第54話
騒然となったショルミーズに驚いていると、彼の隣でソルヒが納得したように頷いていた。
「あー、そーいえば、ショルミーズはピクサーリーフ幸国出身なんだっけ?」
「そうだよ。だから他の人より、グルクルトス教については詳しいんだ」
そう言うとショルミーズは祈るように手を組んで、二つ十字のペンダントを持つ私の前に跪く。
「ああ、まさか生きている間にこの眼で十八幸座のお一人であらせられる、スロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様が直接御座しになられた証を拝めるだなんて」
「なーに泣いてんだよショルミーズ。大げさだなー」
呆れたようにそう言ったソルヒへ、ショルミーズが珍しく怒りの表情を浮かべて食って掛かる。
「大げさなもんか! 十八幸座といえば、グルクルトス教が認めた現代に生きる聖人と言っても過言ではないお方なんだよ? 十八幸座の方々は敬虔なグルクルトス教の教徒から選ばれた方々で、お金や権力には決して屈しない、清廉潔白で品行方正な方々なんだ」
「ほんとーに? そこまで真っ白だと、どーもうさんくせー感じがするなー」
ソルヒの横槍を、ショルミーズは毅然とした表情で否定する。
「ことグルクルトス教の、それも十八幸座の方々には、そういった汚いことは絶対に出来ないんだ。何故なら汚職や醜聞に関わるような行いは、グルクルトス教の教えで固く禁止されている。そしてグルクルトス教では、グルクルトス教内で権力を持つものほど贈賄といった汚い行いをした場合、厳しい罰が与えられる事になっているんだ」
ショルミーズの言葉に、ソルヒが納得したように頷いた。
「なーるほど。力を持つもの程、自縄自縛が求められる、ってー話か」
「そうなんだ。だから、むやみに十八幸座の方々は加護をお与えになりはしない。冗談じゃなく、下手するとこの大陸の歴史が変わる可能性だってあるんだから。だから、その十八幸座のお一人から二つ十字を賜ったというのは、本当に凄いことなんだよ」
「そーいえば、グルクルトス教は大陸の中で最大の教徒数を誇ってる、っつー話だったなー」
「そうだ。そして、グルクルトス教を信仰しているものは、当然このクロッペンフーデ大王国にも多くいる。そしてそれは、たとえ王族といえども例外ではない」
「つまり、こういう事ですの?」
ユーリックブレヒトの言葉を受けて、私は小首を傾げながら口を開いた。
「この二つ十字のペンダントがあれば、私とユーリックブレヒトの離婚に同意した王族の判断を覆せる可能性がありますのね?」
「覆すどころの話じゃありませんよ! 加護ですよ加護! スロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様がお守りになられると決めた奥様のご意思を蔑ろにするだなんて、この大陸中のグルクルトス教の信者全てを敵に回す行為です。間違っても、反対の意見を唱えられる人はいないでしょう」
「でもよー、そんなにすげー加護を奥様が頂けてんなら、その二つ十字を使ってボッチャンを取り戻せねーもんかな?」
「そうですわ! スローさんの後ろ盾がそれほど強力なものでしたら、これでラルヴァ男爵の企みを打ち砕けますわよ!」
「いや、残念ながらそこまでの効力はないだろう」
「そうですね。それは私も旦那様のご意見に同意です」
ユーリックブレヒトとショルミーズの言葉に、私とソルヒが反論する。
「どうしてですの? スローさんは私にアシュとユーリックブレヒトの危機を教えてくださり、このペンダントを預けてくださいましたのよ?」
「そーだそーだ! そのなにがし様が、奥様に戻れって言ったから、奥様はこちらにお戻りになられたんだろ?」
「だから、だよ、ソルヒ」
そう言ってショルミーズが、口を開く。
「スロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様は、お戻りになられる所までしか奥様にお話になられなかった」
「先ほどショルミーズが言った通り、十八幸座はグルクルトス教の生ける聖人だ。その一人が告げた言葉は、もはや予言に等しい。だからこそ、その範囲が広すぎると拡大解釈をされ、結果グルクルトス教の教えに反する使い方をされる可能性がある」
「つまり、スローさんが私に与えてくださった加護というのは、アシュとユーリックブレヒトの危機に立ち向かう所まで。具体的に言えば、私とユーリックブレヒトの離婚の決定を王族に覆させる所まで、ということですのね?」
私の言葉に頷くユーリックブレヒトとショルミーズを見て、ソルヒがつまらなそうに口を開く。
「なーんだよ。そのなにがし様ってー人も、ケチだなー。どーせならボッチャン救出まで予言してくれたらよかったのにさー」
「何言ってるんだよ、ソルヒ! クロッペンフーデ大王国の王族の決定を覆すってことだけでも、とてつもないことなのに!」
「そうだな。既に今の時点で、その助言は内政干渉をしていると言ってもいい。グルクルトス教の教えに反すると考えられ、その十八幸座の一人が罰せられる可能性すらあった」
「そんな!」
私はユーリックブレヒトの言葉に、驚きの声を上げる。
「スローさんは、ただアシュとユーリックブレヒトが危ないと教えてくださっただけですわ。彼女は何も悪くはありませんわよ!」
「だが、十八幸座とはそれほどまでに清廉潔白を求められる存在なのだ」
「そうです。そしてスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様は、誰よりも奥様に旦那様たちの危機をお教えになる危険性をご認識なされていたはず」
「その上で、彼女は本当にギリギリの予言という名の助言をセラにしてくれたのだろう。ラルヴァ男爵がアシュバルムを不当に奪い、今後非道な行いをすると高い確度で予見出来ることと、俺に対して行われる裁判も平等性を欠いたものであるという状況を鑑みて、本当にギリギリで罰せられない範囲だと、そう考えたのだろうな」
「もし十八幸座の方々が、万が一にもグルクルトス教の教えに反していたと判断されれば、与えられる罰は肉体的なものだけでなく、精神的なもの、そして何より、死後の苦しみを確定させられます」
「それは、具体的にはどういうものですの?」
私の問いに、ショルミーズは苦しそうな表情を浮かべて口を開いた。
「それは、その御方が一番大切になされているお人が、未来永劫苦しめられる地獄に落ちるというものになります」
「大切な、人」
一番大切な存在と言われて私が真っ先に思い浮かべるのは、愛する息子であるアシュだ。
同じ母親であるスローにとっても、きっと同じだろう。
……自分ではなく、愛する存在が責め苦にあうなど、自分が死ぬより辛いですわね。
しかし逆に言えば、スローはそれほどの危険性を顧みず、私に助言をしてくれた事になる。
……本当に、大きすぎる借りができてしまいましたわね。
このお礼は、いつか必ず、アシュと、そして何よりユーリックブレヒトと一緒に言いに行こうと、私は固く誓った。




