第53話
突然叫んだ私に、ユーリックブレヒトは一瞬驚いた表情を浮かべる。
一歩下がる彼を逃さないように、私は彼の手を握る手に更に力を込めた。
「それですわよ、ユーリックブレヒト!」
「……何がだ? セラ」
こちらが何を言わんとしているのかまだ理解していないユーリックブレヒトが、首を傾げる。
そんな彼とは対照的に、私は熱を上げるように口を開いた。
「何が、ではわりませんわよ、ユーリックブレヒト。裁判です。あなたが死刑になるというのは、裁判で負けると思っているからですわよね? そしてそれは、ユーリックブレヒトを養護してくれる存在がいないからだと、そう考えているからなのでしょう?」
「それは、そうだが……」
戸惑いながらそう言ったユーリックブレヒトだが、次第にこちらが何を考えているのか思い至ったのか、驚愕の表情を浮かべながら私に顔を近づけてくる。
「まさか君は、クロッペンフーデ大王国を出ずに、俺の裁判に参加するつもりなのか?」
「その通りですわ」
「そんな、無茶ですよ奥様!」
「そーですよ! 旦那様と奥様の離婚は、もうこの国の王族にも認められてんですよ? どーするおつもりなんですか?」
「ですから、それを今から考えようと、私はそう言っているのですわ」
ソルヒとショルミーズにそう言うと、ユーリックブレヒトは呆れたように口を開く。
「君には今までずいぶんと驚かされてきたつもりだが、今回のは極め付きだな」
「あら? そんなにおかしなことを言っておりますかしら、私」
そう言って私は、小首を傾げる。
「アシュをラルヴァ男爵の手から取り戻したい。ユーリックブレヒトを死刑にもしたくない。この両方を叶えるには、裁判で勝つ以外手段がありませんわ」
そしてラルヴァ男爵は先ほど出会った時、こう言っていた。
『そもそも、あなたはもうユーリックブレヒトから離婚されている立場にある。あなたに何の権利があってこの件に首を突っ込んで来ようとしているのですか? セラ・ハーバリスト前公爵夫人』
「つまり、ラルヴァ男爵は裁判に私が参加しないと考えている、ということです。ならば、私が裁判に参加するというのは、少なからず男爵にとって想定外の事態を引き起こせるということ。この国の貴族たちにとって常識であったとしても、別の国から嫁いできた私にとっては全く違うものに見えることもあるかもしれませんわ」
そして、少しのほころびがあれば、そこを突いて裁判を有利に進められるかもしれない。
「少なくとも、弁護士がおらず一方的にユーリックブレヒトが断罪されるような裁判にはなりはしないでしょう」
「……何故だ?」
ユーリックブレヒトはそう言って、更に疑問を重ねる。
「何故、お前はそこまでしてこの件に関わろうとする? アシュバルムのことがあるにせよ、俺は君の言い分も聞かずに同盟を破棄し、離婚を突きつけた男だと言うのに」
「あなたこそ、何を言っておりますの?」
一足す一の答えが二だと言う教師のように、至極当たり前のことを告げるように、私は口を開く。
「夫婦というものは、互いを助け合うものですわ。少なくとも私の国ではそうだったのですけれど、ユーリックブレヒトの国では違いましたの?」
「……いや、クグバディール火山伯国でも一般的にはそうだった。だが、その夫婦という関係も、明日には解消されるものだ」
「でも、今はまだ夫婦ですわよね? ならば、ハーバリスト公爵夫人として、ユーリックブレヒトの事を助けようと考えるのは当然ですわ。ですのであなたも、考えてくださいませ。どうやって私が明日以降も公爵夫人でいられるのかを」
「互いを助け合うというのは、善意と思いやりで成り立っていると思っていたんだがな」
「あら? ユーリックブレヒト、あなたは超能力者かなにかですの? 私が何を望んでいるのかわからないのに、どうやって私の望むことをするというのでしょう?」
「そのわからない相手の心を考え、汲んで行動するのが思いやりというものだろう」
「そういう心の機微を理解し合うのも大切ですが、相互理解のために大切なのはまずは対話ですわよ。そして、私たちはあまりにも今まで言葉を交わしてこなかった。だから、私は私があなたに望むことを伝えますわ、ユーリックブレヒト」
そう言って私は、言葉を紡ぐ。
「教えて下さいませ、ユーリックブレヒト。どうすれば私とあなたの離婚を解消出来るのです? あなたの裁判に同席し、あなたの隣に立つには、本当に何も方法はありませんの?」
「……君は、本当に裁判に参加するつもりなんだな」
「違いますわ。裁判に参加して、勝つつもりでおりますのよ」
そう言った私を見て、ユーリックブレヒトがさも可笑しそうに笑った。
それはこの牢屋で彼が初めて見せた笑みであり、私が初めて見た心からの微笑みのように見えた。
「……わかった」
「わかってくださいましたか?」
「ああ。セラが、諦めの悪い女だということがな」
「……なんでそこで素直に褒めてくださいませんの?」
「褒め言葉のつもりだったんだがな」
そう言った後、ユーリックブレヒトは体を引く。
鉄格子を放して手を引いたので、彼の手を握っていた私も手を引いた。
戻した手が手持ち無沙汰となったので、なんともなしに服の襟元を正す。
その様子を、ユーリックブレヒトは悩ましげな表情を浮かべて腕を組みながら見ていた。
「だが、現実問題として王族の決断を覆すのは余程のことがない限り難しい。クロッペンフーデ大王国では血筋が絶対で、その頂点に立っているのが王族だ。クロッペンフーデ大王国は大国故、他国からの政治的な横槍が入ったとしてもびくともしない。その王族の決定を変えるとなると、誰かしら王族をこちらの意見に同調させるぐらいしか方法はない、の、だが……」
徐々に言葉を小さくしていくユーリックブレヒトを不思議に思い、私は訝し気な表情を浮かべながら問いかける。
「どうしましたの? ユーリックブレヒト」
「君は、以前からそれを身につけていたか?」
そう言いながら、ユーリックブレヒトは私の胸元を、そこから覗くペンダントを凝視している。
白に輝くそれを取り出しながら、私は首を振った。
「いいえ、今日頂きましたの。鉄道に乗る前に、駅で知り合いというか、顔見知りというか、アシュと仲良くしてくださったお子さんのお母さんから」
「何だと?」
ユーリックブレヒトは両目を見開き、慌てたように口を開く。
「もう少し、詳しく説明してもらえないか?」
「……いいですわよ。私も、正直、にわかに信じられない事なのですけれど」
そして私は、アシュがオスコたちの裏切りでラルヴァ男爵の手のものたちに誘拐されるきっかけとなったサーカスで、偶然隣同士となったスローの家族の事を話した。
そしてサーカスで彼女たちと別れた後、今日私がミルレンノーラ共和国に戻るため、駅で列車を待っている間に再開したこと。
更に彼女からラルヴァ男爵の策略の話を聞き、アシュとユーリックブレヒトの危機だと知って、すぐにハーバリスト家の屋敷に戻ってきた事を伝えた。
すると、私の話を聞いていたショルミーズが、わなわなと口を震わせ、顎が外れんばかりに口を開けて、私が手にしたペンダントを指さして、こう叫んだ。
「そ、それじゃあ奥様は、あのグルクルトス教のスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様から直接加護をお受けになられてお戻りになられた、っということなんですかっ!」




