異世界転生カタログ
「なあ、もし生まれ変わるなら、どんな異世界に行ってみたい?」
青年はそう言った。少年は驚いたような眼をして、すぐそばの椅子に座るその青年の顔を見る。
白い部屋だった。そこは病院の一室。そこにいるのは少し長めの黒髪を後ろでくくった青年と、ベッドに横たわる、髪や目の色が少し薄い、
まだ幼げな少年の2人だけ。
ベッドの脇の棚の上に積まれた、たくさんの漫画と小説。大半はいわゆる異世界モノと呼ばれるジャンルのもの。死んで生まれ変わったり……あるいは生きたまま転移、召喚され、多種多様なファンタジー世界へ降り立った主人公たちが冒険を繰り広げる物語。少年は好んで読んでいたし、青年とはその内容についてよく雑談を交わしていた。
「お、これコミカライズしてたんだな。おいおい作画ヤバいな悪い意味で……味があると言えなくもない……か?原作好きだから続いて欲しいが。お前はどう思う?」
「俺が面白いと思ったやつはだいたい全部3巻以内にエタるんだよな……。なあ、エタった作品でどれが一番続きが見たい?」
そんな、いつもの他愛ない雑談の中での問いかけであったなら、少年もその言葉に驚くことはなかっただろう。
驚いたのは、そのとき2人は少しばかり真面目な話をしていたからだった。言葉が途切れ、少しばかりの沈黙を破って青年が口にした問い。
「えー、今それ聞く? 『センセイ』」
少年は生まれつき体が弱く、幼いころから人生の大半を病室で過ごしてきた。ある時、ふと思い立って病院の屋上で星を見ていたら、そこにふらりと現れた青年。彼は知人の臨終に立ち会い、少年と同じく何となく星が見たくなって屋上へ足を運んだのだと言った。
それをきっかけに、青年は少年の病室に頻繁に遊びに来るようになり、勉強を見たり、一緒に本を読んだり、ゲームをしたり。そうしているうちに、いつの頃からか、少年は彼のことをセンセイと呼ぶようになっていた。それは誰からも見放されたと思っていた少年にとってはとても穏やかで楽しく、幸せな時間だったが、それも長くは続かなかった。
少年は先日、医師からあと1ヶ月はもたないとの告知を受けたのだ。その事実を青年に知らせ、会話が途切れたところで、沈黙を破ってのあの質問だったのだ。
少年は青年の性格を多少なりとも知っているつもりだった。少なくとも、こんなときにからかいや冗談でそんなことを言う人ではない。ああ、でも、それでも……冗談に決まっているはず。矛盾した考えが少年の頭をよぎり、とまどったけれど。……青年が少年を見る目がとても優しく、真剣に見えたから。少年は、それならと真面目に考え、そして答えてみた。
「――――、――――。」
そうして、青年が少年の病室に遊びに来ることはなくなった。
◇
それからの日々、少年は夜に眠り、目覚めるたび自分の中の何かが急速に失われてゆくのを感じながら過ごした。強い薬のおかげか、もう体はあまり苦しくはない。もう病室を訪れる者は看護師以外にいなくなったが、少年は青年との楽しかった日々を思い返せば、穏やかな気持ちでいられた。
そうして1ヶ月が過ぎ。少年は夜中に目が覚めた。窓の外を見れば、星が美しい夜だった。
ふと、馴染みのある気配に気づいて窓の反対側に目をやると、そこには青年がいつもの場所に座っていた。
「初めて会った夜もこんな星が綺麗な夜だったかな」
青年も窓の外を見て懐かしそうな声で言う。少年は少しすねたような顔をした。
「もう来ないかと思ってた。もう死んじゃう生徒のところになんか来てもしょうがないもんね」
「おっとそんな冷たい男と思われていたとはな。……え、ホントにそう思ってた?」
「えへ、ウソだよ。きっと最後には来てくれると思ってた」
少年はペロッと舌を出して悪戯な笑みを浮かべる。
「おいやめろと言ったろその仕草。俺は平気だが、看護師どもがそれ見るたびにノックアウトされてたんだからな。男女問わず」
「そうなの?」
「そうだよ。お前見た目が可愛すぎるからなあ」
「それ言ってるの、センセイだけじゃない?」
「んなわけあるか。お前が知らないだけで、お前病院の隠れアイドル的存在だったんだからな?」
「そうだったんだ……」
実際、少年がもし外を自由に歩ける健康な体を持ち得ていたなら、町中でその天使のような容姿に誰もが振り返ったことだろう。しかしそれももはや、過去形でしかなかった。
「……センセイ、ボクそろそろみたい。最後に会えて、嬉しかったよ」
寂しげな口調でそう伝える少年を前に、しかし青年はいつもと変わらない調子で言った。
「なあに、まだ少し時間はあるさ。本を1冊読む程度の時間はな。……男なのになぜか我が人生で1番可愛い生徒のために……少し時間はかかったが、これを用意した」
そうして青年は鞄から1冊の本を取り出した。それは分厚く、豪華な装丁で。どこかしら不思議な雰囲気を漂わせる美しい本だった。
そして青年は、いつか言ったその言葉をもう一度言うのだ。
「さあ、生まれ変わるなら、どんな異世界に行ってみたい?」




