12話
やっと始まりました。
果たして完走できるのか
黄色を帯びた白い空間に鮮血の影が差し込んでいた。
薄っぺらい壁を補強するように白いビニール袋で包んだ防音材を隙間なく敷き詰められたその部屋はある種の強迫的な潔癖さに満ち溢れていた。家具といえば机と椅子、パソコンが置いてあるだけ。
他に何もなく全ては白く彩られている。さながら病棟の無菌室のように。
白い光でただ満たされた空間。昼も夜もなく、意識を稼働させるためだけに誂えられた空間。極限の緊張を強いられる白い部屋の住民は今、解放の時を迎えていた。
別荘村の上段最奥に鎮座する、宇城みきの個人スタジオである。
白いフローリングに彼女は横たわっている。凍りついた四肢は首を抑えていた。首を絞めていたのではない、首から何かを絞り出そうとしていたのだ。声は音にならなかった。
苦悶の表情は夜を呪っているかのようだった。
死は醜く異形でなければならない。だが彼女は凄絶に生きるからこそ顔を歪める生き物だった。
故に衝撃は解放となった。
走る電流は彼女の脳にすべての信号を停止するよう呼びかけ、苦悶の表情は安らかなものとなった。
屠殺される養鶏所の鶏のように気絶処理された彼女は喉をかき切られた。
喉を通ることが叶わなった音は留めていた瘀血のように解放され辺り一面に散らばる。
やがて何者かにずるずると引き摺り込まれて、彼女は闇の中に消えてしまった。
「本堂さん!起きてください!本堂さん!」
細い手で激しく肩を揺さぶられ毛布を剥ぎ取られた本堂は重い瞼を上げて目を開いた。徹夜の作業を終えて睡眠時間が全く足りていない。ひどく鈍った頭がようやく焦点を定め、必死の形相でよびかける今井栄子の顔を認識した。
「本堂さん!」
「なん……ですか。ちょっと声大きいです……よ」
ソファから身を起こそうとして、軽いめまいに襲われる。まだ動くなと体が抗議するように頭部へ鈍痛が走らせる。
「昨日は……ああそうだ。結局宝田さんの家にお邪魔になったんだ」
すんすんとパーカーの襟の匂いをかぐ。汗ばんでいないアラの香り。
朦朧としている間に宝田と今井が着替えさせてくれたのだろうか。
「本堂さん、大変なことが起きたんですよ」
「どうかしたんですか?」
「とにかく、今すぐ来て」
今井の顔は本堂の知るそれとは全く違うものと化していた。いつもまとっている年上の余裕は顔面蒼白に塗り潰され、必死に何かを焦っている。懸命に起こそうと声をかけながらも、その目はどこか泳いでいて本堂を見ていない。
「なにがあったのか……っと」
今度こそ身を起こそうと立ち上がるも、まためまいに襲われる。
「大丈夫?」
「いつものこと。低血圧だから」
「とにかく見に来て」
今井は手振りで本堂を急がせる。二階に案内しようとしているようだった。
「なにがあったんですか?」
重い体を引きずりながらもう一度本堂は訪ねた。
「とんでもないことが起きて……みきちゃんが……」
苦虫を噛み潰したような顔で今井は忌々しげに告げた。
「落ち着いて聞いてね」
「いいから、何ですか?」
「自室で遺体が見つかったの。多分、首をかき切られて……」
「みきちゃんが……えっ?」
本堂は耳を疑った。




