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流星  作者: 九条 九重


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私の居場所

昼休み男は屋上に来ていた。屋上に降りそそぐ暖かな陽光を悉く遮る様に冷たい風が吹いていて、その風から逃れられる場所は無い。必然的にここへ来る人間も少ない、そして今日この男以外は誰もいなかった。


頭の切り替えが難しい事はよく知っている。やはりそう簡単には人間は変わらないものだ。そう思いながらタバコの煙が風に吹かれて行くのを呆然と見ていた。すると下の方から激しい羽音がし、見てみると二羽のカラスが何かを取り合っている。よく見ようと屋上の柵から前に身を乗り出す。次の瞬間、一羽が咥えていたものが落ちていく、よく見ると短い紐の様な物でトカゲか何かではないかと思われる、落ちていく短い紐をもう一羽が地面に着く前に咥えて盗って行った。その様子を見て野生とは厳しいものだと思っていると、何だか自分が柵から大分乗り出していることに気が付いた、そしてそのまま下を見た。下にはいつも通りの歩道とその横の車道を通る車、何だか地面に不思議な引力を感じた。決して重力などとは違う、心を惹きつける不思議な魅力があるのだ、そう思った瞬間柵に足を掛けた。気分が高揚し、今しかないという焦りさえあった。ただ惜しい事にその一歩を踏み出そうとした時、話し声が風音に混じって吹いてきた。その瞬間に正気になり柵から離れた。声の方を見ると丁度二人の社員が平然と話しながら屋上に上がって来たところだった、反応からして先程の行動は見えていなかったのだろう。男は俯いてその二人とすれ違って屋上を出て階段を降りて行く、口元は微笑んでいる様であった。考えていた、もし誰も来なければ飛び降りていたかもしれないことを、そんな度胸が自分にあるのだ、その選択肢が実際に選ぶことが出来るのだと。体感してみて大して難しくないものだと知り、こんなに憂鬱に生きている事が馬鹿々々しく思えると、色々な事に諦めがついた。諦めてみると憂鬱な気持ちが晴れてゆく、これで良いのだと思う。


男が部署に戻るとその見え方は大きく変わっていた。部署の人間は皆ストレスを抱えて難しい表情を浮かべていると改めて知り、そんなに頑張っても仕方がないと言ってやりたい気分になった。一番見方が変化したのは矢張である、午後になっても碌に仕事もせず、依然としてパソコンの前で惚けている。だがしかし、矢張に文句を言う事もないだろう、努力は勝手にするものであって人から強制されるものでもない、それで生活できているなら良いではないか。今まで憎んでいた矢張に尊敬の念すら浮かんでくる、午後の仕事の最中にまたパソコンの画面を見ると、なんと小説が読まれている、そして定時には読み終わっていた。どんな心情の変化があったのか、相も変わらず惚けているのでわかりはしないが、気にする事もない。男はその日、そのまま定時で帰った。久しぶりに仕事帰りの夕陽を見ると何だか気持ちが寛大になり、今までの自分を認めてやった。


次の日に出社すると矢張は来ておらず、代わりに何故か佐竹がいた。

「おはよう、昨日の昼はどこ行ってたんだ」

佐竹は男を見るなり、また愛想よく話しかけてくる。

「トイレだよ」

男は適当な事を言った。

「やけに長かったな。それより昨日も遅くまで働いてたのか?」

佐竹は少々訝しげに聞いてくる。

「定時で帰ったよ、それにもうサビ残はしない」

きっぱりと言うと、佐竹は愛想よく笑い、

「そうか、よかったよ」

そう言うと出社したばかりの男の上司の方へ行き、少し話をしてすぐに帰って行った。


その日はそのまま過ぎて、矢張は来なかった。そして、その後もずっと。

やがてその席が私の居場所になった。

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