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こんこんこん、こんこんこん
小さな、静かなノックの音で眼が覚めた。あたりは暗闇。僕は布団から起き出すと、部屋の真ん中にぶら下がっていた蛍光灯のスイッチの紐を引っ張り、明かりをつけた。
懐かしい、けれども見慣れた六畳一間。大学生時代に一人暮らしをしていたアパートに、僕は戻っているのだった。こたつにせんべい布団、タンス、テレビ、小さな本棚。家具の配置は昔のままである。ひどく寒かった。ボロボロのアパートで、夏は暑く、冬は寒いことも変わっていないようだった。
僕は壁にかかっている時計を見た。時計は2時過ぎを指している。あたりの暗さを考えると、午前の2時に違いなかった。こんな時間に、いったい誰だろう?僕の頭に親友の田村の顔が浮かんだ。田村ならこんな時間でも構わず僕のアパートにやって来そうだった。
こんこんこん、こんこんこん
玄関はしつこくノックされた。僕はちっと舌打ちをして、部屋を出て、キッチンの隣にある玄関へと向かった。建てつけの悪い、薄い玄関戸を開く。玄関戸は外側へと開きながら、キイ、と小さく音を立てた。すると、そこにはーー白装束に身を包んだ女が立っていた。
女は痩せてもおらず、太ってもおらず、中肉中背といったところで、顔は五月人形のようにまんまるだった。眼は細めで、まつ毛が長く、唇が厚ぼったい。鼻は日本人の平均くらいといった高さだったが、鼻の頭は小さく、形がよかった。一見して、平安時代にでも生まれればきっとモテただろうと思える、昔ながらの日本人、といった顔立ちだった。真っ黒な髪の毛は量が多く、肩のところまで下ろしている。ーー葛西沙織だった。
「やあ。元気?」
葛西沙織は前と変わらない、かすれた声でそう言った。彼女の白い肌に、白装束が見事に合っていた。額にはご丁寧に三角頭巾までしてあった。
「うん、元気・・・何しに来たの」
まずいな、これは朝まで付き合わされるパターンだ、と思い、僕は慌てて警戒網を張った。
「明日俺、午前中から大学の講義なんだけど」
「ひっどい、それ、私とは会いたくなかったってこと?わざわざ会いにきたっていうのに」
「いや、そういうわけじゃないけどさ、なんでこんな時間なの」
「そりゃー、丑三つ時っていうじゃないか。ねえ正巳、ものすごく寒いんだけど。上げてよ」
そう言いながら、わざとらしくカチカチと歯を鳴らすのだった。確かに、開けた玄関戸からは冷気が吹き込んできてひどく寒かった。
「わかった」
僕がそういうが早いか、沙織は「やった」と言いながらずかずかと部屋に上がって、そうしてそのまま部屋の真ん中にあるコタツに入ってしまった。コタツに入る時、布団を持ち上げもせずにするりと脚がコタツの中にすり抜けて入っていった。それを見て、僕はさすがにゾッとした。
「ビールでいい?」
僕はそう言いながら台所の冷蔵庫からビールの350ml缶を2本取り出し、コタツの上に置いた。そうして沙織の向かい側に座った。コタツはまだぬるかった。
「飲まないの?」
僕がビールの缶を開けても、沙織は目の前にある自分の分のビールに手を付けないでいた。僕が「飲まないの?」と聞いてから、ちょっとした間ができた。沙織は、黙ってにこにこしている。そうして、僕はふと思い当たった。コタツがすり抜けるなら、缶も持つことができないのだろう、と。僕はさっと立ち上がり、台所からグラスをひとつ、持ってきた。そうして沙織の前に置くと、ビールの缶を開けて、ビールを注いでやった。
「どうも。気が効くようになったね。僕ちゃん、成長したね」
沙織はそのかすれた声で、相変わらずの憎まれ口を叩いた。
「うるさいな」
そう言いながら、僕は自分のビール缶を沙織のグラスにくっつけた。カチ、と音がした。乾杯のつもりだった。




