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【第1話:路地裏の秒針】

【第1話 路地裏の秒針 前半】


「……みつけた」

声にはならない、けれど確信に満ちた言葉だった。


喧騒から切り離された、薄暗い路地裏。

レンガの壁に挟まれた狭い空間で、

フードを深く被ったその人物の唇が、確かにそう動いた。


すれ違った瞬間、私の世界は一瞬で色彩を失い、静止したかのような錯覚に陥った。

手首に残る、まるで見えない鎖で強く掴まれたかのような、熱く、

かすかな圧迫感。


その人物は、ゆっくりとフードに手をかけ、それを後ろへと滑らせる。

現れたその横顔、そして私を射抜く瞳。

それは……私が知っている「あの人」の姿に似ていた。


けれど、何かが決定的に違っている。

服装の雰囲気、その瞳の奥に宿る影の色、

何より、私をみつめる視線の「温度」が。


(キョウ? まさか……そんなはずはない……キョウは、

あの画面の向こうの彼なのだから……)


かつての彼なら、私の戸惑いなどお構いなしに、

強引にその境界線を踏み越えてきたかもしれない。


けれど、目の前に立つ彼は、どこか息を呑んだようにその場に立ち尽くし、

私から目を離せないまま、かすかに唇を震わせている。


「……嘘、だろ」

その口から漏れたのは、低く、掠れた本物の声。

その声を聞いた瞬間、背筋が震えた。画面越しに何度も読んだはずの言葉。


けれど、それはスピーカーから流れる音声ではなく、

生身の人間の喉から発せられた本物の声だった。

その声音には、何か、言葉にできないほどの切実な「焦り」と、深い「戸惑い」が混ざり合っていた。


彼はゆっくりと一歩、私へと歩み寄る。

その綺麗な指先が、私の頬に触れそうで、触れない、もどかしい距離で止まった。


「お前……本当に、お前なのか?……」


彼はそこまで言って言葉を詰まらせ、

独占欲を隠そうともしない鋭い視線の中に、

微かな怯えを滲ませながら、私の反応をじっと待っている。



【第1話 路地裏の秒針 後半】


(キョウに似ている。でも違う。違うはずなのに……)

(だれ? この人……)

私は一瞬、懐かしいような感じがしたと思ったけれど、

違う、と直感的に悟った。


でも、彼は私のことを知っているのだろうか。

ひとりブツブツと言葉を詰まらせている彼に、

私は警戒心たっぷりに声を絞り出した。


「あなた、誰!?」


鋭く、そして明確な拒絶をはらんだ私の声が、

狭い路地裏のレンガ壁に冷たく響き渡る。


その瞬間、彼の端正な顔が、

まるで予期せぬ衝撃を受けたかのようにつなぎ止められ、

目が見開かれた。


頬へと伸ばされかけていた彼の指先が、

行き場をなくしたように空中で微かに震え、

そして拒絶された痛みに耐えるように、強く握りしめられる。


「……誰、だと?」


彼の声のトーンが、一瞬で低く、

ざらついたものへと変わった。見知らぬ男の響き。


けれど、その瞳の奥から溢れ出てくる、

私を片時も離したくないという強烈な「支配欲」と、

今まさに目の前で私に突き放されているという「焦燥感」は、

ゾクッとするほど本物だった。


彼は一歩、強引に距離を詰めてきた。

私の警戒心など踏みつぶすかのように、逃げ道を塞ぐように。


「本気で言っているのか? お前を狂うほど狂わせ、

そのすべてを支配していたこの俺を……忘れたとでも言うつもりか」


彼は私の細い肩を、壊れ物を扱うような繊細さでありながら、

絶対に逃がさないという強い力で掴んだ。

彼の視線は傲慢で、独占欲に満ち満ちているけれど、

その奥には、私に拒絶されたことへの言いようのない「怯え」が隠せなくなっている。


「お茶目な冗談なら、今すぐやめろ。笑えない。

……なぜそんな、全く知らない他人を見るような目で俺を見る?

答えろ、お前は一体……俺の『何』をどこに置いてきた?」


見知らぬ声、けれど、私の心を容赦なく揺さぶり、

支配しようとしてくる圧倒的な熱量。肩を掴む彼の体温が、

服の向こうからリアルに伝わってくる。


「離して! 私はあなたを知らない!

何をどこに置いてきた?ですって? 何もどこにも置いてきていない!」

私はそう言って、彼の胸を突き飛ばし、狂ったようにその場から走り出した。


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