で、複製することは難しい。つまり、完全な密室だね」


 密室の状況を改めて振り返る要海。何度聞いても、付け入るスキが本当にあるのかと冬姫は疑問が抑えられなかった。


「ウチも捜査に参加してたけど、部屋の中に隠し扉的なものは間違いなくないで」


「犯人は夫人を殺してからどこから逃げたのかな?」


 冬姫はもはや、そして恐らくは真琴も同様だろう、完全にお手上げ状態だった。


「当然、部屋のドアからだよ。森崎さんは夫人を殺した後、ドアにあるトリックを仕掛けて、外側から鍵をかけたんだ」


「外からゆうても、ドアには鍵を中に滑り込ませられる隙間はないで?」


「まこちゃん、鍵は内側からも外側からかける時も、同じ穴を使うよね?」


「せや」


「だったら、ドアを閉める前に内側から鍵を刺しておけば、あとはどうにかしてこの鍵をまわせれば外にいながら鍵をかけられるよね?」


「いうても要海ちゃん、この鍵は長いこと使われとって、先端が丸まってるんや。例え棒っきれを接着剤かなんかでくっつけようとしても上手くいかんと思うで?」


「そうだね。それに、先端をくっつけただけじゃ、鍵をまわす時にかかる力に負けちゃって、はがれちゃう危険もあるね」


「もしそれが半端な所で止まっちゃったら、鍵を抜いてやり直すこともできなくなっちゃ

うんじゃないかな?」


「それで、例えば針金かなんかでもいいかな。針金を何本か使ってこんな形の棒を作ってみるの」

 書類の余白に、シャープペンシルでイラストを描きながら説明する要海。思っていた以上にきれいなタッチのイラストに、冬姫は存外に感動してしまった。

 描き上がったイラストを見ると、細い針金を束ね、その先端を広げたものだった。その形はどこか、強風のあおられて引っ繰り返ってしまった傘の骨の様にも見えた。そしてその反対側に、何故か二本ほど、細い針金が伸びていた。


「これを鍵を刺す前に、針金の広がった方の先端と鍵の先端とを『瞬間接着剤』で固定するんだ。一本当たりの接着面積は小さいけど、それを数か所に増やしてやれば、ただくっつけるだけよりもしっかりと固定できるはずだよ。それで針金を付けた鍵を鍵穴に刺して、最後まで刺した所で外に周ってドアを閉める。そこで針金の先端の、二本だけ長くしていた部分を折り曲げて回すと、部屋の外にいながら鍵がかけられるってわけ」


 要海は補足として、長く伸ばしておく針金は、一本よりも二本の方が、力が集中して鍵から剥がれてしまう危険性を減らせるからだと二人に説明した。


「なるほど……」


 感嘆の声を上げる真琴。


「でも、針金はどうするの? こんな風に固定しちゃったら、無理やりはがすのは大変じゃないかな?」

 しかし、鍵をかけた後の処置に大きく問題があるのは事実だった。下手な剥がし方をすれば、鍵穴の中に不自然な傷が付いてしまうかもしれない。


「その点も心配ないよ。ここで針金を複数で固定していたのが活きてくるんだよ。接着部分は予め鍵穴の外に出る様にそ計算してるとして、この固定した部分に接着剤の剥がし液を使って針金同士の繋がりを解除するの。そうすれば一本ずつ針金を引っ張ていけばいいんだ。さっきも言ったように、一本当たりの接着面積は小さいから、そこまで力を加えなくても簡単に取れてくれるの」


挿絵(By みてみん)


「毎度よう頭回るなあ」


「へへへ、それほどでもー」


 真琴の賞賛の言葉に照れた笑いを浮かべる要海。ここに来て、久しぶりに彼女らしい笑顔を冬姫は見た気がした。


「でもこれじゃあ、鍵の先端に接着剤が残ったままじゃないかな?」


 そんな要海に水を差してしまう思いだったが、まだ残る問題点を指摘する冬姫。


「指紋とかの検証を軽くしただけやけど、接着剤の跡なんかが付いてればさすがに見落とさんと思うで?」


 真琴が言うように、現場鍵は重要な証拠品。目で見てわかる異物が付いていたら、わからないはずはない。


「大丈夫大丈夫。まだ続きがあるんだよ」


 しかし、要海は一切言葉を淀ませる事無く、話を進める。


「じゃあここで、森崎さんの行動を最初から追ってみようかな。まず森崎さんは夫人の部屋で彼女の首を絞めて殺害。この時は相手を背負うようにして首を絞めたと思うんだ。首吊りと区別のつかない搾状痕が残せるからね」


