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「どうせあんた何も出来ないんだから、さっさとお嫁に行って子供産みなさい」
私にできることは子供を生むことだけだった。そしてそれだけは本当に出来た。
見た目も良くなかったし、勉強もできなかった。勉強は出来なくても可愛い子たちはそれだけで先生たちにも可愛がられていて羨ましかったが、悔しかったら勉強しろと言われるので、黙っていた。
仕事ができる女性たちには「あんたみたいな女がいるから」と怒られた。「あんたみたいな女がいるから、女は仕事が出来ないって言われるのよ!」
自分が基準の人たちにとって、私みたいなのは何故生きているのか存在理由のわからない虫みたいなもんなのだろう。
でもそんな虫でも結婚できた。そして子供が生めた。私にもできることがあった。
結婚して子供が出来たら「あなたも皆に迷惑かけるのは心苦しいでしょう」と独身女性の上司に退職を促された。「子供の手が離れたらパートでも始めたらいい」と既婚女性のパートさんには言われた。
子供を生んだら人生の主役は子供になる。○○ちゃんのお母さん。『お母さん』そのものが肩書なので学歴のことも職業のことも気にしなくていい。ただ子供の安全と将来を念頭に置いて、食べさせて遊ばせて、寝かしつけてあげればいいと思っていた。
今どきのお母さんは仕事をしている。仕事をしていない専業主婦の方が珍しいらしい。良くも悪くも『いいご身分』の部類らしい。今は子供が小さいから。そんな言い訳を口にしながら専業主婦をしていても、いずれ働く気はありますよとアピールもしなければいけないらしい。『お母さん』という肩書は『会社員』の中の『部長』や『課長』ぐらい重責を担っているような時代になっていた。
兄弟児がいるとお金も気力も余裕があると思われる。計算しながら子供を生んでいると思うらしい。仕事ができる人たちらしい考え方だと思う。
お金の余裕なんてない。でも出来たから生む。余裕のない生活でもなんとかやっていける。少し借金をしてでもなんとかやって、子供たちが小学校に上がったらパートに出ればいい。小さい子供がいる母親は迷惑がられる。特に兄弟なんていたら、病気の移し合いになる。欠勤がかさむから雇う側がとても嫌がることは前職で百も承知だ。それでもなんとか。
私の才能は妊娠できることだった。思いがけず出来た赤ちゃんに、喜びよりも複雑な気持ちの方が大きかった。それでも出来た以上生まなければならない。せっかく生まれた命を、複雑ではあれ堕胎する気にはならなかった。
でも、複雑な気持ちはお腹の中の赤ちゃんに伝わったのかもしれない。
流産した。
ひどい腹痛はずっと続いていた。
ずるりとした感触が股の間を通ったのがわかった。
どろりとした赤黒いものがナプキンに乗っていた。
身体の震えが止まらなかった。
電車に酔ったときみたいに、身体は冷たかった。
赤ん坊の形なんてしていない、ただの赤黒い粘膜の塊。これが骨となり肉となり手足が伸びて人の形を作るのかと思うと不思議な気持ちだった。
目の高さに持ち上げ、角度を変えて見ても、脳も目も鼻も口も、見て取れなかった。
一番大きな塊から伸びた細い粘膜が臍の緒かなとも思ったが、もしかしたら赤ん坊と思って見ていた一番大きな塊が胎盤で、こっちのカスみたいな小さいものが赤ん坊なのかなとも思った。そしたらますます脳も手足もわからないはずだと思った。
お腹が痛かった。身体は冷えて震えている。気持ち悪くて何もしたくなかった。でも子供たちをお迎えに行かなければならない。
可哀そうな赤ちゃん。赤ちゃんにもなりそこなった赤ちゃん。私が、なんで出来たの?と思ったばっかりに遠慮して生まれ来るのを諦めた赤ちゃん。
ごめんね。うちがもうちょっとお金持ちだったら喜んで迎えてあげられたのに。
ごめんね。お母さんがもうちょっとちゃんとした人間で外でバリバリ働ける人だったら胸を張って生んであげられたのに。
あの人のところだったら喜んで生んでもらえたかもしれないのに。
そう。あの人なら。
美人で、フルタイムで働いていて、幼稚園の行事もサボらずちゃんと参加するあの人。
さすが社会人の鏡で他のお母さんたちとも幼稚園の先生たちともそつなく分別あるお付き合いをしているように見えて、『専業主婦』と聞くと蔑むような目を一瞬するあの人。私のことを家畜を見るような目で見るあの人。お子さんが『ひとりっ子』であることに負い目を感じているようなあの人。
あの人なら、喜んで。
イースターの卵は殻だけを使う。底に小さな穴を開けて中身をどろりと出して。出した中身は卵焼きにしたりお菓子にしたり。子供たちや他のお母さんたちが絵付けをする前に、母の会の会員たちで準備しておく。今年は大目に用意して、準備を手伝ってくれたお母さんたちにもお配りしましょう。良いことがあるように。
絵を描くのは得意なんです。プレゼント用のは任せてください。時間が無いから家で作って来ますね。
卵の底からどろりと中身を出して、またずるりと
おわり




