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流星  作者: 九条 九重


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夜瀾

春の夜に男は流星を見た。夜空から差す蒼白い光が男の影をより鮮明にした。俯いた顔を上げ、男は流星に運命的なものを感じていた、男の住むアパートの屋根の上を通って、過ぎる頃には真白い光をパッと割って消えた。人生が音をたてて崩れ、何かが変わる様な感じがした。ただ、そう願う一瞬の夜瀾。


その夜は遅くに仕事を辞めて帰宅していた。ただ、その中年の男はその夜だけ特別帰りが遅かった訳ではなく、こうして遅くまで仕事をして帰ることを日課としていた。遅くまで仕事をする事が日課になったのは、会社の体質が悪いとか上司が悪徳な者であった事とは関係がない。かと言って仕事が切羽詰まった状況という事もない。男の仕事がそんなことになることは殆どありえない。では何故そう遅くまで働くのか、それは今言った仕事が切羽詰まった状況にならない事にある。男の仕事というのは言ってしまえば誰にでも出来るような事であり、そんな仕事を任されている事は男が仕事の出来ない社員であるという何よりの証拠である。上司と共に肩を並べる同期に、何度憂鬱にさせられたかは数え切れない。特に往来で同期が上司と共に肩を並べて会議室に入っていく姿を見ると、置いて行かれた自分の立場を一層惨めに思い、寂寥感から消えてしまいたい気分になる。それでもっぱら俯いたまま会社にいるのだが、最近はそれだけでなく、自分より後に入社した者でも一緒に会議室に入っていく。そんな事を目にしたり、仕事ができる奴だと噂しているのを不意に耳にする機会が増えたのだ。当然のことながら自分の能力は自分が一番理解している、覚悟もしていた。それでも、そうなると憂鬱にばかりなっていられないと思うのだ。本当に自分の存在が消えてしまうのではないかという恐怖と焦りがこみ上げてくる。自分の会社での体裁を保つ為に、幽霊が彷徨うように仕事を探してはこなす。だが前述したとおりこの男は仕事が出来ないので、こなす仕事はさほど重要ではなく、遅い上に出来も良くない。よって男は上司から、そんなに遅くまで働かなくてよいと言われているのだが、それでも遅くまで働く。当然のことながら上司に逆らって勝手に働いているのだから、そこに給与は出ない。だがしかしそれでも働く、寧ろ給与も無いのに他より遅くまで働く事に愉悦を感じているのだから止めようがない。


大体この部署では仕事が終わると最後は仲のよさそうな数人がまとまって何かを話しながら楽しそうに帰って行く、時には皆で男に不気味な視線を送っていくこともあるし、上司が来て説得しようとする事もある。どうでもよいが上司は怒鳴ることはしない、あくまで説得にとどまっている、それでも大変腹を立てる事は良くわかる、そういう時はいつも上司には恵まれているなと上司に感心する。男がとる態度はいずれも俯いて聞いているのかどうかわからない様な頷きをするだけだが。そうこうして自分以外に誰もいなくなった部署で独り、立ち上がって解放された様に俯いて猫背でいた体を伸ばし、他の者のデスクを見下ろすと活力が湧いてくる。その後は仕事に打ち込み、切りのいいところで辞める。その夜は八時近くに仕事を終えた。会社の外は暗くなっていた、往来は明かりを消され沈んでいる。だが、扉の向こうから蛍光灯の光が漏れている場所がある、そういう扉の前を通る時には仲間意識というのが芽生えてきて、同情すると共に心の中で静かにエールを送りながら会社を出る。

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