1
コンコココンコンコココン。コンコココンコンコココン。
鳩の鳴き声のようにリズミカルなそれは、私を呼ぶようにいつも私がそこにいると鳴り始めた。
なりたい自分になれるように努力は怠らなかったし、欲しいものはそうして手に入れてきた。仕事も恋人も結婚も。美しい容姿も聡明な頭も。自分を磨いて、努力して手に入れた。
子供も努力して手に入れた。2年の辛い不妊治療の末、やっと女の子を授かった。
正直、私はそれほど子供は好きではない。なんならいなくても不自由ないつもりだった。今どき子供が老後の面倒を見てくれるなど幻想でしかない。だったら老後の資金を貯めるのに、育児はデメリットでしかない。
だが長男でもないのに夫の両親が子供はまだなのかと言い出した。古い家の年寄りなので仕方が無いのかもしれない。子供はどうでもいいと言っていた夫も、親にせっつかれるとその気になってしまったようだ。子供なんかすぐにできるだろうと言う甘い考えもあったからかもしれない。だが、それから1年子供はできなかった。
古い家の年寄りにとって子供が出来ない原因はおおむね嫁にある。そんな親に育てられた夫なので、やっぱり不妊の原因は嫁にある。針の筵にくるまれながら這う這うの体で夫を不妊治療の場に引っ張り出したのは、それからさらに1年が経過した頃だった。
原因はお互いにあった。だが、どうしても自分の方がより辛い治療をしているような気がする。夫だって辛いのだ。そう思おうとしても痛みや羞恥や取られる時間のことを考えると、どうしても恨みがましく思えて仕方がなかった。
もともと子供は欲しく無かったのだ。それを夫の両親が「子供はまだか」と言い出したことでこんなことになったのだ。普通に生まれてきたところで可愛がれるかわからなかったまだ見ぬ子供が、今から憎くて鬱陶しくて仕方がなかった。
「健康なお嫁さんだったら、あなたがそんなでも赤ちゃんはできたかもしれないのにねえ」
あの男の子供など、あの年寄りどもの孫など、可愛がれる気がしなかった。
だが恐ろしいことに、生んでみると娘は本当に可愛かった。
あれほど苦しんで妊娠したのに。あれほど辛い妊娠期間だったのに。あれほど過酷な育児期間だったのに。
目が開き動き、表情を見せるほど、娘は可愛くなっていった。
理想の教育を受けさせるために、家から少し離れているが、小中一貫の教育が受けられるカトリック系の幼稚園に通わせることにした。娘との時間を優先させるため、仕事は今までの部署から移動させてもらった。悔しかったが仕方がないと思った。だが、5年耐えれば、娘との時間がそのうち仕事に活かせるという自信があった。
その幼稚園のママたちはパート勤めや、自営業のご主人の手伝い、あるいは自分が自営でやっているという人が多かった。どこまで本当かはわからない。「専業主婦」というと「いいご身分ね」と口には出さずとも、皆態度にはあからさまに出していたから。
フルタイムで働いているママは珍しかった。お迎えも遅れることが多く、どのママとも会うことは少なかったが、たまに会うと「大変なのに、ご立派ね」などとキラキラした目で見られた。誇らしかった。娘も、お迎えが遅れることに不満はあったようだが、自慢のママだと胸を張っていたように思う。こんな親の姿が娘の自立心を促す。ますます仕事にも家庭にも力が入った。
そのママはちょっと浮いていた。決して不潔なわけではないが、ずんぐりとした体形に地味な顔立ち。いつも同じような服を着ていてメイクもしていない。孤立しているわけではないが、誰かと群れているわけでもない。よく言えばマイペースなのだろうが、なんだかあまりにもこの幼稚園から浮いていて、奇妙な感じがした。
『自営業のご主人』を持つママが多いだけあって、ただの送り迎えの姿でさえメイクと服装はきちんと整えている。その中でその件のママはカジュアルというにはあまりにもあんまりな恰好で幼稚園に現れていた。センスが無い、というか、着の身着のまま、というか。とにかく独特だった。あまりの独特ぶりに娘すら「あのおばさん嫌い」と言っていたくらいだ。お子さん達は恥ずかしくないのかしらと思ったが、男の子だからか気にもしてないようだった。
カトリックのその幼稚園は行事が多かった。そして行事のたびに母親は手伝いに駆り出される。フルタイムで働いているのだから無理はしなくていいと言われても、そこで無駄な特権を使ってしまうと娘にどんな影響が及ぶかわからない。娘のために、ただひたすら娘のために有休は使い果たし、欠勤も厭わなかった。
身も心も粉にして娘のために存在した5年間。あと1年で卒園という頃、夫の両親がまた言い始めた。