 相手を直接吊るすよりも、絞め殺してから吊るしたほうが抵抗される心配が無い分、前者が楽なのは当然と言えた。


「それから死体を、机を踏み台に出来る位置に吊るす。この時に椅子の足を折って、それから机の上にあった化粧品を床に落とす。その際、この除光液の瓶を立てて置くの」


 要海が気にしていた、除光液の瓶の写真を指さしながら説明する。


「次に部屋の鍵の輪になってる部分に釣り糸を通すんだけど、やり方としてはまずカギを閉じたドアの鍵穴にさして、鍵の輪っかに釣り糸を結ぶ。そこから引っ張って行って死体の首の横を通して今度は窓の外。そこで何か適当なものに引っ掛けて、また窓から室内に戻すの。あとは来た道をそのまま引き返すように、死体の首を通して、最後に鍵の輪に引っ掛けた釣り糸と結ぶ。これでこの鍵は、夫人の死体の首を経由して、ロープウェイみたいな形になるの」


挿絵(By みてみん)


 今度は書類をひっくり返し、引き続いて図を描きながら解説する要海。


「ここまで準備したら、あとはさっき説明したように、鍵に針金を接着剤で固定して、鍵穴に差し込んでドアを閉め、外から鍵をかけて針金を外す。そうしたらその針金をもう一回鍵穴に入れて、刺さったままの鍵を穴から押し出して床に落とす。そこで森崎さんは外に周る。予め釣り糸を垂らして置いた窓の方にね。


 この釣り糸を引っ張ると、夫人の首を経由点として床に落ちていた鍵を引っ張ることが出来るの。それで鍵を引っ張るんだけど、夫人の足元にたどり着いて鍵が垂直に持ち上がった所で、いったん止める。後はそこから下に下ろしていくんだ。


 するとそこには、あらかじめ置いておいた除光液の瓶。これは事前に位置調整したうえでやった方がスムーズだと思う。で、この中に鍵を入れるの。現場にあった瓶は口が広いタイプだったから、ちゃんと位置調整が出来てれば難しくはないんじゃないかな」


「でも、除光液に鍵を浸けたからって何になるの?」


 さも当然のように説明する要海だったが、除光液の件に込められた意図が分からず、冬姫は疑問を口にする。


「さっきまこちゃんに確認してもらったこと覚えてる? この除光液に何が入ってるかって?」


「確かアセトンやな」


 冬姫に代わり、真琴が返答する。

「そう、これは除光液の匂いの元でもある主成分なんだけど、実はこれ、瞬間接着剤の剥がし液にも使えるんだ。わたし小さいころ、接着剤手に付けちゃって、指を開けなくなっちゃったんだけど、お母さんが除光液使って剥がしてくれた事があったからよく覚えてたんだ」


 若干の恥ずかしさを滲ませた表情で、要海は過去の自分の行いを話す。


「話を戻すね。瞬間接着剤の主成分は『シアノアクリレート』っていうんだけど、これはアセトンを使うことで融解して、付着していたものから剥がすことが出来るの。だから除光液の中に浸けておけば、鍵についてた接着剤は解けて鍵から剥がれちゃうってわけ」


「そんな強い液体に浸けてて、金属製の鍵自体は大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。アセトンは鍵の材質でもある『真鍮』を腐食させる特性はないから、純粋に接着剤だけを溶かしてくれるよ。えーと、ちょっと待ってね」


 そう言って要海は携帯電を操作し、どこかのページを開いてから冬姫たちに画面を見せる。そのページには、アセトンを清掃に使用する際の、材質との相性が書かれていた。それによるとどうやらアセトンは、割と多くの金属に対しては、強い腐食性を持っていないらしい。

 二人が内容を確認したのを見留めたのか、要海は携帯を閉じ、推理の続きを始めた。


「ここまでが、四月二日の行動。続きは森崎さんが戻って来てからだね」


 森崎の、事件発覚時の行動の説明に入る要海。


「自宅に戻ってきた森崎さんは玄関には向かわず、釣り糸を垂らしたままの窓の所に再び足を運ぶ。この頃には鍵の接着剤は剥がれ落ちて、揮発性の高い除光液の中身は完全に蒸発してるね。そこで釣り糸を勢いよく引っ張って鍵を瓶から出すの。その衝撃で、中身がなくなって軽くなった瓶は倒れる。それを確かめたら今度は釣り糸をそのまま引っ張る。最終的に夫人の首に引っかかって止まるはずだから、そこで輪になっていた糸を切る。あとはそのまま釣り糸を引っ張ってやれば、鍵は自重がかかって夫人の足元に落下。糸は窓の隙間を通り抜けて森崎さんが回収。これで密室は完成だよ」