「二人目はまだなの?」
長い不妊治療の末の子供だとわかっているはずなのに。
「やっぱり男の子が欲しいわよね?」
なにが「やっぱり」なのかさっぱりわからない。名門の旧家でも会社を経営しているわけでもあるまいし。継がせたい大事な伝統でも受け継いでいるわけでもあるまいし。なにが「やっぱり」でなにが「男の子」なのか。
あと1年、長くても2年、娘が小学校に慣れてくれれば仕事は昔の部署に戻るつもりだった。忙しくてもそれだけやりがいはあるし、何より給料がいい。不妊治療で失った貯金とこれから子供にかかる教育費を稼ぐ予定だったのに。何故1円も出さないあの人たちが「子供が欲しい」などとのうのうと言えるのか。
今どきひとりっ子など珍しい話ではない。不妊治療をしたのかしているのかなんて聞いたことはないが、あのママもそのママもそんな悩みを抱えて幼稚園にいるのかもしれない。
ママたちも「兄弟は考えてないの?」などと無神経なことは聞かない。子供なんて出来ないときは出来ないものだと若い人たちは知っている。お互い気を使いながら、探り探り、当たり障りのないことを話して、その場をやり過ごすのだ。なぜなら幼稚園はあくまで子供の居場所。大人がぎくしゃくして子供を居づらくさせてしまうわけにはいかないのだから。
「どうぞ」
イースターの行事準備で母親たちが集まったときだった。あの浮いてるママから卵を渡された。白い天使の羽とレースの模様が浮き出た赤く染められた卵。一見美しいようで禍々しく感じられるそれ。何故渡されたのかわけがわからず、返そうとすると、別のママに声をかけられた。
「卵貰いましたか?」
そして手の中の赤い卵を見て彼女は「ああ、もう貰ってますね」と行こうとした。
慌てて引き止め卵を貰った理由を聞くと、今年から準備を手伝ったママたちにお礼として1個卵を配ることになったという。ママたちに配る卵だけは母の会の会員たちが特別に彩色したのだとそのママは教えてくれた。
「卵って『復活』や『新しい命』の象徴ですからね。良いことありますようにって」
その場で捨てていくことはさすがに憚られたので、家に帰ってぐしゃぐしゃに割ってやろうと思った。
なにが『復活』だ。なにが『新しい命』だ。鶏の卵ひとつで何をそんなにありがたがっているのか。幼稚園のイースターなど所詮子供の祭りではないか。思わせぶりなお節介を母親にまで押し付けるとは、どれだけ暇なのだ、あそこの母親たちは。さすが専業主婦の集まり。いいとこ時短のパート風情で、さぞかし暇を持て余しているのだろう。
貰った卵の絵はとても美しい。これをあの浮いてるママがちまちま描いたのかと思うと、本当にどれだけ時間に余裕のある生活をなさっているのか手に取るようにわかる。美しく装飾できた卵を、フルタイムで働いているひとりっ子のお母さんに渡して、さぞかし自己肯定感は上がったことだろう。「こんな綺麗なもの作る暇もないであろうお母さんにくれてあげた自分優しい」と思っているのだろうか。「ひとりしか子供のいないお母さんに2人目ができますように」なんていらないお祈りでも捧げながら絵を描いたのだろうか。「わー、ありがとう、綺麗ー!」などと感動しながらお礼を言われるのを期待していたのだろうか。
小賢しい。腹立たしい。ムカつく。これだから専業主婦は。これだからセックスするだけで簡単に妊娠できる女は。
お前なんかに何がわかる。なりたい自分になるために勉強も自分磨きも手を抜かずにやって来て、仕事も恋人も結婚も、努力の末に手に入れて。妊娠まで必死の努力を必要とした人間の気持ちが。
そんなみっともない見た目のくせに。仕事もできない専業主婦のくせに。なにが「どうぞ」だ。なにが「新しい命の象徴」だ。
潰して捨てようとバッグの中に入れていた卵を娘が見つけた。案の定その綺麗な装飾に目を輝かせている。娘に見られてから捨てると幼稚園で何を言われるかわからないので隠していたのだが、見つかってしまったのでは仕方がない。しばらくは飾っておくとして、近い将来捨てても未練が残らないようにと、それはあのママが描いた卵だよと釘を刺しておく。そうすれば嫌な顔をするはずだ。しかし。
「へ~。あのママ、こんなきれいなおえかきできるんだ~」
子供ながらに驚いたようで、むしろあのダサいママを見直したような口ぶりだった。
卵はカウンターの上に飾られた。ご飯を食べていても、お絵描きをしていても、本を読んでいても、ダイニングテーブルのすぐ横にあればいつでも視界に入る。娘が決めた卵の定位置だった。
料理をしていても片づけをしていても目に入る、忌々しい位置だった。