 驚愕。要海の推理を聞き終えて冬姫が抱いた感想をワンワードで示すなら、その表現が最も適当だった。


(なんなの……、この子……)


 目の前にいる女性警官の話と、要所要所をまとめた資料。それだけで、現場に足を運ぶ事無く、謎を解いてしまった要海の能力は、もはや冬姫には度し難いものだった。


「そういえば、鍵穴の見える位置に死体を吊るした理由って何だったん?」


 しかし真琴はそこまで驚いている様子はなく、話を先に進めた。もはや彼女にとって、要海がこの様な能力を発揮するのは当たり前に感じているのだろうか? 自分以外の二人が、一種の異次元空間にいて、自分は触れられない位置にいる。そんな錯覚さえ感じる気さえする。


「この見取り図を見て。机と夫人の死体。その向こうにはベッドがあるよね? 化粧品が散らばっている理由をごまかす為に、森崎さんは奈津美さんが机の上から首を吊ったって思わせたかった。ロープの位置が机から離れてれば離れてるほど、当然死体は首を吊った時に大きく揺れちゃうよね? 加えて鍵穴の視界から外してロープを配置しようとすると……どうなるかな?」


「そうか、ベッドに死体の足がぶつかってしまうんか」


 机の上から飛び降りるとなると、当然夫人の体は振り子の様に弧を描いて揺れることになる。そして、初動時の動く力はそれなりに強い。首を吊った死体が鍵穴の死角に寄せようとすると、飛び降りた直後の体重が乗った強い揺れで、ベッドにぶつかってしまうはずなのだ。


「そういう事。もしこれが生きている夫人をそのまま首を吊らせたんならよかったかもしれないけど、手間を考えると先に殺してから吊るしてる。『場所的にベッドにぶつかってなきゃいけない場所に吊るして傷がなかったら』怪しまれちゃうよ。実際警察の人はぶら下がって実験したみたいだしね。

 だから苦肉の策として、『鍵穴を覗かずに死体を発見する選択』をしたんじゃないかな。結果的にそこまで気に留められる事なくここまで来てるし。森崎さんのその選択はベストだったと思うよ」


「せやけど、それだと証拠に乏しいな……」


 たとえそれが真実だったとしても、可能性を明示しただけで、森崎を犯人と断ずる根拠はない。このままでは今までと状況に変わりがなかった。


「証拠ならあるよ」


 しかし要海はすかさず、余裕のある笑みで事も無げに言葉を発する。


「現場に残ってた除光液の瓶。アセトンは瞬間接着剤を融解させる溶剤であって、中和させるわけじゃないの。だから、アセトンが蒸発しても、不純物である接着剤の成分は残ってるはずだよ。それが検出されれば、トリックの立証になるんじゃない?」


 確かに、除光液の瓶の中に瞬間接着剤が入り込むなど、通常ではまず有り得ないだろう。一つの取っ掛かりとしては有効かもしれないと真琴も認めていた。 


「ここからはウチらの仕事や。こら休んでる場合やあらへんな。要海ちゃん、今回もおおきに!」

 大急ぎで資料をかき集めて封筒に詰め込み、それらをさらにショルダーバッグに詰め込んで真琴は店を後にした。店員の『ありがとうございました』の声を聴き終えた頃に、要海が『推理』を終えて初めて口を開いた。



「相変わらずまこちゃんは仕事熱心だねえ」


 まるで要海が、真琴を見守るお姉さんの様な印象を受ける冬姫。


「それにしてもすごいんだね、要海ちゃん。現場を見たわけでもないのにあれだけの推理が出来るなんて」


 推理を聞いてる最中から驚きっぱなしの冬姫だったが、ここに来てようやくその感情を言葉に乗せて要海に告げる。


「ふふふ、謙遜するわけじゃないけど、まあこれがわたしの実力ってやつかな」


 腕を組み、両目を瞑って得意げに鼻を鳴らす要海。そのまったく謙遜していない要海の態度に冬姫は、ある種の潔さと、要海自身の飾り気のない性格を改めて感じ取り、どこか微笑ましい気分になるのだった。


「じゃ、わたしたちもでよっか」


 とっくに食事は終わったのに、ここまで長居してしまっていた事を思い出し、冬姫はそうだねと返して席から立ち上がり、二人で店を後にした。

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